「陛下、世界の動きがまた変化いたしました」
玉座に座っていた男は魔導師のローブを着ていた。
豪華とは程遠い城。だが、この世界の要となる大切な最後の砦。
ここが落ちれば、人は滅ぶ。
「どう変化した?」
国王の問いに、側近が答える。
「かの地で八つの輝きが集まり、また、カオスを倒すべき者たちがその力を手に入れております」
「ほう……ついに来るか、変革者が」
国王は立ち上がると後ろの扉から外へ出た。
雪が降っていた。肌寒い季節だ。そして──この瘴気。
「長かったな」
まだ若い、三十ほどだろうか。
だが、その面影にはもはや何万年も生きたかのような深い苦しみが刻まれていた。
「早く来い──変革者たちよ。このPLUSに」
PLUS.120
二つの真実
Neither of their something to say is wrong.
天空城の奥へ、奥へとひたすら突き進んでいく。
この天空城ですべきことはたったの一つ。それは、空のクリスタルを起動させること。
そして、この城に入り込んでいるはずのセフィロスに会い、二つのクリスタルを奪回することだ。
天竜の牙を手に入れたカインではあったが、まだ剣の扱いに慣れているというわけでもない。おそらくはセフィロスと戦っても五分の勝負にはならないだろう。
だが、自分の目的はセフィロスを倒すことではない。
(おそらくセフィロスは、もっと別の大きな目的のために動いている)
彼の行動を追っていけば、それが自ずと分かる。
ウォードを殺し、リノアを殺した彼だが、二つのクリスタルを重ね、破壊せずに所持しているということは、それを使うことを目的にしていると考えた方がいい。
クリスタルの使い道。それは、カオスを倒すということだ。
問題は、カオスを倒すために何故ウォードやリノアを殺さなければならなかったのか、ということ。それが分かれば、スコールとセフィロスが手を組むこともありうる。
(いや、それはないか)
たとえどのようなやむをえない事情があったにせよ、スコールは仲間を殺したセフィロスを許すことはないだろう。
それでもいいのかもしれない。カオスさえ倒すことができて、世界を救うことができるのなら。
だが、同士討ちはまずい。もしもセフィロスがカオスの敵となるのなら、スコールとセフィロスが戦いあうのは最上の策ではない。
(復讐はカオスを倒してからゆっくりとしてもらうことにしよう)
それまでは、たとえ一時のものではあっても協力体制をとる。
その余地はあるとカインは考えていた。
「カイン」
アセルスが目の前に現れた扉を見て声をかけてくる。
「ああ。ここだな」
天空城のちょうど中心部。その入り口。
もちろん、ここに何があるのかなどということは聞くまでもないことだ。
ここが、クリスタルルーム。
扉を開いた向こうは、一面がクリスタルの結晶。
その部屋の中心にひときわ輝く空のクリスタル。
巨大なそのクリスタルが、空色の輝きをもって二人を出迎えていた。
(まだだ)
このクリスタルを起動するわけにはいかない。
起動した瞬間にセフィロスに奪われる可能性があるからだ。スコールの時はそうだった。
同じ轍を踏むわけにはいかない。セフィロスはどこかでじっとこちらの様子を伺っているのかもしれない。
少なくとも、このクリスタルを起動しない限り、自分たちは安全だ。
「来い、アセルス」
カインは後ろにアセルスを従えて、ゆっくりとクリスタルルームの中心部へと歩いていく。
その輝きは戦闘の疲れを癒し、さらなる力を与えてくれるかのようだった。
光が反射し、部屋一面に空色の光が満ちる。
「いるんだろう、セフィロス」
中心に立ったカインは、振り返って声をかけた。
「出てこい。決着をつけよう」
アセルスが驚いたようにきょろきょろと辺りを見回す。
「上!」
そして、アセルスの声が響いた。
だが、カインは微動だにしない。自分がクリスタルを起動しない限り、安全であるということが分かっているからだ。
上から飛び降りてきたセフィロスと、完全な自然体で出迎えたカイン。
変革者同士の、最後の邂逅の時はこうして訪れた。
「気づいていたか」
セフィロスが背中の長剣に手を伸ばす。
「ああ。戦う必要はない。それに、お前が本気で戦うつもりがないということも分かっている──アセルス、少し離れていろ。さすがにお前を人質に取られたら俺もどうしようもない」
その言葉はアセルスを怒らせたが、既に自分がカインよりも、そしてセフィロスよりも実力が劣っているということを悟ったのだろう、素直に従って少し距離を置いた。
「戦うつもりがない、だと?」
「ああ。お前はクリスタルを集めている。俺が知りたいのはその目的だ。このクリスタルを集めてもいいことは何一つない。ただカオスを倒す力が手に入るというだけだ」
「その力を使って、全ての世界を支配することもできる」
「いや、しないな。自分でも信じていないことは言わない方がいい」
根拠などない。だが、カインには何故かその確信があった。
セフィロスはその秀麗な顔に微笑をたたえると「確かに」と答えた。
「スコールはお前のことを憎んでいる。リノアを殺したからな」
カインは本題に触れた。
「何故だ?」
セフィロスはその質問には答えない。
「カオスを倒すつもりなのだろう。ウォードやリノアを殺すことが、カオスを倒すことにつながるのか?」
だが。
予想されたこととはいえ、銀髪の妖精の答は芳しいものではなかった。
「お前には関係のないことだ」
彼は右手を上げた。
「セトラの民は星より生まれ、星と語り、星の声を聞く。そして約束の地へ帰る。そこは至上の幸福、星が与えし定めの地。約束の地へ帰るためならば、そしてその世界を壊そうとする者がいるのならば、俺は全力でその敵を倒す」
「ならば、カオスは共通の敵ではないのか」
「そうだとしても、手を組む必要はない」
そのとき、キャアッ、という声がする。咄嗟にカインは振り向く。
アセルスが硬直して動けずにいた。
さらにその背後。
アセルスの首筋にナイフを当てていたのは──
「セルフィ!?」
セルフィはいつもの笑顔などではなく、かつての仲間に剣を向けるということからか、表情は険しかった。
「ごめんね、カイン」
「どういうことだ」
「アタシ、セフィロスと一緒に行く」
迂闊だった、とカインは自分の選択を呪った。
彼女がセフィロスのことを思っているのは、知っていたはずなのに。
(連れてくるべきじゃなかったか)
だが、こうなってしまってはもはやどうにもならない。人質が出てしまった。抵抗すれば、アセルスは消される。
「さあ、クリスタルを起動してもらおうか」
「その前に、一つ聞きたい。スコールはどうした?」
びくっ、と一瞬セルフィの体が跳ねたように見えた。だが、アセルスの首筋に当てられたナイフはいささかも震えたりしない。
「俺が殺した」
セフィロスが答える。
「それが全てだ」
「そうか」
カインはどうにもならない、と諦めた。
クリスタルを渡すわけにはいかない。だが、アセルスを殺すわけにはいかない。
「クリスタルを渡せば、アセルスは解放してくれるな? お前はクリスタルを集めることが目的だ。俺たちを殺さなければならない理由はない」
ふっ、とセフィロスは笑った。
「その通りだ」
「なら、了承しよう」
「やめろ、カイン」
アセルスは冷や汗を流していたが、それでもなんとか声を出す。
「これはアタシのミスだ。だから、クリスタルを渡す必要なんてない」
「お前を見捨てることができるはずがないだろう。お前は俺の大切な仲間だ」
パラディンは、仲間を守るのが仕事だ。
仲間を見捨てることなど、絶対にできない。
「でも!」
「安心しろ。クリスタルがカオスの手に落ちるというわけではない。セフィロスが持っているのなら、それはカオスを倒す一つの選択肢だ」
「え?」
「セフィロスはカオスと敵対している。そして必ずカオスを倒しに行く。俺たちと目的は変わらない。だとすれば、クリスタルを持っているのが俺か、セフィロスかの違いだけだ」
「だからといって──」
「かまわんさ。それに、お前を見殺しにしたらブルーの奴に殺される」
彼が唯一、心かき乱される相手。
確かにアセルスは魅力的な女性だ。ブルーが惹かれるのもよく分かる。
この二人を見ていると、どうしてこんなに意地を張っているのかと思ってしまう。
両想いなのだから、素直に愛し合えばいいのに。
(──ああ、そうか)
唐突にカインは理解した。
(俺もそうすればよかったのか)
『だって、ティナにラブラブなんでしょ?』
そう言ったのも、アセルスだ。
そう、自分はティナに惚れている。それが許されるとか許されないとかの問題ではない。素直に愛し合うかどうかの問題だ。
(今度は、本気で彼女に向き合えるのかもしれないな)
もちろん、自分の全ての罪が許されたというわけではない。セシルとローザに会いに行く。そして自分というものをはっきりと認識した上でなければ、ティナの気持ちに応えるわけにはいかない。
だが、自分が彼女のことを好きだということは、もうはっきりしたことなのだ。
「クリスタルを起動する」
やめろ、とアセルスが叫ぶがカインは一向に介さない。
そして、空のクリスタルに近づく。
(これがクリスタルか)
この世界を支えたという、三つのクリスタル。
混沌とした世界から、空、海、陸という秩序が生まれたその象徴。
その三つを重ね合わせることで、カオスと戦う力が手に入る。
「空のクリスタル……俺の呼びかけに応えてくれ」
カインがそのクリスタルに触れた。
そして──クリスタルは、音を立てて崩れた。
その中から出てきたのは、一際輝く掌ほどの大きさのクリスタルの結晶。
ここに、三つ目のクリスタルも起動を完了させた。
その瞬間、セルフィがその光景に目を奪われたのか、ナイフにこもっていた力が緩む。
その隙を見逃すようなアセルスではなかった。体を反転させてナイフの射程から離れ、足でセルフィの腹を蹴りつける。
「あうっ!」
「カイン! こっちは大丈夫だ! クリスタルをセフィロスに渡すな!」
アセルスは素早く体勢を整える。それに対してセルフィも自分のヌンチャクをかまえた。
「了解」
カインはクリスタルを手にすると、天竜の牙を抜く。
「そうだ。そうこなくてはな」
セフィロスも海竜の角を抜いた。
「どういうつもりだい?」
アセルスはセルフィと対峙していた。
お互いの強さはだいたい把握している。アセルスはこのSeeDという組織を決して過小評価してはいない。この世界で最高の傭兵組織。その中でも最高ランクのセルフィやキスティスはまごうことなき超一流の戦士だ。なにしろ、あのサイファーですら(単に自分からわざと試験に落ちているだけだったが)なることができない地位なのだ。
当然のことながら、対応は慎重になる。セルフィがどこまで本気でセフィロスについていこうとしているのか。単なる洗脳か、それとも自分の意思か。
「どうもこうもない」
だが、セルフィの決意は固い。
「アタシは、セフィロスについていく。そう決めた。それが私の望みだから」
「だったらなんで、そんな悲しそうな顔をするんだっ!」
アセルスは剣を構える。そして、苦しそうな表情のセルフィが戦闘態勢に入る。
「そんなの、決まってる。戦いたくなんかないから。でも、決めたんだ。セフィロスについていくって。何があってもセフィロスの傍にいるって。アタシが苦しいとき、セフィロスは傍にいてくれたから。だから」
「惚れた男のためだっていうのか」
「そうだよ、おかしい!?」
セルフィは神速のごときスピードでヌンチャクを振った。
正確に、それはアセルスのこめかみを狙っていた。慌てて飛び退く。一瞬遅ければ、アセルスの頭部は粉々に砕けていただろう。
(速い)
五分には戦えるだろうと考えていたアセルスは慌てて気を引き締めた。
SeeDは、自分よりも強い。
「変なのはアセルスの方だよ。好きな人が傍にいるのに、どうして拒否するの? アタシはずっとセフィロスの傍にいたかったのに、今までずっといられなかった。だから傍にいるって決めた。こんなにこんなに好きだっていう気持ちはもう抑えられないんだ。もしアセルスがその気持ちが分からないっていうんなら、きっとブルーに対する気持ちは偽物だよ」
偽物?
自分が、ブルーに対して本気じゃないって?
その言葉は、本気でアセルスを怒らせた。
人間ではない自分がブルーの傍にいては、ブルーのためにならない。
そんな気持ちが自分に制限をかけていたというのに。
この少女は分かっているのだろうか。
自分が人間であるという幸せに。
たとえ離れていても、人間同士なら何も問題なく気持ちを伝えられるということに。
人間ではないことの苦しみを。
「お前に何が分かるっ!」
アセルスの力が解放される。
妖魔化。翼と角が生え、髪も長く伸び、白い肌に魔の文様が浮かび上がる。
「この本性を、相手に伝えられるとでも思ってるのかっ!」
本気のアセルスはセルフィのスピードを上回った。一瞬でセルフィの懐に入り、拳でセルフィの頬を殴り飛ばす。
(なっ)
今度はセルフィが面食らう番だった。半妖という存在は認識しているつもりだったが、これほどの能力の違いがあるとは思っていなかった。
だが、思いの強さなら負けるわけにはいかない。
たとえ自分が悪魔でも鬼でも、相手が欲しいという気持ちは歯止めがきかない。
その気持ちを制限するなんて嘘だ。
自分の気持ちに正直にならないなんて嘘だ。
自分を騙して、ごまかして、それでいったい何になるというのか。
相手が自分を受け入れてくれるまで、嫌われても、憎まれても、殺されても、それでも相手の傍にいたいと思う。
それが真実ではないのか。
「アセルスだってアタシの気持ちなんか分からないっ!」
アセルスは傍にいられる喜びを、幸せを分かっていない。
たとえ許されていようがいまいが、傍にいられるだけで幸せになれるのだ。
それを自分から手に入れようとしないなんて間違っている。
「そんな気持ちをアタシは認めない」
SeeDの力が覚醒していく。本来の彼女には使うことのできない究極奥義、それがセルフィの奥底には眠っている。
スロット魔法。
それが、今発動しようとしていた。
「アタシだって、アンタみたいな気持ちを認められないよっ!」
アセルスが再び飛び込む。
「妖魔斬!」
「ホーリー!」
妖魔の剣と、聖属性の魔法が衝突した。
セルフィの肌に裂傷が生じ、アセルスの皮膚が焼けていく。
『あああああああああああっ!』
二人は、同時に倒れた。
お互いの気持ちを、決して譲ることなく。
121.偽りの勝利
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