何故、出会ったのか。
 普通に暮らしていたら、決してめぐり合えなかった相手。
 だとしたら、自分たちはこの数奇なめぐり合わせに、感謝しなければならないのかもしれない。












PLUS.150

名前のない世界







I go to hell with you






 もちろん、手の打ちようがないからといって何もせず諦めているような一行ではない。戦力外となっているバトルメンバー三人は仕方がないとして、頭脳労働担当のブルーはこの世界からの脱出方法を探し続けていた。
 単純に考えるなら、代表者の世界間の道をつなげる能力を使うのが一番だ。だが、ここがどこなのか分からなければ道のつなげようがない。明後日の方向に向かって道をつなげるわけにはいかないのだ。
 方向さえ定まってしまえばいくらでもやりようはある。道をつなげることが難しいのならアセルスの半妖の力を使って強引にこじ開けることだってできる。だが、いずれにしても元の世界、第九世界PLUSへいたる道が見えなければ何の意味もないことだ。
 ここが滅びた二五六世界の一つであることは既に想像の範囲内だった。カインもティナもアセルスも、この感覚が揃ってエデンの時と同じだというのだ。だとすれば結論は一つしかない。ここは滅びた世界なのだ。
 十六世界のことならばブルーにもある程度のことは分かる。ヴァジュイールの力を借りて自ら世界を渡ってもいる。いくらでも道はつなげることができた。
 だが、自分にとっては未知ともいえる二五六世界ではまさに『手の打ちようがない』のだ。
 そこでブルーが努めたのはこの世界の情報収集である。このコンピュータたちを起動させ、情報を解析し、ここがどこなのかを割り出す。いずれにしても五次元空間のどこかにあるはずの世界なのだから、場所さえ分かればいくらでも方法はある。
 ブルーがコンピュータをフル稼働させて解析している最中のことだった。
「よっ。どうだい、調子は」
 椅子に座って画面とにらめっこしているブルーに声をかけてきたのはアセルスだった。
「まあ。三次元世界の機材で五次元世界を解析するわけだからね。何日単位の計算になるのは間違いないよ」
「そっか。ま、そこまで真剣に急がなきゃいけない理由もないわけだし」
 アセルスもその画面を見るが、何を書いてあるのかが分からず、お手上げと画面から離れた。
「でも、エアリスの容態も気にかかる。長くてもあと半年と言われたわけだし、このままここに何ヶ月も、なんていうことになったら」
「確かにね。それに、カオスが世界を重ね終わるまで、あとどれくらい?」
「そっちはまだゆとりがあるよ。今日、明日っていうわけじゃない。短くても一年はある。僕たちがPLUSに戻ってカオスを倒すのに充分な時間だ」
「オーケイ。ま、そういうことならまだ焦る必要はないね」
 そして二人がディスプレイに次から次へと流れていく文字の羅列を眺める。
 しばらく無言の状態が続いたが、やがてアセルスが口を開いた。
「なあ、ブルー」
「なんだい」
「私、三体目を、支配下に入れたんだ」
 ブルーは口には出さず頷く。
 そう。それはきちんと話をしなければいけないことだった。
「そうだったね」
「ああ。だから約束どおり、朱雀を私に預けてほしい、んだけど」
 そこで一区切り。そしてアセルスは真剣な表情で言った。
「その儀式は、カオスを倒してからでもかまわないかな」
「アセルス?」
「人間には戻りたいんだけど、冷静に考えると今の戦いにはこの半妖の力は不可欠だからさ」
「でも、あんなに人間に戻りたがっていたのに」
「今となったら、いつやっても同じだろ?」
 強気で言うアセルスだったが、同時に裏側には恐怖もあった。
 冷静に考えて、今は人間の弱い体でいるよりも半妖のままでいた方がいいと判断したのは事実で真実。だが、同時に最後の儀式に生き残ることができる確率が低いのも理解しているのだ。
 まだ、ブルーと一緒にいたい。
 せめてこの戦いの間だけでも。
 そう思ったことは、多分相手には伝わってしまっただろう。
「そうか」
 だからその話を切り出すのに十日もかかってしまった。ブルーもその日数を改めて考えなおしたのか、少し考えてから言う。
「安心しろ、アセルス。僕は君を必ず人間に戻してみせる。けど、本当に君はいつだって」
 ブルーがため息をつく。少しあきれているように。こういう態度を見せる彼は珍しい。
「どうして僕がいないところで、そうやって実行していくんだ。オルロワージュの時はともかくとして、エデンのときもレオンのときも、どうして僕が来る直前に全部自分で解決してしまうんだ」
「え、だって」
「君はこの間、僕に何も言わせてくれなかったけれど」
 ブルーは椅子を引いて立ち上がる。
 長身、というほどではないにせよ、アセルスとでは頭一つ分くらいはゆうに違う。ああ、やっぱりブルーは男なんだなあ、と思った瞬間であった。
「……ちょ、ブルー」
 彼女の体は、彼に抱きすくめられていた。
「君が人間に戻るまで、その言葉は言わない」
 ブルーは強く彼女の体を抱きしめる。
「でも、これが僕の気持ちだ」
 もう彼女の気持ちは充分に理解していた。
 半妖である彼女は時間の流れが自分とは違う。
 このままでは同じ時を生きることはできなくなる。
 だから、人間に戻る。
 人間に戻って、一緒の時間を生きるのだ。
「カオスとの最終決戦は近い。僕らが自分たちの世界に帰る日もそんなに遠い未来の話じゃない。だから、この戦いの間だけそのままでいるということは賛成だ。アセルスが生き残る確率が高くなる」
「うん」
「ただ、僕は君を必ず人間に戻してみせる。失敗なんかしない。僕のプライドと君への想いにかけて、必ず」
「馬鹿。まったくあんたはどうして」
 どこまでも真面目な男だ。
 本当に、自分にはもったいないくらいの。
(こういう考え方もどうかと思うけど、オルロワージュに感謝、なのかな)
 あの皮肉そうな顔が、ふん、と見下してくるのを思い浮かべる。
 アセルスは妖魔の血を得る際に、十三年の眠りについている。
 もしその期間がなかったらなら、今頃自分はとっくに三十過ぎだ。
 さすがに今と同じ感覚で恋愛をすることは、できない。
「ま、あんたがそうだから、釣り合いが取れてるのかもね」
「どういう意味だよ」
「あんたが恐ろしいくらいに恋愛は奥手だってことだよ」
 自覚があるのか、ブルーは黙り込んでしまう。くすくすとアセルスは笑った。
「ま、いいさ。それより──」
 話を変えようとした時である。
 二人の近くで、一瞬、世界が【歪んだ】。
 それがどういう現象だったのかは分からない。だが、確かに目の前の空間が、ねじれ、歪み、そして何か別の映像がそこに割り込んだような気がする。
「……今の、何」
「分からない」
 二人とも、全身が緊張していた。






 サラはいつもごろごろと猫のようにカインに懐いている。今もカインの膝の上で丸くなって寝転んでいる。
 隣ではティナがいとおしそうにサラの髪を左手でなでている。
 天空城、地獄からこっち、ずっと戦いの日々が続いていたので、たまにはこういう休息も必要だ。ティナはそのことを理解していたが、どうにもカインには居心地がよく、そして悪い。
 自分の罪は、まだ許されていない。
 そう。カオスを倒した時には、自分の罪がほんの少し、償えるだろうかと思っている。
 それまで自分に休息などは与えられないのだ。
「子供、好きなんだな」
 カインはふと思ったことを口にした。尋ねられたティナは綺麗に笑う。
「はい。大好きです」
「俺は苦手だ」
「知っています。でも、優しいです」
 ティナは知っている。ガーデンの時でも、カインは決して子供を疎んじたりはしていなかったことを。カインに近づいてくる者に対して、できるだけ怖がらせないように配慮していたことを。
「俺が優しい?」
「はい」
 ティナは当たり前だというように答える。だが、その基準が彼自身には分からなかったらしい。
「カインは、誰にでも心を配って、相手のことを考えて、行動します。誰よりも優しい人です」
「それは」
 違う、と言いたかった。
 自分はただ、セシルの真似をしていただけだ。
 彼のように行動することがリーダーにとって必要なことだと思っていたから。
「違いません。私はずっとカインを見ていたから、分かります。F・Hのことを覚えていますか? 私たち代表者のうち五人が揃ったとき、カインは同郷のリディアさんを気遣っていました」
「F・H……」
 そんなことがあっただろうか、とカインは思い出そうとするが、頭に出てこない。まあ、今までいろいろなことがありすぎたから忘れてしまっても仕方がないのだろうが。
「そういうところを見ていて思ったんです。スコールさんに、カイン。二人とも、周りを大切にしている人なんだなあって」
「俺は」
「違う、と言いたいんでしょうけど、私には分かります。無意識に行える人は、その心が優しい人です。それは自覚できません。周りが見て、分かることです」
 ティナの自信に満ちた言葉にカインは圧倒された。
 これだけ自分を持ち上げてくれるのはありがたいが、どうにも自分が褒められるというのは慣れない。いや、慣れてはいけない、のだろう。
「もしリディアを気遣っていたのだとしたら、それは俺の罪悪感がしたことだ」
「罪悪?」
「俺はあいつに、決して許されないことをしてしまった。それなのにリディアは許してくれる、と言った。そんな許しなどを欲しかったわけではないのにな」
 いっそ断罪してくれれば、と思う。
 もっと自分は地獄に落ちなければならない。犯した罪の重さに比べて、今のこの恵まれた環境はどうだろう。隣に愛する女性がいて、可愛い子供が(自分の子ではないが)いて。
 これ以上、もう何も望みはない。むしろこのような罰当たりな夢が覚めないものかといつも恐れおののいている。
「あいつの母親を殺したんだ。まだあいつは、七歳だった」
「……」
「国の任務を受けていた。知らなかったこととはいえ、あいつは俺を恨んで当然なんだ。それなのに」
「それは、リディアさんも事情を分かっていて、カインさんがそれを後悔しているのが分かっているからだと思います」
「そうなんだろうな。過去にこだわる俺と違い、あいつは大人だ。自分のすべきことはきちんと理解している。それに比べて」
 ティナは左手を、今度はカインの頭の上に置いた。
「私は、自分の好きなカインを、誇りに思います」
「そんな」
「いいえ。全ての世界の誰にでも自慢できます。私の愛する人は、全ての世界の中でもっとも素敵な人だと」
 そして、カインの頭をそっと抱き寄せる。
 その少女が片腕をなくしたのも、カインを助けるためだったのだ。自分のことなど気にせず、見捨ててしまえばよかったのに。
「カインの罪は、私の罪です。あの黒い部屋で、そう誓ったはずです」
「そうだったな」
「カインがリディアさんに対して申し訳ないと思っているのなら、それは私も同じです。私がリディアさんの母親を殺した。その罪と共に生きます」
「ティナ」
「私の覚悟はできています。カインと一緒に、地獄に落ちます」
 彼女の告白は、いつも過激だ。
 純粋に、好きだとか、愛しているとか、そういう話にはならない。本当に、体ごと、命ごと自分の感情をぶつけてくる。
 だから、自分もこの女性のことが好きなのだろうか。
 相手の心の奥深くまで、全てを共有しようとする、それだけの覚悟をもった女性。
 おそらく、金輪際永久にそんな女性は現れまい。
「だが、俺は」
「分かっています。あのローザさんとの会話は、私も全て聞きましたから。カインは私を一番に想ってくれているわけではありません。でも、私を選んでくれました。それは、カインが幸せを掴もうとしているからではありませんか」
 少し考え、そうかもしれないな、と納得する。
「私の存在がカインに幸せをもたらすなら、私は自分の命に感謝します。そして、カオスにも」
「カオス、にも?」
 カインは顔をしかめてティナを見つめる。
「だって、カオスが世界を破滅に導こうとしなければ、私はカインに会うことはおそらくありえませんでしたから」
 それを聞いて、思わずカインは吹き出していた。
「ひどいです」
「いや、すまない。だが、ありがとう。そうだな。カオスには感謝しなければいけないな。そうでなければお前に会うことはなかった」
「はい。でも、たとえ恩人でも倒さなければいけませんけど」
「仕方がないな。俺とお前が出会ったのも、すべてはカオスを倒すためだ」
 カオス。
 正体不明の存在。土・水・火・風のカオスに、マシンマスターと倒し、カオス本体との戦いは近くなってきている。
 そして、その声に導かれるようにして、カインの膝を占領していたサラが目を覚ました。
「起こしたか、悪いな」
 カインがその頭を優しくなでると、サラはにっこりと笑った。
 その時だった。
 三人の近くの空間が、奇妙に歪んだ。
 ほんの一瞬だったが、それははっきりと目に映った。
「今のは?」
 カインが尋ねたが、誰も答えられなかった。






「見つけたな」
 エウレカ、クリスタルルーム。
 ドクターの声にリディアが頷いた。時間はかかったが、ようやく見つかった。
 リディアがドクターとクリスタルの力を借りて、二五六世界に次々とアクセスを繰り返し、あとはドクターがその世界に代表者や変革者がいないか、その力の波動を探る。
 そうして探すこと、百と八番目。そこで見つかった。
「あとは、うまく道をつなげるだけだ」






151.赦す者たち

もどる