『ふ、ふふ。まさか、余を倒す者がいるとはな』
 闇の、崩壊の電流を受けた魔竜の体に皹が入る。
『だが、覚えておくがいい。余は滅びたわけではない。次に会うときは、容赦はせん』
「それは僕もだ、サタン」
 青い瞳の青年が答えた。
「僕も、必ず仲間の仇を討つ。今度こそだ」
『それは無理だ』
 サタンの体が徐々に動きを止めていく。
『何故なら、この体と違い、余が全力を出せるからだ』
「それなら僕もそうだ」
 ブルーは苦笑した。
「僕も、まだ残されている最後の力を使うよ」
『ふふ、全ての魔力を放出しておきながら、なかなか面白いことを言う。まあいい。どのみち、ブルー、お前が生きている間に二度と見えることはあるまい』












PLUS.123

地獄の君主







human type






 さほど遠くない──というのは、およそいい加減な言葉であった。丸一日、代表者たちは歩き通していたが、まだ到着できていなかった。
 少し休憩をしようと言い出したのはジェラールであった。個性あふれるメンバーを取り仕切ることができるのは、やはりかつての皇帝しかいない。
「ブルー。先ほど君が言っていた地獄の君主という存在について、簡単でかまわないから教えてくれないかな」
 しばらく黙り込んでいたブルーに尋ねたのもジェラールだ。その敵に気づいてから、ブルーは何やら真剣に悩みこんでいたが、尋ねられてから肩をすくめて答えた。
「強い」
 まず、その一言から始まった。
「前回僕が戦ったときは、僕の世界に現れようとしていた地獄の君主を再び地獄へ帰すという戦いだった。だからなんとかなった、ということができる」
「一人で戦ったのかい?」
「いや、アセルスと僕を含めて五人がかりだった。そのうち三人が死んだ」
 その生存率の低さに、全員の背筋に悪寒が走る。一人サイファーだけが面白そうに笑っていた。
「生き残ったのは、君とアセルスだけということか」
「ああ、あのときのメンバーも強いと思っていたんだけどね」





 ルージュを倒したあとの自分たちは、まさに最低だった。
 それまで自分たちと行動を共にしていた仲間たちは全員去っていった。エミリア、クーン、T260G、リュート、レッド、ヒューズ。八人メンバーだった自分たちのうち六人が去った。
 いや、自分たちがパーティから去った、と言った方が正しいのだろう。
 特に旅慣れているリュートや、多方面に顔がきくヒューズがいなくなったのは大きかった。旅の間、どれだけ二人には助けられたか分からない。彼らがいなくなった後、二人は完全に路頭に迷うことになった。何しろ、二人だけでは収入すらままならないのだ。
 その後、自分たちを助けてくれたのは裏組織『グラディウス』を率いていたルーファスという男だった。彼は自分たちの力を利用するために接触してきたのだが、世界を救うという目的は同じだったらしく、結局最後の戦い、地獄の君主との戦いまで彼は協力してくれた。
 また、アセルスの味方をしてくれた上級妖魔ゾズマが仲間となり、そして『指輪の君』の二つ名を持つ上級妖魔ヴァジュイールがブルーに協力してくれることになり、その紹介で上級妖魔『時の君』が仲間となった。
『妖魔の君』オルロワージュ戦にはこの、ルーファス、ゾズマ、時の君が協力してくれた。だが、その後で地獄の君主なる存在を知った。無論、ブルーとアセルスがそれを放っておくはずがない。彼らも協力を惜しまなかった。
 ある意味、エミリアたちよりも彼らの方がはるかに──自分は頼っていたのかもしれない。いや、それはルージュを吸収し、人としての心を少しずつ手に入れ始めていたからこそ、彼らの存在を貴重に思っているのかもしれないが。
 そして、地獄の君主との戦いが起こった。
 ブルーの生まれ故郷、マジックキングダムの地下。そこで地獄の君主がまさに復活しようとしていた。
 死力を尽くした戦いは、ブルーの禁呪、闇の崩壊の電流『レミニッセンス』でからくも勝利をおさめた。
 だが、アセルス以外の仲間たちはその戦いで命を落としたのだ。
 地獄の君主はあまりに強い。
 まず、その手に持つ七支刀は一振りするだけで敵全員に電撃のダメージを与えることができる。しかも攻撃力が非常に高い。アセルスもこれで瀕死のダメージを受けた。
 そして炎の魔法イルストームは燃やせないものがないというほどの灼熱で、ルーファスがこの犠牲になった。
 なんとか敵を追い詰めたとしても、地獄の君主は次に竜型の形態を取る。電撃、冷気を自在に操り、高温ガスと毒ガスを吐く。ゾズマはこの高温ガスからアセルスを守ろうとして命を落とした。
 そして竜の爪、牙、角。いずれもあらゆる防具を貫いてくる必殺の攻撃だ。特にその鋭い爪はうかつに近寄ることすらできない。時の君があの爪の餌食となった。
 その全ての攻撃をかいくぐり、敵の懐に飛び込み、レミニッセンスを放った。地獄の君主は、それをもって復活を阻止されたのだ。
 生半可な強さではない。それは戦った自分が一番よく分かっている。





「おいおい」
 ブルーの説明にファリスが肩をすくめる。
「そんな奴と戦って勝ち目はあるのかよ」
「分からない。きっともう僕の魔法は通じない。あのレミニッセンスは、奴がまだ完全に復活していなかったから効いたんだ。この地獄では勝負にはならない」
「じゃあどうするんだよ」
「倒すさ」
 ブルーは決意を込めて言う。
「確かに僕のレミニッセンスは通じないだろう。だが、一度戦っているからこそ分かる。死力を尽くせば倒せない相手じゃない。とにかく、人型の時は七支刀の動きには全員気をつけること。そして竜型になったら不用意に近づかないことだ」
「この地獄で力が上がっている可能性は?」
「もちろんある。だが、このメンバーなら倒せる。少なくとも、以前僕が戦ったときのメンバーよりも強いのだから」
 敵も強くなっているが、自分たちも強くなっているということだ。どちらの方がより強くなっているのか、全てはそれで決まる。
「エアリスとサラは戦いに参加しないで。君たちがいると足手まといになる」
 二人は素直に頷く。
「そしてサイファーは絶対に死ぬな。お前がいないと閂を開ける者がいなくなる」
「りょーかい」
「ファリスとティナ、ジェラールには一番危ない橋を渡ってもらうことになるけど」
「心配無用です」
 ティナがにっこりと笑う。
「私は誰にも負けませんから」
「そういうこと。もう少し前衛を信じな」
「ブルーは自分の仕事をしっかりとしてくれればいいよ。とどめ、頼むよ」
 三人から逆にエールをもらい、ブルーは苦笑で答えた。
「そしてリディア」
 緑のローブを着た召喚士が緊張した様子でブルーを見る。
「おそらく、この戦いの鍵は、君が握ることになると思う──」
 そして、ブルーは話し始めた。
 一日中考え続けた、この戦いの作戦を。





 戦いの時が近づく。
 それは、はるか遠くに見え始めた『門』が近づいてくるのと同義であった。
 そして──『門』の前にいる悪魔の姿も徐々にはっきりとしてくる。
「待ってやがるな」
 サイファーの言葉に、全員が足を止めた。
 そう。あの巨体はじっとこちらを睨みつけている。
 このだだっ広い荒野では身を隠す場所すらない。
「だが、近づかなければ戦うこともできない。行こう」
 相手の視線を受けながら、少しずつ近づいていく。
『待っていた』
 八人の頭の中に直接声が響く。
「サタンか」
『久しいな、ブルー。貴様に先の戦いの借りを返すことだけをただ考えていた』
 その姿はもう、肉眼ではっきりと見える。
 人間の三倍はあるその巨体は深い緑色で、麻の服を着ている。防具は一切なく、ただ手に七支刀だけが握られていた。
 人型サタンは、あの剣と魔法にだけ気をつければいい。スピードもそれほど高いわけではない。不用意に近づきさえしなければ問題はないのだ。
『さあ、行くぞ。楽しませてくれよ、人間たち』
 そして、七支刀を天に構える。
「全員、散れ!」
 ブルーの号令で、全員が一気に動く。
 その剣から放たれる電撃が代表者たちを襲うが、あらかじめブルーから得ていた情報のおかげでなんとかその不意打ちを受けずにすむ。
『ほう。さすがに我が戦い方を既に心得ているか』
「人型のお前に用はない! さっさと本性を現せ!」
『それを見たくば、力ずくでやってみせよ!』
 サタンが、動く。
 背に生えた翼がはためき、大地を浮いたまま距離を詰めてくる──標的は、ティナだ。
「アルテマウェポン!」
 左手に生む光の剣でティナは立ち向かう。それを援護するかのように、サイファーとファリスが両脇を固めた。
「ファイガ!」
 近づくサタンに先に魔法を放ったのはサイファーだ。そして、その爆炎に向かって飛び込む。
「不用意に飛び込むな、サイファー!」
「うるせえ!」
 ブルーの制止の声も聞かず、爆炎の中でサイファーは七支刀と剣を合わせる。
『なかなか無謀な男だ』
「うるせえっつってんだよ!」
 剣をあわせたままトリガーを引く。至近距離でサタンの喉元に弾が当たる。
「バハムート!」
 その背後から、リディアの召喚獣が姿を現す。
「メガフレア!」
 バハムートの魔法がサタンを焼く。そして、そこをめがけてファリスとティナがそれぞれ剣で斬りつける。
「ストーンシャワー!」
 さらにいくつもの土の柱がサタンに降り注ぐ。
「強い」
 ブルーは仲間たちの戦いぶりを見て、改めてそう実感した。
 これは、自分とアセルスが以前にサタンと戦ったときよりも、はるかに強い。あの上級妖魔の時の君やゾズマの力をはるかに超えている。
(こんなに強力な味方がいてくれるのは助かる)
 自分はサタンにとどめを刺すのが役割だ。隙が大きければ大きいほどいい。
 だがそれは、この人型のままでは駄目だ。竜型にならなければ、戦いにならない。
 あくまでこの人型サタンは、本体の隠れ蓑にすぎないのだから。
『まだまだだ』
 だが、さすがにサタンはその五連撃を受けてもまるで動じていなかった。
『さあ、こちらの番だ』
 サタンはあいている左手をブルーに向ける。
(まずい!)
 咄嗟にブルーは飛びのく。イルストームの炎が直後にその場所を焼き払う。
『ぬん!』
 そして七支刀が空を斬る。さすがに質量が違う。それを受け止めようとしたら、体ごと吹き飛ばされるだろう。戦士たちは素早く回避する。
 だが、一人だけサタンの傍から離れなかった者がいる。
「ファリス!」
 彼女は七支刀を回避すると、素早くサタンの背後に回った。
「シルドラ!」
 彼女が使える唯一の召喚獣、シルドラの息吹が背後からサタンを襲う──が。
「下がれ、ファリスーッ!」
 ブルーの絶叫が、荒野に響く。
 そのシルドラの息吹の中で、サタンが七支刀を掲げた。
 そして、電撃が彼女の体に襲いかかる。
「がああああああああっ!」
 一瞬で、彼女の体に痛烈な電流が走り、その場に倒れる。
『まず、一人』
 サタンは振り返り、左手をファリスに向けた。
「ちっ。世話の焼ける女だ」
 だが、それより早くサイファーが動いていた。両手で大きく剣を振り上げて、その左手にターゲットを定める。
「ブラスティングゾーン!」
 闘気のこもった剣が、サタンの左手を見事に切り飛ばした。
『ぬう』
 不発に終わった魔法にこだわることなく、その巨体を動かしてサタンはサイファーを蹴り飛ばす。
「ごほっ」
 さすがに質量が違う。交通事故にでもあったかのような衝撃に、一瞬サイファーは意識を失いかける。
 だが、その間にジェラールによってひとまずファリスの救出は済んだ。『月光』の魔法で彼女の傷が癒される。
「悪い、油断した」
「大丈夫。まだ戦いは序盤だ。これからだよ」
 ジェラールは厳しい表情を崩さない。
 だが、ダメージを与えることはできるのだ。サイファーがそれを証明した。それこそ、細切れになるまで切り刻めば倒せるのだから。
「来るぞ!」
 七支刀の電撃が全員に襲いかかる。それと同時にサタンが動いた。
 今度の標的は、ティナだ。
「私は、死なない」
 そのサタンに怖気づくこともなく、ティナはアルテマウェポンを構える。
 再び、サタンの七支刀が煌く。
「避けろ、ティナ!」
 だが、ティナは引かない。
 真正面から、その電撃を受けた。
「ティナ!」
 だが──彼女の体は先ほどのファリスのようにはいかなかった。
 七支刀から発する電撃を、アルテマウェポンが吸い取っているのだ。
「これが新しい私の力」
 自分の力のみならず、相手の力を吸収し、逆撃を与える。
「電撃剣!」
 ティナの剣がサタンの右足を薙ぐ。傷口から、サタンの全身に電流が走る。
『ぐうううううっ!』
 自分の放った電撃に焼かれるサタンが、ついに呻きを漏らした。
 チャンスだ。
 全員が、同じことを頭に思い浮かべる。
「魔法剣サンダガ!」
 ファリスの魔法剣がサタンの左足を斬る。
「ケツァクァトル!」
 サイファーのGFが起動する。
「ラムウ!」
 リディアが召喚獣を呼び出す。
「塔のカードよ!」
 そして、ブルーが極大雷撃魔法を放つ。
 全員の攻撃が『電撃』で揃った。
『がっ、があああああああっ!』
 サタンの体が、一瞬で黒焦げとなる。
 やったのか、全員の思考が止まる。
「変形するぞ! 油断するな!」
 ブルーが叱責を送る。それによって全員の集中が再び戻る。
『見事』
 炭化した人型サタンから、思念が発せられる。
『この姿にまで追い込んだことは評価しよう。だが、これで終わりだ』
 そして、徐々に形が変わっていく。
 その大きさのまま、形が人から、竜へと。
 竜型サタン──
『これで終わりだ』
 全ての炭が落ち、中から魔竜が現れた。
『全ての生命に、死を』






124.堕天使

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