あの子は、全てに絶望していた。
 人間に生まれながら、人間に自分の両親と、幼い弟を殺された。
 人間を憎み、世界を憎み、すべてを憎んだ彼女が求めたもの。
 それが、カオス。
 すべてを無に還す、混沌だった。

『私は、その混沌の力で蘇った、彼女の弟なのだ』












PLUS.142

機械の心







targeting






 破動砲を回避したアセルスは、レオンからの『逃げろ!』の指示に身を翻す。
 もちろん、戦いを放棄するわけではない。『その攻撃』だけは受けるわけにはいかないという意味だ。
 レオンの言う『その攻撃』とは、標的を定める『ターゲッティング』。
 これを受けただけでは何もダメージはない。だが、その次に待ち構えている攻撃は、決して標的を外すことはないという、回避不能の必殺技となる。
 だから、ターゲッティングだけは必ず回避しなければならない。それがレオンの指示だった。
 だが、隠れる場所はどこにもない。
(駄目だ!)
 ついに、その標的として捕らえられる。直後、
(来る!)
 オメガから放たれる業火、火炎放射がアセルスの体に迫る。
 回避は、できない。
「ああああああああああああっ!」
 強烈な火によって彼女の肌が焼かれていく──が、その炎の中で彼女の髪の色が徐々に変化していった。
「妖魔化!」
 自ら人間の体を捨て、妖魔の体となることでその炎を凌ぎきる。とはいえ、ダメージは大きい。すぐに妖魔の剣に付加されているマジカルヒールによって自分のダメージを癒す。
『ふふ、妖魔の姿になっちゃったんだ』
 そのオメガから、奇妙な機械音が発せられた。意思があるとは思っていなかっただけに、アセルスも内心で驚く。
「なんだ、話すことができるのか」
『驚いた? 今までは自由にさせてたけど、私もこの『本体』が必要になったから。それにしても、可哀相ね』
 オメガが、さらに前進してくる。
「何がだい?」
『だって、せっかくブルーが来ているのに、そんな姿で、それも死んだあとの姿なんて、あまりに報われないと思わない?』
「ブルーが?」
 それはアセルスにとって全く予想もしない話だった。
 もちろんこの世界にカインは来ているだろうと思っていたが、まさかブルーが来ていて、しかもここに向かっているだなどと。
(これは死ねないね)
 こんな、人間じゃない、妖魔の姿で会いたくなどない。
 だが、今はこの妖魔の力が必要だ。
『覚悟は決まった? それじゃ、行くわよ』
 問答無用の破動砲が放たれる。もちろん、それをあまんじて受けるようなアセルスではない。
「ブルーに会えるなら、死ぬわけにはいかないよ!」
 破動砲を回避しつつ、一気に間を詰める。
『駄目だ、アセルス!』
 レオンが制止するが、アセルスは止まらなかった。
 妖魔の剣でオメガの数本ある足の一つを薙ぎ払う。切り飛ばすことは出来なかったが、傷はつけた。
 だが、その次だ。
『逃げろ!』
 反撃のマスタードボムが、アセルスに放たれる。
 オメガはわざと、アセルスを懐に呼び寄せたのだ。確実に仕留めるために。
「くっ」
 回避しようとしても、もう遅い。
 マスタードボムの直撃を受ける──
「オーヴァドライブ!」






 彼の声が、聞こえたような気がした。
 と思った瞬間、はるか前方で反撃のマスタードボムが爆発するのが見えた。
 何が起こったのか、と状況を確認する。
「大丈夫だったかい、アセルス。無茶しないでくれよ、ターゲットされてるのにカウンター覚悟で飛び込むなんて」
 自分のすぐ目の前に、その顔はあった。
 自分よりも、はるかに整った、たくましい男性の顔。
 自分のような半妖を本気で想ってくれている人。
「まさかあんたに抱きかかえられる日が来るとは思わなかったよ」
「僕もさ」
 ブルーは、そう言って優しく笑い、彼女を床に下ろした。
 彼の時術が一瞬だけ時を止め、その隙にアセルスを抱きかかえてカウンター攻撃から回避したのだ。
 間一髪ではあったが、なんとか避けることができた。
「こんな半妖を抱いたって、嬉しくないだろ」
「そんなことないさ。アセルスはどんな姿をしていたってアセルスだ。それに、僕がその姿を見るのは初めてというわけでもないだろ?」
「だからヤなんだよ。こんな格好、死んだってあんたには見られたくないんだからね」
 彼女は不満そうに言うが、妖魔化を解こうとはしない。
 それだけ、目の前にいるオメガが強敵だということを意味していた。
『間に合ったんだ』
 オメガから機械音が出る。さきほどの女の子の口調であることを確認してブルーが話しかける。
「マシンマスター。それが君の本体か」
 マシンマスター、オメガ。
 メタリックのボディに、二本の前足と、二本の後ろ足がついている。正面には黄色い目に、音声を発するスピーカーらしきものがついていて、その他に全方位を確認するためのセンサーが背中からまっすぐ上に向かって立っている。
 それほど強そうには見えない。滅びた町に攻め込んできたスパイダーたちとさほど変わらないように見える。だが、その実力は比較にならない。
『そう。これが私の本体。期待、外れちゃったかな?』
「いや。本当の機械が相手なら手加減する必要はない。助かるよ」
 ブルーは挑発的に発言する。もちろんそれで相手がどう思うかなど問題ではない。
 とにかく最優先でアセルスと合流するためにここに駆けつけたが、どう考えても自分とアセルスの二人で倒せる相手ではない。カインとティナの到着を待たなければならない。そのための時間稼ぎだ。
『私に勝てるつもりなの?』
「勝負はどんなときでもやってみないと分からないさ。もっとも、人間相手なら絶対に勝てるという保証はないけど、機械が相手なら絶対に勝てる。その方法はあるはずだ」
『本気なの?』
「機械というのは計算で動く物体だ。それなら、その計算以上の数値をたたき出せばいい。僕は機械なんかには負けない」
『本気、みたいね』
 どうやら、マシンマスターを怒らせたようだ。何年生きているのかは知らないが、随分と幼い精神をしている。
「ブルー!」
 だが、ブルーは賭けに勝った。
 そうしてブルーがマシンマスターと話をしている間に、カインとティナが到着したのだ。
「待っていた、二人とも」
 ブルーが微笑む。
「カイン、ティナも」
 アセルスの顔がほころぶ。
「無事か、ブルー、アセルス」
 ようやく再会を果たした四人であったが、カインは目の前にいた機械を見て、部屋の外にまだ目覚めないサラを横にする。
「これがマシンマスターの本体か」
『来たね、お兄ちゃん』
 オメガが楽しそうに言う。
『それじゃあ、ゲームを始めようか』
 オメガの背のセンサーが、くるくると回転を始めた。
「回避!」
 ブルーの指示で全員が飛ぶ。その四人を、オメガのアトミック・レイが襲った。
「ティナ!」
 ブルーはその隙にティナに近づくと、素早く耳打ちする。彼女は一瞬目を細めたが、すぐに頷いた。
「カイン! アセルス! 攻撃するとカウンターが来る。僕が指示を出すまで、とにかく回避し続けるんだ!」
『何を狙っているのか知らないけど』
 火炎放射が飛ぶが、カインは横に跳んで回避する。
『私を倒すことは不可能だよ!』
 対象者の力を根こそぎ奪う、ミールストームがアセルスを襲う。だが、それもアセルスは間一髪で回避していく。
(さまざまな攻撃パターンと、あらゆる攻撃を無力化する鉄壁の防御システム)
 だが、攻撃パターンが多ければ多いほど、その攻略は可能なのだ。
 少なくとも、あらゆる敵の、あらゆる弱点を知りつくしたブルーにとって、機械ほど攻略しやすいものはない。
(攻撃のパターンは必ず規則性がある。そして、あらゆる攻撃パターンの弱点を僕は知っている)
 だからこそ。
 だからこそ、必ず勝てる。勝てないはずがない。
 オメガの波動砲を、アセルスとカインが回避する。そして、センサーがくるりと回転した。
『回避せよ!』
 レオンからアセルスに指示が出る。オメガの『ターゲッティング』だ。瞬間、ブルーは準備していた魔法を解き放つ。
「保護のルーン!」
 敵の攻撃から対象外となる、一瞬だけ姿を消す魔法だ。『ターゲッティング』が発動した直後に魔法がかかったため、オメガの攻撃がキャンセルされる。
(見えたぞ)
 オメガ、攻略の糸口。いや、最初から分かっていたことだった。問題はタイミングだけだったのだ。
「カイン、アセルス。もう少しだけこらえてくれ!」
 ブルーは二人にそれぞれ『勝利のルーン』の魔法を唱える。持続時間は短いが、攻撃力が上がる魔法だ。
(もう少しだ)
 オメガの攻撃パターンは既に見切った。
 勝てないはずがない。
 機械相手の勝率は百%。
 アトミックレイ、火炎放射、破動砲と、次々に攻撃が襲い掛かる。
 そして──オメガのセンサーがくるりと回転した。
(今だ!)
 その隙を狙って、ブルーが突進する。
 勝負は一瞬。その一瞬で、アセルスやカインよりも、自分が一番オメガに接近しなければならない。
「来い、オメガ!」
 そして、次のオメガの攻撃は──その突進してきたブルーに対する『ターゲッティング』だった。
(狙い通りだ)
 ターゲッティングは効果時間こそ非常に短いものの、次の攻撃がターゲットした標的を外すことはまずありえない。
 だからこそ、自分にターゲットさせる。そして、攻撃を自分に集中させる。そうすれば、カウンター攻撃すらカインやアセルスを狙わず、全て自分が攻撃を引き受ける形となる。
 だが、そこまでなら二流の魔術師が行うことだ。一流の魔術師は、絶対に自分を犠牲にしない。
 これが『ターゲッティング』の最大の弱点。
「今だ、ティナ!」
 振り向き、ティナに合図する。そして、ティナは溜めていた魔法を解き放った。
「リフレク!」
 魔法の反射鏡がブルーを包む。
『何を?』
「はね返せ!」
 ブルーが照準をしぼって、オメガの『ターゲッティング』をオメガ自身にリフレクし返す。
「今だ、カイン、アセルス!」
 カインとアセルスがブルーの指示で間合いを詰め、そして各々の武器でオメガにダメージを与える。
 直後、オメガのカウンター・マスタードボムが発射され──
『しまっ──』
 ターゲットされたオメガ自身に、そのマスタードボムが降り注いだ。
「とどめだ!」
 カインが天竜の牙を高らかにかまえ、そして気合もろとも一閃した。
 その攻撃で、オメガのボディは完全に両断された。
『よくも』
 少女の、泣きそうな声が聞こえた。
『お兄ちゃん──許さない』
 そして、オメガは爆発した。






「倒したのか?」
 アセルスが、爆炎の中をじっと見つめる。だが、その煙によってオメガがどうなったのか、確認することができない。
『油断は禁物だ』
 レオンから指示が出る。
「分かってる。こんなに簡単に倒せるんだったら、レオンだってとっくにオメガを倒してただろうしね」
『そういうことだ』
 危険を回避するため、アセルスは煙から距離を置く。それにカインも倣った。そして、徐々に煙が収まるのを待つ。
 倒したのだろうか。
 一瞬、四人の心にそんな言葉が浮かぶ。
 だが、それを全否定するくらい、こんなに簡単に事が運ぶはずがないという気持ちが強かった。 「お兄ちゃん」
 やはり、と四人はその言葉を聴いた。機械音ではない。生身の声だ。
「まさか、私の本当の姿を見せることになるとは思わなかった。でも、もう容赦はしないからね」
 そこに、新たに生まれた機械は、まるで半人半馬のケンタウロス。
『あれが、オメガの真の姿だ』
 レオンがアセルスに警告を与える。
「じゃあ、今までのは」
『本当の力を隠していたにすぎん。あの姿のオメガは無敵に近い』
 レオンの声は、心なしかアセルスには震えているように聞こえた。
『あれが、オメガの最終形態──オメガウェポンだ』






143.最後の武器

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今回オメガ撃破の方法については<やり込み>ふにゃ!?〜にゅすけ的ゲーム攻略〜を参考にさせていただきました。許可済みです♪