戦うことに意味はなかった。相手を倒すことはできないし、自分が倒されることもない。
 だから勝負はこのエウレカ。世界の全てをこのエウレカで支える。
 それができれば自分の勝ち、できなければ負け。
 それは自分も相手も、お互いよく分かっていることだった。












PLUS.147

魔術の王







magicmaster






『地竜の爪』を操り、レイラによって戦うことを厭わなくなったスコールの強さはまさに『反則』であった。
 強大な衝撃波が何度もリディアを襲う。それを逸らし、回避するが、一撃を受ければその時点で即死だろう。
 城自体はヴァリナーが即時にめぐらせた強化バリア=結界でこれ以上破壊されることがないようになっている。それはつまり、リディアも最強奥義をどれだけ使っても城が壊れる心配をしなくてもいいということだ。
 もちろんスコールを殺すわけにはいかない。だが、殺すつもりでかからなければ止めることは難しいだろう。手加減をしていてはこちらが逆にやられる。
 リディアは頭の中でイメージをめぐらせる。その一瞬で、スコールの体にサンダガの魔法が落ちる。
 だが予想通り、レイラによって魔法耐性をつけられているのか、さほどのダメージを受けた様子もない。すぐさま地竜の爪からの衝撃波が襲い掛かってくる。高速真言を唱え、すぐにその衝撃波を吸収して受け流す。ここ数日の特訓により、自分に対する攻撃の受け流し方は完全に身に着けている。
 魔法使いの弱点は肉弾戦に弱いということだ。だからこそ、その弱点は自らの力で克服しなければならない。
 このままロングレンジで戦っていればリディアに負けはない。いかなる攻撃でも自分は受けない自信がある。だが、ゼロレンジまで迫られたならば、それを回避する手段がリディアにはない。だからこそ、このままの距離を保って戦いを継続したいが、そういうわけにもいくまい。
 スコールが動こうとするたびに、リディアは連続魔を放ってその足を止める。たとえダメージが小さくとも、少しずつ蓄積していけばいずれはスコールの方が動けなくなる。
「スコール、聞こえる?」
 リディアは呼びかける。
 現在のスコールがどういう状態なのかを確認したい。
 自分のことを覚えているのか、忘れているのか。
 操られているのか、自分の意思なのか。
 何でもいい。ほんの少しのきっかけでいい。スコールを『攻略』する手がかりがほしい。
「初めて会った時のことを私は覚えている」
 F・H。世界中の情報が集まる場所を私は活動拠点に選んだ。そして世界を渡ってきたレノとイリーナに、唯一居場所を確認することができた代表者エアリスの捜索を依頼。そこにやってきたのがカインと、そして──
 誰よりも綺麗な男の人に出会った。
『自分が『代表者』たちを支援しているバラム・ガーデンのリーダー、スコールだ』
 透き通った声。でも、どこか刺々しくて、他人に対して壁を作っている声。
 他人を怖がっているのだろうか、と思った。
 だから、尋ねた。
 どこへ、飛んでいきたいのかと。
 スコールはどこか落ち着ける場所に行きたいと答え、リディアは明確な答を持たなかった。
 だが、今なら分かる。
 自分の還る場所はひとつしかない。
「誓いの血の味を私は覚えている」
 誰よりもほしいと思った。
 好きだと伝えて、その体も心も自分のものにしたかった。
 そんな感情が自分の中にもあるのだと初めて知った。
 好きだと、傍にいたいと言ってくれた時の喜びを。
「思い出して」
 忘れているのならば。
「私は、世界よりもあなたが好きだから」





「勝てると思ってるの?」
 レイラは挑発的に笑う。ヴァリナーは動じない。ただ、じっとその『子供』の顔を見つめる。
「マジックマスターを倒すことができるアタシたちに勝てるわけがないじゃない。だって、もしヴァリナーにその力があるなら、とっくにやっていたことだもん」
 そうでしょ、とレイラは尋ねてくる。
「試してみるといい」
 だが、ヴァリナーは落ち着き払ったものだった。まるでこの敵を相手にもしていないかのような。
「随分強気だね。だったら、行くよ」
 レイラは言うなり魔法を『唱える』。
「アタシの最強奥義、耐えられる? トリプルスター!」
 レイラの前に三つの星が輝く。収縮されているが、その一つ一つがアルテマ級の魔力を蓄えているのが分かる。そして、閃光となってヴァリナーへ向かった。
「やれやれ、それにしてもとんでもないことをしてくれたものだ」
 ヴァリナーはレイラの魔法攻撃を難なく消滅させた。
 身動き一つしない。呪文を詠唱した形跡もない。
 ただ念じただけで、その魔法は綺麗に分解され、跡形も残らなかったのだ。
 それを見たレイラが目を丸くした。
「うそ」
「嘘などではない。たかが十歳程度の魔力、どれほど強かろうと私の敵ではない。ほら、返すぞ」
 返す?
 レイラは何を言われたのかが分からなかったが、すぐに理解することとなった。
 ヴァリナーは全く動かず、全く詠唱もせず、目の前に『トリプルスター』を生み出す。
「少し、足りぬか」
 さらにもう一つ、二つと数を増やしていく。
 徐々にレイラの顔が青ざめていく。
 その数はやがて、二十に達した。
「うまく受けろ」
 冗談ではない。
 そんなものを受けたならば、その時点で消滅する──
「キャアアアアアアアアアアアアアアッ!」
 二十の輝きがレイラを貫く。
 さすがに全ての魔法を極め、いかなる魔法でもコピーすることができると豪語するだけの力はあった。
 圧倒的な実力の差。
 それをレイラはまざまざと見せ付けられたのだ。
「世界征服など夢にすぎん。お前が考えているほど世界は甘くない」
 そう。十六ある全ての世界で魔法を極めた自分とマジックマスター、それに次ぐ実力を持つリディア。それほどの力はレイラにはない。
 大きなダメージを受けながらも、なおもレイラは生きていた。わざと急所を外したのだ。それがレイラには分かっていた。
 屈辱だった。
 だが、いかんともしがたい実力の差を埋めることはできないことも、また分かっていた。
「でも、マジックマスターは倒せたのに」
「スコールの力を借りてな」
 ヴァリナーはレイラを敵視などしていなかった。レイラの力は実際強くない。問題は地竜の爪を持っているスコールの方だ。
 そしてもうひとり。自分の生涯でふたり目の好敵手。
「私は一万年の時を生きてきた。その間にさまざまな真理を見つけ出した。長く生きているのは人間の体をしている方が都合がいいからだ。だが、この体を捨てても私の魂が死ぬことはない。その程度のこと、やはり年齢を経なければ分からぬか」
 レイラは何を言われているのかが分からない様子だった。
「どういうこと?」
「力を極めた魔術師に生死の概念はない。本当に倒したいと思うのなら、完全に相手を消滅させなければならない。その魂を完全に砕き、二度と復活ができないようにしなければならない。お前にその概念はないだろう。しかもわざわざエウレカに運び込んでくれるとはな。媒介があればいくらでも復活は可能だろう。いい加減にしろ、ダーク。いつまで『死んだふり』をしているつもりだ」
 その言葉と同時に、床に捨てられた生首が動いた。
 一人でに起き上がり、首がヴァリナーとレイラの方を向く。
「ふふ、さすがに貴様は騙せなんだか」
「そこの小娘と一緒にしてほしくはない。千年以上戦った間柄だ。お前のことはよく分かっている。マジックマスター・ダーク」
 ダークと呼ばれた生首はにやりと笑った。
「ふん、呪文の詠唱をしなければならない子供相手に本気になどなれぬよ。まあ、そっちの竜の剣を使う若者には参ったが、余を消滅させるほどの力ではないな」
「何を言う。どうせわざと斬られて、ここに入り込もうとしたのだろう?」
 レイラの目が丸くなる。
「さすがに分かる者には分かるな。その通り、この子供はエウレカに行くつもりだと言っていたのでな。その懐に入れさせてもらおうと思ったまでのこと」
「そうだと思った。利用されたな、レイラ」
 完全にレイラは茫然自失といった状態であった。
 自分の力を信じ、一人で世界に喧嘩を売ろうとした少女。
 だが、その世界はあまりに強かった。
 それを目の当たりにしたというわけだ。
「決着をつけにきたというわけか、ダーク」
「さすがに余も、いい加減にこの城を攻め落としたいと思ったのでな。バリアを破ることができればよかったのだが、お主のバリアを破るのは至難の業だ」
「よく分かっているな。完全な秩序のもとに組み込まれた防御パターンを破るのは、カオスに属するお前には決してできまい」
「そう。だから非常手段に頼った。中に入ってしまえばこちらのもの」
 すると、その生首から霊魂が投出され、人の形を取った。
 黒のローブに身を包んだ老人。だが、その体は霊体なだけあって、どこかかすんで見える。
「余を消滅させることができるか、ヴァリナー」
「昨日までならできなかった」
「今日ならできる、と?」
「ああ。私の準備は整った。たとえ刺し違えてでもお前を止める」
「やれるものなら、やってみるがいい──!」





 そして。
 かつて誰も想像したこともない魔法戦が始まった。





 レイラは、そのふたりの力が人知を超えているということを悟った。
 ふたりは一切動かない。ただ視線だけをまっすぐに見据えて、相手の隙をさぐろうと神経を尖らせている。
 その間にも、二人の間には無数の光が点灯しては消えていった。それらはすべてふたりが生み出した魔力同士のぶつかりあいだ。
 レイラならばその一回を防ぐこともきっとできない。
 悔しかった。
 マジックマスターの城で戦った時、相手は自分の力を正確に把握した上で、わざと負けるように手加減をしたということになるのだ。
 許せなかった。
「スコール! 早く、マジックマスターを倒して!」
 レイラが叫んだ。その瞬間、リディアと対峙していたスコールは主の下へと戻る。
 地竜の爪を握るスコールの姿はヴァリナーにもダークにも分かったが、そちらに集中を振り分けるわけにはいかない。何しろ、ふたりとも目の前の敵から注意を逸らすわけにはいかない。それほど実力が伯仲していたのだから。
 だが。
「……ぐ」
 スコールはその場で膝をついた。
 地竜の爪の使用限界は既に過ぎ去っていた。何度もリディアに対して衝撃波を放った結果、既にスコールは体力の限界をはるかに超えていたのだ。
「役立たず!」
 ぱん、とレイラはスコールを叩く。すまない、とスコールが呟く。
「いいわ。私の力はまだ及ばない。それなら、もっと強い力を手に入れるんだから!」
 レイラはスコールの手を取って呪文を詠唱した。リディアが「待って!」と声をかけたが、スコールが振り向くこともなく二人の姿が転移魔法の光に消える。
(スコール)
 だが、嘆くのは後でいい。
 今は、目の前のマジックマスターを倒すことが優先だ。
 ふたりはなおも魔法を放ちあっている。今は自分もそれがどれほどに高度なものなのかが分かるレベルに達している。
 ならば、ヴァリナーの援護もできるはずだ。
 高速真言で黙示録砲を生み出す。一秒とかからずアポカリプスの魔法が照射された。
 魔法戦のバランスはあっけなく崩れる。横から放たれた黙示録砲の攻撃がダークに直撃。均衡が崩れたところにヴァリナーの無数の魔法がダークを粉々にした。
 はずだった。
「くく、その程度の攻撃で余を倒せると思ったか」
 だが、ダークは全くの無傷だった。
 それも当然だ。何しろダークは霊体。いかに肉体的ダメージが重なろうと、魂が消滅することはないのだ。
「さあ、二人まとめて葬ってくれる!」
 ダークの魔法が、ヴァリナーの結界内に満ち溢れた。
「コラプス!」
 崩壊の魔法が二人の体に襲い掛かった──






148.魔力の渦

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