「何やってんだよ、馬鹿」
 ようやくたどりついた穴だらけの男は、自分を見るなりそう言ってきた。
「馬鹿とはなんだ。お前こそ馬鹿だ」
 ファリスはもはや虫の息のサイファーに冷たく言う。
「あんな特攻しかけたおかげで、こんなザマになっちまったじゃねえか」
「助けてくれって言った覚えはねえぜ」
「ああ。だがな、お前は俺に助けてほしいって顔してたぜ」
「そんな顔するか、馬鹿」
 へっ、と強がって笑う相手の顔が歪む。
「泣いてんじゃねえよ、馬鹿」
「泣いてない。お前の目がおかしいんだ」
「そうかよ。ああ、そういやなんか、目も霞んできやがったな……」
 この状況で助かるはずもない。
 それはもう、お互いに分かっていた。
「最後に聞かせてくれ」
「なんだよ。眠いんだよ、俺は」
「どうして助けてくれた?」
 サイファーは笑いながら答えた。
「教えねえよ。俺が死んでもずっと悩みやがれ」
 そして目を閉じた。
 満足そうな死に顔をしていた。
「馬鹿」
 零れる涙を抑えることはできそうになかった。
「本当に、いい男ほど早くに逝きやがる……!」












PLUS.127

世界を超えて







change the world






 門が開かれ、世界同士の間の垣根が崩されていく。
 閉ざされていた第九世界PLUSが目の前に現れる。
 ついに、ここまできた。
 カオスの放った四天王をいずれも破り、地獄の君主も破った彼らにとって、残す敵はまさに親玉、カオス本体そのもの。
「いよいよ、終わりの始まりですね」
 詩人は歌う。
「いえ、それとも始まりの終わり、でしょうか」
 ポロン、と竪琴が鳴った。






 サタンを倒したとはいえ、その惨状たるや散々なものであった。
 八人のうちサイファーとジェラールの二人が死亡。回復に全力を費やしたエアリスと、レミニッセンスを放ったブルーはいまだ目覚めず、サラが二人を目覚めさせるため癒しの魔法をかけ続けている。満身創痍のファリスに、唯一の武器ともいえるアルテマウェポンを失ったティナ。唯一まだ無事に動けるのはリディアくらいであった。
 エアリスは精神的に限界を超えていただけのことだったので、早くに目が覚めていたが、ブルーの回復には時間がかかった。ぎりぎりの戦いを切り抜け、全ての魔力を放出したのだ。しかもその前には一度死に掛けている。この戦いで最も力を使ったのはブルーに他ならない。
 結局、魔力の回復は自然治癒を待たなければならなかった。
 ブルーが目覚めるまで、ざっと三時間。彼が目覚めた時、残っていた女性たちは安堵のために涙を流していた。
 そう、結果だけみれば男性陣が女性陣を命をかけて守ったという構図だったのだ。これ以上、自分たちのために死んでほしくないと思ったとしても仕方のないことであった。
「体の具合はどう?」
 リディアが尋ねてくる。だが、意外なほど体は軽かった。魔力は戻っていないのは分かるが、決して気分が悪いということはない。
「大丈夫。それに、ここで倒れているわけにもいかないしね」
 彼らの目の前には、サイファーが命がけで閂を破壊した門がそびえている。
 この先にカオスがいる。
 その戦いに自分たちはふさわしくないのではないか、とそう考えても無理からぬことであった。
「安心するがよい」
 そんな彼らに、カロンが声をかけた。
「この先にあるのは第九世界PLUS。確かにカオスによってほとんど支配されている世界ではあるが、抵抗勢力も多い。この世界と同じように、カオスと人間たちが戦っているのだよ」
「では、すぐに戦いになるというわけではない?」
「その通り。お前さんたちがすぐに戦闘に巻き込まれるかどうかは運次第だよ。さて」
 カロンは門を見つめて言う。
「幸いここは地獄門、ここからならば十六の世界のどこにでも通じる。お前さんたちは好きな道を選ぶことができる。元の世界に帰るもよし、PLUSに行くもよし、また、今回巻き込まれた世界ではない、他の八つの世界のいずれかに行くもよし。そして引き返すもよし。全てはお前さんたちが決めること。好きにするがよい」
「聞きたいことがある、カロン」
 ブルーが尋ねる。もちろんそれは、天空城に行った仲間たちのことだ。
「僕たちがこの門をくぐって世界を渡る。だが、変革者たちはどうなる。PLUSに行くのが僕たちだけだというのなら、何も意味がない」
「安心するがいい。変革者たちは自分で世界を渡ることができる。そのとき、随員を一人までなら伴うこともできよう」
 天空城に向かったメンバーは四人。変革者がカインとスコール、そしてセルフィとアセルス。人数的には何も問題はない。
「ならば、行こう」
 ブルーが力強く答える。
「僕は行く。僕の力が少しでも役に立つのなら、僕はカオスとの最終決戦に臨む」
「私も行く。もともと世界を救うためにここに来たわけだし」
 リディアも言う。そしてブルーがさらに続ける。
「全員が行く必要はないし、ここで起こったことをガーデンに報告する必要もあるだろう。全員で行くわけにはいかないが、みんなはどうする?」
「私も行かせてください」
 ティナが言う。PLUSには間違いなくカインも行くはずだ。そこで再会できるのなら、自分は何を代償にしてでも行く。そう決めている。
「私も」
 エアリスが手を上げた。
「じゃあ俺は残るな。報告役が必要だっていうんなら俺と、それにサラ、あんたも残るだろ?」
「はい」
 サラには行く理由がない。代表者は地獄への道を開くのが役割だ。それを果たしたなら、元の世界に帰ることだってできる。
 もちろん世界の危機を前にして自分の世界に帰るわけにはいかない。だが、ガーデンにはユリアンとモニカがいるのだ。それを置いてPLUSに行くわけにはいかない。一度二人と再会して、その先はそれから考えなければならない。
「分かった。それじゃあ、みんなによろしく。いずれにしてもカオスを倒したら一度、ガーデンに報告に行く。ただ、ガーデンが安全になったとは思わないでくれ。世界が近づいている影響なのか、災害が多く発生している。多分この影響はカオスを倒すまでは止まらないだろうから」
「ああ、了解した。ガーデンはあちこちの救助活動に専念しろってことだな?」
 のみこみの早いファリスに、ブルーは満足そうに頷く。
「それじゃあ行ってくる。吉報を待っていてくれ」
「ああ。頼むぜ」
 そして、四人は門を越えていく。
 完全に姿が見えなくなったところで、ふう、とファリスが息を吐いた。
「ファリスさんは、どうして行かれなかったのですか?」
 素朴な疑問をサラから提示されて、彼女は苦笑する。
「たいしたことじゃねえよ。あいつらを連れて帰りたかっただけさ」
 ファリスが示したところには、先ほど亡くなったばかりのサイファーとジェラールの死体があった。






 その変化はカインにも敏感に感じ取られた。
 世界の変化。閂が開けられたその衝撃はおそらく、変革者にしか分かるまい。アセルスは相変わらず体力回復のために横になっている。
「アセルス!」
 カインが呼びかける。その迫力に、敵か、と身構えながらアセルスが飛び起きる。
「どうした」
「開いた。世界がつながった」
 何が変わったというわけではない。だが、確かに分かる。
 今までとは違う、光の道のようなものが自分の中にある。
『それが、PLUSへの道です』
 天竜の声が聞こえる。
「PLUSへ行けば、カオスと戦うことになるのか?」
 純粋な疑問をぶつけてみる。
『すぐというわけではないでしょう。世界そのものがカオスというわけではありません。カオスはPLUSの世界に存在しているだけです。向こうの世界もカオスの脅威にさらされているという意味ではこちらの八世界と状況は変わりません。カオスを倒そうとしている者が必ずおります。その者の協力をあおぐのがよろしいでしょう』
「なるほど」
 カインは理解した。まだ戦いはこれからも長く続くのだということを。
(望むところだ)
 カオスを倒す。
 それはカインが望んだことだ。いや、最初のうちはそんなことは意識していなかった。意識するようになったのは、この世界で新たな仲間たちと出会い、人を愛し、愛されることを覚え、仲間のために戦いたいと思うようになってからだ。
 この世界を、自分の世界を壊させない。
 そして、全ての戦いが終わった時には。
(俺は、堂々とセシルの前に立つことができる)
 そうなってから初めて、自分は自分として歩いていくことができる。
 この戦いが終わらない限り、自分は父を超えることはできない。セシルの元に帰ることはできない。
「行こう、戦いの場へ」
 そしてカインは最後まで傍にいてくれた彼女に手を差し出す。
「アセルス。一緒に来てくれるか」
「モチ。それに、ブルーもきっと向こうに行くだろうしね。置いてけぼりはイヤだよ」
 カインは苦笑した。結局この二人はどこまでいっても仲が悪くなることはないのだ。
(戦いはまだ終わらない)
 むしろ、これからが本番だ。
(待っていろ、カオス)
 カインは天竜の牙をかざす。その剣から白金色の光があふれる。
 そして、二人の姿が天空城から消えた。






「──開いたか」
 セフィロスもまた、その波動を感じていた。
 戦いの場が移動した。この世界はもはや、最終決戦の場から外れている。
 そして、この戦いを裏で操っている存在、カオスのもとへの道が開かれている。
 ならば自分は戦うだけ。
「もちろん、アタシもつれてってくれるんでしょ?」
「当たり前だ。お前を見張るのが俺の役目だからな」
 セルフィが相変わらずセフィロスの腕の中で笑っている。
 笑っている──無理をしながら。
「セルフィ」
「な〜に?」
「気にするな、などとは言わない。だが、俺の前で強がる必要はない」
「……」
 途端、彼女の顔が歪む。
 理由など決まっている。スコールのことだ。彼女がかつての自分の仲間を倒して傷つかないはずがない。
「俺はお前のためだけにここにいる。だから、もう少し俺を頼れ」
「セフィロス」
 きゅ、と腕を彼の首に回す。
 こうしていると、落ち着く。
 ここが自分の居場所だと感じる。
(なんでやろ)
 頭の中でゆっくりと考える。
 最初に出会ったときから、何か運命のようなものを感じていた。どうしてこんなにも惹かれるのか、どうしてこんなにも彼に一途になれるのか。
 自分の気持ちが分からない。
(これが、恋、ちゅうもんなんかなあ)
 一緒にいると落ち着く。心が温かくなって、幸せな気持ちになれる。
(うん。だったら、ずっとセフィロスと一緒にいたい)
 セルフィは今度こそ、心からの笑顔でセフィロスを強く抱きしめた。
「そして、頼みがある」
「うん」
「カインたちがカオスを倒すより早く、奴を倒さなければいけない」
「うん」
「あの詩人──ハオラーンだけは、このままにしておくわけにはいかない」






 閂が外されたのは両者とも分かっていた。
 だが、動こうとはしない。そのままの体勢でじっと黙って動かない。
 ひとりは竜の頭の上。
 もうひとりは、その背後で宙に浮かんでいた。
「君はいかないのかい、マラコーダ」
「カインを追って、ですか。それもいいかもしれませんね」
 漆黒の剣士は明確な回答を避けた。
 そして同時に、この術者に対して畏怖を感じる。
 アビスを取り入れてからの彼は、何かが決定的に変わっていた。以前まで持っていた人間らしい感情がどこにも見当たらなくなっていた。いや、感情は変わらない。双子の兄弟、ブルーへの憎しみ。それだけが彼を突き動かしている原動力となっている。
 だが、今までの彼にはどこか人間くさいところがあった。戦いの場を設定したり、戦いの中で感情にとらわれて我を忘れてしまったり。
 今の彼にはそのようなところは微塵もない。おそらく、ブルーに会えばその場で八つ裂きにするだろう。
 そしてそれだけの力が今の彼にはある。
(アビスを取り入れて、精神に変調をきたしたな)
 冷静に分析する。それがブルーを倒すという視点に立っている現状ならば何も問題はない。
 だがもし、ブルーを倒したならば、その後はどうなるのだろう。彼こそが第二のアビスとしてこの世界に混沌をもたらしはしないだろうか。
「あなたは行かれないのですか、ブルーを殺しに」
 ためしに尋ねてみる。それに対して彼は羅刹の笑みを浮かべた。
「殺すよ、何があっても。この力さえあれば、ブルーを、ブルーを、ブルーを」
 狂気にとらわれたルージュは、倒すべき敵の名だけを何度も繰り返した。
 そして、凍りついた笑みだけを表面に出していた。
(心が既に壊れてしまっているな)
 彼がアビスを押さえ込めているのは、ただブルーへの憎しみが強すぎるだけだ。もしブルーを倒したなら、間違いなくアビスが暴走する。
(それはそれで困るな。彼にはもう少し、有効に役立ってもらわなければならない。それに、この世界が混沌に包まれるのは困る)
 マラコーダは世界を自分と、自分の配下によって支配することが目的だった。ルビカンテら四天王とカルコブリーナを失い、十二体の悪鬼族も五体が失われた。
(増援が必要か)
 残りの六体を呼び出すべきだろうか、と考える。
(念には念を入れるか)
 マラコーダは自分の考えを実行に移すことに決めた。






128.混沌の大地

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