だから、私だけは最後まで彼女の傍にいようと思った。
私だけは決して彼女を裏切らないようにしようと思った。
唯一の肉親として。
唯一の理解者として。
だが、これで長い戦いも終わる。
私は、最後まで彼女の傍で戦った。
『彼女に安らぎを。そして、あなたがたの行く手に幸運を』
PLUS.143
最後の武器
omega weapon
「跳べ!」
ブルーの号令で全員がその場で跳躍する。
四足のモンスターと真銀の鎧を着た騎士とが合体した形の最強の機械、オメガウェポン。そのモンスターの右前足が大きく振り上げられ、地面を叩いた。
オメガウェポンから放たれる巨大地震、テラ・ブレイクがパーティーを襲う──
「カイン!」
だが、その跳躍が一人遅れたのがカインだった。完全に脚を止められ、その場で防御して耐える。
(跳ぶのが遅れたか)
竜騎士でなくとも、地震の衝撃破は飛び上がれば回避できる。それこそレビテトのような魔法がかかっていれば一番ベストだ。
だが、自分は三次元での戦い方を完全に忘れてしまった。飛び上がるという行為自体ができなくなってしまったのだ。
二次元の、平面的な戦いで勝利する。そのなんと難しいことか。
「来る」
カインは天竜の牙をそのまま構える。
そして、オメガウェポンが自分に標的を定める。
『まずいぞ、アセルス。アレがくる』
レオンから警告がアセルスに入る。その言葉の響きだけで、アセルスにもどのような攻撃が来るのか伝わった。
「ティナ、すぐに──」
アセルスの指示で、ティナが召喚魔法を唱えた。
「ヴァリガルマンダ!」
召喚獣がカインを守るかのように現れる。直後、オメガウェポンから照射された光がそのカインを襲った。
リヒト・ゾイレ。円柱状の光。その攻撃を受けたものは、いかなる方法をもってしても耐えることができない──
一瞬で、カインを守ったヴァリガルマンダがその光によって消される。
召喚獣ですら一撃で葬るほどの、恐ろしいエネルギー。だが、そのおかげでカインは何とか命を永らえることができた。
「感謝する」
ヴァルガルマンダの犠牲を無駄にするつもりはない。次の攻撃に移ろうとするオメガウェポンに接近すると、カインは天竜の牙を振り下ろした。
竜の攻撃はアンチドラゴンで防がれる。だが、武器となったものならば、それはもはや竜としての属性はない。
竜族の中でも最強を誇る天竜の武器は、オメガウェポンの装甲すらたやすく打ち破り、騎士の左腕の手甲が床に落ちた。
『ほう、力を上げたな、天竜』
神竜レオンは嬉しそうに言う。
「知ってるのかい?」
『竜族のことならば煌竜から報告が入る。神の名は煌竜に譲ったのだが、奴め、幻獣の中ではそう名乗っても竜の中では名乗ろうとせん』
少し楽しそうにレオンが言うと、アセルスも微笑んだ。
「今度、あんたの仲間に紹介してくれよ」
『いいだろう。私もこの戦いが終われば私の使命は全て終わる。全て──』
レオンの意思が、真銀のケンタウルスに向く。
『アレを倒してからだ』
「そうだね。さっきの蜘蛛状の奴より攻撃力が半端じゃなく上がってる。分析結果を頼む」
オメガウェポン
ステータス攻撃⇒効果なし、アンチドラゴン
特殊攻撃
メテオ、アルテマ、グラビジャ
テラ・ブレイク(地震:防御可能)
リヒト・ゾイレ(対個人:消滅)
メギド・フレイム(対全体:防御不能、回避不能)
(なるほど、一切の属性攻撃は通用しないんじゃ、勝ち目は薄いね。その上、レオンじゃアンチドラゴンで防がれる。倒せないわけだ)
アセルスはオメガウェポンが次の攻撃に移る前に分析結果を検証する。
「ブルー」
簡単に耳打ちする。こういう場合、情報を持っていて有益なのはブルーの方だ。
頷いたブルーは、その分析結果から一つの結論を導き出す。
(倒せる。でも)
どんな相手であれ、機械を倒せないと思ったことはブルーは一度もない。
相手の技が分かっていれば、事前の対応は充分にできる。
だが、メギド・フレイム。その技はまずい。一切の防御も回避もできない、全方位に対して発される灼熱の炎。
(犠牲がいる)
早く決断しなければ、攻撃が再開される。
「ティナ、召喚魔法の準備。アセルスとカインは攻撃を」
「ブルー、無茶するつもりなら」
「大丈夫。僕は死なない」
地獄で一度、死ぬつもりだったけど。
もう、二度と死なない。
それに、この機械相手にはレミニッセンスもリコレクションも通じない。あれは命ある者に対して使う魔法だ。
「GO!」
ブルーの指示で全員が動き出す。
ティナが召喚魔法マディンを放ち、オメガウェポンをはさみ打つ形でカインとアセルスが迫る。
オメガウェポンはグラビジャを放ち、二人の体力を削る。だが、それはブルーのスターライトヒールで回復する。
「魔法攻撃は通用しない。ダメージを与えられるのは打撃だけ」
ブルーはナイフを構える。そして、オメガウェポンまでの距離をしっかりと測った。
『やあ、兄さん』
そのオメガウェポンの向こうに。
(……ルージュ?)
何故か、弟の姿がかぶった。
『大丈夫。兄さんならそんな奴には負けない。だって』
自分と同じ顔をした男が笑う。
『兄さんを殺すのは僕だから。絶対、大丈夫だよ』
そして、消えた。
(ルージュめ)
今のは自分の願望か。それとも、本当にルージュが意識を飛ばしてきたのか。
だが、いずれにしても弟の言う通りだ。自分が本当に決着をつけなければならないのはただ一人だけ。
「行くぞ」
ティナのマディンによる攻撃が止んだ。
「オメガウェポン!」
全力で、その機械に飛び込んでいく。
機械になど負けない。負けるはずがない。
その機械の焦点が自分に合う──来る。
『メギドフレイム』
そう。その魔法を待っていた。
円柱状の光が、ブルーを包む。
「ブルーっ!」
アセルスの声が聞こえる。全体魔法であるこの攻撃を自分一人で受ければ、確実に死ぬ。
それを回避する方法は、ただ一つ。
犠牲が、いる。
──死なない犠牲が。
「朱雀!」
『分かっている』
その、ブルーを包むように朱雀の姿が現れる。
朱雀は炎の化身。
メギドフレイムの魔法では、決して傷つかない。
「オメガウェポン!」
そのナイフを、オメガウェポンに全力で突き立てる。
モンスターの額の部分にナイフを突き刺し、すぐにその場を離れる。
「ティナ!」
もちろん、既にティナの魔法は完成している。召喚魔法、ラムウ。全ての機械にとって共通の弱点は、雷──
『甘いよ、ブルー』
ラムウの雷がメギドフレイムに注がれる。だが、それでもオメガウェポンは決して怯まなかった。
『マシンマスターの私が、その程度のことを考えていないと思う?』
オメガウェポンは、その雷を体内に吸収していた。
「馬鹿な」
それは、機械にとってありえない光景であった。
機械は雷によって回路をショートさせることが最大の弱点。それはたとえ、オメガウェポンといえども機械である限り例外ではない。
それなのに。
『だって、属性防御は完璧にしてあるもん。この体に弱点なんて、イッコもないんだよ』
その雷のエネルギーをモンスターの体内に蓄積する。そして──
『さ、反撃だよ』
「回避!」
ブルーが指示を出す。が、遅い。
『アルテマ!』
最強の黒魔法が、その部屋を蹂躙した。
(しまった)
致命傷に近いダメージを受けて、ブルーは崩れ落ちる。
(まさか、耐性を備えていたとは)
相手の弱点を正確に確認しなかった自分のミスだ。
機械はあくまでも機械にすぎない。きちんと敵を倒す方法さえ見つけてしまえば倒せないはずはない。
だが。
(アセルス、カイン)
接近戦を挑んでいた二人も大ダメージを受けてしまっている。
(ティナ)
そして、ティナは──それでもその場に踏みとどまり、オメガウェポンをそれでも睨みつけていた。
「や、めろ、ティナ……」
一人で倒せるような相手ではない。なんとか今はここを脱出するのが先だ。
「負けません」
ティナはそれでも召喚魔法を唱える。
「ラクシュミ!」
緑の薄い布をまとっただけの妖艶な女性が召喚される。その技は『魅惑の抱擁』。その場のメンバーの体力を回復させる召喚獣だ。
ブルーは徐々に力が戻ってくるのを感じた。なるほど、これなら逃げるための力は戻ってくる──
だが、ブルーの予想に反し、ティナは歯を食いしばると、ブルーの時と同じように突進した。
「ティナ!」
彼女が回復したのは、自分が突撃をかけるための体力を補うためなのか。
だとしたら、彼女は死ぬ気だ。
「私は死にません」
彼女はそのオメガウェポンにたどりつく手前に落ちていたモノを拾い上げる。
それは、先ほどカインが切り飛ばした、オメガウェポンの手甲。
鉄を砕くには鉄を使う。では、オメガウェポンの装甲を貫きたいのならば。
「装甲よ! 形を変えて武器と成せ!」
手にした手甲が、徐々に形を変える。
そして、ティナが使いやすい程度の長さの、剣と化した。
「貫け、オメガウェポン!」
『くっ!』
オメガウェポンはそのティナに向かってメテオの魔法を放つが、異空間から召喚された隕石をティナは事もなく切り裂く。
そして、その武器──『オメガウェポン』をモンスターの額に突き刺す。
一度、ブルーが傷をつけたところを、さらに深く貫く。
そして、ティナから視線がブルーに送られた。
(そうか──)
彼女の意思が通じた。
この展開は、あの時と同じ。
あの、サタンを倒した時の。
「オーバーロード!」
自分の魔力を全開にする。そして、魔法を放った。
「レミニッセンス!」
全ての魔力を、その『オメガウェポン』に向かって放つ。
闇の崩壊の電流を取り込んだ『オメガウェポン』は、そのままモンスターの体内で電流を暴走させる。
『うそ』
マシンマスターの声が、驚愕のために弱まる。
「はじけろ!」
モンスターの体内から、魔力が暴発する。
壊れた機械の部品が四散する。
『そんな』
少女の声が、騎士の口から漏れる。
だが、ここでためらう理由はない。
既に、アセルスとカインは回復が終わって、剣をマシンマスターに向かって構えている。
「超究武神覇斬!」
天竜の牙が、マシンマスターを上下に分断する。
そして、
「長かったね、レオン」
『長かった』
「終わりにしよう」
『ああ』
アセルスの構えた妖魔の剣が煌く。
『い、い、いやあああああああああああああああああっ!』
そして、マシンマスターの体は、細切れになった。
「これで本当に終わったのか」
カインは顔をしかめながら回りを確認する。
「多分ね。あれで生きてるようなら、こっちはもう降参さ」
ブルーも冷静さが戻ってきたらしく、皮肉に答える。
「それにしても、よくこんな都合よく現れることができたね、あんたたち」
アセルスが三人を見つめて言う。確かにアセルスにしてみれば、突然現れた救世主のように見えても仕方がないだろう。
「地獄から直接こっちに来たんだ。ティナだけじゃなくて、エアリスにリディアも来ている」
「そっか。あ、ゴメン、まだこのまんまだった」
アセルスは妖魔の証である角を触りながら言った。
「ちょっと待ってね」
その場でくるりと一回転。それでいつもの緑色の髪と人肌が戻ってきた。
「それより、こっちの世界に来たときに近くにカインがいなかったから焦ったよ」
「こっちもだ。だが、うまく合流できてよかった」
考えてみれば、こちらの世界に来てまだ二日。新しいことばかり次から次へと起こるので、随分と時間が経ったようにも感じられる。
「カイン」
ティナがオメガウェポンの残骸を一つ取り上げた。
それは、彼女が先ほど使った武器『オメガウェポン』である。
「レミニッセンスの魔力にも耐えられるのか」
アルテマウェポン以上の力がそれには備わっているということである。
「なんか、突然動いたりとかしないよね」
アセルスが不安なことを言うが、ブルーは触って調べてみてから「大丈夫」と答えた。
「これはただの武器だから、別に持ってることで不都合なことはないよ。ティナがこの前まで使っていたアルテマウェポンと同じ」
そう言われてティナはその武器、オメガウェポンを受け取る。
「私が使ってもいいの?」
「ああ。君が使った方がいいだろう。僕は武器を必要としないし、アセルスやカインには自分の武器がある」
「うん」
それを受け取る。すると、アルテマウェポンの時と同じように、自分の体の中に吸収されていった。どうやら、いつでも体内から呼び出すことができるようだ。
「さて、そうしたらこの世界の『代表者』を連れてエウレカに戻ろう」
ブルーが言うと、全員が頷いた。
144.さらなる高み
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