この館にカインがやってくる。
この大陸に彼がやってきたことからして、自分には驚くべき出来事だった。
自分はカオスの命令通り、この大陸にいる人間たちを始末してきた。
そして今、完全に人のいなくなったこの大陸で。
自分は、最後の戦いを行う。
「……少しは楽しませてくれるんでしょうね」
小さな女の子の笑いが、ディスプレイに囲まれた部屋の中に響いた。
PLUS.135
知恵くらべ
this is a bad question
カインたちはマシンマスターの館へとたどりついていた。
名前にそぐわぬ、古ぼけた洋館といった概観である。広さはそれなりにあるものの、どう見ても二階建ての普通の館だ。
おそらくは、地下に広がる造りなのだろう。
既にサラはこの館の中へ連れ去られてしまっている。助け出すためには、おそらく罠がたくさん仕掛けられているこの館の中へ入っていくしかない。
色のない館は乾燥して見えるが、それだけに何があるか分からないという恐怖も感じる。
ふむ、とブルーが頷いてから近くにあった小石を拾って、投げる。
特別何もなく、ころころと石は転がっていった。
「マジックマスターならいざしらず、マシンマスターは力押しで来るってことかな」
ブルーは考えながらゆっくりと館の扉に近づいていく。
「おい、そんな無造作に」
「大丈夫だよ。罠があるかどうかなんて、僕らマジックキングダム出身の人間にとっては大して難しい問題じゃない」
ルージュの罠も、すべてマジックキングダムで習ったことの応用ばかりだった。こと、罠にかけては自分より詳しいものはルージュを除いて他にいないだろう。
「それよりもカイン。君は、この館の中で生き残ることだけを考えろ」
「生き残る?」
「そうだ。ヴァリナー王が言っていたが、クリスタルを使える変革者はいまや君だけだ。スコールは死に、セフィロスは修正された。君が変革者としてクリスタルを使わないかぎりカオスを倒す術はない。いいな、絶対に、生き残るんだ」
「ブルー。まさか、お前は自分が犠牲になっても、などと考えているのではないだろうな」
図星だったのか、カインの言葉にブルーが一瞬詰まる。
「世界を守るために命がけで戦うことに異存はない。世界が大事なら、そのために命をかけるのは当然のことだ。だが、命を犠牲にすることと命がけで戦うことは違う。いいか。俺の許可なく死ぬな。そして俺は、俺のプライドにかけて誰も死なせない。いいな、誰一人として死なせない」
そう。セシルは誰も死なせなかった。全員を守り、全員で地球に還った。
だから、自分もそうだ。全員を守り、全員で元の世界に戻る。
それくらいのことができなければ、セシルに会わせる顔などない。
「分かった。だが、カインこそ忘れるな。君の命にはすべての世界の命運がかかっている。絶対に死なないことだ。それだけは忘れるな」
「ああ。約束する」
ティナには、カインの意思がよく分かった。
確かにカインは、絶対に死ぬつもりなどない。
だが同時に、たとえ自分が死んでも他の全員が助かるなら喜んで命を投げ出す人間だ。
彼は自分の命に価値がないと信じ込んでいて、かけらも疑っていない。
だから、そんなことが可能なのだ。
(殺させない)
むしろ、カインを死なせないためには、誰よりも自分がそれを心がけていなければならないのだ。
(カインさんは、私が絶対に殺させない)
ティナがカインの後ろについていく。そして、先頭を歩くブルーが右手を扉にかざす。それだけで扉は自動的に奥へ開いた。
「この辺りはさすがにマシンマスターの館というべきだな」
中は通路になっており、最初は暗かったものの、中に入ると自動的に電灯が点く仕組みになっている。このあたりはガーデンと同じだった。
「まさか省エネ装置まで働いているとはね」
カインとティナにはブルーの言葉の意味が正確には理解できなかった。この辺りは世界の差というものだろうか。ただ、ずっと電気を灯したままだとエネルギーを無駄に使うことになるから節約している、というほぼ正確な認識は持つことができた。
「扉は三つか」
ブルーがその通路に設置された扉を見つめる。
奥に一つ。そして左右に一つずつ。背後に入り口──気づくと既に閉まっている。
「どこから行く?」
「いや、僕らにはそんな選択権はないよ。ほら」
突然、通路の中央の床が開いて、そこから一台のパネル装置がせりあがってきた。
「キーボードに、ディスプレイか。いったい何をさせるつもりなのかな」
似たようなものはガーデンの中でよく見ていたので、カインも全く分からないというわけではない。だが、やはり元の世界になかったものをこの場で使うというのは難しい。カインは極力この装置を使うのは敬遠していた。
だが、ブルーはこうした知識も蓄えているらしい。いったいどうやって手に入れたのかは聞いてみたいところだった。
「なるほど。パスワード式になっているんだな」
ディスプレイを見ると、不思議な文章が書かれていた。
Q1.例に従い、以下の数式を完成させよ。
(例) 4、4、10、10 = 24
(回答) (10×10−4)÷4 = 24
(出題) 3、3、7、7 = 24
(回答) _ = 24
「いったい、どういう意味だ?」
「ああ。多分これはね、正解を入力しないと先へ進めないシステムなんだよ。まあ、そんなに難しい問題じゃない。何問あるかは分からないけど、少し待っていてくれ」
ブルーはそう言うと、カタカタとキーボードを叩いていく。
Q2.同様に、以下の数式を完成させよ。
(出題) 3、4、5、6 = 34
Q3.同様に、以下の数式を完成させよ。
(出題) 3、3、8、8 = 24
Q4.以下の文章題に答えよ。
(出題) aの三乗と、bの三乗と、cの三乗を加算すると、dの三乗となる。a、b、c、dに入る数字を回答せよ。
Q5.以下の虫食い算を完成させよ。
(出題)……
ほとんど悩むことなく次々に問題を解いていくブルーを見て、カインはため息をついた。
とても自分一人では、こんな問題を解くことはできないと、ほとほと感心したのだ。
そして、十題目。
Q10.以下の文章題に答えよ。
(出題)A、B、Cの三人の男の上に帽子をかぶせる。帽子は赤と青の二色あり、赤の帽子は全部で二個、青の帽子は全部で三個ある。三人は自分の帽子の色が何色か分からない。AはB、Cの帽子の色を見ることができ、BはCの帽子の色を見ることができ、Cは誰の帽子の色も見えない。最初にAは自分の帽子の色は分からないと答えた。次にBも自分の帽子の色が分からないと答えた。最後にCは自分の帽子の色が分かったと答えた。さて、Cの帽子は何色か。
ためらうことなく、ブルーは『blue』と打ち込んだ。
すると、ディスプレイに表示が出る。
【Yes.It’s you.】
瞬間、ブルーの体が光につつまれ、消える。
「ブルーッ!」
だが、消えた体はもうどこにもない。
いったい、どこへ連れ去られたのか。
突然のことに二人とも動揺を隠し切れない。
「カイン、見て」
ティナが、ディスプレイを示した。
【Hey! Welcome to my house,Kain & Tina.
My name is Ω. Everyone call me “the Final Weapon”.
Blue is dead.
But if you cleared these questions,he is back.
Have a good luck!】
「なかなかふざけているな、このマシンマスターとやらは」
カインは憎しみをこめてつぶやく。ブルーを奪っておいてから知恵比べを挑んでくる辺り、こちらのデータはすべて敵に筒抜けということだろう。
そして、第一の扉が開く。
「進め、ということだな」
カインは、その部屋へ入っていった。
「驚いた」
別の部屋。
モニターに映るカインたちを見ながら、少女の声が部屋に響いた。
「まさか、あの問題を十題苦もなく解けるなんてね。あらかじめ問題を知っていたとしか思えない。引っ掛け問題もあったのになあ」
「マスター」
同時に、男の声が部屋の中に生じる。
「私が参りますか」
「そうね、お願い。ああ、それと、あの人間たちの町はもう滅ぼしてくれたの?」
色のない青年の姿が浮き彫りとなり、微笑んで答えた。
「ええ。もうこれで、あなたを悩ませる人間の町はこの大陸になくなりました」
「ありがとう。それじゃ、カインたちを倒してこの大陸の制圧を完了させましょうか」
少女の声に、恭しく男が一礼して出ていく。
「ここまでたどりつくことは難しいわよ。何しろ、最強のマシンが途中にひかえているんだもの」
少女の声が嬉しそうに響いた。
部屋の中は、綺麗な青色だった。
今まで色らしい色を見ていなかったので、こうした色のある場所がこんなにも目に痛いとは二人とも思っても見なかった。
「さて、何をさせるつもりかな」
すると、後ろで扉が閉まる。
だが、既に二人はこの館について心得ていた。何があったとしても、謎解きができれば先に進める。それをブルーは身をもって実証した。
ただ、彼の知力をおそれたマシンマスターが、彼を戦場から取り上げただけだ。
この館の戦いは、知恵比べなのだ。
(ブルーがいないのは、正直辛いが)
すると突然、ガコン、という音がして前方の壁に文字が表示された。
【Time Limit 10:00:00】
時間制限十分。その表示が出た次に、問題が出た。
【答える回数は一回のみ】
つまり、一度でも間違えれば、その時点でゲームオーバーということだ。
【一つの六面ダイスを使い、八人の中から公平に一人を選びたい。ダイスは最低何回振ればいいか】
直後、四方の壁の一部が開き、そこから水が大量に流れ出してきた。
(なるほど、制限時間内に答えられなければ、もしくは二人とも間違えた時点で溺れ死ぬということか)
だが、この問題なら考えれば回答できそうだ。
(いや)
この問題は、おそらくかなり複雑だ。
何重にもカラクリが用意されているのだろう。
「ティナはどう思う」
問題について、という意味だ。
「三回……だと思うけど」
考えながらティナは答える。
「理由は?」
「一回振るごとに、奇数組と偶数組とに分ければ、最終的には三回で分けることができると思う……けど」
単純な話、六と八の最小公倍数である二十四から人数である八で等分すれば三回で終わる。それは間違いない。
だが。
「そんな簡単な問題なら、誰でも答を出せるだろう」
「うん」
だが、最低三回振れば間違いなく答は出せる。だが、三回は答にならないはず。
(いや、それよりも一回か二回で分ける方法はないだろうか)
それを考える方が効率的だ。
サイコロを振る。六分の一の確立で数字が出る。
いや。
出目にだけこだわっていては駄目なのだ。他にサイコロを振ることで、何か──
「カイン」
ティナが自信を持って言う。
「分かった──多分、一回で、できる」
「何故だ?」
「うん。振ったダイスを見た時って、必ず出目と、側面が二面見えるでしょ」
(なるほど)
カインにはティナの言いたいことがそれで分かった。
出目一つに対し、側面の見え方が四つ。出目は六つあるわけだから、六×四で、ダイスを一回振ったときに自分に見える見え方は全部で二十四通りだ。
組み合わせは1・2・3、1・2・4、1・2・5、1・2・6、2・3・4、2・3・5、2・3・6、3・4・5、3・4・6、4・5・6の八通り。どの組み合わせも見え方は三通りとなる。どれかが特別多いということはない。これなら公平に八人を等分できる。
「なるほど」
「答えていい?」
ティナが尋ねてくる。既に水は腰まで来ている。
「いや」
だが、カインは否定した。
「どうして」
「ここのマシンマスターの性格だ。俺たちからブルーを取り上げた手並みといい、今回の問題はそんな簡単なものではない気がする」
一回振るだけで、八人を公平に分けられる。それに気づいたティナの頭は非常に柔らかいといえる。
だが、そうして正解を発見させておいて、卑怯な手で自分たちを罠にかけようとしている。
そう、罠なのだ。
この知恵くらべは単なる知恵くらべではない。いかに卑怯に自分たちの命を奪うことができるか、それを試しているのだ。
一回振るだけで分けられる。
もしも、これをこえる回数があるとするなら。
(馬鹿な)
いや。
ダイスが、初めから用意されているのだとすれば。
(……なるほど、イヤらしいな、このマシンマスターは)
カインは苦笑した。
気がつけば、ティナの首まで水が来ている。
「ティナ」
「うん」
「俺を信じてくれるか」
「うん」
怖いだろうに。
死の恐怖がそこまできているだろうに、彼女は毅然と答える。
「なら、答えよう」
カインは、答えた。
「答は、零回だ!」
【正解。排水を行います】
途端、水が徐々に引いていった。
「カイン、どうして」
カインは苦笑して答える。
「マシンマスターの裏をかいただけだ。一回でできるのなら、それをこえる回数を答えただけだよ」
「でも、正解っていうことは」
「ああ。ティナの考えが正しいなら、最初にダイスが用意された時点で、既に三面が見えているだろう」
つまり。
見るだけで、充分だと。
「そういうことだろう、マシンマスター?」
カインは笑った。
「さて、次の部屋だな」
すべて水が引き、扉が開く。
通路に戻ると、反対側の部屋の扉が開いていた。
「さて、次は何かな」
二人は水に濡れた服のまま、次の扉の中に入っていった。
136.深層心理
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