もうすぐ会える。
その事実だけで、私は幸せになれる。
ずっと会えなかった。
会うこと。それだけが私にとっては至上の喜びとなる。
彼の傍で、彼のために、彼を癒してあげたい。
少しでも、彼が同じように思ってくれていたなら、それに勝る喜びは、きっと、ない。
PLUS.133
再会の手前
He is the man of the highest magician
「ごめんね、迷惑かけて」
二人きりとなったエアリスとティナだが、先に話しかけたのはエアリスの方であった。
これまで、何度か二人で話したことはある。もっぱらカインのことだったり、他愛もないおしゃれだとか女の子らしい話もしたことはある。
だが、お互いライバルだということもあって深く接したことはこれまでなかった。
(そういえば、ティファとも同じだったかな)
考えてみれば、失礼なことだっただろうか。
自分のことだけを考えて、一人で白マテリアを起動させ、自分勝手に死んでいった。
今度もまた、自分勝手に死んでいかなければならない。
もう自分の価値すらない。白マテリアはなく、代表者としての使命も終え、あとはゆっくりと自分の命が消えるのを待つだけだ。
そう、死ぬのではなく、消える。
既に自分は一度、死んでいるから。本来あるべき姿に戻るだけ。
「迷惑だなんて、私」
「正直、ティナが羨ましい。カインに想われて、これからずっと一緒に歩いていける。そんなに羨ましいことはないよ」
「エアリスさん」
「ごめんね。こんなことを言って、私は勝手に死んでいって、ティナに負担かけるのは分かりきってるけど、それでも言いたかった。私の想いを誰かに一緒に持っていてもらいたかった」
「はい」
「相手を苦しめるだけだって分かっててやってるんだから、ティナは逆に私を恨んでもいいから」
「そんなことありません」
「私、嫉妬、してるんだ」
弱々しく、エアリスはベッドから手を出す。その手をティナがしっかりと左手で握り、自分の頬にあてた。
「どうしてカインは自分のことを見ないで、ティナのことばっかり見るんだろうって……でも仕方ないよね。そんなことばっかり考えてるから、カインは私のことを見てくれない」
「エアリスさん」
「あのね、お願いが二つあるの」
その時、ティナは気づいた。
じっと、自分の方を見つめてくるエアリスの目。
焦点が、定まっていない。
「エアリスさんっ!」
「うん? あ、だいじょぶだいじょぶ。目が見えないのはいつものことだから」
「いつも?」
「うん。突然始まるんだ。最初は、ふっと目がかすむ程度だったんだけど、次第にだんだん見えにくくなって、周期も早まって。この間のサタン戦で最初から最後まで無事でいられたのが不思議なくらい。多分、場所の問題だと思うけど。それに、やっぱりこの世界にいるっていうのが一番の問題かな。この世界は、星の声が全く聞こえない。それでね、お願いの一つがそのことなんだけど」
エアリスはそこで一呼吸おいて、ゆっくりと話しつづける。
「私がセトラだっていうのは、聞いてる?」
「セトラ?」
「うん。セトラ。『セトラの民、星より生まれ、星と語り、星を聞く。セトラの民、約束の地へ帰る。至上の幸福、星が与えし定めの地』私たちの世界での言い伝え。私はこのPLUSで生まれたセトラという民族の子孫。ここは私の古い故郷なの。きっと、本当はもっと空は青く、地は緑にあふれた素敵な星だったんだと思う。でも、今はこうしてカオスの侵略を受けてる」
「はい」
「だから、私はこのPLUSを守りたい。でも、もう私にはその力は残されていない。だから、お願い」
「エアリスさん」
何か言おうとするのを、エアリスは首を振って止めた。
「もう一人のセトラに、後を託したいの」
「もう一人のセトラ」
「うん。彼も人工ではあるけど、セトラの血を受けた者だから、きっと私と同じ想いでいてくれると思う。その人に伝えて。カインと協力してカオスを倒して、この世界に緑をもたらして、って」
「私が、伝えればいいのですか」
「うん。でも、すごくすごく難しいと思う」
「どなたに」
「セフィロス」
それは、と言いかけて口をつぐんだ。
セフィロス。もう何度も名前は耳にしている。リノアを殺し、クリスタルを集めている魔の剣士。スコールにとってはリノアの仇で、カインにとっても手を結ぶ相手ではない、はず。
「セフィロスはきっと自分の考えで動いている。たとえ暴走しているように見えても、彼はこのPLUSを良くするために活動している。だから、きっとカインと手を結ぶことが一番いいと思う。それに、多分カインは協力してくれるのならセフィロスにこだわりはないと思う」
「でも、スコールさんは多分セフィロスを許さないと思います」
「うん。でも、セフィロスにしか、セトラにしかこのPLUSを元の世界に戻すのはできないから。カインならそれは受け入れてくれると思う」
カインはそこまで周りが見えない人間ではない。それに、彼が自分自身を誰よりも許されない存在であると信じ込んでいるため、他者に対する許しの基準が相当に甘いのだ。
「スコールはそう簡単に許せないのかもしれないけれど、でも、スコールとセフィロス、カインが手を組むことができたら、きっとカオスも倒せると思う」
「はい」
「それが遺言だって、セフィロスに伝えて。もしも私のことで少しでも悔やむ心があるのなら、それくらいはかなえてくれてもいいだろって」
「分かりました」
ティナは胸の前で右手を握り、目の前の女性に誓う。
「必ず、伝えます」
「ありがとう。でも、私が余計なことをしなくてもセフィロスはそれくらいのことを考えてると思うけど。それから、もう一つのお願い」
「はい」
「カインのこと」
予想はしていた。ティナは、はい、としっかりと頷いて答える。
「私がお願いすることでもないと思うけど。私、カインのことがやっぱり好きだから」
「はい」
そう素直に告げるエアリスに、ティナも全力で応えた。
「私も、大好きです」
「うん。だから、二人とも絶対に死なないで。生きて、ずっと幸せにいて。それが、最後のお願い」
「エアリスさん」
「余計なことだって、分かってるんだけど」
くすっ、と笑ったエアリスの顔からは、生きる希望などというものはどこにもなかった。
すべてを諦め、悟りきった笑み。
「私は死にません。絶対に、生きて、カインの傍にいます」
「うん。できれば、何かあったときには私のことを少し思い出してくれると嬉しいな。やっぱり、誰にも覚えててもらえないのは嫌だから」
「忘れません。絶対に」
「ありがとう。それじゃ、また少し、眠らせてもらっていいかな。最後にやっぱりカインに会いたいから、少しでも体力補充しておかないと」
「分かりました」
そう言ってくれるだけでも助かる。カインに会うまでは死ねないという気持ちは、最後の時が来るのをわずかばかり先延ばしにしてくれるだろう。
だが、未来が変わるわけではない。
そのことに、ティナは改めて涙を流した。
「カインの居場所が見つかったのですか」
謁見の間にやってきたブルーとリディアは、力強く頷くヴァリナー王の姿に喜びを表す。
「ああ。やはり機械大陸だった。古ゴート王国の都だった場所。そこに変革者の一人がいる。だが、あとの二人は皆目検討もつかないがな。お前たちの言葉で言うと、天騎士、といえばいいだろうか」
「カインが」
ブルーが頷き、リディアも安心したように微笑む。
だが、傍で見ていたブルーには、彼女が同時に落胆しているのも分かっていた。
スコールの居場所がつかめないのだから、それは当然のことだと言えた。
もっとも、居場所が分かっているのはカインのみで、セルフィやアセルスもそこにいるかどうかとなると、まだ判断できない状況なのだ。
だが、前進には違いない。
とにかくまずは全員が合流することだ。この世界に来ている者たちは全部で八人。自分たち四人と、カインたち四人。まずは八人が合流することが先決だ。
「機械大陸か」
ブルーが考え込むような仕草を見せると、王は改めてPLUSの地図を持ってこさせた。
カオスとの戦いの前に、マジックマスターとマシンマスターは倒さなければならない。機械大陸に行くのなら、同時にマシンマスターを先に倒してきてしまいたい。なにしろ、既に八つの世界は滅びを目前にしているのだ。時間は非常に限られている。
だが、同時にカインを先にこちらに連れてきた理由もある。何といっても、現状エアリスの命が危険にさらされているのだ。まだ時間の猶予はあるだろうが、先にカインとエアリスを会わせてやりたい。
優先はどちらか。
「問題は、どうやって移動するかなのだが」
ヴァリナーがそう言うと、ブルーはそれについては問題ないと答えた。
「自分で移動します。どうしても仕方がないときは頼れる相棒がいますから」
朱雀。ブルーが願えば、彼はいつでも力を貸してくれる。
「なるほど、分かった。全員で行くのか?」
「いえ、僕一人で行こうと思います。本当は全員で行きたいところですけど、僕たちの中に一人、動かすことができないくらいの重病人がいますから。僕一人でかけつけて、すぐに戻ってくるつもりです」
「それがいいだろうな。まずは変革者がいなければどうにもならん。カオスの闇を暴くクリスタルがなければどうすることもできん。それに」
ヴァリナーは視線を隣の女性に移す。
「そちらの女性に私も話がある。しばらく私の下にいてもらいたい」
「私が?」
突然指名を受けてリディアはぽかんと目の前の人物を見つめる。
「王、それはどういう」
「ブルー。気づいているのだろうが、彼女の力はそなたをはるかに上回る。彼女の力こそが、これからのカオスとの戦いに大いに役立つだろう。私がじきじきに魔道の手ほどきをしたいと思うのだが、いかに?」
ざわり、と重臣たちがどよめく。王がよほど珍しいことを言ったことによる反応だ。
つまり、王自身が誰かを稽古づけるということは、この国ではありえないことなのだ。
「私は自分にそれだけの力があるとは思っていませんが」
「謙遜がすぎるな、乙女。汝の力は既に十六あるすべての世界で、おそらく二番目に強いだろう。それだけの力を眠らせておくのは惜しい」
「二番目?」
「そう。すべての世界で最高の術者は私だ。私からみればそなたもまだまだだが、力では私を超える素質がある。すべての世界の、すべての魔法を極めた私からしてみると、まさに驚愕の事実なのだがな」
すべての魔法。
それがどういう意味なのか、ブルーにもリディアにもよく分かっている。
たとえば、ブルーなどは本来反対の性質を持つ魔術を使うことはできない。火に対して水、土に対して風の魔法を使うことはできない。それを可能にしているのは、反する性質をすべてあつめたルージュの力が体内に宿っているからに他ならない。
リディアは自分の力を上げるために白魔法の力を失った。黒魔法と召喚魔法の力はその分上がったが、いくつもの魔法を犠牲にしなければならなかった。
だが、目の前の人物は、何もなくすことなく、すべての魔法を使えるのだと豪語したのだ。
「私の持つオリジナルマジックなども使えるということですか」
ブルーが試すように尋ねる。
「すべての世界を回ったのは既に三千年も昔のことだ。今の新たな魔法まで使えるわけではない。だが、見れば使える。その程度の自信がなければ、すべての魔法を使えるとは言わぬよ」
レミニッセンスとリコレクション。自分の持つ、最大最強の魔法が二つ。
それを両方とも、一瞬で覚えられるというのか、この人物は。
「試してみるか?」
その言葉に。
ブルーは、目の前の人物が本気で言っているのを感じた。
自分も相当力を積んではきたが、目の前の人物は本当に魔力を上げるためだけに一万年という長い時を経てきたのだ。
それを知って、かなわない、と潔く降参する。
自分はまだ二十二歳。相手は一万歳だ。大人と赤子ほども違うのだ。勝負になるはずがない。
「だが、正直言って驚いている。そなたも人間にしては相当規格外だが、こちらの乙女は既に人間の域ではない。私と同じように、長い時を生きるだけの素質がある。もっとも、俗世界との関わりを絶ち、全てを自分の力を上げることに費やす覚悟があればの話だが」
「私は」
「答はいらん。どのみち、これから行うことはそのような一万年先のことを考えた話ではない。目前にせまったカオスとの戦いに勝つことが目的だ」
ヴァリナーはそう告げると玉座を立つ。
「我々は勝たなければならない。勝つことによってのみ、未来を手に入れることができる。そのために今何ができるのかを考えなければならんのだ。必要なものは、一つにはクリスタル。カオスの闇を暴くために必要な、肝心要のアイテムだ。そして次に、クリスタルを使う変革者。この世界には三人の変革者が来たようだが、どうやらクリスタルを使う資格がある者は一人だけのようだ。もし正しき変革者であれば、我々の観測で捕らえられぬはずがない」
すなわち、カインがクリスタルを使うことのできる唯一の騎士、というわけだ。
「そして最後に、修正者」
その言葉は以前にも聞いたことがあった。たしか、セルフィがそのように呼ばれていたはずだ。
「修正者はすべての変化を元に戻すことができる。従って、変革者にとっては天敵となるが、滅びを迎えようとしているすべての世界にとっては救世主となる。十六の世界すべてが本来あるべき場所、あるべき姿へと戻る。修正者の存在は、今の世界を救うためには不可欠だ」
「修正者は、私たちの仲間です」
ブルーがはっきりと答える。
「変革者たちと一緒に行動しているはずです」
「それはまずいな。修正者は自然と変革者自身の性質をもゆがめる。あまり一緒にいると変革者としての資格を失い、クリスタルを使う力を失う。まあ、自らが変革者であることを意識している者ならば、たやすくその資格を失うことはないが」
その点についてカインの信頼度は高い。およそ自分を見失うということがない人物である。それは過去に償いきれないような罪を犯していると本人が強く意識しているせいであり、逆にそれが彼自身の信頼度を高めている結果となっている。
だが、今の話を聞くかぎりでは、おかしなことが一点ある。
すなわち、変革者としての力があるのはカインだけということならば、スコールとセフィロスは既に修正されてしまった、ということなのだろうか。
(セルフィとセフィロス、セルフィとスコール。いずれも無関係というわけではないが)
だが、クリスタルを起動してから変革者としての資格を失うまでに、いったいセルフィとの間にどのような関係があったというのか。
少なくともあの海底神殿でセルフィとセフィロスが気持ちを通じさせたという話は聞かなかったし、スコールはリノアやリディアとはよく話をしていたが、セルフィとは接点が天空城まではほとんどないに等しかった。
「一つ聞きたい。変革者とは、どういう身分なのか」
ブルーが分からなくなって尋ねると、ヴァリナー王はたやすく答えた。
「現状を変えようとする意思があり、それを実行する力のある者のことだ。従って、現状を受け入れることができた者を変革者とは呼ばない」
「つまり、変革者三人のうち、二人までは現状を受け入れたということか」
「そうなるな」
カインだけが現状に抗い、そのおかげでクリスタルを使う力を残している、ということになる。
(彼が受け入れられないのは、過去の自分だろう)
たとえどれほどの許しがあったとしても、彼は一生涯、そのことを忘れて生きることはできない。
(哀れだな。いや、それだけの強さがあるのは幸せなことなのかもしれない)
とにかく、会わなければならない。
彼に会えば、アセルスやセルフィ、スコール、セフィロスのことも、いろいろなことが見えてくるはずだ。
そして、ブルーは出発の準備に取り掛かった。
「私も行きます」
当然のように、最後に声をかけてきたのはティナであった。
「ティナ」
「カインに再会できるのに、ここでおとなしく待っていられません。連れていってください」
正直、帰りのことを考えると、朱雀の背にあまり多くの人間を乗せたくはなかった。ただでさえ、向こうは四人いるのだ。自分を入れて五人。それにティナを入れれば六人。全員で行動するのは朱雀に随分と苦労をかけることになる。
『私ならばかまわん』
「朱雀」
『お主をパートナーとして選んだときから、多少の覚悟ならばできている。今までが随分と楽すぎた。たまにはお主のために働いてやるとしよう』
こうして。
カインに会うため、ブルーとティナは朱雀の背に乗ってはるか機械大陸へと旅立っていった。
それは、カインに出会う一日前の話であった。
134.動き始めた星々
もどる