小人は赤い空を見上げた。
 もう、何万年、この荒野を歩いただろう。いつしか自分が何者で、何を成そうとしていたのかすら、もう忘れてしまっていた。
 だが、この感覚を身に受けて、思い出さないはずがない。
 戦いの日々。
 そして、理想を追い求めた日々を。
「ほう……ついに、その時が来るか」
 気がつけば、一秒すら永遠に感じる。
 もうすぐ、ここに彼らはやってくる。

 この、地獄に。












PLUS.122

地獄への道







go to hell






 ラグナロクより遅れること、一日。代表者たち八人を乗せたトラビア・ガーデンは地獄に一番近い島へと到着していた。
 カインもスコールもいないガーデンは、現状でラグナが指揮していた。次々にかわるリーダーであったが、不思議とこの男がトップにいると不満は減少していくようであった。それこそF・Hに着くまではトラビア派とバラム派がしょっちゅういざこざを起こしていた。
 トラビア派の代表として担ぎ出されたのはマークス、バラム派の代表として担ぎ出されたのはヴァルツであった。だが、二人とも現在の状況はよく心得ている。内部で争っている場合ではない。それよりも今は、成さなければならないことがある。
 だからラグナの意に沿うように二人は動いた。少しずつ溝を埋め、ラグナの運営に支障がきたさないように解決していくようになった。力のある二人がそうして動いているのを見て、他の者たちも徐々に影響されていくところが大きかった。
「マークス」
 だが、案外この二人の仲がいいかというと、そうでもない。お互いに、トラビア出身・バラム出身という隔たりは大きかったといえる。
「どうした、ヴァルツ」
「先日の件だが、調査結果が出た。明らかにバラムの方が因縁をふっかけている。すまない。この生徒たちには俺から厳しく指導を入れておいた」
 こういう場合のヴァルツが容赦ないということは、既にマークスの方でも分かっている。だからそれ以上を追求するつもりもない。
「分かった。その旨、トラビアの連中にも言っておこう」
 ガルバディア・ガーデンが再建中、バラム・ガーデンは崩壊とあれば、現状でガーデンの機能の全てはこのトラビアにしかない。
 もともとのトラビア生はここが自分たちの場所だと思っているし、バラム生たちはSeeDを抱えている『本部生』としての意識が強い。少しずつ溝は埋まってきているとはいえ、ガーデンが円滑に運営できるまでには、おそらく長い年月が必要だろう。
 トラビア出身でSeeDとなったセルフィが間に入れば、もう少し不満は減るのかもしれない。とはいえ、このままでうまくやっていけるのだろうか、という不安は下の生徒たちよりも苦情を解決していく中間管理職のこの二人が一番感じていた。
 もちろんその全ての報告を受けているラグナやキスティスなどは、さらに強い危機感を抱いているのだろうが。






「どうされるおつもりですか」
 そのキスティスは報告を受け取ると、そのままラグナとの相談に入った。
「どうもこうもねえよ。なるようにしかなんねえだろ?」
 こういうときのラグナは案外さばけている。それほど重要視していないと言ってもいい。
「大統領時代の経験から言わせてもらえるとよ、何やったって不満ってやつは起きるもんなんだよ。だから不満があるならそれを盛大に出させてやるのが一番なのさ。その際に必要なのは、こっちが明確な方針を打ち出しておいて、それに合わない意見は一切容れないってことだ。見極めは難しいぜ?」
 こういうことを軽く言うものだから、ラグナという男の底は知れない。敵味方・善悪の全てを許容できるほどの度量、まさにリーダー『指導者』としての素質を持つ男であった。
「それはそうと、ようやく到着したみたいだね」
 不機嫌そうな様子で言ったのはブルーだった。今この『操縦室』には彼ら三人の他は、操縦士を務めることになったキロスの四人だけしかいない。
「地獄に一番近い島、か。ここだけは来たくなかったぜ。わんさかモンスターがいるからよ」
 船外カメラが地上の様子をモニターに映し出す。そこには凶悪なモンスターたちの姿がそこかしこに映っている。
「さて、ここまで来ていったいどうすりゃいいんだろうな」
 詩人は言った。代表者たちが『約束の行為』をするのだと。
「さあ、それは僕にも──」
 と、言いかけたとき、来客を告げるアラーム音が響く。そして操縦室兼本部となっている部屋に入ってきたのは、ユリアンとモニカ、そしてサラであった。
「おう、どうした?」
「いえ、そろそろ地獄に着いたころかと思いまして」
 サラがおどおどしながらユリアンの影に隠れる。
「ま、着いたは着いたんだけどな。これからどうすりゃいいのか分からねえって言ってたところさ」
「その点については、このサラが知っています」
 名前をあげられたサラは、意を決したように少し前に進み出る。
「私たち代表者をおろしてください」
 サラは突然そんなことを言い出したので、ラグナもさすがにそれはまずいだろうと口にする。
「いいえ、私たち代表者がこの地に立つこと。それが地獄への道なのです」
 と、そこまで言われたならさすがのラグナも動かざるをえない。
 すぐにメンバーを頭の中で検討する。代表者とはいっても戦闘力のない者もいる。このサラやエアリスなどがそうだ。
「それじゃあ代表者八人に加えてオレと……」
「いえ、私たちだけで行かせてください」
 サラのか細い声が響く。先手を打たれ、ラグナはぽりぽりと頭をかいた。
「説明だけはしてもらえねえかな」
「はい。私たちが地獄へ行くとき、強大な磁場が発生します。ガーデンはそれに巻き込まれますから、すぐに避難をしていただきたいのです」
「だが、あんたらを守る戦士が何人かいるだろう」
「いいえ。地獄に行っても無事でいられるのは『代表者』だけです。他の方では、地獄の瘴気にあてられただけで倒れてしまいます。私たちは世界に守られているので、地獄に行っても無事でいられるのです」
「なるほど」
 つまり、代表者以外のメンバーは地獄では役立たずだということだ。
「分かった。つまり、オレたちにできることはもう何もないってことだな」
「すみません」
「いや、責めてるわけじゃねえよ。あんたみたいな女の子が戦ってるのに、自分が何もできないっていうのはどうもな」
 それは隣に立っているユリアンも同意見のようであった。だが、ついていくだけで足手まといになるというのなら、はじめから自分たちはいない方がいい。
「オレたちはどうしていればいい?」
「閂が開けられたとき、私たちはPLUSへ行くか、それともこの世界にとどまるかの選択を強いられます。『代表者』は閂を外すのが役目です。私は任務を果たせばこの世界に戻ってくるつもりです。ここには、モニカとユリアンがいてくれますから」
「なるほど。じゃ、近くで待機していればいいっていうことだな」
「はい。私たちが戻ってくるときも強大な磁場が発生します。二度目が観測されたら、迎えにきてください」
「分かった」
 そして『代表者』たちが集められることとなった。
 いよいよ、PLUSへの道が開かれようとしていたのだ。






「と、言ってもな」
 PLUSの大地に下りたブルーは隣に立つジェラールに話しかける。
「どう思う、ジェラール」
「どうって?」
「閂を開けるとはいえ、そんなに簡単に行くとは僕には思えない。何しろ、名前が名前だ。これから地獄に行くっていうのに、そこに敵がいないと考える方がおかしい」
「同感だね。それにこちらには戦士が足りない」
 メンバーは八人。リディア、ファリス、ティナ、エアリス、サイファー、ジェラール、サラ、そしてブルー。それこそスコールやセフィロスのような、切り札的な存在がこの中にはいない。
「それに、君の弟さんが来る可能性だって、またあるんだろう?」
 言われてブルーは少し目を閉じる。
「いや、その気配はない。あいつが来ているなら、僕はそれを感じ取ることができる」
 あのガーデン戦で、いったいルージュは何を企み、何を成し遂げていったのだろう。
 絶対に自分を倒すための一つの方法として、ガーデン沈没をたくらんだに決まっているのだ。
「とにかく、猪突猛進型の戦士が多い中、全体を見渡すことができるジェラールの存在は貴重だ。もし戦闘になったら、ジェラールからみんなに指示を出してほしい」
「分かった。君も、気をつけて」
「もちろん」
 そしてガーデンが遠くへ去っていったのを見て、サラが全員に語りかけた。
「地獄へ行きます。準備はよろしいでしょうか」
 誰も反対する声はない。けっ、とサイファーが吐き捨てた。
「それでは」
 サラの声と共に、強大な重圧感が生じる。
 ぐっ、と全員が歯を食いしばる。だが、その力はますます強まるばかりだ。
『地獄の大穴よ、我らを受け入れよ。我らは代表者、世界に選ばれし者、地獄での活動を許可された者。いざ』
 神秘的なサラの声が聞こえたかと思うと、急にその重圧が解かれた。
 そして──
「ここが、地獄……です」
 気がついたときには、完全に風景が変わっていた。
 草木一本ない、赤い荒野。
 三百六十度、どこを見渡しても何の影も見当たらない。
「なんだかセントラみてえなとこだな」
 サイファーがぼやく。
「何もないのが地獄なのかい?」
 ファリスが尋ねるが、誰も答を持っているはずがない。
「どこへ行けばいいのかも分からないですね」
 ティナがきょろきょろと見回すが、ヒントになりそうなものすらなかった。
「閂がどこかにあるってことだよね」
 エアリスもそれと同じように辺りを見る。
 だが、どこまでいっても赤い大地、赤い空、それしかない。
「おやおや……まさかこんなところまで人間がやってくるとは。はて、何万年ぶりのことだろか」
 ふと、彼らのすぐ傍で声が聞こえた。
 いっせいに周りを見回すが、誰の姿もない。
「ここだよ、ここ」
 声は下から聞こえてきた。
 その場所を見ると、そこには掌サイズの人の形をしたもの、若そうな小人が存在していたのだ。
「何者だ?」
 ブルーがつっけんどんに尋ねる。
「それが人に尋ねるときの態度かね。いかんな、まるでなってない」
 小人は楽しそうにいった。別に機嫌をそこねたというわけではないらしい。
「申し遅れました。私はリディアと申します」
「ああ、お前さんのことはよう知っとるよ、召喚士の娘さん。世界が生まれてこの方、召喚士としては過去最高の、術者としては過去二番目の力の持ち主だということじゃないか」
「え?」
 突然そんなことを言われてもうろたえるばかりだ。
 過去最高? 過去二番目?
「そんな、私なんて」
「いやいや、力なんてのは見ればわかる。そちらのお兄さんもなかなか強そうだがな、あんたは別格だ」
 小人は楽しそうにリディアを見上げた。
「だがな、そこの男には気をつけた方がいい。のう、ディオニュソス」
「けっ」
 すると、リディアのローブから守り役のディオニュソスが上半身だけ現れた。
「久しぶりだな、カロン」
「おお、もう何万年ぶりかな。かつての旧友に会えるのは嬉しいものだ」
「お前はまだこんなところにいやがったのか。何も変わらねえだろうが」
「なに、ここで変化が起こるときは世界の運命が変動するときだ。こんなに面白いことを見逃す手はないよ。お前もいろいろとあるようだが、あまり自分の主人を裏切るような真似はしない方がよい」
「何言ってやがる。オレは純粋にリディに惚れてんだよ」
「まあ、お主が何をしようと私には関係のないことだ」
 へっ、と言い残してディオニュソスは消える。
「さて──お前さんたちは、閂を外しに来たんだね?」
「知っているのか」
 ジェラールが身を乗り出して尋ねる。
「うむ、知っておる。というか、私はお前さんたちに道しるべの役割を果たすために来たのだよ」
「聞いたことがある」
 ブルーが自分の知識を総動員して尋ねる。
「地獄の渡し守、カロン。たしか、地獄と中有の境となる河の番人だとか」
「ほう、お前さん、随分と詳しいのう。ま、それはある意味間違ってはいないが、正しくもない」
「というと?」
「もう予想はついておるだろう? 私はここで、お前さんたちのような理由あって地獄へ向かうものの道案内をするのが役割だよ。そして、今日でその役割も終わる時が来た。これが最後の道案内だて」
 すると、カロンは浮き上がってリディアの左肩に腰を下ろした。
「さ、行くかの。地獄の閂はさほど遠くない。ただ、お前さんたちが気をつけなければならないのは、その門番だ」
「門番」
「さよう」
 小人は外見こそ若かったが、完全に悟りきった老人のような様子で話を続けた。
「行けば分かる。ここが地獄だというならば、門番が誰かはおそらく予測もつくだろて」
「待て」
 ブルーがその小人に向かう。
「うん?」
「その門番とは、まさか」
「そのまさかだよ、お兄さん。お前さんがかつて戦ったモノだ」
 ブルーは生唾を飲み込む。
 アレがここにいるというのか。
 おそらく、二度は倒せまいと思った相手。
「知っているのか?」
 ファリスが尋ねる。ブルーは頷いた。



「ああ。地獄の君主──サタン」






123.地獄の君主

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