彼に会いたいと、何度願っただろう。
 でも、自分はまだ弱い。
 強くならなければいけない。
 そうすればきっと、彼が、会いにきてくれるから──












PLUS.145

次への展望







He called Knight of The Earth






 ヴァリナーの時間は有限である。
 一日のうち、三分の一を必ずバリアの強化に使い、三分の一は国王としての業務にまわされ、残った時間の中で睡眠やその他の作業を行わなければならない。
 だから、その日も朝から案外痛んでいなかったバリアの強化を行い、ようやく一息つける段階まで来たときのことである。
「や」
 気さくなドクターが謁見の間にいたヴァリナーに話しかけてきた。
「どうした」
「いや、リディア嬢があんたに会いたいって言ってるからね。例のトレーニングルームで」
 そう言われてヴァリナーは思い出した。いや、忘れていたわけではない。彼女は一人ででも特訓できるだろうと考えて、放ったらかしにしておいた。
 あれからまた、五日が経っている。
「そうか。では成果のほどを見せてもらおうか」
 優秀な教え子を持つことの喜び。
(久しいな。かつては私も何人もの弟子を持っていた『マスター』だったのだな)
 だが、これほどの教え子はいない。
 自分の最愛の女性だった人物も、ここまでの魔力を持っていたわけではない。
 自分と対等な魔力の持ち主はあの忌々しい『マジックマスター』のみだ。
 このエウレカを落とすわけにはいかなかった。このPLUSが落とされたなら、カオスはただちに他の世界への侵攻を始めるだろう。
 だからこそ、長い時間をこの世界で過ごした。カオスの暴走を食い止めるために。
 機械大陸は滅んだ。
 次はこの魔法大陸。その最後の拠点、エウレカ。
(いよいよ終わりの時が来たようだな)
 もちろんエウレカが滅びるという意味ではない。逆だ。
 カオスを倒し、残った十六の世界全てを安定化させる。
 そのためにも、リディアの力は必要だった。
 代表者にして、幻獣に愛されし者。そして『魔法に愛されし者』。
 あれだけの魔法を、あの歳で、どうやって身につけたというのか。昔の自分に比べて圧倒的に強い。
 その彼女がどれだけの力をこの五日間で手に入れたのか。
「陛下」
 トレーニングルームに入ったヴァリナーを、緑色のローブのあちこちが破れ、ほつれさせてしまっていたリディアが迎えた。
 だが、その顔には生気が満ち溢れており、充分な成果を出したということが一目で分かった。
「成果はあったようだな」
「はい。今までと違い、自分の力を効率的に使えるようになりました」
 瞬間的に魔法を使うというのは、それだけ精神力を必要とする。本来ならば呪文を唱えて魔力を高め発動するのだが、その時間を一瞬に切り替えてしまうのだから、それに必要な精神力はおよそ倍、もう少しするかもしれない。
「では、見せてもらおうか」
 リディアは頷くとサークルに入った。
 途端、全方位から大量の魔法が放たれる。
(なに?)
 これは、一分六十魔法のレベルではない。
 一分二百魔法ですらない。
(いったい)
 設定を見る。
 そこには。
(一分──六百)
 愕然とした。
 一秒に十の魔法を放つ。その奥義に達したのは自分が百歳をすぎたころだっただろうか。
 それを。
 この少女は、まだ二十にならない程度の若さで、もう到達したというのか。
 彼女はサークルの中で微動だにしない。ヴァリナーと同じように指だけを動かしている。おそらくは彼女にとってはもう、それすら必要ないだろう。ただその方が集中しやすいというレベルのものだ。
 そして。
 見事に、六百の魔法を防ぎきった。
「──見事」
 としか、言いようがなかった。
 サークルに向かって放たれる魔法は本当に威力を最弱にしている。したがって、六百の魔法とはいえ、一つの魔法にかかる力などほとんどない。その意味で、魔力容量自体は高くなくても六百の魔法を放つことは不可能ではない。
 だがその六百魔法を一分間で放つことができる術者が、全ての世界に何人いるだろうか。
 おそらくは、三人しかいない。
 自分と、マジックマスター、それに彼女。
 間違いなく、彼女は自分に次ぐ能力を示したのだ。
「いかがでしたでしょうか?」
 強い彼女は、その生命が輝いているかのように綺麗な笑顔を見せた。
「正直なところをいえば嫉妬している。それだけの魔力が昔の私にあれば、と思う」
 それは正直なところであるが、正直でないとも言える。
 今さらヴァリナーは『一番の術者』の称号などどうでもいいと思っている。
 国王としてはカオスを倒すこと、魔術師としては真理を探究すること。
 その二つだけが自分にとっての重要事項なのだ。
「合格ですか?」
「それだけの高速真言を持つならば、このトレーニングにそれ以上の意味はあるまい。よくやった」
 リディアは子供のように、褒められたことで大いに喜ぶ。
「ならば次は、魔力容量のトレーニングに移ろう」
 ついて来なさい、とヴァリナーは身を翻してトレーニングルームを出る。
 魔法の速度自体はたいした問題ではない。それこそ訓練期間があれば充分に速度を上げることは可能だ。だが、魔法容量についてはそうはいかない。当然ながらレベルアップが必要になる。
 だが、それも訓練次第で今以上に上げることは容易だ。
 実際のところ、魔法容量、俗に言うマジックポイントの原理というのは分かっていない。十六ある世界のいずれにしても魔法というものの属性が異なるのでそれは仕方のないことだ。
 たとえばフィールディでは魔女の力を似せて使うドロー魔法というものがある。あれはマジックポイントと関係なく、自分の体内に放てる魔法をストックするという不思議な仕組みをしている。
 ほぼ全ての世界で魔法のあり方が異なるのは、その世界に存在するクリスタルシステムが異なるからだ、とヴァリナーは判断している。
 その世界に魔法が存在するかどうかはクリスタルの力がいかにその世界に満ち溢れているかによるのだ。
 フィールディの例でいえば、天、海、地のクリスタルの共鳴が魔女というものを生み出したのだろう。逆にリディアやヴァリナーのような者は魔法をストックするという考え方に立たない。自分の体内にあるマジックポイントを消費して放つ。
 では、そのマジックポイントの正体とは何か。それは血液中に存在する『マナ』である。
 血漿や赤血球と同じように、血液の中に存在するマナは魔法を使うたびに消耗していく。もちろん回復はするのだが、その回復力には個人差がある。
 例えばアスピルという魔法があるが、あれは魔法をかけた対象からマナを奪い取っているのではなく、マナを回復させるだけの力を奪い取っている、と考えた方が正しい。
 そして魔法の使用回数を増やしたいのならば、そのマナの量を増やすか、その回復量を増やすか、どちらかしかない。
 もちろん、マナの量には限界がある。レベルアップと共にマナの量は増えていく。だからマジックポイントも増えていくように感じる。だが、その増加量は微々たるものだ。単純に、今の倍のマジックポイントを持ちたいのであれば、単純計算でレベルを倍にしなければならない。それは不可能だ。
 ではどうするか。簡単なことだ。何度使ってもすぐにマジックポイントが回復できるように体を鍛えればいい。
 そのためのトレーニングルームがここだ。
「これは、何ですか?」
 その部屋には人間が一人入れるカプセルと、そしてプラグが何本も差し込まれたヘルメットが置いてあった。
「それを被りたまえ。そしてカプセルの中に入る。説明はその中で受けられるようになっている」
 リディアは頷くと指示に従った。すぐにそのカプセルに入る。
(少し荒療治だろうか)
 時間がないことは確かだ。短期間でレベルを上げるには手段を選んでいられないのも確かだ。
(だが、これだけの力のある娘だ。きっと、この特訓もこなしてみせるだろう)
 それはある意味では、確信と呼べるものであった。






『connect...O.K.』
 ヘルメットの内側に映像が出る。
 カプセルの中には座席があり、座るとそこに正面にハンドルが一つと、左右にレバーが一つずつ備えられていた。
『マナの回復法』
 続けてヘルメットの内側に見える画面に文字が表示される。
(マナ?)
 だがその言葉の意味は理解した。どうやらマジックポイント、精神力のことのようだ。
『マナの回復には、いくつかの方法があります。
 第一段階として、正しい呼吸法による単純回復力をアップします。
 口は閉じ、鼻で呼吸してください。三秒吸い、六秒吐いてください。はじめます。
 一、二、三』
 リディアは言われたままに行う。
『一、二、三、四、五、六。続けます、一、二、三。一、二、三、四、五、六』
 十サイクルほどもすると、何故かひどく息苦しくなってくる。
 そして呼吸サイクルと同時にもう一つの声が重なってくる。
『大気中の空気を吸い込んだとき、その中にあるマナの回復役ともいえる微量のネオン原子が吸収されます。早く呼吸するとネオンが吸収される前に体外に出てしまいます。このペースを持続してください』
 言っている意味は今ひとつ分からなかったが、とにかく指示された通りに行えばいいと判断し、ただひたすらに呼吸を繰り返す。
 やがて、指示が追加された。
『続けて、第二段階に移ります。体内のエネルギーを魔力変換いたします。まず、マナの力を一旦ゼロにまで落とします』
 直後、急激に魔力を奪われる感覚に襲われた。というか、今まで体内にあった魔力が根こそぎなくなっていた。
『では、回復する方法です。まず、呼吸法によりネオンを取り入れてください』
 指示に従って呼吸し、微かにマナを回復する。
『次に、取り入れたネオンを分解し、そのエネルギーによってマナを回復させます。
 ネオン核分裂により、中性子エネルギーによってマナを回復させます。ですが、気をつけてください。失敗した時は命に関わります。
 一度成功すれば、今後は無意識にネオン核分裂を行うことができます。行いますか?』
 そこまで脅しをかけられればさすがに恐怖が勝ってくる。
 だが、ここで退くわけにはいかない。自分は強くならなければならないのだから。
「やるわ」
『確認しました。では、ネオン原子を分裂させます。術者が行うのは核分裂の際に発生する放射性物質を中和することです。少しだけ回復した魔力で、放射性物質を包み込むようにイメージしてください。少しでも綻びが生じると、放射性物質があなたの体を焼くことになります』
 それがどれほど恐ろしいことなのかはリディアには分からない。だが、命に関わるというのは先ほども聞いた通りだ。
『ネオン原子は脳で分裂します。それでは、始めてください』
 集中する。
 そしてネオン原子が分裂する──






 一時間が経過した。
 だいたい、トレーニングが終わる時間帯である。
 ヴァリナーはさすがにこの部屋から離れるようなことはしなかった。彼女はきっと無事だ。だが、そう思えば思うほどに不安もまた募ってくる。
 せっかく手に入れた優秀な跡継ぎが、こんなことで亡くなってほしくない。
 その祈りが通じたのかどうかは分からない。だが、カプセルが開いて、元気よく出てきたリディアを見れば一目瞭然であった。
「さすがだな」
 正直な感想を述べる。そしてリディアは「ありがとうございます」と答えた。
 マジックポイントが完全に回復していた。同時に、呼吸法によってそれが全く減らず、むしろ少しでもマジックポイントが減るようならば、自動的に回復するようになっている。
「よろしい。これだけの力があるのなら、最後の戦いでもリディアさんの力は必要となるでしょう」
「ありが──」
 彼女が答えようとしたときのことである。
 爆発音と同時に、この建物が全体的に揺れた。
「なにごとだ?」
 ヴァリナーが廊下に出ると、あわてて一人の男性が到着したところだった。
「陛下! 敵襲です!」
「なに? マジックマスターめ、まさかそういう手段に作ってくるとはな」
 だが、肉弾戦となればこの国王に出番はない。ならば、魔法勝負とならざるを得ないだろう。
「急ぎましょう!」
 リディアが先に立って、正面門へと急ぐ。
 そして彼女は見た。
 たった一人でそこに立ち尽くしている剣士の姿。
 あれは。
 あの姿は。






「……スコール?」






146.魔女の子

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