ガーデンは最も地獄に近い島に近づいていた。
 移動中のテラスはトラビアでも立ち入り禁止だったが、そんなことにはかまわずリディアはテラスで風を受けていた。
 もう、天空城では戦いが始まっているだろう。
 カインは、自分を取り戻すことができただろうか。
 そして、スコールは無事でいるだろうか。
「スコールさん」
 彼女は右手を胸の前で握った。
「どうか、無事でいてください」












PLUS.119

修正







knife






 が、その剣が振り下ろされることはなかった。

 スコールの背に熱い痛み。
 こふっ、と口元から血が零れる。
 振り上げた腕から、力なく剣が落ちる。
「そんな……」
 セフィロスの瞳に中に、別の人物の姿が映っていた。
 自分の後ろに立つ少女。
 その姿を確認してから、ぐらり、とスコールがよろめく。
「どうして、セルフィ……」
 そして、ばたりと倒れた。
 その向こうにいたセルフィは、両手で血濡れのナイフを握っていた。
 彼女が後ろからスコールを刺したのだ。
 彼女は倒れていくスコールをただじっと見ていた。
 何も言わなかった。
 ただ哀しい目で見つめていた。
 そして倒れた後。
「セフィロス」
 ナイフを落とし、血に濡れた両手をセフィロスに向ける。
「これでいい?」
 そして、笑う。
「仲間に、剣を向けたよ。それがセフィロスの求める覚悟なら……」
 ある意味、もう壊れてしまったのかもしれない。
 この妖精と一緒にいられるのなら、全てを捨ててもかまわないと思った。
 そして、それを実行した。
「アタシ、セフィロスと一緒にいたい」
 最初から、この天空城に来ることが決まったときから覚悟はしていた。
 いや、さらに言うならば、魔女の力を受け入れた時からか。
 セフィロスと会ったとき、今度こそ自分はためらわない。セフィロスの傍にいることを最優先に考え、他のどんなことも犠牲にすることができる。
 その精神を養う必要があった。
 魔女の力を受け入れたのは、セフィロスの傍にいるためにはもっと強い力、たとえそれがどんなものであったとしても、それが必要だったから。
 たとえ仲間を傷つけても、この世界が消滅したとしても、自分はセフィロスを選ぶ。
 そこまで自分は、この銀色の妖精に惹かれてしまった。
 好きで、好きで、好きで、好きで、好きで、自分が壊れてしまいそうで。
 セフィロスに頼っていて、それでいてセフィロスが感じている苦しみを少しでも和らげてあげたくて。
 自分は彼の傍にいられればそれでいい。それだけで安心できる。そして自分は、彼のために一つでも多くのことをしてあげたい。
 今まで、たくさん守ってもらってきたから。
「セルフィ」
 セフィロスは海竜の角をセルフィに向ける。
「そこまでして、俺を修正したいか」
「知らないよ、そんな役割。アタシはただ、セフィロスの傍にいたいだけ。今のアタシには、何よりも誰よりもセフィロスが大事なだけ。アタシ、セフィロスに傍にいてほしかった。でも、セフィロスもそうだったんだね」
 彼は何も答えない。ただ、額に汗だけがにじんでいた。
「セフィロスも苦しんでた。それを自分のことばかり考えてて、見ないようにしてた。分かってるよ、セフィロスは狂ったりなんかしていない。ずっと正気だったんだよね。ただ記憶が戻っただけで」
「俺はお前の仲間を殺した」
「そんなの、アタシも同じだよ。ほら」
 セルフィは自分の手を見せる。
「セフィロスはしたいことがあるんだよね。だったらアタシが手伝う」
 彼の顔が歪む。
「何があっても、どんなことでも、アタシはセフィロスを応援する。ず〜っと、ず〜っと一緒にいる」
「……」
「だから、連れてって?」
「俺は──」
 だが、何かを言うより早く、セルフィはセフィロスを抱きしめていた。
 前にこの妖精に抱きついたときは、自分に覚悟が足りなかった。
 今度は違う。
 何があっても、彼を手放すつもりなどない。離れるつもりなどない。
 ここが自分の居場所。
 自分が望む、唯一の存在。
「好き」
 彼はまた、剣を強く握る。
「絶対に離れないんだから。アタシも覚悟は決まったよ。たとえ地獄にだって一緒に行く」
 ふう、とセフィロスは息をついた。
「まだ、お前に修正されるわけにはいかなかったんだがな……」
 そこには、諦めがあった。
 そして同時に、安らぎがあった。
「セフィロス」
「俺はカオスを倒す。それが俺の宿命だ」
「うん」
「だがもう、俺にはカオスを倒せない」
 妖精の大きな両腕が、彼女を包んだ。
「セフィ……ロス」
「お前と離れたかったわけではない。ずっと、あの記憶が戻ったときから、ずっと一緒にいたかった」
「……」
「だが、俺はお前と一緒にいるわけにはいかなかった。俺は変革者でクリスタルを使う者。お前は修正者だ。お前の存在は、俺の宿命を歪める」
 言っている意味が、あまりよく理解できなかった。よほど大事なことを言っているということだけは分かる。
「お前はイノセントだ。この男も、そして俺すらも修正してしまった」
 妖精は倒れて動かなくなったスコールを見る。
「ならば俺も修正の役を負おう。それしか俺にはもう、術がない」
 修正者。
 常にそう呼ばれ続けてきた。修正する者──変革を修正する者。
 変革者の力を失わせる者。
 それが、彼女なのだ。
「この世界を救うためには、お前にこれ以上修正させるわけにはいかない。三人の変革者の内、これで二人の力が失われた。残る変革者はあと一人」
「セフィロス?」
 彼女はおそるおそる尋ねる。
「ついて来い」
「……!」
 彼の強い瞳が、真っ直ぐに自分を見つめていた。
 彼女は思わず涙がこぼれそうになった。
「セフィロス……」
「俺がお前の手を取るということは、それだけ世界の危機が増すということだ」
「え──」
「だが、もう遅い」
 彼女を強く抱きしめる力が増した。
「俺にとっても、お前が必要だ」
「あ……」
 セルフィは彼にしがみついた。
 何か、途方もなく大きなミスを犯したのかもしれない。自分はセフィロスの傍にいてはいけないのかもしれない。
 だが。
(アタシ、セフィロスの傍にいたい)
 その一念が、未来の危機と引き換えにした。
「セフィロス!」

 彼女の想いは、哀しくも届いたのだ。






 二人が去ったあとの最上階。
 ただ一人残された陸騎士。
 そして──そこに現れたのは、小柄な少女だった。
「大変な目にあっちゃったね、お兄ちゃん」
 そこにいたのはレイラであった。
 徐々に弱くなっていく呼吸。流れていく血。
 だが、彼女がその傷口に手をかざしただけで、傷は一瞬でなくなった。
「駄目だなあ、お兄ちゃんは貴重な存在なんだから、体は大事にしなくちゃ。何しろ指導者の血を受け継いだ変革者だもの。こんな貴重な存在は他にないんだよ?」
 う、と彼の口から呻きが漏れる。
「でも、もう大丈夫。お母さん──真の魔女の血と指導者の血とを今度こそ混ぜ合わせる。リノアお姉ちゃんは失敗したけど、まだ私がいるから」
 すると。
 小柄な少女だったその姿がみるみるうちに成長を始め、瞬く間にスコールと同じほどの年齢の姿となった。
「こんなもんかな」
 彼女は大きくなった手で、優しくスコールの顔をなでまわした。
「スコール、愛してるわ」
 意識のない彼に、彼女は接吻を落とした。
「もうすぐ閂が外される。そうしたら、一緒にPLUSに行こうね。そして、カオスから力を分けてもらうの。指導者、変革者、魔女、そして混沌。これだけの力が混ざると、何が誕生するんだろう。ふふ、すごく楽しみ……」
 美女は楽しそうにスコールを抱きしめていた。






120.二つの真実

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