僕は誰よりも冷静でいなければならない。
 リーダーであろうと軍師であろうと、僕の役割にかわることはない。誰よりも早く情報を集め、誰よりも早く状況を察知し、誰よりも早く行動の指針を下す。その能力が僕にはあり、他人にはない。それはずっと昔から分かっていたことだ。
 いかなる人間であっても、自分の力を正確に見つめることはできない。時には驕りが生じ、時には謙遜が入り込む。
 だが、僕にはそれがない。僕にはおよそ主観というものがない。全てが客観で、冷静に物事を見つめることができる。
 だから、今は自分が何をしなければいけないのかを冷静に判断しなければならない。この世界にやってきた仲間たちを集め、そしてカオスを倒す。
 そのための最善の方法を見つけるのが、僕の役割だ。












PLUS.130

禁断の地







Eureka






 ブルーたち四人は目が覚めたとき、うっそうと茂る灰色の森の中にいた。
 ここがPLUSであるということは当然分かっていたが、PLUSの中のいったいどの辺りになるのかということが全く分からない。
 とにかく、近くにカオスがいないということが救いだった。今の自分たちではカオスにはかなわないだろう。変革者たち、カインやスコールの力、クリスタルの力がなければカオスと戦っても無駄死にとなる。
 色のない灰色の木々たちは、どこか自分たちを見張っているかのように見えた。
 そして、ブルーたちが現状を確認するよりも先に問題が生じた。
 エアリスが突然痙攣を始め、その後昏睡状態となったのだ。
 原因は全く分からない。もちろん地獄でかなり無理なことをしたからそれがたたったのだということも考えられたが、それにしては地獄で何の変化がなかったということもおかしい。
 彼女が変調をきたしたのは、このPLUSにやってきてからなのだ。
(いったい、何が彼女を蝕んでいるんだ)
 移動しようにも、この場所がどこなのかが分からなければ移動のしようもない。闇雲に歩き回っても体力を消耗するばかりだ。かといってこの場に留まっていても事態は進展しない。
 八方塞がり。ブルーはどうするべきなのかを考えたが、全くいい解決策はなかった。
「困る必要はねえさ」
 と、その時。ここしばらく現れていなかったリディアの『守護役』が姿を見せた。
「ディオ」
「ここで待ってれば迎えが来るぜ」
 迎え。それはもちろん、敵というわけではない。かといって味方などというものがこの世界にいるものなのだろうか。
 そして、小一時間ほどが過ぎた時、ディオニュソスの言っていた『迎え』が現れた。
 それは十名からなる兵士の小隊であった。
「代表者の方々ですか?」
 兵士が丁寧に尋ねてくる。
「そうだが」
「ようこそいらっしゃいました。我々はこのPLUSでカオスと戦っている唯一の抵抗勢力『エウレカ』の民です。国王陛下が代表者の皆様方をお迎えしたいとのことですので、ぜひおいで願えますでしょうか」
 もちろん断る理由はない。ここまでしてカオスが罠にかけるということも考えづらい。エアリスの件もある。ブルーは承諾した。
「一人、こちらに病人がいるんだが」
「病人?」
 兵士はエアリスの近くに寄ると顔をしかめた。
「急ぎましょう。原因は分かりませんが、この昏睡状態は危険な感じがします」
 兵士がエアリスをかつぎあげると、残りのメンバーに指示を出す。兵士たちのうち五人が外側に配置し、それぞれ印を組む。
「魔法転送します。目を閉じて、リラックスしてください」
 言われるままに一向は目を閉じた。
 そして、再び目を開いた時には、色のある城の中にいた。
「集団転送か。優れた技術だな」
 兵士達十人と自分たち四人。これだけの人数をまとめて転送させるような技術はブルーにも持ち得ないものであった。
「いえ、たいしたことではありません。この『エウレカ』に帰還するだけならば、この城に備わる魔法装置で誰でも可能なのです」
「なるほど。城自体が装置となっているのか。言われてみれば、あちこちに魔法陣をあしらったレリーフがあるけど、全部何かの魔法に関わっているのか」
「その通りです。お話したいことは山ほどありますが、まずは医療センターへこちらの方をお連れします。どうぞついてきてください」
 兵士がそのままエアリスを連れていくので、ブルーたちはおとなしく従う。
 それにしても、と城を見回して感心する。
 ここはマジックキングダムよりもはるかに魔力に満ちている。エウレカ=禁断の地、という二つ名は伊達ではないらしい。
「どう思う、リディア」
「はい。この城、少しおかしいです。いえ、おかしいというのとは違いますね。別に悪いものというわけではないみたいですから」
「具体的には?」
「この城は魔力を溜め込んでいるという感じです。その魔力をカオスからの防御に利用しているのだと思います」
 それを聞いた兵士が振り返ってリディアを見つめる。
「何か」
「いえ、さすがだと思っただけです。確かにこの城の溜めた魔力は現在防御のために利用しています。ただ、それだけではなく、いざというときはこの城に溜めた魔力を敵に向かって放つこともできます。ここはまさに、カオスと戦うための最終拠点なのですよ」
 兵士の説明に三人が頷く。だが、その言葉にブルーは引っかかるものがあった。
「一ついいか」
「はい」
「今リディアに対して『さすが』と言ったが、まるでリディアを知っているみたいだな」
「ええ、存じ上げています」
 兵士は事もないという感じで答える。
「何故?」
「我らが王は最高の魔術師です。そして、あなたがた代表者の行いをずっとこの世界から見ていました。あなたがたのことはよくご存知です。それに、リディアさんは特別です」
「特別?」
「はい。それは──」
 と話し掛けようとしたとき、彼の腕の中でエアリスが痙攣を始めた。
「いけない」
 兵士は小走りに駆け出す。容態の急変に、ブルーたちもその後を追う。
 そしてたどりついたメディカルルームでエアリスを横にする。すぐに駆け寄った三人の医師たちが彼女の身体を押さえ、左腕に注射をうつ。
 彼らもエアリスを助けようとしてくれているのは分かる。ここは自分が口を挟むべきではない。
「どうだ?」
「いや、まだ足りない。このランクでは時間稼ぎにもならん」
「最高ランクを出す。多少の犠牲はやむをえん」
 何か物騒な話をしている。せめて何をしようとしているのか、エアリスがどうなるのかという説明がほしい。
「大丈夫です」
 先ほどの兵士が安心してほしい、と声をかけてくる。
「あの方はこの国最高の知識を持った方、ドクターです。副作用や障害が出るようなことを許可なく行うことはいたしません。どうぞご安心を」
「ああ」
 二本目の注射がうたれて、ようやく彼女の身体が落ち着きを取り戻す。だが、今度は逆にぐったりとしてぴくりとも動かなくなる。
 いったい、彼女の身に何が起こっているというのか。
「これで、しばらくは大丈夫だろう」
 ドクターが汗を拭った。
「すまなかったな。不安にさせてしまったらしい。この通りだ」
 そのドクターは愛想のない表情でぺこりと頭を下げた。
「かまわないでくれ。エアリスを助けてくれようとしているのは明らかだった」
「そう言ってくれると助かる。何しろ無愛想なもので、たいがい自分が思っていることと反対の印象を相手に与えちまう」
 その口調を少し治すだけでかなり違うのではないだろうか、とは口にしなかった。
「エアリスはどういう状態なんだ?」
「うん?」
 ドクターは残りの二人に簡単に指示を出すと「外へ出ようか」と告げた。
「ドクター、私は」
 先ほどの兵士が静かに進み出る。どうやらこの兵士より、ドクターの方が格上らしい。
「キミは王に代表者たちが到着したことを報告したまえ。彼女の説明を先にしなければ彼らも納得できまい。その後で謁見していただく」
「了解しました」
 兵士が立ち去り、ドクターが三人を部屋の外へ連れ出す。
「失礼するよ」
 ドクターは懐から煙草を取り出すと、一本火をつけた。ふう、と気がぬけたかのように大きく煙を吐く。
「さて、色々と聞きたいことがあるだろう。ま、この世界のことは後で王に聞くとして、今キミたちに必要なのは、彼女の情報だ」
「それが分かっているのなら教えてほしい。彼女はどうしてしまったんだ? この世界に来た途端にこうなってしまったのだが」
「はっきりとこれが原因だということは分からないがね。だが、彼女に起こっていることは分かっている」
 ドクターが真剣な表情に変わった。
「そんなに、悪いんですか」
 ティナが苦しそうに尋ねる。
「逆だ」
「逆……?」
 言葉の意味が理解できない。ドクターが何を言おうとしているのかが分からなかった。
「つまり、病気が回復するということは肉体が本来の姿に戻ろうとするからだ。だが、彼女の場合はそれが逆なんだ」
「つまり……」
「うむ。彼女の肉体は本来の姿に戻ろうとしている。それは、決して彼女が回復することではない。彼女が元の『死体』に戻ろうとしているということだ」
「なっ」
 ブルーがうめいて、それから言葉が出なくなる。
 死体に戻る。
「もう少し分かりやすく言うと、彼女は一度死んでいる。もちろん全てが滅びたなら彼女がここにいられる道理はない。おそらく肉体だけが滅び、魂はそれからも生き続けていたのだろう。そして全ての世界の命運をかけた戦いが始まり、彼女の代表者としての力が必要になった。だから新たな肉体を与えられた。だが、それはかりそめの器だ。使命を果たせば器には用がない。これから先、彼女の容態がよくなることは決してないだろう。このエウレカの総力をあげても彼女の病──と呼んでもいいのなら、だが。それを治すことは不可能だ」
「対処法はあるのか」
 ブルーは頭を押さえて尋ねる。
「先ほど彼女に与えた薬が最終手段だ。あれは器を崩壊させないための、現状を維持するための薬だ。アレを定期的に投薬すれば延命はできるだろう」
「どれくらい」
 だが、ブルーの質問は彼らの希望を打ち砕くものに他ならなかった。
「半年だな」
 歯に衣着せぬ物言いはドクターの冷たさか、それともあいまいな言葉で変に希望をもたせることなく覚悟を決めさせるためなのか。
「──最善を尽くしてくれていることに感謝する」
 ブルーは「何とかしろ」と言いたいのをこらえて、頭を下げた。
「君はなかなか、我慢強い」
 その様子を見たドクターが感心したように言う。
「何を」
「普通の人間は、こういう時もっと自分の言いたいことを言うものだよ。それを理性で押さえ込める君は尊敬に値すると言っているのさ」
「こんなところで褒められても嬉しくない。仲間の命がかかっているんだ」
「そうだな。まあ、気にしないでくれ。彼女のことは最善を尽くす。治療法はなくとも、病の進行を遅らせることくらいは可能だ」
「頼む」
「ああ。そして君たちに逆に頼まなければならないことがある」
 ドクターは真剣な表情で言った。
「この世界を──いや、全ての世界を救ってくれ」
 このとき、ブルーは唐突に理解した。
 この世界に来てたった一日しかいない自分たちのことを、この世界の人たちは皆が知っているのだと。そして、自分たちが救世主となるのだと信じて疑っていないのだということを。
「ああ。任せてくれ」
 その期待に応えなければならない。ブルーは決意を新たにした。
「さて、そろそろ王と謁見の準備が整っている頃だろう。先程の兵士が来たならば、君が一人で行きたまえ」
「僕が?」
 その『王』という人物が色々なことを教えてくれるのだろうが、どうせなら全員で行った方がいいのではないか。
「今は君が会うのがいいだろう。このお嬢さんたちは疲れているようだし、彼女の容態も気になるだろう。君たちの中では君が一番理性的で冷静だ。君以外に王と話す適任者はいまい」
「高く評価してくれるのはありがたいが」
 どうしたものか、とブルーは仲間たちを見回す。だがティナもリディアもそれでいいという様子を見せた。
「分かった。じゃあ僕が行ってこよう」
 と、そこへ先程の兵士が帰ってくる。王が会いたい、ということであった。
「じゃあ、まずは僕が一人で行ってくる。明日にでも王と皆で話ができるようにするよ」
「ええ。お願いします」
 リディアの声に送られてブルーは国王の間へと向かった。
 相変わらず魔方陣だらけの廊下を抜け、ひときわ広いホールに出る。
 そこが王の間であった。
 奥にある豪華な椅子に座っていたのは、赤黒のローブを身にまとった、まだ二十代後半くらいの若い青年であった。
「代表者か」
 王は立ち上がってブルーを見つめてくる。
「はじめまして。ブルーといいます」
「よく来てくれた。『エウレカ』は代表者たちを歓迎する」
「ありがとうございます、国王陛下」
 ブルーは恭しく頭を下げる。
「色々と聞きたいこともあるのだろう。それは私も同じだ。まずはお互いの情報を交換することから始めたいと思う」
「同感です、陛下」
 相手も魔法使いなのだろうか、どことなくその雰囲気がある。それに、情報に対する過敏さも兼ね備えているようだ。
「私第十一世界リージョンの出身です。そして私は代表者として、第十六世界フィールディへと赴きました。そこで代表者が約束の行為を行わなければならないと聞いたからです。その約束の行為とは、変革者にカオスを封じるクリスタルを持たせ、このPLUSへと導くことでした」
 国王は椅子に座ろうともせず、じっとブルーの話を聞いていた。
「我々が地獄に存在する閂を破壊したため、PLUSへの道は開かれました。変革者たちはこの世界へとやってきているはずです。王、どうか彼らの捜索を願いたい。私がまず言えるのはそれだけです」
「分かった。いや、それで全てが分かったなどというつもりはないが、おおまかな話は理解した」
 国王は頷くとその玉座に再び座る。
「まず伝えておくと、変革者三人の気配は察知している。つまり、この世界に三人とも来ているのは間違いないことだ」
 それを聞いてほっと安心する。ならばセフィロスはともかくとして、カインとスコールは無事なのだ。
「だが、彼らの居場所は現在捜索中だ。代表者と違い、変革者はその存在が非常に不安定だ。従って場所を把握することが難しい」
「既に捜索していただけているのですか」
「無論。我らは代表者と変革者たちが訪れるのをずっと待っていたのだから」
 ブルーはそれを聞いてひどく安心する自分に気づいた。
 初めての世界で自分のことを理解してくれない人に出会うことのつらさはよく分かっている。フィールディでも最初に会えたのがスコールたちでよかった。だが、そんな幸運はめったにないのだ。
「だが、残念なことにブルー殿が知りたいと思っていることはこちらではつかめていないのだ」
「ブルーで結構です、陛下」
 そう言うと王は頷いて続けた。
「ではブルー。残念だがカオスの居場所はわれらには把握できていない」
 落胆はしなかった。むしろ、それがすぐに分かるなどとブルーは初めから期待していなかった。
「だが、カオスの居場所を知っていそうな奴ならば心当たりがある」
「それは?」
「この星を統治するカオスの部下。マシンマスターとマジックマスターだ」
 どうやら、本題に入ってきたらしい。
「まあ、詳しいことは明日にでも話そう。ブルーたちも疲れているだろうし、聞けば一人倒れている女性がいるとのこと」
「ええ。メディカルルームで治療を受けさせてもらっています」
「ああ、自由に使ってくれ。君たちのためならばエウレカは全てを投げ打つ覚悟だ。何しろ、これはこの国だけではない。十六ある全ての世界の命運がかかっている」
 この王はよく事情が分かっている。おそらくはずっと現場で戦ってきた自分よりはるかに事情に通じているのだろう。
「ならば先に教えていただきたいことがあります」
「なんだ」
 王が尋ね返し、ブルーも頷いてから答えた。
「この世界の現状。そして、カオスとの戦いの歴史を、です」






131.罪人の魂

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