何故彼女から先に質問するのか。
 それは非常に簡単な理由からだ。
 それは、次に控えている人物こそが最大の目的だからだ。
 先に彼女に質問し、彼に圧力をかける。
 それだけで、彼は既に負けているも同然なのだ。












PLUS.136

深層心理







Be sure to answer as "yes"






 次に入った部屋は、今までどおりの灰色の部屋だった。
 入ってきた扉が閉まり、ロックされる。さて、今度はいったい何をしてくるのかと二人が身構えていると、正面の壁に赤色で文字が自動的につづられていった。
『赤い部屋へようこそ』
 さきほどが青い部屋ならば、こちらは赤い部屋ということか。
 だが、カインは笑う気になどなれなかった。赤い部屋と言っておきながら、この部屋は全く赤くない。何かカラクリがある。
 文字は、さらにつづられた。
『部屋を赤く染めるがいい』
 赤く染める?
 二人の頭に疑問が浮かんだ時、一刃の閃光が二人を襲う。
「ティナ!」
 咄嗟にカインが彼女をかばった。その左腕に裂傷が生じ、鮮血が床に落ちる。
『もっと赤く染めるがいい』
(なんだと)
 そのおそろしいカラクリがようやく二人にも分かった。
 つまり、この部屋から出たければ、自分たちの血で部屋中を真っ赤に染める必要があるというのだ。
 だが、部屋から出るだけの血を流すとなれば、当然ながら結論は死。
 だからといっていつまでもこの部屋にいるわけにはいかない。刃は次々に襲ってくる。だが、逃げ道はない。
 どうする。
 そして、さらにナイフがどこからか飛んでくる。今度は二本。
 咄嗟に飛んでかわす。直後、
「伏せろ、ティナ!」
 ティナは指示された通りに頭を下げた。彼女の首筋を狙って、大鎌が壁から現れて刈り取ろうとしていたのだ。
 鎌の軌跡が、彼女の頭上を過ぎ去る。その勢いに、彼女は肝が冷えた。
 本気だ。
 マシンマスターは自分たちを殺すつもりなのだ。
(戦うわけでもなく、ただ罠にかけて殺す)
 確かにこの館には罠が仕掛けられているとは思っていたが、こんな悪辣なやり方をしてくるとは。
 ティナの心に、怒りの炎がともった。
(許さない)
 戦いなのだから、生き死にはある程度あきらめている。
 だが、このような悪辣な方法で殺される理由はない。
(絶対に、許さない!)
 だが、ティナが怒りに我を忘れそうになるほどカインは慌ててはいなかった。
 このマシンマスターという敵はそれほど卑怯ではない。というのは、必ず無事に脱出できるルートをあらかじめ用意してあるという点である。
 ブルーを取り上げたのは、彼の知力では先々の問題を難なく突破されてしまうという危険からだろう。
 あくまでもこの青い部屋、赤い部屋というのは知力勝負なのだ。だから青い部屋も問題自体は卑怯ではあったが、相手の裏をかくことができればきちんと脱出ができた。一度のダイスで八人を分けられるという固定観念を打破することができれば、部屋から脱出ができた。
 今度もそうだ。とにかく相手の指示に従えばいい。
 そうだ。
 部屋を赤く、染めればいいのだ。
 弧を描いて小鎌が三つ、カインの方へ飛んでくる。彼は天竜の牙を鞘ごと振り回し、それらをすべて弾いた。
「ティナ!」
 そして指示する。
「ファイアの魔法だ! 部屋中を炎の赤で染めるんだ!」
 指示通り、ティナが魔法を唱える。だが、そのティナにナイフが迫る。
(そういうことならば、俺がティナを守る!)
 カインが盾となって、ティナに迫っていたナイフをその体で受ける。
 鮮血が落ちた。
「ファイア!」
 直後、部屋を埋め尽くすほどの炎が生じる。部屋が赤で満たされたとき、入ってきた扉が開いた。
「逃げるぞ!」
 カインはティナの左手を取って駆ける。そして脱出した。
 はあ、はあ、と二人は呼吸を整える。
「カイン、血が」
 左腕と背中。二箇所の傷をティナがケアルの魔法で癒していく。
「ああ。君を守るのに精一杯だったからな」
「カイン。お願い、無茶はしないで」
「してないさ。それに、君を守るのが俺の役目だ。君を守り続けることで、俺は変わり続けることができる」
 完全に傷が癒えると、ティナはその背に顔を埋め、左腕だけで抱きついた。
 もどかしい。
 この体を、おもいきり、力の許す限り抱きしめたい。
 自分に、右腕がほしい。
 と、そのとき正面の扉が開いた。
 最後の扉だ。
「行こう」
 後ろにいるティナに向かってカインが声をかける。
「大丈夫だ。俺は死なない。今は生き残る理由がある」
 生き残る理由。
 それは世界を救うためであり、たくさんの人との約束を果たすためでもある。
 だが、ティナは願わずにはいられなかった。
(どうか)
 どうか。
(カインが、カイン自身のために生きられますように)
 その願いが叶うかどうかは分からない。これだけ心を開きつつあるカインに、これ以上の変化ができるのか。
 だが、その力を持っているからこそカインは変革者なのだ。
 どうか彼が、自分のために生きることができますように、自分の罪を自分で許すことができますように。
 ただひたすら、ティナは祈り続けるだけだった。






 少女は少しも動揺していなかった。
 彼らがここまでたどりつくのは予想の範囲内だ。
 いや、ここまで来てくれないとつまらない。もっと自分を楽しませてほしい。
「次はきちんとクリアできるかな?」
 次が最後の知力勝負。それが終わればブルーを戻して戦いが始まる。
「もちろん、簡単な試練じゃないけど」
 この二人をぎりぎりまで追い詰める。それが何より楽しい。






 入った瞬間、その眩しさに目を打たれる。
 白い部屋。
 青、赤と来た次は白。なかなか面白い趣向である。もっとも、そこで罠にかけられている人間にしてみれば、何も面白くなどなかったが。
 そして、この部屋が他の部屋と唯一違った点。
 それは、この部屋には主がいたということである。
「黒い部屋へようこそ、カイン殿。ティナ殿」
 褐色の肌に白髪。赤い一張羅を着た男がそこにいた。目は鋭く、両腰にそれぞれダガーより少し長い、脇差程度の長さの剣を差している。
「貴様は?」
「我がマスターの唯一の配下、二刀流の紅(くれない)と申します。以後、よしなに」
「紅、か。今度はこの部屋で戦闘、というわけか」
「いえ。私が戦うのは、あなたがたが最後の罠を通り抜けた後のことです」
「最後の罠というと、知力勝負も次で最後というわけか」
「お察しの通り」
 逆にカインは気を引き締めなければならなかった。青、赤の部屋があれだけ危険な罠だったのだ。おそらくこの部屋も相当な試練となるだろう。
 それに、この──黒い部屋、という名称。真っ白なこの部屋と正反対の色合いをしているのは、間違いなく深い意味がある。
 それに気づくことができなければ、クリアはできない。
「先に確認しておきたい。質問にすべてクリアすればブルーを戻すという話だったが、それはこの部屋のトリックを──」
「解いた段階でお返しします。そしてあなたがた三人には万全の状態で私と戦っていただきます」
 はっきりとした説明だった。確かに説明そのものは明らかすぎて助かる。
 助かるのだが、自分がゲームのメインキャラクターにさせられたような、そんな感覚がある。おそらくマシンマスターとやらはその感覚で自分たちを眺めているのだろう。
「もう一つかまわないか」
「なんなりと」
「どうして俺たちの名前を知っている」
「雑作のないことです。この世界にやってきたあなたがた十人の名前は我がマスターがすべて把握しております。もちろん、ハオラーンのような亜種は除いたあなたがた人間たち、という意味ですが」
「俺たち──十人?」
「ええ。十人です」
 すぐにカインは計算を始めた。自分とアセルス、それにブルー、リディア、ティナ、エアリス。ここまでで六人。
 あと四人。自分が知らない間にここに来ている者がいる。
(二人はセフィロスとセルフィか)
 変革者は世界を渡ることができる。ここまではいい。
 あと二人。
(いったい誰が)
 自分たちの知らないところで何者かが潜動している。きちんと正体をあばかなければならない。
「名前をすべて教えてもらえるか」
「残念ですが、私自身はあなたがた三人しか教えられておりません。それ以外のメンバーはどうぞマスターにお聞きください」
「マスターは知っていると?」
「あの方は偉大なるカオスの左腕。知らないことはございません」
 話しながら、カインはこの男が微妙に自分と視線を合わせていないことに気づいた。
 これだけさまざまな情報を流す人物。その正体。
「紅。お前、どうしてこれだけの情報を俺たちに提供してくれるんだ?」
「制限されてはおりませんので。おそらくマスターは、あなたたちがここで全滅するのだと分かっておいでなのです」
 分かっている。
 その言い方が、ひどく癇に障った。
「よろしければ始めましょうか。黒の部屋、この部屋ではあなたがた二人、それぞれに課題が提示されます。課題をクリアすれば生き残ることができますが、クリアできなければ命を落とします。よろしいですか」
 よろしいも何も、自分たちには選択権がない。
「ではまずは、ティナ殿からです。どうぞ前へ」
「ティナ」
 カインはティナの左手を取ると、真剣な視線で言った。
「このゲームには必ず解答が用意されている。だが、安易な答では絶対ない。いいか、自分が出した答を疑え。敵はその答に誘導しようとしているんだ。いいな、安易な答は禁物だ」
「分かった」
 ティナは何を思ったのか、素早く背伸びすると、カインに──
「──!」
 その唇を、合わせていた。
「私に、力をください」
 そして、綺麗な微笑みを残すと、彼女は前に赴く。
 もはや彼女は、戦士の顔に変化していた。
「いいわよ」
「では、課題はこちらです」
 紅が指を鳴らすと、突如、部屋の中に黒い影が現れる。それは誰か人のシルエットを取ったが、誰かということはカインにもティナにも分からなかった。
 カインは、なんとなく、女性のような気がした。
『今から、あなたに質問をします』
 影がそう発言した。ティナはしっかりと頷く。
『周りの人間の発言は禁止します。その場合はペナルティとなりますのでご注意ください』
 カインは顔をしかめた。つまり、一切のアドバイスはできないということだ。
『あなたはこれから私の質問に『はい』としか答えられません。それ以外の解答はペナルティになります。すべてのペナルティは解答者の命となりますので、ご注意ください』
 さらりととんでもないことを言う。だが、それはあらかじめ分かっていることだった。ティナは頷いて質問に赴く。
『最初の質問です。あなたは、カインを愛しているエアリスに嫉妬していますね』
 いきなりの質問にティナは動揺した。後ろでカインが顔をしかめる。
(落ち着け)
 冷静さを奪われたらおしまいだ。
(やり過ごすんだ)
「はい」
 だが、ティナは気丈にもそう答えた。挑戦は受けてたつ。その覚悟があった。
『エアリスがいなくなればいい。そう思いましたね』
「はい」
『エアリスが病気になったとき、これでカインの傍にいられるのは自分だけになると喜びましたね』
「はい」
 そう答えていくことが、どれだけ彼女の精神に負担を与えているだろう。
 もちろん彼女はそう思ったのだろう。だが、それと同じくらい、いやそれ以上にエアリスのことを心配していたはずなのだ。
『エアリスの目が見えなくなったと知って喜びましたね』
「はい」
『それでも純粋にカインのことを想うエアリスに、やはり嫉妬しましたね』
「……はい」
 応答に間があった。
 それをカインは感じ取ったが、解答しているティナにはもっとよく分かっていたことだろう。
 この影は、自分について見たくない、気づきたくないところを的確についてくる。
 この後はいったい何を聞かれるのかと、不安になるのだ。
『カインと出会えたことが嬉しくて、他の仲間が死んだことなどどうでもいいと思いましたね』
「はい」
『カインと長く一緒にいられることに、エアリスに対して優越感を抱きましたね』
「はい」
『寿命が近いエアリスに、カインを会わせたくないと思いましたね』
「はい」
『この館に来ることが決まった時、これでエアリスと会わせなくてすむと喜びましたね』
「はい」
『新しい世界で、自分より先にカインに会ったエアリスを憎らしく思いましたね』
「はいっ」
 搾り出すような声。
 自分の浅ましい気持ちを徹底的に洗い出され、それを一番聞かれたくない相手に聞かれて、羞恥で後ろなどもう見る勇気もない。
(駄目だ)
 カインは何度、声をかけようと思ったか分からない。
(耳を傾けるな、ティナ)
 それは確かに、ティナの一つの側面なのだろう。
 だが、そればかりがティナの感情ではない。決してそうではない。
 人間なら誰しも、自分の望みはある。その望みが叶うのなら、他人の不幸を喜ぶことはいくらでもあるのだ。
 自分がそうだ。
 誰よりも自分がそれをよく分かっている。
『あなたは、浅ましい女ですね』
「……はい」
 何かを諦めたような声。
 がっくりとうなだれるティナに、カインはかける言葉がない。かけるのは反則だ。それは即座にティナの命を奪うことになる。
『あなたは、エアリスよりもカインにふさわしい女ではありませんね』
「はい」
 泣きながら。
 彼女は、それを認めた。
 自分はふさわしくない。カインのような人間には、聖母のようなエアリスの方がふさわしい。
『では、あなたはカインを諦めますね』
 答えようとした。
 彼女が、はい、と答えようとした、その時だ。
 あたたかい腕が、彼女を包んだ。
(カインさん)
 彼の温もりが肌を通して伝わる。
 彼の感情が、じかに伝わってくる。
 それは、言葉など必要ない。彼の心からの感情。
 大丈夫だと。
 そんなことで嫌ったりはしないと。
 そう、切に語りかけてくる。
(ああ)
 想われている。
 自分は、この人に想われているのだ。
 それを心から実感した。
 涙があふれてきた。
 今度は、みじめな自分を嘆く涙ではない。
 祝福に包まれた自分に捧げる涙だ。
(負けない)
 こんな質問には自分は負けない。
(そして、認めない。諦めない)
 カインだけは。
 カインだけは、自分が何よりも大切な人であるカインだけは諦めない。
 たとえどんなことがあっても、自分は彼の傍で、彼と共に生きる。
 そう決意したのだ。
 こんな質問には負けない。
 絶対に従わない。
 だから、ティナは答えなかった。
 決して、はい、と言わなかった。
『カインを諦めなさい』
 だが彼女は、はい、とは言わなかった。
 そのかわりに。

(いいえ)

 心の中で呟き、首を横に振った。
 その瞬間、黒い影は消え去り、静寂が戻った。
「素晴らしい。確かに二人とも、影の出した課題は見事にクリアされていますね」
 紅がそこで感嘆の言葉を挟んだ。
 周りの人間の発言は禁止された。カインは発言していない。彼女を抱きしめただけだ。
 答は『はい』としか答えられない。ティナはそれしか発言していない。ただ首を振っただけだ。
 見事なまでに黒い影を破った。
 それは、二人の情が通じた証拠だった。
「この程度の罠で、俺たちを倒せると思うのなら間違いだ」
「そのようですね。ですがカイン、今度はあなたの番なのですよ」
 カインは顔をしかめた。ティナでこれほどの質問を浴びせられたのだ。
 自分など、あまりにも罪が多すぎて、何から責められても崩壊しそうな、そんな予感がした。






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