戦いの日はこうして訪れた。
 前の戦いからほぼ一週間の時が流れた。
 その間も世界各地では問題が勃発している。
 世界が急速に変化していた。
 それはきっと、世界が近づいていることの影響なのだ。
 急がなければならない。
 そうした認識が、宿命を背負った者たちの中に強く生まれていた。












PLUS.115

風使い







Who am I?






 ラグナロクが天国に一番近い島にたどりつく。
 だがすぐに着陸するわけではない。この島には凶暴なモンスターが数多く生息している。目的地が判明していない状態で簡単に出歩くわけにはいかない。
「ここからどうする?」
 スコールはカインに尋ねる。どうすると言われてもどうしようもない。それほど広くない島とはいえ、凶暴なモンスターがいるこの島でハオラーンを歩いて探すなど無謀の極みだ。
「まずはラグナロクでぐるりと島を一周してみよう。それから内陸部の調査に入る。一通り見終わるまで着陸はしない方向で」
「らじゃー♪」
 セルフィが楽しそうにラグナロクを運転している。
 アセルスはずっと窓の下を眺めており、イリーナはカインの傍で不安そうな顔をしている。
「あれ?」
 すると、アセルスが目をこらして窓の外をじっと見つめる。
「どうした?」
「いや……何か、見えた、ような……気のせいかな」
 じっと一点を見つめる。だが、その先には何もないただの陸地が広がっている。その向こうに水平線。
「セルフィ。進路を変えてくれ。東側内陸部」
「おっけ〜」
「いいのか?」
 アセルスが自分でも何を見たのかうまく説明できないのに、という感じで尋ねる。
「どうせ、行く当てがあって行動しているわけじゃない。別に寄り道にもならないだろう」
「ありがと」
 ラグナロクが動き、アセルスが何かを見たという方向へ動く。
 アセルスの言では、何らかの建造物のようなものが見えた、ということだった。だが、どこを見渡してもそんなものは何もない。ただの島。四方をずっと見渡せば、そこには水平線があるのみ。
「あれは?」
 と、次にスコールが言った。だが、一瞬の後でそこには何も見えなくなってしまう。
「見えたか?」
「何がだ?」
 スコールの質問にカインが尋ね返す。
「建物……塔、のような」
 ほんの一瞬、スコールにも建造物が見えた。
 そこに何かがある。それはほぼ間違いのないことのようであった。
「行ってみよう」
 カインが言う。
「スコール、場所はどのあたりだった?」
「もう少し行って、左──そう、そっちだ」
 ラグナロクはスコールが指示した場所まで移動し、そこで停止した。
「着陸しよう」
 ちょうどうまいことに、モンスターは見当たらない。
「イリーナ」
「はい」
 カインは真剣な表情でこの妹を見る。
「お前はここに残っているように。これから俺たちは天空城へ行くことになる」
「うん」
「ここに直接戻ってこれるかどうかも分からない。もしこのラグナロクの回りをモンスターで囲まれたら、俺たちのことはかまわずすぐに脱出しろ。運転技術はセルフィから教わったな?」
「うん、バッチリ」
「よし。それじゃあ──」
「お兄ちゃん」
 イリーナはカインの頬にキスする。
「かえってきてね」
「ああ」
 カインは片腕で妹の頭を優しく抱く。
 そう。帰ってこなければならない。自分には待たせている人も、会いにいかなければいけない人もいるのだから。
「よし、行こう」
 着陸したと同時に、四人はラグナロクを出た。
 モンスターはいない。だが、同時にこのあたりには建造物らしきものは何もなかった。
 だが、アセルスとスコールが同じ場所に同じものを見ている。何もないはずがない。
「このあたりで間違いないな?」
「自信はないよ。一瞬しか見えなかったし」
「ああ」
 アセルスとスコールがきょろきょろと辺りを見回す。
「ここに何かがあるっていうのは間違いないと思うんだが」
 そのとき、ぽろん、と竪琴が鳴る。
 振り返ると、そこにいたのは例の詩人であった。
「ハオラーンか」
 カインは心の中で警戒態勢を取る。
 この人物は、先のバラムガーデン戦の直前に消えた。その他、不審な行動も目立つ。
 何故自分たちに協力しようとしているのかも見えない。
「よくここまでたどりつきましたね、変革者たち」
「能書きはいい。どうすれば天空城へ行ける?」
「もう、天空城はすぐ上に来ていますよ」
 言われて、スコール、セルフィ、アセルスが見上げる。
 だが、カインは一瞬たりともハオラーンから目を逸らさない。
「警戒してますね、天騎士」
「空にあるのなら、どうやって行けばいい?」
「そのためにあなたたちはここへ来たのでしょう?『ここ』からなら行けるのですよ」
 ハオラーンは懐から一つの鈴を取り出した。
「『ここ』が入り口です」
 ちりん、と鈴の音が鳴る。
 瞬間──
「これは!」
 スコールが叫び声をあげる。その先に現れたのは巨大な塔だった。
 だが、その声にすら、音も無く現れた塔にすら、カインは一切見向きもしない。
 ただ、ハオラーンだけを見ていた。
「お行きなさい」
「一つ聞く、詩人」
「なんなりと」
「お前は、何をしようとしている?」
「私はただ、歌うだけです」
 ぽろん、と竪琴が鳴る。
「詩人には、それ以上のことは何もできません」
 カインはじっと詩人を睨んでいたが、やがて、一秒だけ目を閉じた。
 次に目を開いたときには、予想どおりそこに詩人の姿はなかった。
(何もできない?)
 そんなことが信じられるはずがない。
 だが。
(今は、こっちの方が先か)
 蜃気楼のようにかすみ、歪んでいる塔。
 そこが天空城の入り口。
「行くぞ」
 カインを先頭に、四人はその塔の中へ入っていった。
 そして、四人が入ると同時に、その塔は跡形も無く消え去った。






 気がつくと、カインは見知らぬ部屋の中にいた。
 総大理石製の部屋。豪華なレリーフや重厚な文様があちらこちらに刻まれている。
 強い風が吹き込み、風の吹いてきた方向を見る。
 そこだけ、壁がなかった。
 そして、その向こうに広がっているのは雲。雲海。
 どうやら一瞬で、天空城まで運ばれてきたらしい。
「やれやれ」
 だが何の苦労もなく目的地までつけたのは助かる。これから天竜やセフィロスとの戦いを控えているのだから。
 回りを見ると、すぐ隣に緑色の髪をした少女が一人横たわっている。だが、明るい茶色の髪をした少女と気難しい黒髪の青年はいない。
「アセルス」
 抱き起こすと、彼女はようやく目が覚めた。
「あ、おはよう、カイン」
「ああ。どうやらもう天空城へ着いたらしい」
「もう? 早かったね。あとの二人は?」
「どうもはぐれたようだ」
 アセルスも立ち上がると、回りを見る。
 吹き抜けの反対側には扉。そこから先が天空城の内部なのだろう。おそらくここは、天空城の最下部、緊急の出入り口のようなところだろう。
「それじゃ、さっさと行こうか。ここにいつまでいたって何も変わらないし」
「そうだな」
 この積極的な行動力には本当に舌を巻く。何かを考えるより早く行動する。
 アセルスが一緒にいてくれてよかったと心から思う。
「よいしょ」
 重そうな扉をアセルスは力任せに引く。
 その奥は、赤い絨毯がぴたりと敷き詰められた廊下だった。幅は五メートルほどもあろうか、延々と長い廊下の奥までずっと続いている。
「部屋とかはないみたいだね」
「慎重に行こう。まずはスコールとセルフィを見つける」
 それに、ここにはきっと天竜もセフィロスもいるのだ。
 きっとセフィロスは先にここへ来ている。天竜がここに来られるのだから、海竜だって来ようと思えば来られるだろう。セフィロスはそうして既に待ち構えているに違いない。
 可能であれば、セフィロスにはスコールよりも先に会いたい。
 彼が何を考え、何を成そうとしているのか。それを聞かなければならない。
 クリスタルを集めているということは、それはカオスを倒す意思の表れということではないだろうか。
 だがそうなると、ウォードやリノアを殺した理由が分からない。
(さて、ここからが正念場か)
 そして力を取り戻さなければならない。何があっても、この戦いが全てだ。
 ロックブーケやエデンと戦ったとき、天竜がガーデンにやってきたとき、そしてマラコーダとの戦い。どの戦いでも自分は力を取り戻せなかった。どんなに願っても、仲間が倒れていくのを止めることすらできなかった。
 どうすれば力が戻る?
 自問しても答が出るはずもない。分かっていればとっくにやっていることだ。
 階段を上り、複雑な迷宮を抜け、壁際の小窓から外を見渡したとき、鮮やかに青く澄んだ空が目に映った。小窓から下を見ると、中庭に木々の緑が見える。
「不思議なところだな。ここは本当にただの王宮となんら変わりない」
「そうだね。変なのは浮いてるってことだけだね」
「部屋の数は少ないが」
「うーん、全部迷宮になってる感じだね」
 会話をかわしながら、二人はまた奥へと進んでいく。
 その先に見えてきたものは、大きな扉だった。
「何かありそうな感じだね」
「全くだな。さて、鬼が出るか蛇が出るか」
 カインも心なしか、この活発な少女といると口が軽くなるらしい。苦笑して、扉に手をかける。
 力をこめて押すと、徐々にその扉が開き、その向こうに巨大なホールがあった。
「正面入り口か?」
 城の正面門から入ってきた入り口のホールにたどりついたらしい。あまりに広く、何百人という人数が入っても余裕があるくらいだった。
「そして、決戦の場でもあるみたいだよ」
 アセルスが真剣な表情で言う。
 その向こうにいたのは、風をまとった青年。
『変革者……』
 風の音とともに、その言葉が耳についた。
「まさか、お前たちまでがここにいるとはな」
 カインは嫌な汗が出てくるのを感じた。
 このプレッシャーは、以前一度体験している。
『我が名は風のカオス、ティアマット』
 風貌は普通の人間だった。少年のようにも見える。黒髪のおかっぱ頭で、目が闇色だった。特別鎧などを着込んでいるというわけでもない。普通の町人が着るようなありふれた服を着ている。
 だが、普通ではないのは、その体にまとった『風』だ。
 彼の周りで風が渦巻いているのが見える。それがカオスの本質だ。
『お前さえ死ねば、全てが終わる』
 まだ変革者としての使命を果たしていないカインは、カオスにとって格好の的だ。
 ミスリルスピアを構えるが、もちろん自分では歯が立たないことは承知の上だ。
「下がってな、カイン」
 妖魔の剣を構えたアセルスがカインとティアマットの間に割って入る。
「こいつとはアタシが戦うよ」
「甘く見るな。相手はカオスだ」
「甘くなんか見てないよ。カインこそ、自分の力を忘れたっていうわけじゃないだろうね?」
 確かにアセルスの言うことは正しい。だからといってアセルスが一人で倒せるような相手ではないことも確かだ。
「先に行くんだ、カイン」
「だが」
「アンタがそこにいると、守りながら戦わなきゃいけない。アンタのところに行かせないようにして戦うくらいのことならできるのさ。だからさっさと援軍を連れてくるんだ。
 スコールとセルフィ。
 その二人を見つけて連れてくることができれば、勝ち目はある。
「死ぬなよ」
「当たり前だよ。こんなところで死んでたまるか」
 命をかけなければ戦いには生き残れない。
 当然、死ぬつもりなどないが、覚悟は必要だった。
「行けっ!」
『させぬわ』
 カインとアセルスが動き出したが、ティアマットは風の波動をカインに向かって放つ。吹き飛ばされそうになりながらも、カインはその波動を黙ってこらえた。
「カイン!」
『甘い』
 直後。
 そのカインが立っていた場所が崩れ出した。
「なっ」
 カインがバランスを立て直す間もなく、カインの体が階下に落ちていく。
「カイーンッ!」
 アセルスの声が聞こえたような気がしたが、カインの体はそのまま下の階に落ちていった。






116.天騎士

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