もちろん、自分が許されるなんて思っていない。
 それでも、自分は選んだ。
 一番大切なものを。
 誰に非難されても。
 たとえ断罪されるとしても。
 自分に必要なものは、たった一つ。彼だけなのだから。












PLUS.141

変わらないもの







machine master






 ──鮮血。
 刃を伝い、大地に落ちる。
 接近した二人の男が、組み合っている。
 ナイフは、カインの左手を貫いていた。
 そして同時に、カインの左手がナイフごと紅の手を掴んでいた。
「なっ」
「──俺の勝ちだ」
 カインは相手をその場から逃がすことなく、上体の力だけで紅の胴を薙ぎ払った。
 下肢が支えをなくして倒れ、上体もまた地面に落ちる。
 はじめから、倒す方法はそれ以外に考えていなかった。
 剣が当たらないのなら、当たるようにすればいい。つまり、相手を捕まえて、逃がさないようにする。それができるかどうかの勝負だったのだ。
 紅が使う剣がダガーからショートソード、ロングソード、グレートソードと徐々に大きくなっていったのは、ナイフで仕留めようとしているのに気づかれないため。
 そのような駆け引きに長じているカインにとっては、相手の意思を読み取るのはたやすいことであった。
「さすが、です」
 かすれた声が、紅の口から漏れ出た。
「意識の残っている間に、一つだけ聞きたい」
 カインは全力を出して戦った相手に最大の敬意を表した。
「なんなりと」
「何故、そこまでマシンマスターに肩入れする?」
 紅は、弱々しく笑う。そして答えた。
「あの方は、私に生きることの意義を教えてくださった。私の穢れた心を清めてくださった。あのかわいそうなマスターのためなら、私は」
 こふっ、と力なく息を吐く。
 そして、満足そうに事切れた。
(かわいそうなマスターのため、か)
 二人の関係がどのようなものだったのかは知らない。
 だが、紅にとってマシンマスターが特別だった。
(まあいい)
 戦いは終わった。後は、マシンマスターを倒すだけなのだ。
「カイン!」
 呪縛が解けたティナが駆け寄り、左手でそのナイフに触れる。
 ブルーがカインの腕を押さえて、ティナが勢いよくそれを引き抜いた。
「ケアルガ!」
 そして素早く治癒魔法をかける。みるみるうちに傷の具合が塞がっていった。
「ありがとう、ティナ。もう大丈夫だ」
 優しく微笑むと、ティナは泣きそうな目で見つめ、そして頭をカインの胸に埋めた。
「無茶なことだけはしないで」
「大丈夫だ。俺は死なない」
 子供をあやすかのように、ぽんぽんと彼女の背を叩く。
 守りたい。
 そういう気持ちが生まれていることには、とうの昔に気づいている。
 ならば、全力で守るだけだ。
「行こう」
 カインはブルーとティナを見て言う。
「サラを助ける。マシンマスターの部屋へ急ぐぞ」
 頷いた二人を見て、カインはさらに奥へと進んだ。
 扉を開け、廊下を駆け、階段を昇る。
 マシンマスターがどこにいるのかは全く分からないが、地下か二階かのどちらかに違いないと目星をつける。
 二階の、最奥。
 ひときわ大きく、豪華な扉の向こうから。
「キャアアアアアッ!」
 悲鳴が、聞こえた。
「サラッ!」
 飛び込んだそこには、サラが、今にも剣で殺されかかっていた。
 そして、その剣を振り下ろそうとしているのは、彼らが予想もしなかった人物であった。
「セフィロスッ!」
 カインは剣を抜いて飛び込む。海竜の角を、天竜の牙で受ける。
 激しいスパークが、部屋の中に起きた。
「どういうつもりだ、セフィロス」
 力比べの体勢になって、カインは声を絞り出して尋ねる。
「どうもこうもない。それは殺さなければならない。お前とて分かっているはず」
「何を」
「分からないのか?」
 本当に不思議そうに、セフィロスが尋ねた。
 カインは戸惑うと、セフィロスは力を緩めて距離を置く。そしてサラの傍にブルーとティナが駆け寄る。
「だから、何がだ」
「その娘は」
 サラの表情から、徐々に感情が消えていった。

「マシンマスターだ」

 三人が驚いて一斉に少女の顔を見る。
 子供に似合わない、酷薄な笑みを浮かべた少女は、以前に見た可愛らしさなど微塵も感じさせない。
「あーあ、バレちゃった」
 ぺろ、と舌を出す。緑色の髪が、ふさ、と揺れた。
「嘘だ」
 それに強く反応したのはブルーだった。
「だって、君は『代表者』じゃないか!」
 だが、少女はつまらなさそうにブルーを見る。
「そうよ? おかしい?」
 その言葉の意味は、つまり。
 彼女は、自分が代表者であるということを分かっていて、カオスに与している、ということだった。
「サラ」
 このとき、自分がどういう表情を浮かべているのか、カインは全く分からなかった。だが、その表情を見たサラは満足そうに笑った。
「いい顔ね、お兄ちゃん。そういう顔って、大好き」
 裏切られて、傷ついた顔。
 それを、自分はかつての仲間たちにしていたのだ。
「子供だと思って油断した? 残念だったね。私があの滅びた町にいるのは、人間と一緒に住んでいれば他の隠れ里の情報がつかめると思ったからよ。スパイダーに私を襲わせたのも、カインが私を見捨てるかどうか試したかったから。それにバードに捕まったのじゃなくて、バードに私をここまで運ばせたの」
「だが、君はまだどう見たって五歳かそこらだ」
「ええ。あの隠れ里を見つけたとき、わざわざ赤ん坊の体内に『私』の精神をもぐりこませたんだもの。だから、サラという女の子は今までずっと私に支配されていたの。それが可哀相だったから、この世界はこの体を代表者にした。でも、残念ね」
 サラはくすっと笑った。
「そのせいで、彼女の町はもう、完全に滅びてしまったのだから」
 カインの顔がさっと青ざめる。
 あの、灰色の町は。
 もう既に。
「滅ぼしたというのか、お前が」
「そうよ。だって、もう価値がないもの。他の町はほとんど滅ぼした。あの町にいる理由はなかった。カインがやってきてくれて、ちょうどよかったのよ」
 その、直後。
 巨大な地震が館を襲った。
「マシンマスター!」
 沈黙していたセフィロスがその隙を狙って海竜の角を振るう。
 だが、サラは全く動かない。むしろ、笑ってその剣を待っているように見えた。
 その剣が、彼女の眼前で止まる。
「何故、避けない」
「分かってるんでしょ? この体を殺したところで、私を殺したことにはならない。私の本体を倒さないとね。それに、ちょうど本体が到着したみたいだし、この体にもう用はないもの。そう、私の本当の体、本当の名前はオメガ」
「オメガ?」
 カインが繰り返して尋ねる。直後、再び地震が起こった。
「そう。オメガ。それじゃあ、お兄ちゃん。バイバイ。また後で会おうね」
「待て!」
 だが、直後にサラの体から力が抜けて倒れる。ティナが慌てて抱きとめようとしたが、そのまま素通りしてサラの体は床に倒れこんだ。
 ブルーが倒れたサラを抱き起こす。
「意識を失っているだけだ。命に別状はない」
 カインは頷き、セフィロスを見る。
「マシンマスターを倒しにきたということか、セフィロス」
 セフィロスは剣を収めてカインを見返す。
「お前には関係のないことだ」
「関係なくはない。お前がカオスを倒すつもりならば、理由は違えど目的は同じはずだ」
 だが、セフィロスは少し笑っただけだ。
「忘れるな」
 その端麗な口元から出たのは拒絶の言葉だった。
「俺は、お前の敵だ」
「セフィロス」
「クリスタルは預けておく」
 そして、セフィロスはカインたちがやってきた扉から外へ出ていく。
「セフィロス!」
 と、そこへもう一人の少女が到着した。
「セルフィ!」
 ティナがその姿を見て声を上げる。セルフィもティナの姿を見て、少しだけ微笑んだ。
 そして、彼女の口から出た言葉は、三人にとって全く予想もしないことであった。
「アセルスが下にいる」
 もちろん、一番に反応したのはブルーだ。
「アセルスが?」
「オメガと戦ってる。早くいかないと、アセルス一人じゃ死ぬよ」
 ブルーはサラを床に寝かせると、一目散に走り出す。セフィロスとセルフィの脇を抜けて一人駆け抜けていった。
「ったく、あれだけ思われてるのに、何考えてるんだろ、あいつ」
 セルフィから愚痴のような言葉がこぼれた。
「もういいのか」
「うん。決着つける直前までいったけど、オメガに邪魔された。次は倒すよ」
「分かった。一度引き上げるぞ」
「うん」
 そのセフィロスの傍にいるセルフィは、本当に幸せそうで。
 ティナはそれを見て、思わず声をかけていた。
「セルフィ」
 彼女は真剣な表情で見つめ返してくる。
「よかったね」
 ティナは微笑みながら言う。その言葉は予想外だったのか、セルフィは驚いた表情を見せた。
(よかった?)
 スコールを殺し、仲間を裏切った自分のことなど、誰も祝福してくれるものはいないと思っていた。
 だが、この少女は。
 自分に、よかった、と言うのか。
「ティナ……」
 他に誰が自分を祝福してくれるだろうか。
 キスティスたちだって、絶対に自分を許せないと思っているに違いない。
「祝福してくれるの?」
 ティナは笑って頷く。
「だって、セルフィが幸せなら、私も嬉しい」
 思わず涙がこみあげてきた。
 セフィロスさえいれば、他に何もいらないと思っていた。
 だが、この少女は。
「……ありがと」
 顔を赤らめつつ、小さく答える。
「でも、私、敵だから」
「うん」
「次に会うときは、敵同士だから」
 ティナは微笑んで答えた。
「私も、全力で戦う。私も、カインが大好きだから」
 セルフィはその言葉を聞いて彼女の後ろに立っているカインを見た。
 その言葉で動揺していないところを見ると、既に二人の気持ちは通じ合っているようであった。
「そっか」
 セルフィも微笑んで言った。
「おめでと、ティナ」
「ありがとう」
 今までも、二人はずっと大切な友人だと思い合っていた。
 だが、立場が異なってもその関係は続けることができるのだと、二人は確認した。
「できれば、ティナとだけは戦いたくないけど、そういうわけにもいかないね」
 セルフィは首を振るとセフィロスを見上げた。
「行こ?」
「ああ」
 そして、セフィロスとセルフィはその部屋を出ていく。
「俺たちも行くぞ。ブルーを一人にするわけにはいかない」
 カインがサラを抱き上げ、ティナが頷く。
「行こう。マシンマスターを倒すために」






142.機械の心

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