かつての仲間たちは、僕が弟と戦うことをよしとしなかった。
止められもしたし、愛想をつかされることもあった。
だが、自分には、自分とルージュだけには分かっている。
お互いが、お互いの存在を許せないということ。
何があっても、認められないということ。
そう、あれはまだ物心ついた時。
双子というものの忌まわしさを植え付けられたあの時から。
『見るがいい、ブルー』
世界の荒廃と、飢え、病み、呪われた人々の姿。
『これが、禁忌を破った者の姿だ』
双子は世界と人間を滅ぼす。そして、マジックキングダムを滅ぼす。
『どうすればいいのですか』
『簡単なこと。双子の片方を始末すれば、このような未来は訪れることはない。だが、お互いが殺しあわなければならない。より強い者が生き残らなければならない。それが定めだ』
『分かりました』
事あるごとに植えつけられていく、双子への憎悪。
キングダム以外でも時折双子を見ることはあった。見るたびに片方どちらかを殺したくなった。
何故、だなどと考えたことはない。
ただ、双子というものは世界の歪みであり、歪みを放置しておけば、いずれが世界そのものが崩壊してしまうのだと、そんなことを信じて疑わなかった。
今や、それが嘘であるということは承知している。
だが、幼い頃から染み付いた双子への忌まわしさは、消えない。
(マジックキングダムの呪いか)
そう。自分とルージュはやり直すことができる。それは理解している。
だが、そうすることはできないと、心の中の何かが否定している。
相手を。
PLUS.153
紅き死神
double red
「朱雀!」
ブルーがその名を呼ぶと、ブルーの体内にいた朱雀が鳥の姿で現れる。
「どうした」
「いや、お前にはこの戦いを見届けてもらいたい」
朱雀は少しの間、何も反応がなかったが、やがてその姿が人間の形に変化していく。
紅き鎧を着た青年の戦士。髪も、瞳も紅。
「そして、お願いがある」
「聞こう」
「もしも僕がこの戦いで倒されたなら、どうかアセルスを人間に戻す役割を引き継いでほしい」
朱雀はさすがに顔をしかめた。
「そういうことは、自分でするがいい」
「ああ、そうしたい。でもルージュが相手だからな。勝率は五分。それが分かっているからこそ、頼んでいるんだ。頼む。僕にとって最愛の、大切な彼女を、君の力で守ってほしい」
朱雀は険しい表情だったがやがて「分かった」と答える。
「だが、死ぬな。我が相棒よ」
「もちろん、死ぬつもりなんかないよ。何しろ、あいつには僕と違って待たせている相手がいないんだからね」
自分にはある。きっと今頃、アセルスは自分のために祈りを捧げてくれているだろう。
「負けられないのは僕の方だ」
そして、戦場へ向かって歩む。
二人は十歩ほどの距離を置いて対峙した。
「久しぶりだね、兄さん」
会話は、相手からあった。
「そうだな。それほど時間は開いてなかったような気はするが、久しぶりのような気がする」
「ふふ、違う、違うよ、兄さん。兄さんは覚えていないだろうね、何しろ僕だって思い出したのは、この力を手に入れてからなんだから」
ルージュが不気味に笑う。何か、今までとは違う、得たいの知れない力を感じる。
「何をだ?」
「僕らがまだ五歳の頃のことだよ。思い出さないかい? 僕らはその年齢にして魔法に関するさまざまな知識や技術を手に入れていた。もちろん、同年代のキングダムの子たちはまだ魔法なんて使えないような頃だ。そのとき、僕らは出会った。たった一度だけ。覚えてないかい?」
突如。
ブルーの頭の中に、高速で蘇ってくる記憶があった。
(あれは──)
そう、まだ五歳の頃。
同年代どころか、大人でなければ自分の魔法知識に太刀打ちできないくらいだった自分と、唯一互角に会話をすることができた同年代の子。
自分によく似た、赤い瞳を持つ子。
「あれは、お前か、ルージュ」
そうだ。確かに覚えている。
魔法のことをたくさん話した。自分と同じ力、自分と同じ知識を持つ者は他にいなかったから。
「思い出したかい、兄さん」
「思い出した。そうか、お前があの時の子か」
正直、自分の力は間違いなく一番だと信じていたのに、その自分と同じだけの力を持つ者がいたことに驚愕した。それはおそらく、相手も同じ。
同じようにキングダムに育てられて、同じような力を身につけ、同じように成長していった。
その中で、キングダムが何を考えたのか、一度だけ自分たちを合わせた。
それが、あの時だ。
「正直、僕は驚いたよ。あの時は兄さんだっていうことは知らなかったわけだけど、当時の僕は既にキングダムの大人たちと同じだけの力を持っていた。それと同じ力を持つ同年代の子なんていると思っていなかったから」
「それは同じことだ。キングダムも酷なことをする。自分のライバルを子供のうちから刷り込ませていたということか」
だが、いずれにしてもそれは過去の出来事。
自分たちは、今を生きる者なのだ。
「ルージュ。この間はどうして引いた?」
前から気にしていたことだった。少なくともこれまでのルージュであれば簡単に引き上げるということはなかったはずだ。
「簡単なことだよ。確実に勝てるという見込みがなかったからさ」
「それはいつだって同じだろう。僕とお前とでは力は全く変わらない」
「いや、違うよ。この間から僕はレベルアップした。それも、桁が変わるくらいにね」
また、いつもと違う笑み。今までも不気味さはどこかに持っていたが、それとは違う、正体不明の微笑み。
「この間、僕はあのバラムガーデンで、二つ、大切なものを手に入れた。その一つが、これさ」
ローブの中から取り出したもの。それは、ベージュ色に光るオーブだった。
「それは──」
「制御装置、といえばいいかな。ガーデンが飛行するのに使っている浮遊システムの原動力さ。これと同じものがガルバディアにもトラビアにも組み込まれている。とにかく僕はこれが必要だった。だから邪龍で攻撃すると同時に、このオーブを手に入れた。浮遊システムが停止したのは別にこれが破壊されたからじゃない。このオーブを僕が手に入れて、ガーデンから持ち出したからだよ」
「何故だ」
「こうして時空を自在に渡る能力が手に入ったのはこの力を応用しているからだよ。このオーブにはとにかく巨大な『力』が込められているのさ。だから使い方次第でこうして二五六世界のどこへでも移動できたり、ガーデンを制御したり、さらには──僕の中の『混沌』を封じることだってできる」
「──混沌?」
カオス、と瞬間的に言葉が変換される。
「そうさ。僕がもう一つ欲しかったもの。それは、混沌そのもの。兄さんを上回る力があのバラムガーデンにあった。それを取りに行ったんだよ。混沌の力を手に入れ、このオーブでそれを制御する。時間はかかったけど、ようやく完全に使いこなせるようになった」
「カオスの力を我が物とした、というのか」
「正確にはカオスの力のほんの一部、だよ。アビス、って知っているかな、兄さん。あの眠れる少女、サラの心臓に寄生していたのがアビス。そしてゼロという少年がそのアビスを引き連れてサラの目を覚ました。それは知っているよね」
「ならば、お前は」
ぞくり、と背筋が震えた。
「そう。食べたんだよ、ゼロの心臓を。くふふ、美味しかった。これ以上美味しい御馳走はなかったよ。何しろ、一口ごとに僕の力が膨れ上がっていくのが分かる。そして、全てのアビスの力を取り込んだのが今の僕──これさ」
瞬時に、ルージュの姿が変化した。
美しい金色の髪は漆黒に染まり、同じ黒の翼がその背に生え、体も一回り大きくなる。
「アビスの力を手に入れた僕の力、思い知らせてあげるよ、兄さん」
「ルージュ」
その、完全に変わりきってしまった弟を見て、ブルーはため息をついた。
「醜いな」
その素直な感想に、ルージュの片方の眉が上がる。
「なんだって?」
「醜い、と言ったんだ。お前は僕に勝つために努力は惜しまなかった。でもそれは自分の力をどれだけ高めることができるか、というものであって、自分そのものを混沌に売り渡すことではなかった。自分を捨てる覚悟があるんだったら、そもそも僕と戦う必要なんかなかった。お前は、結果だけを考えて、手段を選ばなかった。それが醜い、と言っているんだ」
「奇麗事を。それなら兄さんは僕に勝てなくても、こんな力はいらないっていうのかい?」
「ああ、いらない。何故なら僕は、アセルスを幸せにしなければならない」
そう、それがおそらくはルージュとの決定的な差。
待たせている者がいる限り、自分は決して、自分を辞めることはできない。何しろ、アセルスは自分と一緒にいるためだけに、人間に戻ろうとしているのだから。
「それで僕に勝つつもりだっていうんなら、考えを改めた方がいい。僕らの決着は力で着くんじゃない。知恵くらべだ。それくらいのことは分かっていると思っていたんだけれどな」
正直、残念ですらある。
このルージュと戦うということは、自分の命をかけた何にもかえることができないもの。
それを単なる力比べにはしたくない。お互いの魔法をどれだけ駆使し、どれだけ相手の裏をかけるか、そういう勝負であってほしかった。
だが、こうなってしまっては仕方がない。
──倒すだけだ。
「なら、試してみるかい、兄さん」
くす、と笑ったルージュの魔力が一気に膨れ上がる。
「僕がどれだけ、強くなったかを!」
紅い瞳が輝く。それだけでブルーの周囲で爆発が生じた。
それを予測していたブルーはバリアを張って防いだが、今までよりもルージュのレベルは確かに上がっていることを確認した。
(問題は、僕がどこまで防げるかだな)
今のは小手調べどころか、単なるウォーミングアップといったところだろう。
そう簡単に勝てる相手ではないということは分かっている。
そして、こちらは十日間以上体力の回復に努めてきた。
最初から全力を出しても大丈夫。まずは相手の力量を見極めなければならない。そのためには、現状の力のままでは倒される可能性が高い。
ならば、自分の力をまず、上げる。
「覚醒!」
自分の全能力を向上させる魔法。だが、持続時間が短いのが問題だ。
その短い時間の中で、相手の能力を丸裸にする。
さらに、
「光の剣!」
さらに能力がアップする魔法に加え、その手に剣を生み出す。
「それだけ能力をアップさせれば、僕にかなうと思ってる?」
ルージュは笑って、右手の人差し指を立てる。
「何をやったところで、僕にはかなわないよ、兄さん」
その指から、紅い光線が様々な軌跡を描いて迫る。
魔力のバリアで、あるいは光の剣でそれらを打ち消していくも、その数があまりに多い。
「くっ」
これもまだ相手のウォーミングアップか。
だとしたら、その力の差は歴然としている。
(まずいな)
勝ち目どころの騒ぎではない。ルージュが本気で魔法を唱えた瞬間、自分は消滅する。
ルージュにとって、これは決着をつけるとかいう問題ではない。
自分をいかにして料理するか、ただの遊びだ。
(なるほど、ルージュがあそこまで言うだけのことはある)
正面から迫る光線を回避し、逆に魔法を放つ。
「ヴァーミリオンサンズ!」
と同時に駆ける。
魔力でかなわないのなら、後はもう決まっている。
剣で攻撃をかける。それで勝負を決めるのが一番だ。
「甘いよ、兄さん」
その魔法はあっけなく打ち消される。だが、もはやブルーは間合いに入っていた。
「無拍子!」
間合いに入ったと同時に、瞬時に相手の体を切り裂く。相手が身構えるより早く攻撃をかけ、防御動作に入らせず、確実にダメージを与える剣技。スピードを追求するため、威力こそ少ないが、確実にダメージを与えることはできる。
ルージュの胸から、鮮血が舞う。
「剣なんて使えたのかい、兄さん」
「たしなみだ」
光の剣をさらに構える。
確かに術者が剣など普通は使わない。だが、最悪の場合に自分の身を守る術は心得ておくべきだった。だから、この光の剣を使いこなせるようになろうと思った。
「でも、まあ、それくらいのことはやってもらわないとね。本気はこれからなんだし」
それほどのダメージというわけでもなさそうだった。もちろん、こちらも様子見だ。この程度で倒せる相手だったら始めから苦労はしていない。
「さてと、まずはその邪魔な剣からいこうか」
ルージュは右の掌を開いて、その剣に向けた。
「アビス・アーク!」
強烈な波動が一瞬でその剣を霧消させる。
(馬鹿な)
全く、見えなかった。これは、以前に使っていた『ドラゴンズ・アーク』の比ではない。
(一瞬とかいうレベルじゃない。今のは、ルージュから放たれたのではない)
そう。魔力の大元、エーテルを全て消し去ったのだ。それはルージュが意識するだけで可能なのだ。つまり、どのような魔法でも、ルージュはかき消すことができるということになる。
(アビスの力、か)
その魔法を自分が受けたならどうなるのか。
やはり一瞬で、消滅させられるのか。
(くそっ。相手の奥底が見えない)
どれだけの引き出しを持っているのかが見えてこない以上、相手の土俵で戦っていても勝ち目はない。
攻めるか。
そう考えて、かすかに体勢をずらした。
その時だ。
「ダブル・レッド!」
ルージュの両手に、赤い光球が生まれる。
「さあ、行くよ、兄さん!」
左手に生まれた紅い光がブルーに放たれる。
「くっ」
フラッシュフラッドの魔法で跳ね返そうとしたが、その魔力がぶつかった瞬間、光の水は全て蒸発し、強力な紅い炎がブルーの体を焼く。
「ぐあああああっ!」
「ほら、まだ次があるよ!」
続けて右手の紅い光がブルーに放たれる──その光が途中から、鋭利な刃と化す。
そして、ブルーの胸に裂傷を与え、鮮血が舞う。
「炎の赤と、血の赤。したがって、ダブル・レッド」
炎と刃とでダメージを受けたブルーが、その場に膝をつく。
「あれ、もう終わったの、あっけないなあ。まだ本気、出してないのに」
(強い)
だが、その強いルージュに勝たなければならない。勝って戻らなければならない。
ブルーは顔だけ上げて、ルージュを睨みつけた。
154.碧き魔術師
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