彼に会えるかどうかは分からない。
 ただ、伝えなければならないことがある。
 次の段階へ踏み出そうとする彼に。
 たった一つだけ、私でなければ伝えられないこと。
 それを伝えられない限り。
 私は、まだ、死ねない。












PLUS.132

死の束縛







Her death was known from the beginning






 ヴァリナー王と一度目の会見が終わり、病室に戻ってきたブルーにドクターが簡単に病状を伝えた。先程と変わりはないのだが、体の衰弱は秒単位で進行しているという。
 正直、手のうちようがないこの病気の前では、ブルーですらも無力を感じざるをえない。意識が戻らないまま衰弱死、などということだけは防がなければならない。
 必ず、彼女が会いたいと思っている男をこの場に連れてくる。だからそれまでの間に目覚めて、そして体力を回復してもらわなければならない。
「それはそうと」
 リディアが話を切り替える。もちろんエアリスのことは大きな問題だが、それだけが彼らの問題というわけではない。悩んでも仕方ないことでいつまでも時間を使うよりも、まずは解決できるところから解決しなければならない。
「王と話したこと、教えてくれるんですよね?」
「ああ、もちろん」
 ブルーも気持ちを切り替えた。誰よりも一番しっかりしなければならないのは自分だ。
 この世界で、カオスの居場所をつきとめ、カインやスコールと合流し、世界の危機を救う。
 それができるのは自分だけなのだから。
「ここはPLUSで間違いないんですよね?」
「そうみたいだね。この広大な宇宙に存在するのはこの星と空に浮かぶ灰色の太陽だけなんだそうだよ。それ以外はカオスが滅ぼしてしまったらしい」
 Promised Land Unlimited Secret──限りない秘密を抱いた約束の地。
 それがこの、希望も未来もない世界なのだ。
「カオスの居場所は分かるんですか?」
 ティナも尋ねてくる。だがブルーは首を横に振った。
「この星にいるのかすらも分からない。ヴァリナー王でも全く分からないそうだ」
「カインたちの居場所も?」
「ああ。手がかりなしだ。PLUSに来ていることが間違いないということは分かっているけど、どこにいるのかは全く分からない」
 ブルーも、ティナも、リディアも、気持ちは同じだ。
 会いたい人がいる。誰よりも大切な人に会わなければならないのだ。
「まだヴァリナー王は全てを話されたという様子ではなかったけれど、どちらにせよ僕らが知りたいのはたった二つだけだからね。カオスの居場所とカインたちの居場所だけだ。あとはこの世界のことがある程度分かればそれで充分だよ」
 ブルーがヴァリナーから聞いたこの世界の姿。
 北の魔法大陸に、南の機械大陸。
 そしてそれらを統べるマジックマスターとマシンマスター。すべての魔法を操る存在と、すべての機械を支配する存在。
「倒さなければいけない、ということかしら」
「まあ、倒した方がいいんだろうね。カオスの前にできるだけ障害は除いておきたい。いざカオスとの最終決戦といったときに、他に邪魔をする奴はいてほしくない」
 だったら、先に倒せるのなら倒した方がいい、というのがブルーの理屈だ。
「じゃあどうするの? そのマジックマスターを倒しに行くの?」
 それも現状では無理な話だ。このカオスの支配する世界で、目的地もよく分からないのにこのエウレカから出ていくのは自殺行為だ。
「何をさしおいてもまずは情報だよ。どこに何があるのかすべて確認してからだ。というわけで、地図があるからこれで確認しよう」
 と、懐からブルーは羊皮紙を取り出した。
 都市国家エウレカは魔法大陸のほぼ中心から若干東にずれた場所に位置する。魔法大陸は大陸全体がほとんど森林となっており、現在位置が非常に分かりづらくなることが特徴だ。
 大陸はほぼ真ん中で東西に分かれている。その境目となっているのがランドゥール山脈で、山脈を越えた反対側にマジックマスターの館が存在しているらしい。もっとも確認が取れているわけではないので、おおよその位置ということだ。
 機械大陸にはかつてカオスに抵抗していた古ゴート王国、古パルミラ王国があったが、いずれもカオスによって滅ぼされており、今となっては遺跡が残っているだけだ。
「カイン……」
 ティナが真剣な表情で見つめている。
 この中のどこかにいる。そうと聞けばすぐにでも飛んで行きたい気持ちなのだろう。それはブルーにしても全く同じだ。アセルスの居場所が分かるのなら、今すぐにこの場を飛び出していきたい。
 だが、確証もなしに動くことはできない。ただでさえカオスの手下が徘徊している世界で、無茶な行為は避けなければならない。
 その、なんともどかしいことか。
「ヴァリナー王が探索の魔法をかけているらしいんだ。居場所はそう遠くないうちに見つかるだろうとは言っていたんだけれど」
 だが、どうにも掴みにくい王であった。一万年を生きているとか、およそ信じられない話ばかりだ。
「一万年前?」
 その話を聞いたリディアが少し考え込む。
「何か?」
「いえ、前にバハムートから聞いたことがあるんです。それくらい昔に、十六世界のうちの一つが危機を迎えたことがあるって。それはPLUSではなかったんですけど」
「どこの世界?」
「第七世界エルヴィア。その時は危機が無事に回避されて世界は守られたって」
 それだけの情報では、どのような推測でも可能だ。
「考えない方がいいな。直接王に聞いてみた方が早い」
「そうですね。それより──」
 と、リディアが言いかけた時のことである。
「うん……」
 ベッドから漏れる声に、三人がはっと振り向く。
 横たわっていた彼女が、うっすらと目を開いていた。
 ただ、意識はまだはっきりとしておらず、ただぼうっと宙を見つめている。
「エアリス?」
 ブルーが小さな声で話しかけた。その声に引かれるように、彼女の瞳だけがブルーの方を向く。
「あ……ブルー?」
 その小さな口が彼の名を呼ぶ。
 意識が戻った。
 とにもかくにも、三人はほっと胸をなでおろす。
「私……倒れたの?」
「ええ。PLUSに来てすぐでした。あ、まだ横になっていてください」
 リディアが濡れたタオルを用意して、彼女の額に乗せる。
「ありがとう」
「どういたしまして。本当に安静にしてくださいね。ここは安全な場所ですから」
 くすっ、と笑った彼女の顔には全く生気というものが戻ってきていなかった。真っ白で、血が全く通っていないかのようだ。
「ここは?」
「ここはPLUSにある唯一の国、エウレカ。国王の庇護をもらうことができた。国王もカオスと戦っているということだ」
「そう。良かった」
 PLUSに来た四人ともが無事であることを確認して、エアリスもほっと息をつく。
「カインたちは?」
「見つかっていない。今、国王が探してくださっている。近いうちに見つかると思う」
「そっか」
 エアリスはブルーから視線を逸らし、天上を見つめる。
「できるだけ、早くに見つかるといいな」
 それは、単なる願いだけではない、別の理由がこもった呟きだった。
「どういう意味だい?」
 ブルーが尋ねる。
「うん。カインに会いたいの。だって、私」
 弱々しく、エアリスは微笑った。

「もう、ながくないから」

 その言葉に、三人の行動が止まった。
 彼女が何を言ったのか、うまく理解ができない。微笑いながら、この女性はいったい何を口にしたのか。自分の聞き間違いではないのか。こんな穏やかに、そんなことが言えるものなのか。
「すまない、エアリス。よく理解できなかったんだが」
「もうながくないの。もうすぐ死ぬっていうこと」
 はっきりとした言葉は、三人をさらに打ちのめした。
「エアリスさん……」
 ティナが左手を震わせながら口元に運ぶ。リディアは完全に表情をなくしてじっとエアリスを見つめる。
 そして、ブルーは。
「エアリス。いくつか聞いてもいいか」
「うん」
「体調が悪いことは、もしかして以前から気づいていたのか?」
 彼女が言ったことは衝撃的だった。だが、それゆえに彼の冷静な頭脳は逆に不自然さを感じていた。
 もし、今はじめてこうして体調が悪いということを感じたのだとしたら、突然自分が死ぬだなどということは思い浮かばないだろう。
 彼女の言い方は、いつかは訪れる既に分かっていたことが、ついに現実のものとなった、そういう感じであった。
「うん。結構前かな。あの時は──」
 自分が死んだということを、自覚した時。
 セフィロス。
 その名前を聞いた瞬間、自分の止まっていた時が流れ始めた。
 セフィロスの正宗が自分の胸を貫く感触は今でも覚えている。
 それでも生きながらえたのは、星の加護を受けていたからだ。肉体は滅びても精神はとどまった。
 その状態を、生きているというのか、それとも死んでいるというのか。
 世界は前者と判断したらしい。自分は代表者として、かりそめの器を手にして世界を渡った。
 自分がどうして生き返ったのかも考えず、代表者ならばその通りに活動しようと思った。
 そして、大好きな人と一緒にいるために努力しようと思った。残念ながら、その想いは目の前の綺麗な少女のために叶わないようだけれど。
「それから何度か発作も起こって。発熱やめまいは結構頻繁にあったの。ときどき目がかすんで見えなかったりもしたし」
「目が見えない?」
「あ、うん。今は大丈夫、本当に、たまに、だから」
 慌てたように彼女は言う。だが、それが本当のことなら彼女の病はまさに末期に向かって進行していると言わざるをえない。
「仕方のないことなんだ。だって、私は一度死んでるから。ただ、代表者としての仕事をしなければいけなかったから今まで生きてこられたけれど、もう使命を果たしたら私の体は用済み」
「そんなこと」
「ううん、いいの。本当のことだもん。遅かれ早かれこうなるのは、前から分かってたことなんだ」
「ふざけるな!」
 病人であることも忘れ、ブルーが怒鳴りつける。びっくりしたエアリスが目を丸くした。
「君は僕らの仲間だ。ただ使命を果たすためだけに生きてきた? そんなふざけた理由なんか僕は知らない。それが運命なのだとしたら、僕はその運命に逆らってみせる。だから、死ぬことを認めるのは絶対にやめるんだ」
「ブルー」
 エアリスがまじまじと彼を見つめる。そして微笑った。
「ブルーは優しいね」
「エアリス」
「うん。私もがんばってみるね。でも、本当に最悪のことを考えて、ひとつだけお願い」
「何だ」
「私が死ぬ前にカインを連れてきてほしいの。私まだ、彼に言わなければいけないことがある。彼のために、絶対に。それから、ティナ」
 視線をブルーから移す。はい、と静かな声が答えた。
「少しだけ話があるの。ブルーとリディアには申し訳ないけど」
「分かった。少し席を外そう」
 二人は目を見合わせると、静かに部屋を出た。
 そして、二人そろってため息をつく。
「どうしてなんでしょうか」
 リディアが言わずにいられない、という様子で呟く。
「エアリスさんは何も悪いことなんてしていないのに、運命だなんて」
「認めてたまるか。ジェラール、サイファー、それだけじゃない、今までに亡くなった人たち……もうこれ以上仲間を失うなんて、たくさんだ!」
 ブルーが珍しく感情を見せる。
 そう、彼もこのメンバーを『仲間』だと思うようになるとは考えていなかった。
 自分にとって大切な仲間はもういない。唯一アセルスだけが盟友として存在している。
 だが、今となってはこれだけ長く行動を共にしてきたみんなは、自分にとって既に大切な仲間以外にない。
「どうすれば助かるんだ。何か方法はないんだろうか」
「あると思います。ただ、エアリスさんの病気の原因が分からないと」
 結局はそこにつきる。彼女が単なる病気だというのなら、いくらでも治癒の方法はあるだろう。だが、彼女の症状は別だ。
 本来なかった命が、元通りなくなるだけ。
 それを留めるためには、どうすればいいのだろう。
 と、その時。
「ブルー様」
 エウレカの兵士が一人、やってきていた。
「何か」
「はい。ヴァリナー王がお呼びです」
「王が?」
「はい。変革者であられるカイン様の居場所が判明したとか」
 ぱっ、と二人の顔に生気が戻った。
「お会いできるか」
「はい。どうぞこちらへ」
 兵士の後に続いて二人が歩き出す。
 リディアの視線に、彼もしっかりと頷いた。
 カインに会いたいというのは、エアリスの願いだ。一秒でも早くここに連れてこなければならない。
「それにしても、早く見つかりましたね」
「ああ。でも、これでこちらの方針も立てやすくなる」
「はい。それに、カインに会えるし、ブルーはアセルスさんに会えますね」
 それは、ようやく先が見えたということから来る言葉だったのかもしれない。
 そして、それを受け入れる余裕が今の自分にあることをブルーは理解していた。
「そうだな。早く会いたい」
 だから、素直にそう答えた。






133.再会の手前

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