詩人よ歌え、物語の第四幕を。












PLUS.113

『完全な人間』







the perfect human






 アセルスと別れたカインはブリッジへとやってきた。
 今後のことを話し合わなければならない。現状でトラビアを指揮しているのはラグナだ。本来はスコールとブルーにもいてほしかったのだが、彼らには彼らでやることがある。
「よう、起きたか」
 ラグナが人懐っこい笑顔でカインを出迎えた。
(この男は父親に似ている)
 いや、似ているというのではない。誰をでも抱え込めるほどの強力な父性の持ち主なのだ。
 天性の指導者。
(セシルとは違うタイプだが)
 そのセシルをすら許容してしまうほどの大きな心の持ち主。
 それが、目の前の男だ。
「迷惑をかけた。そしてこれから迷惑をかけることになると思うが」
「迷惑なんかじゃねえよ。お前だってまだ若いんだから、大船に乗った気持ちで頼ってくれていーんだぜ?」
「助かる。早速だが、今後のことを話したい」
「OK。んじゃ、がさっとすませちまおうぜ」
(がさっと?)
 妙な表現だったが、あえてそこは確認せずカインは話を始めた。
「F・Hには向かっているんだな?」
「ああ。どのみちこのあたりじゃ物資を補給するにはF・Hしかねえよ。というより、世界規模で安定している場所がF・Hしかないって状態だからな」
 確かにその通りだ。エスタには月の涙が落ち、ドールは大火事、ガルバディアとトラビアは復興の目処がまるで立たない状態。唯一バラムだけがまだ被災していないが、いつ何が起こるかなど知れたものではない。
「世界規模で人口が減少してるぜ。エスタの概算だけどよ、魔女戦の前から比べるとざっと三分の一は減っている」
「……そんなに!」
 しかも残りの三分の二のほとんどは被災にあって家を失ったり明日をも知れぬ状態なのだ。
 エスタのモンスターはいまだに活動中だし、ガルバディアでは混乱から軍部によるクーデターが起こる気配もあるという。
「それで考えたんだけどよ、このガーデンって実は結構広いのな。建物を作るスペースはいくらでもある。一つの都市以上の大きさがあるんだ」
「それは分かっている」
「だったらよ、このガーデンを難民船に使うって案はどうだ? もちろん、カインたちの行動を全面的に支援するっていうのが先だけどよ」
 ──これだ。
 とにかく、自分が正しいと思ったことを即行動に移すことができるその活力。
 まさに天性のリーダー。王に最も相応しい人物。
「F・Hでたくさん技術者乗っけてよ、資材さえ積んでおけば移動しながらでも建設は可能だしな。悪い案じゃないと思うんだけどな」
「ああ。悪い案ではない」
 だが、常に問題は起こる。そして問題を起こすのは常に人なのだ。
「最悪の場合はその方向でガーデンは活動してくれ」
 今以上に世界が混乱し、この世界に住む人間が死滅しそうな時には──そんなことが起こるはずもないが。
「OK。んじゃ、今後のことだな」
「ああ。どのみちバラムの人間が大量に移ってきている。建物は作らなければならない。F・Hで人を雇ってくれ。金はいくら使ってもかまわない。ついでに、その金で買っておいてほしいものがある」
「なんだ?」
「資源・エネルギーだ。もし今以上に世界が混乱すれば、貨幣経済が成り立たなくなる可能性も生じる。もしかしたら、薪と黄金を同じ重さで取引するようなことにもなりかねない。だったら今のうちに可能なかぎりエネルギーを確保しておくべきだ」
「分かった。カイン、お前って随分経済感覚に鋭いんだな」
 カインは肩をすくめた。
「ガーデンの運営については基本的に一任したい」
「そいつはかまわねえけどよ、でもいいのか?」
「今はバラム派・トラビア派を作るのは好ましくない。あなたが指導者となってこの庭を導くことが最も理想的だ」
 これからカインたち異世界の住人は天空城と地獄へそれぞれ移動しなければならない。その時このガーデンに残るメンバーの中で最もリーダーに相応しいのはラグナ以外にはありえない。
 そしてラグナならば、決して誰かを優遇するようなことはせず、平等にガーデンを運営できるだろう。
「案外この仕事も大変なんだがなあ」
「あなたを見ていると、昔の友人を思い出す」
 率直な感想をカインは述べた。
「友人?」
「ああ。やはりリーダーとして相応しい男だった。俺なんかとは比べ物にならなくてね」
「そうなのか?」
 うーん、とラグナは腕組みして考える。
「でもお前も結構リーダー向きの人間だぜ?」
 まただ。
 アセルスにも、そして以前には他の誰かにも言われたような気がする。
「俺はその友人の真似をしているにすぎない」
「そうじゃねえよ。真似したってできることとできないことがあるんだからよ。お前の資質は天性のものだと思うぜ」
「やめてくれ」
 カインは左手で頭を押さえた。
「俺はそんなんじゃない」
「そう思ってるのは自分だけってこともあるんだぜ?」
 苦悶の表情を浮かべる彼の肩を、ラグナは手でぽんと叩く。
「お前はもう少し、客観的に自分を見るべきなんだろうな」
「充分にそのつもりだ」
「自覚が足りないぜ。今の自分に満足してるようじゃ、守りたいものも守れねえ」
 一瞬で血が昇り、思わず殴り倒そうとした──が、ラグナのその表情に憂いの色を見て、すぐに血は引いた。
(……失ったことがある、年長者からの助言ということか)
 守りたいもの。
 それは、確かにある。
 失ってからでは、それに気づいても遅い。
「……考えてみる」
「おう。でも安心したぜ。案外コドモっぽいところもあるんだな」
「子供?」
「ああ。他の連中からお前の評判聞いたけどよ、二十代の前半でどうやったらそんなに達観できるのかって、感心してる連中が多かったからな」
 確かに自分のこれまでの人生を振り返れば、達観せざるをえないことをしてきたと思う。
 そして同時に、人を裏切らず、人に信頼されることがどれだけ自分にとって救いとなっているかということも分かる。
 だから裏切ることはできない。
 仲間の信頼に応えなければならないから。
 だが。
(……心の中では、全てを投げ出してもかまわない、裏切ってもかまわないという意識は残っている)
 一度裏切りの罪を犯した自分には、最後の最後で逃げ出してしまわないだろうかという危険がどうしても残る。自分は他の誰よりも自分が一番信用ならない。
「ま、守りたいものがあるんだったら大丈夫だ。それだけで人は生きていけるからよ」
「あなたにもそれがあるのか?」
「俺か?」
 うーん、とラグナは腕を組んで天井を見上げる。
「昔はあったというべきかな。でも、今もあるぜ。連れ合いが残した子供たちがいるからよ」
「そのためだけに、あなたは生きていると?」
「そんなことはねえけどよ。でも、一番大切な、っていうんならやっぱり自分と関係の深い相手が出てくるんじゃねえか?」
 一番、大切な──。
 それはローザのことだと思っていた。
 二人を裏切ったあの時、自分はローザを何としても奪いたいと思った。
 精神をあやつられていた、などというのは詭弁だ。そのことは自分が誰よりもよく分かっている。自分の中にそうしたいと望んでいたのは事実だ。いや、今ですらそう思っている。
 現状ではセシルとローザの間に入ることはできない。
 それなら、力づくで奪ってみせる。
 そんな行動を取ってしまう相手に、大切だと言うことはできるのだろうか。
 だが。
 そうして相手を傷つけて、苦しめていたときでさえ。
 傍にローザがいてくれたあの時は、自分は幸せだった。
 ──やはり、救い難い。
「あなたは色々なことを考えさせてくれる」
 素直にカインはそう答えた。
「そうか?」
「ああ。だが、この話はこれくらいにしておこう。話を本題に戻す」
「OK」
「ガーデンの運営はあなたに任せる。F・Hに着き次第、使える人材を送って技術者たちを雇い、ガーデン内部の建築を請け負わせてくれ。とにかく設計ができる人材が必要だ。労働力自体はいくらでも余っているからな」
「了解」
「その時点で俺はスコール、イリーナ、セルフィ、アセルスを連れてラグナロクで天国へ一番近い島へ向かう。ガーデンは代表者たちを連れて、建物を建設しながら地獄へ一番近い島へ向かってくれ」
「全て理解したぜ」
「では、後は任せてもいいだろうか。俺は他の連中と打ち合わせてくる」
「了解。カイン」
「なんだ?」
「この世界を、頼むぜ」
 さらり、と最後にそんな凄いことを平気で言う。
 やはり、この男は天性の指導者だ。
(指導者……?)
 そうか。
 ハオラーンが言っていた、指導者とは……。
「ん、どうかしたか?」

 この男だったのか。

「……いや、なんでもない」
 そしてカインはその部屋を辞退した。












「ん〜っ、と」
 その小柄な女の子は一つ大きく伸びをして、はあっ、と息を吐いた。
 駆け抜ける風が心地よく、見渡す限りの地平線が爽快感をもたらす。
 陽は高く、空が青い。
 世界はこんなにも乱れているのに、世界はこんなにも美しい。
「こんなところで何をしておいでですか、レイラ?」
 ポロン、と竪琴を鳴らし、吟遊詩人が現れる。
「あれ、ハオラーンは天国に一番近い島へ向かったんじゃなかったっけ」
 レイラと呼ばれた女の子は不思議そうにその吟遊詩人を見つめる。
「その予定でしたが、もうしばらく時間がありそうなので、あちこち飛び回っています」
「ふうん、大変ね」
「あなたほどではありませんよ。トラビアガーデンにあの『首』を連れていったのはあなたでしょう?」
 以前彼女が持っていた白い袋。あの中にきっと、その『首』があったはずなのだ。
「まあね」
「スコールとリノアを結びつける作戦は失敗したみたいですね」
「それは別にいいんだよ。だって、リノアお姉ちゃんが失敗したなら、私がスコールと一緒にいればいいだけのことだから」
「そうしてあなたは『あの人』の意思を遂行するのですか?」
「そ。この世界に住む『真の魔女』であるお母さんのね」
「私にただ一つだけ分からないことがあるとすれば、あなたの母親だけですよ、レイラ」
 詩人は、かすかに殺気を帯びた。
「教えていただけませんか。『あの人』はいったい何をなそうとしているのか」
「少なくても、カオスとは全く違う理由だよ。滅びが目的じゃない。お母さんが求めているのは『完全な人間』だから」
「完全な?」
「そ。完全な人間を作り上げること。それだけがお母さんの望み。でも、それで何をしたいのかは知らない」
「あなたはそのための人柱なのですか?」
「そんなつもりもないけど。面白いから付き合ってるっていうのが本音かな」
「そのためにラグナやスコールを狙っているのですか」
「お母さんがね。魔女の血と指導者の血をかけあわせることで、完全な人間ができると考えてるみたいだから」
 しばらく沈黙が流れる。
 太陽は相変わらず輝き、風が申し訳なさそうに二人の間を横切る。

「……ジュリアはまだ、生きているのですか?」

 レイラはにっこりと笑って答えた。
「もちろん」






114.天国と地獄

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