相手を束縛することはしたくない。
いつもお互いのことを想いあっていたい。
その気持ちは、相反するのだろうか。
私はずっと彼の傍にいたい。
でも彼の重荷にはなりたくない。
ただ私の願いは──
──分からない。
ＰＬＵＳ．１１１
終焉の時
She had no words to express her feelings.
「こいつは……」
ラグナはそれを見たとき、さすがに目を疑った。
宙に浮いたスコールを中心に螺旋状に風が渦巻いている。二人だけの世界に誰も侵入されないように。
セルフィもジェラールも、さすがに言葉を失った。
「リディア」
ジェラールが駆け寄る。放心状態のリディアはようやくそれで我を取り戻したように首を振った。
「ジェラールさん」
「あれは、いったいどうしたというんだい？」
「リノアさんが……」
その一言で、三人はほぼ状況を察した。
リノアが首を刎ねられて亡くなったということは既に全員が聞き及んでいる。
つまり、今スコールに取り付いているのはリノアの亡霊。
魔女としてのリノアの力が、そのままスコールに取り付いている。
（そんなん……）
セルフィはその様子を見つめて悔しそうに顔をゆがめる。
（二人ともかわいそうやんか）
死んでも死にきれないリノアと、亡霊に苦しめられているスコール。
こんな状況が正常であるはずがない。
セルフィは何もできずにその二人を見つめているリディアに近づく。
考えてみると、直接リディアと話したことはなかったような気がする。だが、このときのセルフィはかなり怒っていた。
「ね〜」
その怒りをこらえて、彼女はリディアに話しかける。
「はい」
「スコールのこと、好き？」
ラグナが興味深そうに視線をこちらに向けてくる。
「……はい」
「それじゃあ、ちゃんと捕まえておかなきゃ駄目だよ」
もうリノアはいないのだ。少なくとも、その体は失っている。
セルフィはリノアのことが好きだった。スコールに対していつも全力でぶつかっていくリノア。自分の気持ちも信念も決して曲げないリノアが大好きだった。
だが、それは生きていればこそだ。死んでしまったら何にもならない。
「リノアに遠慮しちゃ駄目だよ」
「ですが」
「本当に好きなら、他の全てを犠牲にしてでもその人を奪い取るくらいの気持ちがなきゃ駄目なんだよ〜」
口調はほのぼのとしているが、その言葉にはセルフィの本当の気持ちがこめられている。
自分は覚悟が足りなかった。
セフィロスについていくために、それ以外の全てを投げ出す覚悟は持っていなかった。
「二人ともこんな状況でいいはずがないからね」
セルフィは苦しむスコールの表情を見つめて、顔をしかめる。
「ジェラール、援護してくれる？」
「もちろん」
「リディアはスコールを連れ戻して」
「連れ戻す？」
「そう。今からリノアを強引に引き剥がすから、その間にスコールに正気を取り戻させて。あのままだと、何回でもリノアが取り付いちゃうことになるから」
「でも、どうすれば」
「も〜っ！」
セルフィは両手でパチンとリディアの頬を挟んだ。
「スコールが好きなら、全力で奪い取れ！」
「……」
リディアが目を丸くして正面の少女を見つめる。
奪い取る。
そんな強引な方法を考えたことなどなかった。
仲間と協力し、幻獣と力をあわせることで自分の力を高めてきた自分にとって、自己を主張するということは協調するという姿勢を崩すことになるのではないかと思い込んでいた。
そうだ。
バハムートも言っていたではないか。自分の気持ちを伝えることが大事なことだと。
「わかった」
リディアは目の前の少女にたくましさと頼もしさを覚える。
誰が相手でも、心を解きほぐす力をもった少女。
セルフィはそれを見てにっこりと笑った。
「オッケー。それじゃ、チャンスは一回だからね」
「待て、セルフィ」
だが、今度は別のところからストップがかかった。
「ラグナ様？」
「やめるんだ。あんたがそれをやる必要はない」
「も〜、そんなこと言ってられないでしょ？ それともラグナ様は、スコールがあのままでいいの？」
「だが、あんたに」
「二言はなし！」
ラグナにしては珍しく苦しそうな表情だった。ジェラールもこんな表情のラグナを見たことは一度もない。
「それに」
セルフィは真剣な表情に変わった。
（アタシにも覚悟が必要だから）
覚悟を決めたのは自分だけではない。
セフィロスを自分のものにするためには、今以上の覚悟を求められるのだ。
どんなことを請求されても応えられるだけの心を手にする必要がある。
そのために。
（必要というわけじゃないけど）
後悔はしない。
大切な友人の忘れ形見くらいに思えばいい。
「援護っ！」
セルフィはスコールに向かって突進する。
「風には土を」
ジェラールは魔法を唱える。
「ストーンシャワー！」
そのスコールに向かって、大量の土柱が降り注ぐ。
気流が、弱まる。
「リノアッ！」
セルフィはスコールに組み付き、その中にいるリノアに呼びかけた。
（アタシの声を聞いて、リノアッ！）
正直に言うと、リノアに対して思うことは色々あった。
森のフクロウのリーダーとして最初に出会ったときのこと。こんな貧弱な組織でいったい何をしたいのか、全く分からなかった。何を考えて行動しているのか、理解に苦しんだ。
スコールに一生懸命噛み付いているのを見て、なんでそんな無意味なことをするんだろうと思ったりもした。
そう。
最初は、嫌いだった。
（でも……）
次第にスコールを変えていくリノアを見て、人の力の凄さを見せ付けられた気がした。
絶対に変わらないと思っていたスコール。
それが徐々にリノアになびいていく姿を見るにつけ、人の想いというものに力があることを証明させられた。
自分には、それだけの力はないと正直に思う。
だから、その力が今は切実に欲しい、と思う。
（たとえ、どんなことをしてでも……）
脳裏に銀髪の妖精の姿が思い浮かぶ。
「リノアッ！」
セルフィがスコールに組み付く。一瞬、スコールの中の意識が自分の方へ向く。
その瞬間だった。
「スコールさん」
リディアが、束縛の弱まったスコールに話しかける。
「りでぃ……」
「私は、騙していました」
リディアは弱まった風の妨害を乗り越え、スコールの頬に手をあてる。
「あなたも、自分も。ここにいるリノアさんに対する負い目が、私に何も言わせることができませんでした。でも、苦しんでいるあなたをこのままにしておくことはできません。私は、生まれて初めて、自分のために行動しようと思います」
今までは、仲間のため、誰かのために常に活動してきた。
だが、セルフィに教えてもらった。
この恋だけは、誰にも譲ることはできないのだと。
譲れないのなら、奪い取ってもいいのだと。
「あなたが好きです」
素直な、心からの言葉。
「だから、あなたの傍にいたい。傍にいてほしい。ずっと」
「り、でぃあ」
スコールの意識が覚醒する。
「俺は」
もう、リノアの束縛はなかった。
モノが落ちたかのように、穏やかな表情でスコールは自分の頬に触れる手に自らの手を重ねる。
「さっきの言葉の続きを言いたい」
「はい」
「俺は君のことが好きだ。傍にいたいと思う。君の傍でなら安らげる」
（スコール）
その言葉の直後、彼の中にいた意識から絶望という感情が一気に満ち溢れる。
だが、その感情がスコールを縛ることはなかった。
「すまない、リノア」
スコールはそのまま、リディアを抱きしめた。
「俺は、お前の気持ちには応えられない」
（スコール、スコール！）
「俺には、リディアしか見えない」
それは拒絶の言葉。
リノアという亡霊から、完全に取り払われた証明の言葉。
（スコールッ！）
リノアの叫びはもう届かない。
もう、スコールの意識はリノアには向かない。
（スコール、スコール、スコール、スコール、スコール）
「リノア」
スコールの意識から弾き飛ばされていくリノアの意識を、セルフィが受け止める。
（セルフィ）
「もう、リノアは死んだんだよ」
セルフィは今度はリノアを自分の体内に取り込んでいく。
（嫌……）
「リノアが悪いわけじゃない。でも、それは現実だから」
誰が悪かったわけでもない。すべては現実なのだ。現実の積み重ねが今になっているにすぎない。
トラビアガーデンがミサイルで崩壊したことも現実。
リノアが亡くなったということも現実。
（わたしは）
「もう、お休みの時間だよ」
セルフィは自分の中にリノアを少しずつ取り込んでいく。
「魔女の力は、アタシが引き継ぐから」
大切な友人の忘れ形見として。
そして、セフィロスと向き合う自分の覚悟の証として。
（セルフィ……）
「だから、おやすみ」
（嫌……）
「わがまま言ってると、ジエンドしちゃうぞ〜」
（いやだ、スコール、スコール、スコール、スコール、スコール……すこー……）
情念だけを、ただセルフィの心に残して。
リノアの意識は、完全に消滅した。
全てが終わって、バスケットコートには抱き合うスコールとリディア、立ち尽くすセルフィ、そして外側からその光景を見ていたラグナとジェラールがいた。
「終わりましたね」
ジェラールは汗をぬぐいながら言う。
「ああ」
ラグナはしっかりと抱きしめあっている二人を見て、少し安心したかのように胸をなでおろしていた。
「セルフィには、ちっと酷なことになっちまったけどな」
「僕はそうは思いません」
ジェラールは右手を握り締めながら、倒れているセルフィを見つめた。
「きっと、彼女は望んでそれを受け入れたんだと思います」
魔女の力は継承する。
友人の力を継承したことも、強い力を継承したことも、セルフィにとってマイナスの意味は持たないだろう。
たとえ魔女だとしてもかまわないのだ、彼女にとっては。
彼女が認められたい相手は、たった一人だけなのだから。
「にしてもな〜」
ラグナはにやにやと笑いながら息子を見つめる。
「これが土降って風治まるってやつか？」
「……雨降って地固まる、です」
「おう、それそれ」
確かにストーンシャワーは降らせたが、そんな間違い方をしなくてもいいだろうに。
ジェラールは苦笑をこらえきれなかった。
１１２．終幕の時
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