願い。

 変化すること。
 元に戻ること。
 傍にいること。
 生き残ること。

 許されること。












PLUS.134

動き始めた星々







He hopes to be absolved a sin






 再会したカインとブルー、ティナはこれまでのことを古ゴート王国の都で話し合った。
 まず、カインが体験したことが二人に伝えられた。
 天空城で起こった出来事は、ブルーとティナを驚愕に落とし込んだ。セルフィの裏切り、そしてスコールの死。ティナは思わず涙を流してしまった。そしてカインがパラディンとなり、風のカオスを倒し、天竜の牙を得て完全なクリスタルを手に入れたこと。
 ヴァリナーが言っていた必要なもの、クリスタルと、それを使う変革者。この二つをようやく確保したという形になる。だが、最後の一つ、世界を元に戻す修正者が足りない。
 セルフィ・ティルミット。
 彼女がセフィロスのことを想っていたというのは周知の事実だ。特にセルフィと仲の良かったティナにしてみると、セルフィと別れることになってしまったのは残念だが、彼女の想いが成就してくれて良かったとも思う。
「アセルスとはこっちの世界ではぐれたんだな?」
「俺が目覚めた時にはどこにもいなかった。おそらく、この世界の別の場所にいるとは思うが」
「そしてセフィロスとセルフィが君を狙っているということか。少々、厄介だな」
「その点について、エアリスさんからカインに、伝言があります」
 伝言と聞いて、ブルーが不思議そうな顔をする。そんなことを話す暇がいつあったのか──とそこまで考えてから、一度二人きりになった時があったことを思い出す。
「あのときに?」
「はい。エアリスさんの考えだと、セフィロスは自分の考えで活動はしているけど、決してカオスの下にいるわけではなくて、このPLUSを守ろうとしているのだということでした。だから、カインさえよければセフィロスと協力してほしい、と」
「なるほど」
 セフィロスと手を組む。それは考えなかったわけではない。あの天空城でも最後にセフィロスと剣を交えた時に、一緒にカオスと戦うことはできないのかと持ちかけたこともある。
 問題は自分がセフィロスを認めることより、セフィロスが自分たちと一緒に戦うことを許容してくれるかどうか、ということにつきる。
(セフィロスは自分の考えで活動している、か。その通りだな。一緒に行動してはならない理由がどこかにあるのだろう)
 続けてブルーから地獄での話が語られる。サタンを倒したものの、サイファーとジェラールが還らぬ人となったこと。ファリスとサラが向こうの世界に残り、そして、
「エアリスの病状がよくない」
 このPLUSに来てからのエアリスの病状が良くないことが告げられた。
「どういう病状だ?」
「突然倒れて、意識不明になった。熱も高い。ときどき目が見えなくなるときもあるようだ」
「熱が……」
 そういえば、まだガーデンで戦っていたころ、一度エアリスが風邪の症状を見せたことがあったが、あれはもしかするとその前兆だったのだろうか。
「エアリスは何と?」
「もうながくない、と」
 カインの表情が明らかに変わったのを見て、ティナが心を痛める。
 こういう時だというのに、彼が他の女性のことを考えるのは──嫌、なのだ。
(浅ましい)
 これが、人を愛する、ということなのか。
 あのかわいそうなエアリスのために、何かしてあげたいという気持ちはおきないのか。
 だがそんな感情も、自分がエアリスに抱く優越感からくるものなのだ。
(吐き気がする)
 これが、人間。
 人間の感情。
「朱雀の足なら大陸を渡るのは一日ですむ。急ごう、カイン。エアリスは君に会いたがっている」
「ああ」
 だが。
 どうやらまだ、自分は変わりきれていないということをカインは感じていた。
 あれは、イリーナを助けに行く前。リディアからイリーナの居場所が分かったと告げられた時だ。傷つけてしまった彼女に会いに行く勇気が自分にはなかった。
 だから、リディアが言ったのだ。
『しっかりイリーナさんを助けて、真正面から謝りなさい!』
 それもまた、カインが現状から変わるようになったきっかけの一つ。
 ならば、エアリスに会いに行かないのは逆行だ。以前の自分に戻るだけだ。それだけはしてはならない。
「急ごう。エアリスに会いに行く」
「よし」
 ブルーが満足して頷いた。
 ──だが、そう、簡単に事は運ばなかった。
『ブルー。何かが、来る』
 朱雀からの思念がブルーに届く。それが決してブルーにとって『良い』ものではないということは明らかだった。
 直後、轟音が響く。別の建物に、まるで隕石か雷でも落ちたかのような音だった。
「何だ?」
 三人は急いで外に飛び出す。すると──
「これは……カオスの部下たちか」
 空一面に、鳥の姿。
 いや、鳥の形をした、機械。鳥型機械。
 そして、その中でもひときわ巨大な鳥型の後ろ足が、一人の少女を捕らえていた。
「サラ!」
 カインが叫ぶ。確かにそこにいたのは、あの小さなサラであった。
「あれは!?」
 ティナとブルーがその少女を見て驚く。
「この村の子だ。くそっ、俺が……」
 竜騎士だったなら。
 もしそうだとしたら、この程度の高さ、ジャンプで届く距離だというのに。
「カイン。カオス様カラノ、命令ヲ、伝エル」
 その巨大な鳥型が話しかけてきた。
「西ニアル、マシンマスター、ノ館ヘ来イ。一日以内ダ。モシ期限ヲ過ギレバ、コノ娘ハ、死ヌ」
「お兄ちゃん!」
 泣きながらサラが叫ぶ。だが、この距離では届かない。そのかわりにブルーが魔法を唱えた。
「マジック──」
「動クナ。コノ娘ノ頭ヲ潰サレタクナクバ」
「あああああああああああああああああっ!」
 サラの悲鳴と同時に、みしり、という音が聞こえるかのようだった。
「デハ、待ッテイル」
 鳥型が一つ羽ばたき、西の空へと去っていく。それに続いて、他の鳥型たちもいなくなった。
「くそっ。俺がいながら!」
 カインが拳を地面に叩きつける。
 守ると約束した少女。
 どんなことをしても、何があっても。
 その約束を破ることは、誰よりも自分が許さない。
「マシンマスターの館へ行くのは罠だ。十中八九、確実に君をしとめるための罠が仕掛けられているだろう」
 ブルーが冷静に言う。その通りだ。この場で戦わなかったのは、確実に勝てるポイントまで自分たちを誘導しようとしているのだ。
「だからどうした。俺は絶対にあの子を助ける。止めるな、ブルー」
 その姿を見て、ブルーは正直に驚いた。
 今までのカインならば、そんなことを言ったりしただろうか。誰かを守る、誰かを助ける、その裏にはそれが自分の罪滅ぼしなのだから、自分の義務なのだから、という理屈のようなものが存在していた。
 だが、今のカインは、自らが望んで、自分に関わるものを守ろうとしている。
(成長したというのは、本当だったんだな)
 ブルーは妙に納得し、表情を和らげた。
「馬鹿。止めるつもりなんかないよ。どのみちマシンマスターとは決着をつけなければならないんだ。早いか遅いかの差さ。エアリスには申し訳ないけどもう少しだけ我慢してもらうことにしよう。今は何よりも先に、さっきの子を助けてマシンマスターを倒すことだ」
「ああ」
「ブルー」
 それを聞いたティナが不安そうに尋ねてきた。
「ブルーも、気づいたの?」
「ああ、気づいた。というか、僕らが気づかないはずがないんだ。考えてみれば」
 二人の間でかわされている会話に、カインだけがついていけなかった。
「彼女、あのサラという女の子」
 ブルーがゆっくりとその事実を告げた。
「この世界の、代表者だ」
 カインの目が細まる。
 代表者。世界に最も愛された者。異世界への道を繋ぐ者。
 それが、あの、サラ。
「代表者が同じ名前だなんて、なかなかないことだろうけど」
 ブルーはそう、冗談めかして言う。
「だが、代表者の使命はもう終わったはずだろう。だったら、サラには何の利用価値はないはずだ」
「あるさ。君が大切にしている少女だ。カオスにとってはそれで充分、人質としての価値がある」
 くっ、とカインは唇をかみしめる。
「サラを助けよう。マシンマスターの館の場所は判明している。朱雀なら半日もかからずに到着できるはずだ」
『三時間だ』
 プライドに触ったのか、その場に現れた朱雀から律儀に訂正が入った。
「頼めるか」
 出現した朱雀にカインが尋ねる。
『汝のような気高き者の頼みを断るほど狭量ではない』
「光栄だ、朱雀。頼む」
『では、三人とも乗るがいい──案内しよう、マシンマスターの館へ』
 三人がその背に乗ると、朱雀の翼が羽ばたき、大空に舞い上がる。
 そして、一直線に、西へ向かって飛び立っていった。






「動き始めたな」
 朱雀が飛び去るのを見ていた男女が一組。言わずとしれた銀髪の妖精と修正者のコンビであった。
「マシンマスターとマジックマスター? そいつらを倒さないと駄目なんだよね〜」
「そうだ。だが、それはあくまでカオスを倒すため。この世界を救うためではない」
「あたしは何をすればいいの?」
「修正者は世界を正すことが使命だ。カオスが倒れるその時までは何もする必要はない。ただ」
 セフィロスは思念を凝らす。
 このPLUSには、全く星の息吹が感じられない。既にカオスにほとんどが破壊され、混沌に飲み込まれてしまっている。
 カオスを倒さない限り、この世界に未来はない。
 この約束の地、セトラの故郷には。
「ハオラーンだけは倒さなければならない。奴はこの先の世界をすべて狂わせる」
「ハオラーンは何を考えてるか、セフィロス、分かるの?」
 その腕に絡みつきながらセルフィが尋ねる。
「十六ある世界のすべてを、その手に入れること」
「手に入れるって、どうやって」
「さあ、そこまでは知らない。だが、我々にとって良い方向に働くというわけではないだろう。現状の維持。それが修正の役を負ったお前と、俺の使命だ」
「うん」
 幸せそうにセルフィは微笑み、彼の体温を感じ取る。
「あ、でも」
 少しむくれた様子で、セルフィはセフィロスの顔を覗き込んだ。
「アセルスとは決着をつけたいな」
 考え方が完全に異なる半妖の女性。
 傍にいるためなら全てを犠牲にすることもいとわない自分と、傍にいることを諦めて相手の幸せを願う彼女。
 決して相容れることはない。決着はつけなければならない。
「お前の方が優勢だったのだろう?」
「悟られないようにはしたけど。でも、アセルスはもっと強くなると思う」
 半妖は力のある存在を魔具に封じ込めることによって力を増す。相手を支配することで力が上がる存在。それが妖魔。
「あと二体。その力を使って人間になるつもりみたいだけれど、その前に決着をつけるつもりなんだ」
「死ぬな」
 そのセルフィの覚悟を伝えられたセフィロスは短く答えた。
「うん。死なない。だって、セフィロスとずっと一緒にいたい」
「お前が負けたって俺はかまわない。だが、お前が俺の傍からいなくなることは俺には耐えられない」
 セフィロスはその腕の中に小さな少女をおさめる。
「俺自身が変革者であるということを悟った時、お前が修正者であるということを悟った時、俺はお前の傍にはいられないのだと思った。自分の使命を捨てることは俺にはできなかった。だが、もう俺は全てを捨てた。今の俺にはもう、お前しかいない」
「セフィ……」
「絶対に死ぬな。約束だ」
「うん。約束する」
 セルフィも大きなセフィロスに抱きつく。
 これほど居心地のいい場所はない。ずっとずっと探していた場所。
「アセルスは多分、マシンマスターのところだと思う。あたし、決着をつけにいきたい」
「ああ。一緒に行こう」
「うん。あのマシンマスターの館には、多分カオスとは全然関係のない、すごい純粋な『力』があるから。セフィロスの海竜みたいな」
「アセルスはその力を手に入れるつもりなのか?」
「多分ね」
 そうしてセルフィは西の空を見上げた。
「急ごう、セフィロス。早く海竜を呼んで」
 やれやれ。
 自分が記憶を取り戻す前の関係に戻っているな、とセフィロスは感じた。もちろん自分の記憶が目覚めていることは違うが、これはセルフィが願った『元の関係』なのだ。
 修正者の使命は、元に戻すこと。
(俺がいなければ、彼女は修正者としての使命は与えられなかったのかもしれないな)
 元に戻したいと思い、元に戻すだけの力がある存在。
 それが、修正者なのだ。






135.知恵くらべ

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