ふと、空を見上げる。
 変わらない生活。変わらない日常。
 繰り返される毎日のスケジュール。
 そういえば、昔は絵を描くことが好きだった。
 いつからだろうか、そんなことをしなくなったのは。
 たまには、スケッチブックでも使ってみようか。
 そんなことを考えたとき。
 その空の向こうから、何かが煙を立てて近づいてくる。
『なに──』
 だが、言葉にするよりも早く。

【変化】が訪れたのだ。












PLUS.109

疑惑の答







point attack






 トラビアガーデン本部校舎二階F区画。
 教室数は全部で十二。基本的な使用方法は授業前のクラスミーティング。
 トラビアは年少組から全部あわせるとクラス数は十。したがって二クラスあまる状態になる。
 もちろん、あのミサイル事件以後、正式にこのトラビアガーデンが稼動したことはなかったのだが。
「この建物だけでも無事でよかったよなあ」
 ラグナが感想じみたことを言う。たしかにその通りだ。動力室などは全て地下にあるが、操縦室は本部校舎の三階にあるのだ。
 トラビアには他に二つの校舎があったが、片方はミサイル事件の際に、もう片方は先日セルフィがアレキサンダーを呼び出した際に崩れ落ちてしまっている。
 今使える建物はここだけなのだ。
「セルフィ、もう屋内でGF使うのはナシだぜ」
「は〜い」
 久しぶりのラグナとの行動に正直嬉しいのは、ラグナファンクラブの会長としては仕方のないところだった。
 だが、明るく振舞っているとはいえ、セルフィはこのトラビアガーデンを少々苦手に思っている。
 ガルバディア軍のミサイル発射を止めることができなかった。
 トラビア復興についてもSeeDの仕事が忙しく応援に回ることができなかった。
 アーヴァインが亡くなったのもここなら、セフィロスが自分の目の前からいなくなったのもこのトラビアガーデンだ。
(最近ここであまりええ思いしとらんなあ)
 正直に言うと、トラビアのことはできるだけ避けるようにしていた。
 ミサイル発射については、正直憤りもした。サイファーの暴走も、ゼルの余計な一言も、全てが憎らしかった。
 だが、ミサイルを止められなかったという意味では自分も同罪だ。
 このトラビアに来るたびに生じてしまう自分の無力感、罪悪感。
 それが自分をトラビアから避ける原因にしていた。
 そのとき。
「なっ、貴様らどうしてここに!」
 見回りでもしていたのか、二人のトラビア生に三人が見つかってしまった。
 すぐにラグナとユリアンが戦闘態勢に入る。同時にトラビア生たちも武器に手をかける。
「すと〜っぷ!」
 だがセルフィはその間に割って入った。
「な、セルフィ」
 トラビア生たちが驚く。無理もないだろう。いくら暴走しているとはいえ、かつてのトラビア生に対して戦うのは避けたいところだろう。
「久しぶりやなあ。ウチのこと、覚えててくれたん?」
 無邪気にトラビア生のところまで歩み寄る。さすがにこの展開にはトラビア生たちも戸惑いを隠せないでいる。
「ウチらな、別に戦いに来たわけじゃないんよ。話をさせてもらお思てな。で、ラグナ様と一緒に来たんや」
 既にラグナは武器を下ろしている。ユリアンもだ。
「だからみんなが何考えとるのか聞きたいんよ。同じ仲間なのにいがみ合うのは嫌やからな」
「セルフィ。お前……」
「ちゅうわけや。誰がリーダーなん? じっくり話し合お」
「分かった。案内する。だが、武器はよこしてもらう」
「ええよ。はい」
 セルフィはまるで気にした様子もなく武器を手渡す。
 もちろん彼女はSeeDだ。いざとなれば素手でだって戦える。
「やれやれ」
 ラグナは仕方がないと割り切って武器を置いた。ユリアンも同じようにする。
「どこに行くん?」
「第八教室だ」
 トラビア生は三人をそのまま近くの教室に連れていく。どうやらそこが彼らの本拠地らしい。
「セルフィ!」
 当然のことながら、そこにいた十人以上の男女は彼女の出現にあわてふためく。
「まみむめも〜。みんな元気だった?」
 敵味方に別れていながらもセルフィの様子はいつもと変わりない。
「セルフィ、どうしてここに」
「久しぶりやな、マークス。そか、あんたがリーダーやったんか」
「ああ」
 話しかけてきた男性は、体格のいい年長の男性だった。
「あんたはラグナ様に協力してくれる思うて、アタシから推薦しとったんやけどな」
「ああ。協力はしていた。でもな、セルフィ。俺らにも許せることと許せないことがある」
「許せないこと?」
「そうだ。バラムガーデンの連中とつるむのは正直好かん。でもな、今のトラビア考えたら、それしかないのは分かってるつもりだ。でも……俺たち、あいつだけは許せん。あいつがこのガーデンに乗ってるのだけは、我慢できん」
「あいつ?」
 マークスが黙ってしまったので、別の男性が声を荒げて言った。
「決まってるだろ、サイファーだよ! 奴が余計なことしなけりゃ、トラビアはこんな風になってなかったんだ!」
 セルフィは声を奪われた。
 その気持ちは、ずっとセルフィが心の奥に押し込めていた思いだ。
 自分の気持ちを、学友たちがかわりに表現してくれている。
「セルフィはどう思ってるんだ?」
 マークスはその感情を押し殺すように尋ねる。
「アタシ……」
「セルフィは、サイファーのことを許したとでもいうのか。もう、トラビアのことを考えてはくれていないのか」
 そんなことはない。断言できる。
 だが、マークスたちの言うこと、やることは、極端すぎる。
「まあ待ちなって、マークスさんよ」
 だが、そこに声をかけてくれたのはラグナであった。
「ラグナ様。申し訳ありません。今まであなたに協力はしてきましたが、我々はこれだけは譲ることができない」
「そのサイファーがいるってことだろ。だったら簡単な話だぜ」
「簡単?」
「ああ。サイファーを下ろせばいいんだ。それですむ」
「ラグナ様!」
 だが、それに激昂したのはセルフィだった。
 サイファーは、代表者なのだ。今、彼を下ろすなどしたら世界はどうなってしまうのか。
「安心しろよ、セルフィ。だから簡単なことだって。今もう、代表者は八人そろってるんだろ? だったらこれから何をするのかなんて、だいたい見えてきているはずだ。それなら、さっさと目的だけ達成すれば、晴れてサイファーはここから出られるってわけだ」
「でも」
「俺な、サイファーとかって奴の気持ちは、少しだけだけど分かるつもりだぜ。俺なら、ガーデンにはいたくない。昔のところに戻るってのは勇気がいることだ。セルフィも、分からないか?」
「あ……」
 ラグナは、エスタの大統領となってからもウィンヒルに戻ることはなかった。
 レインの死を告げられ、ウィンヒルというところに戻る理由がなくなったからだ。
 だが、一度くらいは墓前で手を合わせたいとは考えないだろうか。
 ラグナはきっと、それを避けたのだ。
 もし、エルオーネを探しに行かず、レインの傍にいたならば、きっと死に目には会えただろう。
 エルオーネのせいだなどと言うつもりは毛頭ない。
 だが……後悔しているというのも、確かなのだ。
 そしてその気持ちは、セルフィもまた同じだ。
 バラムガーデンでSeeDとなり、あのミサイル爆撃後に一度だけ訪れたこのトラビアガーデン。ここが復興のために活動しているのを、見て見ぬ振りをした。
 SeeDの仕事で忙しかったこともある。
 だが、自分はあのミサイル爆撃を止められなかった。その後ろめたさ、後悔、それらが自分に降りかかってくるような気がする。
 だから、トラビアには戻りたくなかった。
 同じ気持ちを、サイファーもまた抱いている?
 きっとそうだろう。自分の軽率な行動でトラビアを破壊してしまった。そして、バラムでたくさんの死者を出してしまった。
 戻る気など、一ミリもなかったに違いない。
 それでも、代表者であるということからガーデンに戻ってはきたが、きっと彼のことだ、全てが終わればここから出ていくということになるのだろう。
「はい、分かります」
「だろう? というわけで、別にお前らがこんな反乱なんてする必要はないんだ。あと十日かそこら待てば、勝手にいなくなるんだからよ」
「けっ、くだらねえ。俺が邪魔なら邪魔と言えばいいじゃねえか、ったくまどろっこしい連中だぜ」
 その乱暴な言葉使いは。
 セルフィが振り返る。扉のところに、白いコートを羽織った男が一人。
「サイファー!」
 トラビアの生徒たちがいっせいに戦闘体勢に入る。
「サイファー……どうしてここに」
「ああ? 正面から入ってきたに決まってんじゃねえか。あんな見張りなんざ俺にとっちゃいないも同然よ。ったく、まどろっこしいこと言ってねえで、さっさとケリつけちまえばいいだろ」
 ケリ?
 セルフィはやな予感を覚えたが、そんなものは関係なしにサイファーはずかずかと中に入り込んでくる。
「ほらよ」
 サイファーが手にしていたガンブレードをマークスに手渡す。
「俺を殺したいんだろう? だったらやってみるがいいさ」
「サイファー!」
 ユリアンが声を上げる。
「な……」
「殺したいんだろ? いいぜ。抵抗しねえからやってみろよ」
 不敵な態度で言われても本気には到底見えない。
 だが、サイファーのことを少しでも知っている人間なら、それが本気だということは分かる。彼は常にどんな馬鹿げた行動を取っていたとしても、それは本気の行動なのだ。
「ちょっと待ってくれねえかな」
 さすがにラグナが困ったように頭をかいてから腕を組む。
「あいつのオヤジか。悪いけど俺はあんたの命令は聞かないぜ」
「いやあ、別に命令なんかするわけじゃないけどよ。その前にち〜っとばかし、ここは俺に任せてくれねえかな」
「解決を先延ばしにするようなら御免だぜ。この場でこの問題は解決しねえとまずいんだろ」
 サイファーは分かっていたのだ。
 トラビアが突然行動を起こしたのは何が原因だったのかということが。
「しゃ〜ねえな〜。ま、そういうことなら俺もちょっとフンドシしめてかかんねえとな」
 ラグナが人懐こい顔で言う。この人物もこれで本気なのだから、結構いいコンビなのかもしれない。
「まずお前を死なせるわけには絶対にいかねえんだよ。お前は世界を救う代表者だからなあ。というわけで、身代わりをたてるってことでどうだ?」
 意味不明だ。
 ラグナがいったい何を言いたいのか、誰も理解ができなかった。
「俺が身代わりになるぜ。それでいいだろ?」
 いいわけあるか。
 思わずその言葉が出かかった人間が十人強(つまりはその場にいた全員だ)。
 トラビアの生徒たちはまずサイファーが許せないのであって、身代わりが何百人いようが関係ないのだ。その上ラグナはこのガーデンの建て直しに尽力してくれている人物だ。その人物が身代わりになるというのは理由が分からない。
「……それはラグナ様の顔をたてろということですか。それとも脅迫ですか」
 マークスがなんとか声を絞り出す。
「どっちでもねえよ。どっちもって言うかもしれねえけどな。ま、そんな些細なことはどうでもいいんだ。ようはこれよ」
 ラグナは懐から一枚のエスタコインを取り出す。
「こういうときはよ、どんなにいい解決策を出したってうまくはいかねえんだよ。そうだな〜、あれは七年前だったかな。エスタでやっぱり俺の部下が二つに分かれちまってよ。ああでもないこうでもないって喧々諤々の大論争になっちまってよ。ちょうど俺が宇宙から帰ってきたところにその騒ぎだったから、俺もどうしたもんかと思ってな」
「つまり?」
 イライラした様子でサイファーが話を促す。
「おお、そんときに使った技がこれよ。このコイン。これで白黒つけようってことになったんだよ。どうしてだか分からねえんだけどよ。ま〜どうにもなんねえときは神だのみってな。というわけで、お前らもこの一枚のコインに賭けてみねえか?」
「何を?」
「全てをよ。もしも表が出たらお前の勝ち。裏が出たら俺の勝ち。勝った方に従うってのが一番楽でいいだろ? その際は遺恨はあってもそのことは考えないようにして行動すること。ま、別に永遠にサイファーと一緒にいなきゃいけないってわけでもないんだから、期間限定で我慢するか、この場でたたき出すかの二者択一ってことだ」
「身代わり、というのは?」
「おお、だから俺が負けたときは悪いんだけどよ、俺がサイファーの代わりにこの船下りるからそれで勘弁してくれねえか」
 それでは意味がない。
 全く、この能天気大統領はそこから先をどうしても理解ができないようだ。
「かまわねえぜ。俺をネタにしろよ」
 サイファーが疲れたように言う。
「行き先はもう決まってんだから、どうにかして目的地まで行きゃいいんだろ。かまわねえぜ。俺が勝てばこのままガーデンは地獄に一番近い島行きだ。俺が負ければこの場で海に飛び込んでやらあ」
「おいサイファー」
「あんたには悪いがな。俺にもちっぽけだがプライドってもんがあんだよ。身代わりになんかなられてたまるか」
 こうなってはサイファーも後には引けない。やれやれ、とラグナは肩をすくめる。
「つーわけで、サイファーは覚悟決めたみたいだけどよ、お前らはどうする? 賭けに乗るか?」
 当然マークスは何故賭けになるのかが分からないだろう。だが、これでゴタゴタを一気に解決できるのなら、それもいいのかもしれない。
 トラビアの生徒たちはお互いに顔を見合わせる。最終的にはリーダーのマークスに視線が集中する。
「いいでしょう」
「よっし。どっちが勝っても恨みっこナシな。ちょうどこのエスタコインに俺の絵が描かれてるんだ。分かりやすいだろ。じゃ、行くぜ」
 キン、と甲高い音がしてコインは回転しながら宙を舞った。
 何の前触れもなく突然始まった運命の賭け。
 誰も心の準備をしていなかっただけに、全員の視線が一気にコインに集中する。
 そしてコインは床に落ちる。出た面は──ラグナの絵が描かれている側だった。
「というわけで、俺の勝ちだな」
 ラグナがニヤリと笑った。マークスはため息をついた。
「仕方がないですね」
 あきらめたように言う。他のトラビア生徒たちも悔しそうに俯いた。
「おお、恨みっこナシだぜ。俺もお前らとバラムの連中と区別するようなことはしねえからよ、お互い協力してやっていこうぜ」
 晴れた顔でラグナが言う。
「というわけで、お前は期間限定で自由の身だぜ、サイファー」
「けっ」
 つまらなさそうにサイファーが呟き、部屋を出ていった。
「待てよ、サイファー!」
 ユリアンがその後を追う。はあー、とセルフィがそれを見てため息をついた。
「もうラグナ様、冒険がすぎます〜」
「はは、悪い悪い。けどよ、俺これで一度も負けたことがないんだよな、これが」
 ラグナは苦笑した。



「何を怒っているんだい、サイファー」
 ユリアンが引き返すサイファーの隣で声をかける。
「怒ってるように見えるかよ」
「見えるよ。突然不機嫌になったからどうしたのかと思った」
「ちっ、どうやら気づいてるのは俺だけかよ」
 サイファーは吐き捨てた。ユリアンは何を言われているのかが分からず、首をかしげる。
「八百長だぜ、あれは」
 サイファーの小声が、非常にリアルにユリアンに届いた。
「そ、それって、でも、どうやって?」
 ネタは簡単だ。ラグナの絵の方が出たから賭けを申し出たラグナの勝ちだと思わせた。
 だがラグナは先に表が出たらマークスの勝ち、裏が出たらラグナの勝ちだと言った。コインは普通、絵が描かれている方が表で、数字が書いてある方が裏だ。もしラグナの絵ではなく数字が描かれている方が出たなら、裏が出たからラグナの勝ちだ、とでも言うつもりだったのだろう。
 つまり、あの時ラグナの絵が描かれている方が上に出たのだから、あれは表だったのだ。つまり、ラグナは負けていたのだ。それなのに、誰にも気づかれないように強引に話を進めてしまった。
 何人かは思ったに違いない。ラグナの絵が出たとき、これでどちらの勝ちになったのだろうか、と。
 だが、そんな疑問を口に出させることもないままに、リーダーのマークスが頷いてしまった。だから他のメンバーも頷くしかなかった。
「トリックでもなんでもねえよ。あいつの人柄とその場の勢いで誰も詐欺に気づいてねえだけだ」
「……そのことに気づいたサイファーの方がすごいよ」
 ユリアンは頭をおさえた。
「んなことより、ほらそこだぜ。姫さんのいる教室は」
「ああ。ありがとう、サイファー」
 ユリアンは頭を下げてからその教室の中に入っていく。それを見送ってサイファーは改めて「けっ」と吐き捨てた。






110.過去の縛

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