一方、ラグナロクへ向かったのはカタリナを先頭として、ティナ、ジェラール、ユリアン、セルフィの五人。中庭までの道はほぼ一直線だが、その途中で一番後方を走っていたティナが立ち止まった。
「ティナ?」
すぐ前にいたセルフィも立ち止まる。そのティナの右手が胸の前で固く握られているのを見て、セルフィは微笑んだ。
「ごめんなさい、セルフィ。私……」
「いいっていいって。お互い様だよ」
セルフィはティナをしっかりと抱きしめる。
「自分の気持ちに、嘘ついちゃ駄目だよ」
「うん」
「さ、カインさんの手助けをしてきて」
「ごめんなさい」
ティナは翻ると再びブリッジへと走り出した。
PLUS.100
目覚めの代償
d-2(double death)
そしてセルフィもまた仲間たちの後を追う。
「ユリアンさん」
カタリナの後ろで、ユリアンと並走していたジェラールが話し掛ける。
「はい」
「敵の狙いはいったいなんだと思いますか?」
突然尋ねられてもユリアンには答える術がない。わかりません、とだけ答える。
「敵は最初にガーデンを沈めるために砲撃をしかけてきた。でも、第二撃がこない。ということは、敵は僕たちに時間を与えてくれているのだと思います」
「でも、何のために?」
「分かりません。ですが、敵はかなり邪悪な歪み方をしている。僕たちを倒したければ先ほどの砲撃を五、六回繰り返せば僕たちは逃げる間もなく海の底に沈むしかない」
「敵がエネルギーを充填している最中だとは考えられませんか? もしくはその攻撃は一回しかできないものだとか」
「邪龍のブレスに制限はありません。そして敵が魔獣を使って攻撃をしてきたところを見ると」
ジェラールの顔が曇る。
「敵の狙いは、ガーデンの中の特定の人物……つまり、ブルーさんをおびきだすためにこんな攻撃を仕掛けてきたのだとしたら」
「邪龍がブルーさんに攻撃を仕掛ける、ということかい?」
「そうならないといいのですが」
ブルーは一人、邪龍の上にいるルージュのもとへ戦いに赴いた。ルージュとの一対一の戦いなら五分の戦いができるだろう。だが、邪龍までを相手にはしていられない。
「だとしたら俺たちはラグナロクでブルーの援護をすればいいわけだな」
ユリアンが言う。ジェラールは頷いた。
「だから、急ぎましょう」
先頭のカタリナが通路を右に曲がる。
二人も遅れて通路を曲がった。
だが。
そこでカタリナは立ち止まっていた。
いや、違う。
「……か、た……」
ごとり、と物が落ちる音。
違う。それは物などというものではない。
「カタリナーッ!」
落ちたものは、カタリナの首。
血に染まった紫色の髪と、何が起こったのかもわからずに見開かれている瞳。
そして、頭を失った胴体が、びく、びくと痙攣してから、前に倒れた。
「来たな、ジェラール」
その倒れた体の向こうに、血塗られた剣を持った男がいた。
「まさか」
セルフィが言っていた。
この男は、セフィロスによって殺されたのだ、と。
「ノエル!」
その男は最初にこの世界に来たときの様子とは全く異なっていた。
黒い鎧に身を包み、その剣からも瘴気が漂っている。
「お前は、死んだはずだ」
「確かに死んだ。だが貴様も知っていよう。七英雄に真の滅びはない。力さえ回復すればすぐによみがえるのだと」
「だが、まだ数日しかたっていないのに復活など」
「私に力を与えた男がいるのだ」
すぐに思い浮かんだ。正体は明らかだ。
「ルージュ……!」
「そう。私の目的を果たすために、その男の力を借りた。そして暗黒騎士となることを選んだ。そうしなければすぐにはよみがえることができなかったゆえ」
「何故そこまでして」
「貴様のその力を手に入れるためだ。継承法の力さえあれば、たとえ世界が滅びても次の時代を生き抜くことができる」
「そのためにカタリナさんを」
「障害物は排除する。それだけだ」
障害。
この男は、自分たちの仲間を障害だとしか思っていないのか。
「ゆ……」
二人が同時に戦闘体勢に入った。
「許さん!」
剣を抜いて同時に斬りかかる。
だが二人の行動はノエルまであと一歩のところで止まってしまった。
「許さない?」
その理由は、気迫。
「それはこちらの台詞だ!」
ノエルからの暗黒の衝撃波が二人を弾き飛ばす。
「貴様を倒しそこねたどころか、本来の姿すらも失った」
ノエルはゆっくりと歩みよってくる。
「馬鹿な。傷をつけるどころか、近づくこともできないなんて」
ジェラールが信じられない、と頭を振る。怪我はない。
だが倒せるかというと、はなはだ危うい。
「お前を倒すことだけが私の望み」
ノエルがジェラールに迫ってくる。
その頭に、突然横から現れたセルフィが飛び膝蹴りを決めた。
「なにグズグズしとんねん!」
セルフィがジェラールに向かって叫ぶ。そして「おっとと」と慌てて口を一度ふさいだ。
「どんな相手だって、倒せない敵はいない。まずはこちらの全力を出さないと」
「そうだな、セルフィ」
ジェラールは立ち上がって剣を構えた。
「その通りだ」
後ろにはカタリナの死体。
もし、先頭を走っているのが自分だったら、ああなっていたのは自分なのだ。
しかもノエルが狙っているのも自分。
言うなれば、カタリナは自分の身代わりになって死んだようなものだ。
「仇は討つ」
ユリアンも立ち上がってきて、三人がおのおの武器を構えた。
さらに、通路の反対側からもノエルに迫る一団があった。
「来たか」
それは保健室組。サラをおぶったゼロを中心に、モニカ、エルオーネ、カドワキといったメンバーである。
「ノエル。いくらお前でもこの人数を相手に戦うことはできまい」
「そうかな」
ノエルはくるりと後ろを振り向く。
その中で戦えるのは、ゼロ一人。他は雑魚だ。
ノエルが動いた。ゼロはそれに合わせて、サラをモニカに預ける。
「誰であろうと、僕の邪魔はさせない」
ゼロが大剣を構えてノエルを迎え撃つ。繰り出される剣を全て回避し、逆撃を加える。
「ジェラール」
横に立つジェラールに小声でささやく。
「アタシ、先にラグナロクに入ってるね」
「セルフィ?」
「ラグナロクはエンジンが回るまで少し時間かかるから、ガーデンが沈む直前になってからじゃ手遅れになる。だから」
「分かった。隙を見て行動してくれ」
「うん。みんなを乗せたらすぐに移動できるようにしておくね」
ジェラールとユリアンがゼロの援護をする形で攻撃に入る。その隙にセルフィがモニカの傍まで近寄る。
「モニカ姫」
「はい」
「もう、目に入られているかと思いますが」
「……あれは、カタリナ、ですか」
モニカの目は、自分の腕の中にいるサラを映してはいなかった。
遠くに横たわっている、首のない死体。
「カタリナさんのことを思う気持ちは分かります。でも今は一刻も早く、サラさんを連れてラグナロクへ」
「私に、カタリナを見捨てろと!」
「慰めの言葉なんて言うつもりはないけどね」
横から割り込んできたのは、主治医のカドワキであった。カドワキはモニカからサラを取り上げると続けて言った。
「もし、あんたがここでカタリナさんのために仇を討ったとしても、それでガーデンと一緒にあなたが海の底に沈んでしまったら意味がないよ。カタリナさんはみんなが生き残るために行動したんだから、主人のあんたが命を捨てたら、部下の献身は無駄になる」
「そんなことは分かっています!」
「分かってないね。あんたはこの子を助けるためにこの世界に来たんだろう。そしてカタリナさんはあんたを助けるためにこの世界に来た。ということは、あんたがカタリナさんを殺したも同然だ」
「私に、どうしろって言うんですか」
「決まってるだろ。生き残るんだ。戦いは男共の仕事。あたしたちにはあたしたちの仕事があるのさ。それに、サラを助けるんだろ。あんたがここにいたら、サラを助けることはできないよ」
それが決め手となった。モニカは立ち上がると、涙を流したまま走り出した。
「そう。それでいい」
カドワキも、そしてほっと安心したようにセルフィも走り出した。
だが、エルオーネだけはその場に残っていた。
ゼロ。ジェラール。ユリアン。三人とも力は充分にある。だが、それを上回るほど、ノエルには力があった。
「お願い、未来の私」
エルオーネは手を組んで祈った。
「三人に、力のある人を送って」
その祈りは届いたのかどうか、戦っている三人でなければ分からない。
だが、劣勢がはねかえるような素振りはまるで見受けられなかった。戦いが続くほどに、三人の顔に疲労の色が出始める。
一方のノエルはまるで疲れを見せていない。
(どうする)
ジェラールは焦り始めていた。無理もないことだ。以前のノエルとは雰囲気も力もまるで違うのだ。
ノエルは一度死んでいる。復活して強くなったというのなら、死んだとはいえそれは彼にとってプラスだ。
だが自分は全く変化していない。この世界に来る前からも。この世界に来てからも。
(僕は無力だ)
周りのサポートもしているし、メンバー間の衝突を和らげる役割も果たしている。
だが、こと戦闘に関する限りでは自分の力は周りの半分もない。
(力がほしい。もっと、もっと力が……)
それはエルオーネの祈りが届いたせいだろうか。それともジェラールの願いがかなったのだろうか。
ほんの一瞬、ジェラールの力が普段の力よりも増大した。ジェラールにはその意識がなかったが、剣をあわせたノエルにはそれが分かった。あまりにも強い攻撃に、ノエルの剣がはじかれて大きくバランスを崩す。
「もらった!」
ユリアンが続けざまに攻撃を放ち、ノエルに裂傷を負わせる。
「こざかしい」
ノエルは目を細めると、暗黒の衝撃波を再び放った。直撃を受けたジェラールとユリアンは再び吹き飛ばされる。
だが、その衝撃波の反対側にいたゼロには届かなかった。
(ここしかチャンスはない)
一気にゼロは距離を詰める。
(ここで倒すしかない)
ノエルが振り返り、暗黒剣を振り下ろしてくる。
(もう二度と、倒す機会はない)
必殺の一撃が、ゼロの左肩に落ちた。
(たとえ僕の命がなくなったとしても)
精神が肉体を凌駕する。
そして、ゼロの反撃が繰り出される。
(僕は、サラを守る)
ひどくゆっくりと、その大剣が繰り出されているようにゼロには思えた。
ノエルが反射的に剣を手放し、飛びのこうとする。
だが、させない。
ゼロはさらにもう一歩踏み込み、ノエルの胴体をなぎ払った。
「ばかなっ!」
ノエルの声が響く。
「人の、思いは」
ごふっ、とゼロの口から血が吐き出される。
「邪悪なものに負けない……」
さらに、一撃。
もはや呼吸することもできないはずのゼロの攻撃が、ノエルの脳天から落ちた。
今度こそ。
ノエルは『消滅』した。
「ゼロッ!」
ユリアンが駆け寄る。
「ユリアン、さん」
がふっ、とまた咳き込む。
「すぐに止血──」
「無駄、です」
ゼロはにっこりと微笑んだ。
初めて会ったときの、誰もかまわないでほしいという雰囲気があったころとは、まるで違う微笑み。
死を受け入れた者の、諦めにも似た微笑み。
「ゼロッ! お前まで死ぬな! お前がいなければサラは誰が守るんだ!」
「守り方は、一つじゃ、ない……」
ゼロは目を閉じた。
「はじめからこうしていればよかった……サラが代表者なら、こうするべきだった……サラの目は、僕が覚まします。僕が、アビスを、連れていく……」
「ゼロッ!」
「最後に……」
ゼロの口から、言葉にならない言葉が漏れた。
ユリアンはじっとその唇の動きを見つめていた。
そして、力がなくなった。
「ゼロッ!」
その瞬間。
ラグナロクに乗り込んだばかりのサラに変化が起きた。
「ん……」
すぐ傍にいたモニカとカドワキが目を見合わせる。
そして、ゆっくりと緑色の髪の少女が目を開けた。
「私……」
サラが、目覚めた。
101.三度目の対峙
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