戦いの場が移る。
変革者たちと代表者たち。そして修正者。
役者は揃った。
カオスとの戦いの結果は何をもたらすのか。
世界は崩壊から免れるのか。
詩人はもう、歌わない。
ただ、世界の行く末のみを見ている。
PLUS.128
混沌の大地
the world which the Chaos is in
目を開けると、濁った灰色の空が目に映った。
大地に緑はなく、やけに熱い。かと思いきや次の瞬間には凍えるほどの寒風が吹き付けてくる。
ここは、どこだ?
ゆっくりと体を起こす。回りには何もない。ただ一面の荒野。
色のない世界。白と黒のモノラルの世界。
(ここが、PLUSなのか?)
カインはぼんやりとした頭で考える。
自分の身の回りから考える。
剣は──ある。天竜の牙。呼びかけるが、返事はない。いつもそうだ。この剣は竜の方が用のあるときに突然話しかけてくる。自分はただ、この剣の力を借りるだけだ。
アセルスは──と見回すが、彼女の姿はない。
(どこにいったんだ?)
近くに倒れているような様子もない。
(一人、か)
冷たい風がまた、吹き付けてきた。だがこんなことで気落ちしているわけにはいかない。
ここは、第九世界、PLUS。
いや、FF世界、と言った方がいいのだろうか。
(ここがカオスのいるPLUSか)
自分の世界から離れてまだ一、二ヶ月ほどしかたっていないというのに、もう何年も経過したような感慨を覚える。
ここで自分は、このクリスタルを使ってカオスを倒さなければならない。
かざすだけで、カオスの力は弱まるらしい。
(ゼロムスよりは強いのだろうな)
だが自分の力はかつての竜騎士の時代よりもはるかに弱くなっている。それは仕方のないことだ。何しろ武器が違う。武器の破壊力は格段に強くなっているが、その武器を使いこなす技量が自分にはない。
槍と剣では使う筋肉も描く剣線も何もかもが違う。だから自分でイメージする段階までたどりつけていない。
(天竜の牙か)
どこかで剣を習わなければいけない。短期間で力をつけるには、独学では時間がかかりすぎてしまう。
それはさておき、まずはこの状況を何とかしなければならない。
四方にはるかな荒野が続いている。風の音だけが聞こえてくる。
(約束の地、か)
エアリスたちセトラが思い描いていた土地にしては、随分とさびれていると思う。自分以外に色がついているものの存在がない。ただ灰色の空と灰色の大地が永遠に続いているだけ。空を見上げても星はなく、自分の居場所を特定する手がかりもない。
「寒いな」
口にしてみる。声はきちんと聞こえた。
だが、その言葉には自分の気持ちが強くこもっていた。
誰もいないことが、これほど寂しいことだとは思わなかった。
自分がいた世界ではいつも一人だった。たとえ仲間たちと一緒にいたとしても、仲間たちへの罪悪感から自分は常に一人でいることを心がけていた。
だが、世界を移動してからというもの、自分の傍には常に誰かがいた。エアリスがいて、イリーナがいて、ティナがいて、ブルーやアセルスがいた。常に自分を支えてくれて、自分は孤独から救われるようになっていった。
だが、今。
この誰もいない世界に一人きりになった途端、自分がどれほど寂しい存在なのか、悟った。
(罰、というほどのことではないのだろうが)
アセルスはもとより、ブルーたちだってこの世界には来ているはずなのだ。探していけば必ずいつかは会える。
そして天竜は言った。この世界でもカオスと戦おうとしている者はいる、と。だから自分はその人を見つけなければならない。そしてカオスの居場所を知らなければならない。
「行くか」
風下へ向かう。この風には潮の香りがしない。ということは山から吹いてくる風に違いない。
海が近い方に人は集まる。だとすればこの場合は風下へ向かうのが得策だ。
そう考えたカインは剣を手に歩き始めた。
どのみち、三百六十度見渡しても何も見えないのだ。だとすれば、どこか一点に方角を定めて、そこに向かって歩いていくのがいい。
闇雲に歩き回っても仕方がないかもしれないが、このままここにずっといたとしても、水の補給すらないのであればやがては倒れるだけだ。ならば、あがくだけあがいた方がいい。
(クリスタルを使ってカオスを倒す)
その役割はカインにゆだねられた。スコールは倒れ、セフィロスは敵となった。カオスを倒す役割を持つ者はカインをおいて他にはない。
(地獄の方は大丈夫だっただろうか)
すぐに頭の中に八人の──いや。
彼女の、顔が浮かぶ。
(ティナ。無事でいてくれ)
天空城に入るまでは自分のことで頭が一杯だったが、いざこうして一段落ついてみると、どうも自分は彼女のことが気になって仕方がないらしい。
誰かを守るというパラディンの特性だろうか。それとも単に自分が彼女に惹かれているからか。
苦笑した。そんなことは考えるまでもないことだ。
(吹っ切れたと考えるべきか)
自分が誰かのことを好きになる。それは望ましいことだ。
ローザもそう言っていた。いつか幸せになれる、と。
だが、もしも自分に罰が下るというのなら、それは自分から彼女を取り上げられるということだ。
自分は変わりつつある。もちろんそれは竜騎士からパラディンへとクラスチェンジしたこともあるのだろうが、それ以上に彼女への気持ちが大きく変わってきていることの方が大きいように思える。
守りたいなどと思ったことが、今までに一度でもあっただろうか。
あの操られている時ですら、ローザのことを守りたいなどと一度たりとも思ったことはなかった。ただ自分さえよければいいと、それしか考えていなかった。
今は違う。あの片腕を亡くした少女の傍にいて、力の続く限り彼女を守りたいと思う。
そう思えるようになったことも成長といえば成長なのだろうが、そのかわりに恐怖もまた生じる。彼女を取り上げられるという罰──
(ループしてきたな……)
自分の考えが同じところを何度も繰り返していることを意識し、カインは考えることをやめた。
(セフィロス)
もう一つ気になることがあった。それは、あの天空城で戦った銀色の妖精のことだ。
あれが彼の本気だったのだろうか。とてもそうは思えない。
セルフィのことがあったとはいえ、すぐに引き上げたことも気にかかる。
そして彼も、このPLUSに来ているはずなのだ。
(いつかは戦う運命にある)
手元にこのクリスタルがある限り。
だが、自分はセフィロスと雌雄を決するつもりはない。スコールはきっと彼を許さないだろうが、彼とはカオスを倒すという同じ目的を共有できるのではないかと考える。
もっとも、彼がいったい何を狙っているのかはまだ分からないが。
(変革者は一人同行者を伴うことができる。ならば、セルフィも来ているのだろうな)
この新しい世界で。
新たな戦いに出るということか。
とにかく今はどこか、手がかりになるような場所を探さなければいけない。
ひたすら歩く。
いつか、どこかにたどりつけるまで。
日が落ちて、また日が昇る。
何度か休みながら、ただひたすらに歩き続ける。
最初の地点からどれくらい歩いたのかは分からない。
色のない世界で、ただひたすら歩く。
精神的に圧迫される。
何もない、ということがこれほど苦しいことだとは思ったこともなかった。
今まで自分はどんなことも耐えられると思っていた。何故なら、自分はどんなことにも絶望することがないからだ。
だが今は、こんなにも苦しい。
その理由は明らかであった。
(自分が変わったからか)
抜け殻の竜騎士から、中身の入ったパラディンへと変わった。守る者を手に入れた。
その自分が何もなくなってしまったなら。
(俺はどうすればいい?)
この何もない世界で。
混沌だけがあふれている世界で。
「俺は……っ!」
つい、声がこぼれる。
その瞬間であった。
初めて吹いた逆風に乗って、かすかに聞こえた『音』。
それは、人ならざるものが発したものであった。
「なんだ、あれは」
ガーデンで見た四人乗りの車ほどの大きさ。鋭く尖った八本の足。
がちゃ、がちゃ、という動くたびに軋む機械音。
それは、機械で作られた蜘蛛であった。
「これは」
その機械は、まっすぐにこちらに向かって勢いを上げている。
明らかに、殺る気だ。
「体が鈍っていたところだ」
何もないより、この方が気がまぎれる。少なくともこの世界が『何も無い』ところではないことが明らかになる。
メタリックのボディが灰色の光を照り返す。
その蜘蛛型はカインに突進してきた。
天竜の牙を構えるが、むやみにぶつかることはしない。蜘蛛型の攻撃方法が分からないのに無謀なことはしない。
一定の距離を保って、円を描くように間合いをとる。
(さて、何者だ。こいつは)
蜘蛛型は八本の足のうち、前の二本を持ち上げてきた。それが攻撃方法らしい。
鋭く右前足が振り下ろされる。後ろに飛んで回避する。
(鋭いな。だが見切れないというほどではない)
セフィロスの剣閃と比べても遜色ないが、あの男の渾身の一撃に比べれば、この蜘蛛型の攻撃はただのプログラムにすぎない。軌道が見える。
そしてこちらの剣は天竜の牙だ。
蜘蛛型の左前足が振り下ろされる。
それに合わせて天竜の牙を振るう。
「グギ」
その前足が切り飛ばされる。
蜘蛛型の頭部から、何故、とでもつぶやいたのか、機械音が漏れる。
「そこか」
真上からその頭部に叩きつける。
「?」
チカ、とその蜘蛛型の中で何かが光ったような気がした。
理性で判断するより、本能が危険を察知し、すぐにその場を離れた。
直後、蜘蛛型が爆発する。
充分に距離を取っていたおかげで爆発に巻き込まれることはなかったが、徹底していることに恐ろしさすら感じる。
(戦ってしとめられなければ、自分を犠牲にしてでも、か)
機械だからこそ使える技だ。人間の、命あるものにはできない。
(これもカオスのしわざだろうか)
機械の支配する世界。
(人間は、この世界に生きているのだろうか)
不安はつきない。だが、とにかく今は進むだけだ。
再び、彼は歩き始めた。
どこかにたどりつくまで。
日が落ち、灰色の空に闇の帳が落ちる。
星は見えない。もちろん前の世界とも、そして故郷とも星の配置は違う。それでも星が見えれば多少なりとも自分の位置が把握できるのだ。
ままならなかった旅程だが、ようやくその旅にも終わりが近づいてきた。
影。
それは建物の群であった。
(人がいるとは思えないがな)
さっきのような機械が普通に歩き回っているような世界だ。村や町が無事でいられるはずがない。
おそらくぼろぼろに壊されてしまっているだろう。
(食糧と水だけでも手に入ればな)
どのような状況に陥っても大丈夫なように、水と食糧は最低限三日は持つ程度のものは常に持ち歩いている。だが、それも限界に近い。
建物は全て石造りであった。どの建物にも扉はない。朽ちている木製の扉が転がっているところがあるあたり、さすがに扉まで石ということはなかったらしい。
当然、人影は全くなかった。
(まあ、覚悟はしていたが)
夜の寒風が彼の体を打つ。幸いなことに、今日は風をしのぐことだけはできるようだ。
かつて存在した町。どこにも人の気配は感じない。
(扉の朽ち方からして、もう何年、何十年という感じだな)
全部で建物は五十軒くらいか。適当に何軒目かに入ってみる。
まるで引越しをした後であるかのように、何もなかった。テーブルや椅子といった家財道具も何もかも。
(キッチンがあるのか)
上水道があったが、蛇口をひねっても何も出てこない。当たり前といえば当たり前だ。この辺りに水が貯蔵されているところなどあるはずがない。あの灰色の大地を見れば当然といえた。
闇の中、とりあえず腰を下ろす。
どれだけ夜目がきくとはいえ、さすがに真っ暗な中で闇雲に歩き回るのは危険だ。
今日はここで眠ることにする。
そして明日の朝、少し調べてみるとしよう。
目が覚める。
灰色の世界が戻ってきた。壁の上の方についている小さな窓から、灰色の光が差し込んでくる。
家の中には何もないのは昨日確認した通りだったが、明るくなって何か気づくことがないだろうかと見回してみるが、結局何もない。
他の家もおそらく似たようなものだろう。
(滅びているのか)
三階建ての一番大きな建物に入る。
入った瞬間、何か違和感を覚えた。他の、何もない家とは何かが違う。
(こういう時の直感は外れたことがないな)
調べてみることにする。三歩進んで、ぴたりと止まった。
そしてかがみこむ。
(これは、気づかなかったな)
扉が開きっぱなしならば、当然あちこちに土埃がたまる。だが、ここにはそれがない。
つまり、この家には出入りしている存在があるということだ。
(やれやれ。何があるかは分からないが、都合がいい)
埃の少ないところを追いかけていく。
建物の一番奥、何もない部屋だが、おそらくは個室用に作られたものだろう。
違和感は、さらに大きくなった。
これは、人の匂いだ。
今までの空間には何も感じなかった。それは、無機質の香りだ。
だがこの部屋には、人がいたという匂いが残っている。
(敵か味方かは分からないが)
部屋の中をじっと見つめる。石畳の剥げ具合を見る。
「ここか」
小さな四角い窓の下。そこに変化がある。
「地下か」
石畳をはがす。
そこに、地下への階段があった。
「動くな!」
その瞬間『人間』が入り込んできた。
三人。いずれも槍を構えている。
「武器を捨てろ! さもなくば殺す!」
129.機械と魔法と
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