F・Hからラグナロクが飛び立っていく。
それを見送る者たちの目は険しい。
唸り声をあげて、空の彼方へ飛び去っていく。
全ての音が消え去り、影も形も見えなくなっても。
まだ、何人かはその消え去った方角を眺めていた。
PLUS.114
天国と地獄
knock'in on your door
それは、前日の夜のお話。
リディアとスコールは簡単に別れを済ませていた。
お互いにこれが最期の別れになるなどとは微塵も思っていない。お互いがお互いの目的を為すために一時的に別れるだけなのだ。
リノアの件で逆に信頼を深めていた二人は、お互いの為すべきことを少しも妨害するつもりはない。
再び、出会う。
次の戦いが終わるまで、少しの間、離れることは辛いことではない。
別れは、再会への始まりなのだ。
「セフィロスと会って、倒すの?」
リディアは簡単なように聞いた。
「ああ。たとえ俺がリノアを愛していなかったとしても、あいつは仲間だった。仲間の仇は絶対に取る。あいつを許さないという気持ちには少しも揺らぎはない」
「セフィロスがクリスタルを狙っているのなら、必ず天空城で会うことになる。私はサポートできないけど……」
「大丈夫だ。逆に俺は、君を守れなくなるのが辛い」
スコールはその綺麗な指で可愛らしい女性の小さな手を取る。
「俺は、君を守りたい」
「気持ちだけで、充分」
リディアは微笑んで、スコールに近づく。
そっと頬に口付けた。
「死なないで」
「君も」
スコールは強く、リディアを抱きしめた。
アセルスの元へブルーがやってきたのは、出発の前夜だった。
アセルスにしても自分からブルーのところへ謝りに行くこともできず、このまま出発していいのかという不安と苛立ちの中にいた。
そんな折の、深夜の来訪だった。
「なんだよ」
低気圧をそのままブルーにぶつけたが、彼は怯むことはなかった。
「これで最後になるかもしれないから、別れを言いに来た」
「最後?」
その言葉に、いっそう彼女の機嫌は悪くなった。
「ああ。お互い次の戦いは死戦になるだろう。生きて必ずまた会えるという保証はない。だから、今の気持ちのまま僕は戦いに臨みたくはなかった」
「あんたが──」
「そう。僕が悪かった。でも君は僕に謝らせてくれなかった。だから、どんなことをしても君に分かってもらいたかった」
「アタシは人の心にずけずけと入ってくる奴なんかとする話はないよ」
「それに関しては全面的に僕が悪かった。本当にごめん。でも、僕は考えたんだ。この数日間ずっと。ルージュのことなんかじゃなく、ずっと君だけのことを考えた」
まずい、とアセルスは逃げ腰になった。
ブルーは、相当に覚悟を決めてきた。
何を言うにしても、自分はそれに流されてしまうかもしれない。
いけない。
自分は人間に戻るまでは、絶対にブルーに心を許してはいけない。
ブルーに少しでも期待を持たせてはいけない。
「僕は、君が人間に戻ったところが見たい」
「なんだって?」
「君がそれだけ、人間というものにこだわっているのを見て、ずっと思っていたんだ。人間に戻ったアセルスはどうなるんだろうか、今のままのアセルスなんだろうか、それとも変わってしまうのだろうか。ずっと考えた」
「そんなの……」
変わるはずがない。
人間から半妖に変わったときだって、性格に変化はなかったのだ。
ただ血の色が変わっただけで。
「僕は見たい。君が人間になったところを。人間に戻って喜ぶところを。だから、絶対に死んでは駄目だ、アセルス。生きて、必ずまた会うんだ。君はもう、僕のことを嫌ってしまったのかもしれないけれど、僕は違う。僕は──」
「ストップ!!!」
大声を上げて、強引にブルーの言葉をさえぎる。
そして、彼の胸に顔をうずめた。
両手で彼の服を握り、俯いて彼に顔を見られないようにする。
「頼むから、その先は言わないでくれ。アタシが人間に戻るまで……」
ブルーはその言葉に何かを気づいたのか、そっと彼女の肩を優しく抱いた。
こうして泣くのは二度目になる、とお互いが昔を思い返していた。
イリーナはレノ、エアリスと歓送会を開いていた。
トラビアに来てから三人はこうしてよく酒を飲むようになっていた。エアリスも酒が嫌いというわけではなかったし、特別弱いわけでもなかった。
問題はイリーナだった。下戸というわけでもないのだろうが、すぐに酔っ払って突然歌いはじめたりレノに絡んだりしていた。
やがて、イリーナが爆睡モードに入ると、やれやれという様子で二人が飲みなおす。それがここ数日の常であった。
「レノはイリーナが心配?」
レノは肩をすくめただけだった。
別に心配というほどのものではない。彼女は自分の肉親でも所有物でもない。
単なる仕事仲間。それ以外の感情を抱いたことは一度たりともない。
少なくとも、イリーナ、という存在に対しては。
「そういうお前こそ、複雑な心境だぞ、と」
そう。エアリスこそ心境としては複雑だった。いや、ある意味吹っ切れたのかもしれない。
カインに見てもらえないことが辛くて、ひどい目にあったティナなのにそれがうらやましくて。
自分がひどい人間だというのに気づくまで、それほど時間はかからなかった。
「ねえ、レノ」
「なんだぞ、と」
「神様って、いるのかな」
二人の間で、言葉が途切れる。
自分はどうして、思った人に振り向いてもらえないのだろう。
ザックスも、クラウドも、カインも、みんな他の女の子を見ていた。
今度こそ、カインに見てもらえるのかと思った。
神様がくれたプレゼントなのだと思った。
それなのに、カインは私を見てくれなかった。
「これが神様のしたことなら、ひどすぎるよね」
「神様なんて不平等だぞ、と」
「そうだよね」
ふと、酒に任せてひどいこと言ってみようかと思った。
思ったらもう、口に出していた。
「レノには、誰か好きな人がいるの?」
残酷な質問だっただろうか。
「別に俺はお前のことが好きだってわけじゃないぞ、と」
憮然とした表情でレノは答えた。
「そうなの?」
「あんたのことは嫌いじゃないが、俺にも他に好きな女はいたぞ、と」
「誰?」
興味津々でエアリスが尋ねてくる。
「あんたの知らない女だぞ、と」
「聞かせて聞かせて」
「ったく……悪趣味だぞ、と」
はあ、とため息をついて答えた。
「前のタークスの主任、俺の直属の上司だった女だぞ、と」
「ふ〜ん」
そこまで聞いて、エアリスは話を打ち切ろうと思った。
この話の流れは、よくない。
「自殺だったぞ、と」
ぽつりと呟いた言葉に、大きな憂いが見えた。
「ごめん」
「気にしてないぞ、と」
実際、レノはそれほど聞かれたことに対して気にしていたわけではなかった。
ただ、それを思い返すとき、ついイリーナのことを考えてしまう。
タークスの主任であるツォンに憧れ、そして永久に失われた。
まるで昔の自分を見ているかのようで、辛い。
だからせめて自分のかわりに幸せになってくれれば、とも思ったのだがカインはどうやらイリーナを幸せにしてやるつもりはないらしい。
なかなか、世の中というのはうまくいかないものだ。
本当に神様というのは不平等に人間を導くものらしい。
カインはF・Hの広場で新しい槍を振るっていた。
以前使っていたグングニルには劣るが、このミスリルスピアは武器としては悪くない──もちろん、この先の戦いを考えると戦力ダウンは否めないが。
だが、自分にはウェポンがある。
自分が天竜に認められれば、新しい槍が手に入るはずなのだ。
もちろんそのためには、自分が変革者であるということを認めなければならない。
望んで変革者になろうとは思わない。
だが、世界を救うためならば、この際自分の資格などはもうどうでもいいのかもしれない。
いずれにしても。
(守る)
その意識がカインの中に明確に表れてきていた。
自分を守るために、片腕を失った少女の姿が脳裏に浮かぶ。
今度は自分が彼女を守る番なのだ。
そのために力が必要なのだ。
ならば、自分は変革者となろう。
守り、戦うために。
(早く力を取り戻さなければ)
槍を振るう。かまえ、振りかぶり、まっすぐ縦に槍を振り下ろす。横に薙ぐ。
一連の動作は以前と変わらない。だが、何かが違う。
(何故俺はこんなにも弱くなった?)
筋力が落ちているわけでもない、戦闘勘が狂っているような気もしない。
それなのに槍を使うこともできなければ、風を感じることすらままならない。
(俺の体は、元に戻るのか?)
戻さなければならない。
今度の、天空城での戦いが全てを決する。
天竜、そしてセフィロス。
今の自分がセフィロスと戦ったりなどしたら、勝負は一瞬でついてしまうだろう。
もちろん、自分に勝ち目などない。
負けられない。この戦いで命を落とすことはできない。
自分には、待っていてくれる人がいるのだから。
そして、会いに行かなければならない人がいるのだから。
(セシル、ローザ)
この戦いが終わって、全てに決着がついたならば、一度会いに行きたかった。
そして、その意識を自分に与えてくれたのは──
「カインさん」
こうして話しかけてくれる少女のおかげだ。
「ティナか」
「いよいよ、明日ですね」
「そうだな」
ティナは自分のすぐ傍まで歩み寄ってきて見上げてくる。
「どうした?」
「死なないでください。それだけ、言いたかったんです」
カインは苦笑した。
「それは俺の台詞だな。無茶はするな」
「私にはまだ、左腕がありますから」
「だが」
「試してみますか?」
挑発的にティナは笑った。そして左手にアルテマウェポンを生む。
「私とカインさんと、どちらが強いか」
「ティナ」
「試してみればはっきり分かると思います。私は守られる側ではなくて、カインさんを守る側なのだということが」
ティナの言葉には迫力があった。カインもこう言われては引き下がることはできない。間合いを取って、ミスリルスピアをかまえる。
それを見てティナは左手でレイピアをかまえるように半身の体勢を取った。
一瞬の静寂。
そして、二人が動いた。
カインがするどく槍で突く──が、ティナは素早くステップをきざみ、懐に入ると柄でカインの手を打ち、刃をカインの喉にあてた。
「これが、私の実力です」
まるで歯が立たなかった。
「強いな」
「そうです。恋する女の子は強いんですよ?」
そう言って、ティナは微笑む。そしてアルテマウェポンを収めた。
「私がカインさんを守ります。どんなことがあっても。でも、今度の戦いはご一緒できません。だから、死なないでください。私に無断で、勝手にいなくならないでください」
「約束することは難しいな」
カインは苦笑した。
「俺は君に何も約束することができない。そんな資格はない。だが……」
「だが?」
「俺は君に、支えてもらいたい、とは思う」
情けないことを言っているな、と自分でも思う。
だが、それが正直な気持ちだった。
誰かにこれほど傍にいてもらいたいなどと思ったことは、かつて一度しかない。
いつの間にか、彼女がそういう立場になってしまっていた。
(どうしてだろうな?)
自分でも分からない。
彼女を求める資格も価値も自分にはないことを知っていながら。
それでも、心は彼女を求めている。
それが分かる。
(ローザよりもか?)
自問するが、答は出ない。
「ティナ」
「はい」
「この戦いは、多分俺にとって正念場になる」
この弱い自分と決着をつけなければならない。
肉体的にも、精神的にも。
「戻ってくるなどと約束はできない。だが、戻ってきたときには……」
彼女はじっと黙って自分を見つめていた。
「また、傍で支えてほしい、と思う」
「喜んで」
ティナは微笑んで、ふわり、と触れるようなキスをした。
「私は幸せです。カインさんから、そんなに嬉しいことを言っていただけるなんて」
彼女は目に涙を浮かべていた。
「必ず、お互い生きて戻ってきましょう。そして、また再会しましょう」
何度も別れてきた二人。
だが、こうして何度もまた再会してきた。
今度も、一時の別れにすぎない。
もう二度と会えないなどとは、決して思わない。
「愛してます……カイン」
115.風使い
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