それから少し遅れて、二人はこの屋敷に到着した。
既にアセルスも、マシンマスターも、そしてカインたちも中に入ってしまっているだろう。
マシンマスターが罠を仕掛けているのは分かったが、それに乗る必要はない。
目的を果たしてしまえば、それですむのだから。
「セフィロスはど〜するの?」
セルフィが綺麗な顔を覗き込みながら尋ねてくる。
「俺はマシンマスターを倒す」
カインたちが罠にかかっている今こそ好機。先にマシンマスターの元にたどりつき、速攻で決着をつける。
「だから、お前はアセルスと決着をつけてこい」
「うん。ありがと、セフィロス」
「くれぐれも死ぬな。世界と、俺のために」
「もちろん」
そうして、二人は唇を重ねた。
PLUS.139
真剣勝負
Ω
『竜殺しの機械』こと、オメガはまだこの屋敷にはいない。
だが神竜は必ずここへやってくると言った。
だから、もっとも戦いやすい場所を選ばなければならない。自分と神竜の力をもっとも発揮できる場所。可能な限り広い場所がいい。
アセルスが選んだのは地下の大ホールであった。
余計な邪魔が入らず、思う存分力を発揮できる場所は少ない。
(それにしても、変わった建物だね)
オルロワージュの屋敷に似ている、と思った。
かつてブルーや他の仲間たちと共に戦った最強の敵。
(オメガはきっと、オルロワージュより強いんだろうね)
一人で戦うのは無謀かもしれない。だが、自分以外にこれを分かち合う相手などいない。
カインともはぐれてしまった。ブルーがこの世界に来ているのかどうかも分からない。
この孤独な世界で、ようやく手に入れた仲間=神竜とともに、オメガを倒す。
それしか今のアセルスにすがりつくものはなかったのだ。
そして。
ホールからのびる幾筋もの通路の一つから、足音が聞こえてくる。
これは、人の足音。
もちろん、何かの罠かもしれない。全方位に集中をこらしつつ、その足音を迎える。
それは、見知った相手だった。
だが、会いたくない相手だった。
「見つけたよ、アセルス」
セルフィ・ティルミット。
当然、彼女たちもこの世界に来ているのは間違いないことだった。カインの持つクリスタルを狙うセフィロスが来ないはずがない。
「暇だね。こんなところに来たって何もないじゃないか」
「何も? そんなことないよ、だって」
セルフィは巨大ヌンチャク『クレセントウィッシュ』を構える。
「あなたがいるもん」
「私?」
「あたし、あなたと決着をつけるためにわざわざここまで来たんだよ」
「へえ」
アセルスもまた、妖魔の剣を構えた。
これは予定外だが、自分もまたセルフィと同意見だ。
──絶対に、倒さなければいけない相手。
お互い、それを認識しあっていた。
「光栄だね。わざわざ追いかけてきてくれるなんてさ」
「言っておくけど〜、あたし、この間の時は全力、出してないからね」
にっこりとセルフィは笑う。
「手加減したってのかい? それは悪いことをしたね。でも、今度は全力を出していいよ」
アセルスも妖魔化を始める。髪がのび、白い肌に紋様が浮かぶ。そして、角と翼が生える。
「私も、レベルアップしたから」
その言葉に、セルフィが顔をしかめる。
「そっか。もう、手に入れちゃったんだ、三体目」
「そういうこと」
お互い相手のことをわかっているだけに、それだけで事足りる。
言葉はいらない。お互い、かける言葉などない。
互いに自分の信じた道を進み、自分の生き方を否定する相手を倒すだけ。
だからもう、手加減などいらないのだ。
『はあああああああああああああああっ!』
互いに雄たけびを上げて突進する。
以前戦ったときよりも数段鋭く、ヌンチャクがアセルスの頭部をめがけて空を切る。その予想以上のスピードに肝が冷えたが、レベルアップしたアセルスは剣でそれを弾くと一気に間合いを詰めた。
直後、セルフィの『ファイガ』が放たれる。だが、魔法耐性も格段に上がったアセルスにとっては回避するようなものではない。炎をその身に浴びながらも彼女との距離を詰め、左手で相手をぶん殴った。
「このっ……!」
セルフィも負けてはいない。肘がアセルスの頬を打つ。ぐ、とアセルスはよろめいたが、踏みとどまって剣を鋭く横から薙ぎ払った。
セルフィは飛び上がってそれを避けると、空中で一回転しながらヌンチャクを叩きつける。さすがにその勢いを受けるわけにもいかず、アセルスは後ろに跳んでかわした。
「やるじゃないか」
アセルスは顔をほころばせていた。そうだ。自分が決して認めないと誓った相手だ。簡単に倒れるような相手では拍子抜けもいいところだ。だが、絶対に負けない。
セルフィは劣勢を感じていた。前回の戦いならば絶対に負けることはないと分かりきっていた。だが、ここにいたってアセルスのスピードとパワーは自分を上回っている。このままでは勝てない。
「ストップ」
彼女は右手を上げた。そして戦闘態勢を解く。
「なんだい、突然? 降参かい」
「ちょっとだけ待ってて」
既に準備は済んでいる。だが、これを使うのは──正直、ためらわれた。
アルティミシア戦でもどうにもならなくなって一度だけ使った大技。それをこの場で行えば、もしかすると同じ屋敷の中にいるセフィロスまで殺してしまうことになりかねない。
この部屋の中だけで決着をつけなければならない。
ポケットに大切にしまっている『星々の欠片』を三つ、取り出す。
自分の力を最大限に高める魔法の石。これをヌンチャクのそれぞれと鎖の中心にはめこむ。
これが自分の使用できる最強武器──『夢か幻か』。
そして、デモンストレーションを行う。
素早くヌンチャクを振り回す。心なしか、アセルスの目には先程よりもそのスピードが速くなっているように感じられた。
しかも、今武器の改造をした影響だろうか、その武器の軌跡に残像が残る。きらきらと青紫色の光が零れていく。
「またせたね」
ヌンチャクを構えたセルフィに、もはや余分な感情は残っていない。真剣。集中力が限りなく高まっている。武器を少し細工しただけで、いったい何がここまで彼女を変えるというのだろうか。
「いいよ」
アセルスは受けてたった。そして、同じほどに集中力を高める。
相手が何をしてこようが、それ以上の力を出せばいいのだ。
勝負はきっと、一瞬。
もはや、お互いの間には余分なものは何一つなかった。
傍にいることで自分の幸福を選ぶか。
離れることで相手の幸福を選ぶか。
そんな、互いのわだかまりももはやこの場にはない。相手を倒す、というそのことだけに集中した二人の間には、根源的な対立感情すら不要だ。
時が凍りつく。
二人は汗すらかかず、相手のかすかな変化すら見逃さず、互いの動作に集中をこらした。
緊張が解かれる瞬間は、突然に訪れる。
その建物に一瞬、大きな揺れが生じたのだ。
『──!』
何故動いたのかは分からない。
だが、二人ともその『変化』に全てをかけて突進した。
剣が相手の肉を裂き、ヌンチャクが相手の腕を折る。
相討ち。
──だが、セルフィの方にこそ『隠し玉』があった。
「殺す!」
そのセルフィの目を見た瞬間、アセルスは全身を悪寒がかけめぐった。
何か分からないが、今のセルフィは『まずい』。
そして──アセルスの周りに『花畑』が広がった。
(なに?)
突然、現実感がなくなる。
何が起こっているのか理解できず、動揺が広がる。
「ジ・──」
セルフィの言葉が、どこからか聞こえた。
(逃げなければ)
何か分からないが、この魔法だけは『よくない』。
このままここにいれば、確実に死ぬ。
だが、この一面の花畑の、いったいどこに逃げればいいというのだろう──?
「エン──」
あと一語で、アセルスの命は絶たれていた。
だが、運命はまだ彼女を見放してはいなかった。
直後に生じるさらに巨大な地震。
その地震にアセルスのスロット魔法はキャンセルされてしまったのだ。
「なに!?」
花畑から現実の世界に引き戻されたアセルスは、自分の体がおそろしく冷たくなっていることに気づいた。
おそらく今は、自分が死ぬ直前だったのだ。それが理解できた。
体の中をかけめぐる血が急速に体温を回復させていく。そして、地震の理由がアセルスにも分かった。
『来るぞ!』
神竜の声が聞こえた。
天上を突き破って、巨大な機械がホールに落ちてくる。
「オメガか!」
アセルスは飛び退く。
直後、彼女が今いた場所めがけてオメガから光線──ブラスターが放たれる。
ブラスターは床にあたって四散したが、あれに当たれば百%、命はない。
(レオン!)
『安心するがいい。私が知る限りのオメガの知識は既にお前に伝わっている。今の攻撃も回避ができたのはそれが理由だ』
確かに今の攻撃に対しては考えるより先に体が動いていた。『このままその場にいるのは危険だ』と体が勝手に反応したのだ。
そう。ふと考えてみると、次にオメガが何をするのかが何故か推測できた。
相手が機械なだけに、その攻撃順番や攻撃方法が完全にプログラム化されている。そして、それこそ神竜が長い時の中で手に入れた知識なのだ。
最初にブラスターを放ち、抵抗力のないもの、油断したものからまずは命を奪う。
そして次に来る攻撃は──
(まずいっ!)
自分の体内に眠る『エデン』の力を急激に高める。次なるオメガの攻撃は『波動砲』だ。全方位に照射されるあの攻撃を受ければ体力を一気に奪われてしまう。
エデンの持つ防御フィールドを最大限に展開する。波動砲が照射されるが、その攻撃はフィールドでなんとか遮ることができた。
防ぎながら、アセルスは神竜から送られてきたデータを頭の中で検証していく。
そして、一つの重大な事実に気づいた。
(まずいね)
気がつけば、セルフィの姿はない。殺されたのではない。おそらくは危険を判断して退避したのだろう。それはいい。
だが、そうなるとこの敵を一人で倒さなければならないということだ。そして、その方法は。
(ないね)
そうした結論が出た。
(私は回避しつづけるだけだ。反撃の機会が全くない)
自分の力を正確に理解しているからこそその結論に間違いはなかった。
オメガは倒せない。倒す隙がない。
オメガの火炎放射を回避しながら、それでも彼女は倒す方法を考え続けた。
「あれはアカンわ」
思わず故郷のトラビア弁が口をつく。
セルフィはその機械の危険性を察知し、すぐにホールから退避したのだ。
アセルスと戦って破れるのならそれはそれで仕方がないと思う。互角の力がぶつかっているのだ。おそらく想いの強い方が勝つ。自分が正しいか、相手が正しいか、まさに真剣勝負だった。
だが、あれは違う。
あれは殺戮を目的とした完全兵器。ジ・エンドなら倒すこともできるだろうが、さすがに一度出しかけた魔法を同じように集中してもう一度出せる自信はなかった。
(ま、これで死んだらあたしの不戦勝ってことで)
セルフィは急いでその場を離れる。
そして屋敷の階段を駆け上っていく。
(でも、決着はつけたいんだよね〜)
アセルスを助ける方法はある。
あれが機械なら、機械を操るマシンマスターを先に倒してしまえばいいのだ。
先にセフィロスがマシンマスターの所へ向かっているはずだ。
セルフィはその足を早めた。
140.カオスの正体
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