閂が外される。
第九世界、PLUSへの道が開かれる。
FFへの道が開かれる。
「そっか。ついに開いたか」
すっかり大人の容姿となったレイラは、もはやリノアと瓜二つであった。
ただ、肌の色だけが父親の血をついでいるためか、浅黒になっているだけで、他は何も違いがない。
きっとそれは、母親ジュリアの血なのだろう。
ジュリアの子は皆、ジュリアと同じ顔になるようになっているのだ。
「それじゃ、行こうか。お兄ちゃん」
ゆらり、と後ろにいた影が動く。
「ううん、これからは恋人同士だもんね、スコール」
「ああ」
濁った色の瞳をしたスコールが機械的に答えた。
PLUS.126
闇より深く
ultimate sacrifice
「閂が外れたか」
戦況をただじっと見つめていたカロンが呟く。
「これはサタンの失態だったな。まさかまさか、サタンを倒さずに閂を倒すなど、考えつくはずもない。さすがにあの青き代表者は考えることが違う」
すると、その背後に別の影が現れる。
「おやおや。ついにお前さんも動く時がきたかね」
代表者たちの誰にも気づかれないようにして現れたのは、神出鬼没の吟遊詩人であった。
「ついに、とはまるで私がこのときを待っていたかのようですね」
「違うのかね? お主の願いはPLUSへ行くことだろう?」
「私は吟遊詩人です。私の役目はただ、見守り、歌うだけ」
「いつまでそんなことを言っているつもりやら。大方、あの獣を召喚士の娘さんにつけたのものお前さんの仕業だろう?」
吟遊詩人は何も答えない。ただ黙って、ローブを翻した。
「行くのかね?」
「ええ。私はこの戦いを見届けなければならない。戦場がPLUSへと移るなら、私もPLUSへ行くだけのこと」
「そうか。ならば気をつけよ、詩人。お前さんの命を狙っている者がおるからな」
「もとよりこの体は常に戦いの中にある。生き延びる術は心得ているとも、カロン。いや」
詩人はその姿を見て、呼び方を変えた。
「地蔵菩薩よ」
カロンは、ふ、と笑いをこぼす。
「懐かしい呼び名だ。そうか、もう五十六億と七千万年の月日は過ぎ去っていたか」
「……」
その言葉に意外というよりも、驚愕の顔を浮かべるハオラーン。そして、その顔を見てくつくつとカロンが笑った。
「気づかぬか。この地に弥勒が下りた。もはや私の役目は終わった。後は弥勒とともに戦うのみ」
「まさか」
「全ての世界を救う者か。あながち、間違いではないらしい。もっとも、最終的に誰が世界を救うかなど分からぬが」
すると、カロンの姿が徐々に大きくなる。
「さて、それでは主のために私も戦うとしよう。詩人よ、また会う日もあろう。そのときは敵同士となるかな」
「何度も言わせないでほしいものだ。私はただ、歌うのみだと」
詩人の声が終わると同時に、その姿も消えた。
「ほほ、奴め、最後の時までその正体を隠すつもりか。まあ、よい。奴が敵となるならばそれも一興。今は世界を守ることが優先」
FFから始まった世界がついにFまで来てしまった。ここが最終ラインだ。
五十六億と七千万年の時を費やしてこの時を待った甲斐があった。
「まさか、人間最高の術者と二番目の術者の両方に会えるとは思わなんだ。一番手は純粋な魔導師ゆえ、契約はそこのお嬢ちゃんとさせてもらうことにしよう」
カロンは戦場を見つめた。
サタンは笑っていた。
欺かれたことが楽しかった。まさか人間ごときがここまでのことをしでかしてくれるとは想像もしていなかった。
自分が倒されるなどとは思わなかったし、今でも思っていない。傷は受けたが致命傷には程遠い。全力で戦えば自分が余裕で勝てるのは分かっている。
あと二、三回もフォール・ダウンを放てばそれで終わりだ。
だが、これだけの戦いをした相手に敬意を表するのも、君主としての役割なのかもしれない。
そこまで思い立った時、サタンは決めた。
自分の形態はこれが最後だ。だが、自分にふさわしい武器をまだ手にしていたわけではなかった。
サタンの魔剣『死の剣』。冥府の王に一時期貸し与えていたが、ここで取り返す日が訪れたということだ。
「我が愛剣よ、我が手に戻れ」
サタンは空中に向かって手を差し出す。その空間がいびつに歪み、一筋の魔剣が手の中におさまる。
「まさか、この門を開かれるとは思いもしなかったが」
堕天使はさも愉快だと言わんばかりに言う。
「だが、これだけのことをやってくれたのだ。覚悟はできているだろうな」
「元からただで帰すつもりなどないくせに、よくも言ってくれるものだ」
ブルーは怒りを顕わにする。
ジェラールに、サイファー。
これだけの犠牲を払ったのだ。何があっても、この宿敵は自分で倒す。
閂は外されている。後はカインたちだけでも充分に世界は守れる。代表者としての使命は果たし終えている。
だからこそ、仲間の仇を討つという私情にかられる行為もできる。
「許さない」
ブルーは全魔力を体内に込める。
「許さないぞ、サタン」
だが。
もとより自分の魔力を全開にしたところで、サタンにかなうはずもない。
一瞬で詰め寄られ、その死の剣が振り下ろされる。
死なない。
そんな希望すら軽く打ち砕くほどに、その斬撃は鋭く、回避のしようもなかった。
「そこまでです、サタン」
だが、その間に割って入った人物が、その剣を弾く。
「貴様」
堕天使の顔に意外そうな表情が浮かんだ。
「カロンか。貴様、何故」
「何故も何もない。私はついに目的を達した。だからこそ今、私は自由に、自分の思うがままに動くことができる。そう、いつも目の前にいたお前さんと戦うこともだ」
巨大化したカロンは、既にブルーの倍ほども高い。だがそれでも大きさではサタンよりも一回り小さかった。
だが、その体内にあふれるエネルギーがあまりに膨大であるということはブルーでも容易に分かった。
「ブルー。お前さんはそこのお嬢さんを助けておやりなさい」
カロンが示したのは、倒れて動けないでいるファリスであった。
「それから、倒れた二人の代表者はもう」
「分かっている」
ジェラールは既に木っ端微塵になっており、サイファーも息はあるものの、死を避けることはかなうまい。
「彼女を助けたら援護する」
カロンは答えない。その必要はないと思っているのか、それとも必要だからこそ答えられないでいるのか。
だが、いずれにしてもカロンとサタンの戦いは、すぐに始まろうとしていた。
サタンは振り下ろす死の剣。それをカロンは自分の錫状で受け流す。
そして同時に、生き残っている戦士たち四人にテレパシーを送った。
『聞こえるかね』
ファリスを回復させたところでブルーの脳裏にその声が直接響く。
『チャンスは一度だ。それで倒せるかどうかが決まる。お前さんたちの力、アテにしておるよ』
直後にカロンの作戦が伝わる。全員がその作戦を一瞬で理解していた。言葉で伝えたのではない。何をするのかという知識を一瞬で自分たちの脳裏に焼き付けたのだ。
(それで倒せるなら)
どのみち策はもうブルーには残っていない。ここは勝負に出るしかない。
「ファリス。お前は──」
「ああ。正直、足を引っ張るだけだ。任せる」
「ああ。ゆっくり休んでいてくれ」
カロンの作戦ではファリスには全く出番がなかった。先ほどのダメージが回復したとしても、戦いに参加できるほどではないと判断されたのだろう。そして彼女もそのことを分かっていて、あえてそれ以上は何も言わなかった。
「地獄の君主は、天上から堕ちた天使」
だからこそ、唯一通用する攻撃がある。堕天使だからこそ、致命の一撃を与える方法がある。
その一撃を、いかにうまく放つことができるかが勝敗の分かれ目になる。
(僕が注意をひきつけるしかない)
ティナにもリディアにも役割がある。
先ほどジェラールがやったことを、今度は自分がやる番だ。
「サタン!」
カロンとの隙をついて、ブルーが一気に間合いを詰める。
「ブルーか」
サタンが注意を払うも、目前のカロンが強敵のため思うように手出しができない。
だからこそ、ブルーも究極奥義を惜しみなく披露できる。その後の自分を考えなくてもいいから。
「くらえ、サタン!」
時を操る術、そして禁断の『混沌』の力を借りて発動する術。
「カオスストリーム!」
攻撃力はさほど高くない。だが、混沌の風ならば確実に足止めはできる──
「ぐっ、ぐくぅぅぅぅぅっ!」
怯んだ相手の剣をカロンが錫状で弾き飛ばす。
だが、サタンもただで剣を手放すはずがない。空いた手で目の前のカロンの胸部を貫く。
とカロンの口から吐血が落ちる。
だがそこに、
「アルテマウェポン!」
高く飛び上がったティナが、サタンの額に深く、アルテマウェポンを突き刺す。
『契約に従い、我が前に力を示せ。預言の導きにより集え、崇高なる魂。いでよ、黙示録砲』
堕天使だからこそ、神の定めた『理』の前に逆らう術はない。
天使たちの最大の弱点。
それは、唯一にして絶対なる『神』の存在。
「アポカリプス!」
紫の光が、真っ直ぐにサタンの心臓を穿つ。
丸く、大きく開いた穴から、大量の黒煙が噴き出していく。
「がふっ」
その口からも黒煙が漏れ出てくる。
「ばかな、この、サタンが」
次第にその黒煙は、体の随所から起こるようになっていた。両腕、両足からももはや漏れ出る黒煙を押さえきることはできない。
「だ、が」
サタンはその傷ついた体で、なおも十二枚の翼をはためかせる。
「貴様らを、生かして帰すのはこのサタンにとって最大の恥」
闇の帳がおりる。
サタン最強の奥義、フォール・ダウン。
あれを放たれたとしたら、ここにいるティナもリディアも、無事ではいられない。
(どうにかしなければ)
ブルーは頭の中で最後の作戦を練る。
フォール・ダウンが発動してしまえば全てが終わりだ。その前に決着をつけなければいけない。
(何か、何か方法が──)
あった。
ブルーが見上げたその先。
(アルテマウェポン)
あれを使えば──いや、使うのは駄目だ。力を吸い取られて、全てが終わってしまう。
だから。
(できるだろうか。いや、できるはずだ)
それほど距離が遠いわけではない。
アルテマウェポンに向かって、ブルーは右手を伸ばす。
闇の帳が、降りた。
「フォール──」
「レミニッセンス!」
ありったけの魔力を込めて、闇の帳が降り切るより早く、闇色の崩壊の電流をアルテマウェポンに注ぎ込む。
「がああああああっ!」
サタンの術発動がキャンセルされる。さらに──
「最後の仕事だ、アルテマウェポン」
ありったけの魔力を注ぎ込んだアルテマウェポンに向かって、ブルーは命じた。
「その魔力を全て、開放しろ!」
「ば、ばかな」
「オーバーロード!」
アルテマウェポンの許容量を超える魔力を注ぎ込まれ、サタンの頭部に突き刺さったまま。
爆ぜた。
127.世界を超えて
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