あれから、一万年の時が過ぎました。
 今回私の牙を持つ者は、前回の時と同じくらいの素質を持つ者です。
 彼と共に、私はあのカオスのいる世界へと向かいます。
 十六の世界は守らなければなりません。
 一つの世界を守るのですら何万年という時間を必要としました。今回は十六全ての世界を守らなければならないのです。時間はあまりにも少なすぎます。
『そうでもないだろう。今回の代表者たちも変革者たちも、充分に力のある存在だ』
 ──あなたの方から答えてくださるとは珍しい。どういう風の吹き回しですか、煌竜?
『一つ、私の道具を渡すのを忘れていた。どうしたものかと思ってな』
 あなたのブレスレットは、正直今の者たちには不必要でしょう。
『どうかな。お前の牙を持つ者の魂は、今も浄化を願っている。隙あらば、死ぬぞ』
 その通りです。だからこそ、私が守る。
『随分と過保護だな。いつからそこまで、自分の主を守るようになった?』
 前回も、その前の戦いでもそうでしたよ。私は、私の牙を持つ者にはいつも同じ姿勢です。
『まあいい。ならばこの腕輪は、我が主に届けるとしよう』
 あの召喚士の娘もなかなかいい素質を持っている。さすがは十六ある全ての世界で二番目に魔力の高い者だけのことはあります。
『召喚士としては最高の術者だ』
 でしょうね。あなたがそこまで入れ込むことは見たことがない──ところで、この世界からPLUSへの転送はうまくいきそうですか?
『とっくに計算済みだ。閂が外れたならいつでも転送できる』
 分かりました。あなたとの再会も一万年ぶりになりそうですね。期待していますよ、煌竜、バハムート。
『それは私もだ──天竜』












PLUS.121

偽りの勝利







Is it true?






 海竜の角と天竜の牙が激しくスパークをおこす。そして、お互いの力を確認しあうとカインとセフィロスは一歩退いた。
 たった一合交えただけだったが、カインは相手の実力を正確に把握した。自分とは比べ物にならない、と。いや、戦士としての力量ならば同レベルだったかもしれない。だが、いくら同じ戦士だったとしても、自分はまだ剣の扱いに慣れていない。それが圧倒的不利な状況を生み出している。
(強いな)
 単調に攻撃していたのでは絶対にかなわないということが感じられた。おそらく相手も絶対に負けることはないという確信があるだろう。
 実力が全く違う相手に、同じ武器を使ってどうやって勝てというのだろうか。
 いや、勝たなければならない。自分が負ければアセルスは一人で戦うことはできないだろう。
 そして何より、あの娘に会えなくなる。
 苦笑をこらえた。そして、剣を強く握る。
(セシル。お前の力を貸してくれ)
 心の中の親友に祈る。都合のいいときばかり親友を頼るのはあまりいいこととは言えないだろう。だが、自分のためではなく、仲間を助けるためならば、セシルもきっと許してくれるだろう。
「行くぞ!」
 意を決し、カインが相手の懐に飛び込む。だがセフィロスもそう簡単に間合いに入れさせはしない。牽制するように剣を振り、距離を置こうとする。
 だがカインはその行動を意図していたかのように、さらに速度を上げる。セフィロスの剣の切っ先すれすれに体を動かし、下から大きく振り上げる。
 セフィロスは回避するが、カインはさらに一歩踏み込むと振り上げた剣を今度は振り下ろした。二段斬りだ。
「くっ」
 セフィロスの表情が変化する。なんとか回避したようだったが、それより早くカインは動いていた。
 振り下ろした剣を、今度は水平に薙ぐ──三段斬りだ。
 だが、今度はセフィロスがその剣をあわせた。スパークがほとばしり、互いの腕に衝撃が疾る。
 そこで逆にセフィロスの攻撃が始まった。勢いよく首筋を狙う長剣を後ろに飛んで回避する。しかし海竜の角はさらに深く、彼の心臓めがけて突きこまれてきた。迷いのない剣筋が、正確に自分の心臓からずれていないことを理解する。
「くっ」
 彼の表情も歪む。剣を出しつつ体を開いてその剣を回避する。だが、そこへセフィロスの長い足が飛んだ。
「がっ!」
 側頭部が左足で打たれる。そこで倒れなかったのはカインの精神力の強さの証だった──というよりは運が良かったというべきだろう。セフィロスの体重が完全に乗っていなかった。それが分かった。向こうも無理な体勢で蹴ってきたせいか、それとも自分の立ち位置が良かったか、いずれにしても運が良かった。
「セフィロス、一つだけ聞きたい」
 間合いを取りつつ言葉をかける。
「何をだ?」
 返事があった。それだけでも、相手もまた自分のことを探ろうとしていることが分かる。
「お前の目的だ」
「それは答えられないな」
 その端正な顔に微笑みが浮かぶ。
「なら質問を変えよう──お前が『変えよう』としているものはいったい何だ?」
 一瞬、セフィロスの動きが止まった。
 そう。スコールも、セフィロスも、そしてカインも、全て変革者だ。だとすれば、何かを変えることこそ変革者の証だ。
「お前は世界の滅びを変えようとしているのだろう?」
「俺が変えるのは……」
 その瞳に炎がともる。それは、目の前の敵を全力で倒そうという証。
「俺自身の未来だ!」
 一瞬で間合いが詰まる。その長い海竜の角が正確にカインの首筋に落ちてくる。
 だがざむざとそれを受けるつもりはない。逆に懐にとびこみ、剣の間合いの中に入り込む。そして、肘でセフィロスの頬骨を打った。
 セフィロスが、ぐうっ、とうなって一歩後退する。だがそれでもなお彼は剣の柄でカインの頭を打ち付けてきた。裂傷が起き、だらりと血が垂れる。
『くうっ!』
 二人の息が合い、鋭く剣を打ち合う。力は互角。お互いに剣を弾き合い、次の一撃を繰り出そうと一歩踏み込む。
 そのときだった。

『あああああああああああっ!』

 アセルスとセルフィの悲鳴が同時に響いた。そして、その声に気を取られたのは──意外にも、セフィロスの方であった。
 その隙を見逃すほど、カインは素人ではない。
 天竜の牙を下から鋭く振り上げる。気づいたセフィロスがあわてて飛びのくが、彼のコートをばさりと切り裂き──そこから、拳大ほどの大きさの『クリスタル』が飛び出した。
「くっ!」
 セフィロスが後方に下がって体勢を整えている間に、カインは床に落ちたクリスタルを拾う。
 これで、三つのクリスタルはカインの手に入った。
 だが、当然セフィロスがそれであきらめるはずがない──通常ならば。
 セフィロスの視線が、カインから逸れる。その動きに注意しながら、先ほど悲鳴が聞こえてきた方に意識を傾ける。妖魔化したアセルスと、力を使い果たしたセルフィとが床に倒れている。
「セルフィ!」
 セフィロスはカインを無視してセルフィに駆け寄った。それもまたカインにとっては意外な行動だった。
「せ、ふぃろ……」
「喋るな」
「あたしは、だいじょぶ……」
「大丈夫なはずがあるか。俺の前で無茶をするな」
「ごめ……めいわく、かけちゃったね」
「気にするな、一度退く」
 セフィロスは海竜の角を背に負うと、両腕でセルフィを抱き上げた。
「天騎士。そのクリスタルは一旦預けておく。俺が取り返しに行くまで、誰にも奪われないようにしろ」
 言い返す間もなく、セフィロスは階段を駆け下りていった。
 追いかけた方がいいか迷ったが、アセルスもまた重傷だった。放っておけば命に関わる。
「大丈夫か、アセルス」
 彼は近づいて、覚えたばかりのケアルをかけて彼女の傷を癒す。みるみるうちに、とはいかなかったがそれでも怪我の痕は徐々に引いていった。
「あいたたた……くう〜、今のはきいたあ〜」
 元気にアセルスが答える。それを聞いて彼も安心した。
 そして同時に、彼女の姿を目に焼き付ける。妖魔の姿。見るのはこれが初めてというわけではない。
 半妖。どうも忌避感が出る言葉だが、こうして見ると羽が生えて髪の色が変わるくらいで、それほど忌まわしい存在に見えるようなものではない。むしろどこか妖艶で、魅惑的であった。
「あんまり見るなよ。これでも、結構このカッコは気にしてるんだからな」
 誘うように笑いながら、アセルスが言う。こんなところで、この姿が綺麗だと言ったところで相手には通じないだろう。何しろ、それが嫌なのだから。
「俺がその姿に敬遠するとでも思ったのか?」
 逆に疑問で返した。いいや、と軽くアセルスは答える。
「そういうわけじゃないさ。ただ、この姿を見られるのはあまり好きじゃない。アタシ自身の問題なのさ。あんたはアタシのことを厭わない。それは分かってる。でも、だから見られてもかまわないという問題じゃないんだ」
「すまない」
「いや、あんたが悪いわけじゃないさ。こんな体をしているアタシが全部悪いんだからさ」
 自分を卑下するのは彼女らしくないと思ったが、それすら今の彼女には通じないだろう。これ以上余計なことを言うと、本気で彼女が怒り出しかねない。今は何も言わない方がいいだろう。
「取り返したんだな」
 アセルスが手にしていたものを見て言う。
 彼の手の中には、陸と海のクリスタルがあった。もちろん、一つとなったクリスタルだ。
「そうだな。そしてこれが──」
 懐から空のクリスタルを取り出す。
 陸と、海と、空。
 全てがここに、そろった。
「……で、どうすればいいんだ?」
 ごくごく当然の疑問をアセルスが口にする。彼は苦笑して首を傾けた。
 どうすればいいのかは分からなかったが、とりあえずクリスタルをそれぞれ右手と左手に持つ。
 すると、二つのクリスタルが共鳴を始めた。フィーン……という音が二つのクリスタルから発され、そして何もしていないのに徐々に近づきあう。
 そして、重なる。
 全てのクリスタルが、一つに。
「これが──」
 秩序のクリスタル。
 混沌の闇を払い、崩壊というこの世界の運命を変えることができる神器。
(何か、妙だな)
 それを手にしたカインは逆に疑惑を感じていた。
(こんなに、簡単に手にしていいものだろうか。それに、セルフィのことがあるとはいえ、やけにあっさりとセフィロスも引き下がった)
 もちろん、体力が回復すればすぐにこのクリスタルを奪いに来るのだろうが、それでももう少しクリスタルに執着してもいいのではないか。
 何か仕組まれているような、そんな気がしてならない。
『カイン』
 と、そこへ彼の『牙』から語りかけられてきた。
「天竜?」
『ようやく手に入れましたね。世界を救うクリスタルを』
「では、これで間違いないのだな?」
 確認だった。だが、その必要はないことを悟っていた。
 天竜が自分に嘘をつく必要はどこにもないからだ。
『もちろんです。これであなたはゼロの世界へと向かうことができます。ただし──それは、閂が外されてからです』
「地獄だな?」
『はい。あなたの仲間たちはきっと、閂を外すことに成功するでしょう。それまであと少し、この場でお待ちなさい』
 天竜の声は直接頭に響いていた。とはいえ、この場で待てとは言われても、どうすればいいのかは全く分からない。
「俺はどうすればいい?」
『道が開いたとき、我々竜の武具を持った変革者たちはゼロの世界へ行くことができます。それぞれ一人だけ、随員を伴うことも許されます』
「随員?」
『はい。誰でも好きな人をお連れなさい』
 とは言っても、この場にはアセルスしかいない。
「代表者たちは?」
『彼らは閂の傍にいるのです。ゼロの世界へ行きたければ誰でも行くことができます』
 つまり、竜の武具を持っていれば、別に閂の傍でなくとも別の世界へ移動することはできるということだ。ただし、それは閂が外された場合でなければならないが。
「だから待てと」
『はい。他には何か?』
「あと一つ聞きたい」
『なんでしょう』
 カインは先ほど頭に浮かんだ漠然とした疑問を口にした。
「セフィロスは何故退いた?」
 そう。単刀直入に聞けばそうなる。だがその答を天竜が持っていないことも、彼にはよく分かっていた。
『海竜なら存じているのでしょうが、私には分かりません』
「だろうな。今の質問はなかったことにしてくれ」
『分かりました。では、カイン。あなたのいく先に幸あらんことを──』
 そこで天竜の意識は途切れた。
 彼が所持している『牙』と、この完成された『クリスタル』。
 これを持って、PLUSにいるカオスと戦う。
(ラストバトルか……いや、まだ早いな。第九世界プラスがいったいどういうところなのかも分からないのだから)
 当然、その世界とてこの世界と同じ規模の広さがあるのだろう。だとすればカオスの下にたどりつくまで、まだまだ冒険は続くことになる。
 だが。
(カオスのいる世界だ。休める暇はなくなる、と考えた方がいいのだろうな)
 なるべく早くにカタをつけてしまいたい。そう考えたとしても、彼を責められる者はいなかっただろう。






 一方、階段を下りていったセフィロスであったが、すぐに歩調を緩めてゆっくりと歩き出していた。
「ここまで来て寝た振りは必要ない」
 彼の口からそうした言葉がもれる。だが逆に、彼の腕の中にいた小さな少女は彼にしがみついてきた。
「やだ」
「セルフィ」
「だって、こうしてもらえるの、幸せなんだも〜ん」
 お姫様抱っこの体勢がいたくお気に召したらしく、彼女はセフィロスにごろごろと甘えていた。
「でさ、セフィロス」
 耳元で彼女は囁く。
「あれでよかったの?」
「ああ。上出来だ」
 そう。
 彼らはカインが気づいた通り、全て計算ずくで動いていた。
 アセルスを人質に取ったと見せかけてクリスタルを起動させる。
 そしてセルフィがその様子に気を取られたふりをして、アセルスの行動に自由を与える。
 アセルスとの戦いで互角の勝負を演じ、大怪我をしたふりをする。
 そしてセフィロスがその声に気を取られたふりをして、カインにわざと斬られる。
 斬られたところからクリスタルを落とし、カインに拾わせる。
 全ての事が、予定通りに進んだ。
 だから、セルフィは怪我などしていなかった。彼女のホーリーはあの憎たらしい半妖を焼いたが、半妖の剣は彼女まで届かなかった。届いたふりをして、斬られたふりをしただけだ。
 全てが計算通りだったから、セフィロスとしてはタイミングを合わせるだけでよかった。ちょうどクリスタルが入っている場所に剣の軌跡をあわせたのだ。あくまでもそれは、回避しつつだ。
「うまくいったよね〜」
「お前のおかげだ」
「えへへ〜」
 ますます嬉しくなった彼女は、そのままセフィロスの首に抱きついた。
「閂が外され次第、俺たちもPLUSへ向かう」
「うん」
「そうしたらお前の出番になる、セルフィ」
「うん。がんばる〜」
「ああ。だが、安心しろ。今度こそ約束は守る──ずっと、傍にいる」
 すぐ近くにあった、綺麗な綺麗な顔を、彼女はじっと見つめた。
「セフィロス……」
「だから、もう一人殺さなければならない相手がいる」
「うん」
「カオスを倒す前に、あいつだけは──必ず殺す」
 既に目的を共有しているセルフィにとっては、その言葉の意味するところは全て分かっている。全て納得の上で行動している。
 ただ一つ、残念なことは。
(スコール)
 彼を、失ったこと。
 彼を殺す必要などなかった。ただ自分はセフィロスの傍にいられればよかった。スコールを殺したのは、自分がセフィロスの傍にいるためには、スコールを殺すことができるだけの勇気と覚悟がなければならないと自分で判断したためだ。
(ごめんね、リディア)
 あの気丈な召還士は、この結果を知ってどうするだろうか、とセフィロスに抱かれながら彼女はそんなことを思っていた。






122.地獄への道

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