祈り続ける。
ただ、彼の身を案じて。
共に生きると誓った相手。
そして、まだ共に生きられる体を持たない自分。
すべては、二人共生き残るからこそ。
(死なないで、ブルー)
彼はきっと帰ってくる。
だから、私は待っている。
「心配か」
ヴァリナー王が話しかけてくる。
「はい」
「それなら、助けに行くことは不可能ではないが」
「いいえ」
それは駄目だ。
彼は、自分の命をかけて、この戦いに終止符を打とうとしている。
他の誰にも渡せない、彼だけの獲物。
「私が邪魔をするわけにはいかないから」
「だが、もしそれで死んだのなら、後悔することになるぞ」
「私が助けに行けば、ブルーは永久に私を許してくれないから」
そう。
彼は、この戦いだけは他の誰にも任せることはできない。
それこそが、彼の呪いなのだから。
PLUS.154
碧き魔術師
He beguiles him into submission
力の差は歴然としている。勝てないだろう、と朱雀は早々に判断していた。
助けてやりたいとは思うが、それは契約の内容に抵触する。
たとえ死ぬとしても、ルージュとの決着は一人でつける。それが契約だ。
今のルージュは四神である自分が全力を出したとしても及ばないほどのパワーをその身に秘めている。それがおそらくアビス=カオスの力なのだろう。
ただの人間であるブルーが、何の援助もなく倒せる相手ではない。
膝をついていたブルーが立ち上がり、治癒魔法をかけている。が、何度試しても結果は変わらないだろう。
それとも、彼はそれを打破できるような策があるのだろうか。
朱雀はこれまで、ブルーが何度も局面を打開してきたのを見た。
生涯の宿敵、ルージュとの何度にもわたる戦いも。地獄の君主、サタンとの戦いも。
彼の知恵でこれまでは勝ち抜いてきた。
だが。
(このままでは勝ち目はない)
勝ち目がないのは非常に単純だ。そのブルーと同じだけの魔法の知識と知恵が相手にもあり、なおかつ魔力だけは無尽蔵、これでは勝負にならない。
(さて、どうする、ブルー)
朱雀が見守っていると、ブルーから動き始めた。
なんとか回復が終わったのか呪文の詠唱に入る。そして放った魔法は『生命波動』。相手の生命力を削ぎ取る魔法だ。
無論、それが相手に届くはずもない。途中で魔法がキャンセルされ、ふん、とルージュは鼻で笑う。
「そんな魔法が通用すると思ってるの、兄さん? 兄さんの狙いはもう分かってる。あのレミニッセンスをいかに僕に打ち込むかが勝敗の分かれ目だ。その程度のことが分からない僕じゃない。もちろん、リコレクションは使えない。僕と相打ちじゃ意味がないからね。この戦いに引き分けはない。死ぬか、生きるかだ」
その通りだ。どちらか一方が絶対に生き延びなければならない戦い。相打ちという概念は、自分たち双子の間にはない。
(レミニッセンスをいかに放つか、か)
確かにその通りだ。あの魔法ならばたとえ相手がルージュであっても倒せる自信はある。実際、水のカオスも、地獄の君主も、この魔法を使って倒しているのだ。
問題はそれが当たるかどうかの勝負だ。
(ルージュの動きを止めて、完全に避けられない場所から、放つ)
それができれば苦労はしない。だが、それをしなければ勝つことはできない。
ルージュのことだ。完全に自分を上回るために、レミニッセンスを放たせてからそれを回避し、あとはなぶり殺しにするつもりなのだろう。
そうはいかない。
絶対に、当ててみせる。
覚悟を決めて、ブルーが動く。あとはどれだけ、相手の虚をついて接近することができるかだ。
「雑霊撃!」
邪術の中でもまるで使い物にならないと称される術を放つ。効果は相手の攻撃を一瞬、鈍らせること。だが、その一瞬で充分だ。
「こんな術で何をするつもり、兄さん──いや、この間もそうだったね。兄さんの術には必ず何か、意図するところがある。僕ももう、油断したりはしない」
その術を受けながら、ルージュは『アビス・アーク』を放つ。放たれる前に『サイキック・プリズン』の魔法を放つ。効果は相手の魔法を一度完全に封じること。だが、それを全く無視してアークの光はブルーを襲った。つまり、このアビス・アークという技は術ではない、ということだ。
(精神波のような攻撃か。いずれにしても術ではないというのならやりやすい)
あくまで今のは試しだ。雑霊撃によってアビス・アークを回避するゆとりをもたせつつ、サイキック・プリズンが通じるのかどうか試しただけだ。相手の戦力が分析されなければいかなる作戦も立てられない。
「ライト・シフト!」
そしてこの戦いの場を変化させる。カオスの術が何度も発動されているため、空間そのものがカオスの魔法を受け入れつつある。それを防ぐためにはこうして時折魔法を自分よりに戻さなければならない。
「ふうん、色々考えてるね。でも、関係ないよ。これは当たれば兄さんが死ぬのは間違いないから」
再びアビス・アークが放たれる。もはやルージュはこれしか技がないかのように連発してくる。
だが、甘い。こうも何度も見せられたのなら、そしてこれが術ではなく技なら。
『見切る』ことが可能だということだ。
(軌跡がないのなら、発動した瞬間にこの技は、)
先ほどの回避した時に、既に技の秘密はつかんでいる。
(対象のある『エリア』ごと消滅させているんだ)
だから、対象を指定された瞬間に回避すれば、アークの影響から逃れることができる。
そして、瞬間、ブルーは駆け出した。
「何?」
アークが見切られ、かすかに動揺したルージュの懐に入る。
だが、まだここからでは届かない。
ひたすらチェックメイトをかけつづけ、相手が逃れられないところまで追い詰める。
「剣のカード!」
至近距離から魔法を放ち、相手に裂傷を与える。その隙に相手の背後に回りこみ、さらに攻撃をかける。
「超風!」
そして巻き起こる風。熱と冷、そして雷が同居する術者の最強魔法。だが、これもルージュはその身に受ける。そして体を起こして『魔法』を放った。
「メイルシュトローム!」
魔法の波が放たれる。ライトシフトにしているおかげで光の魔法の力が上がっているのが災いした。直撃を受けてブルーの息が詰まる。だが、ここで離すわけにはいかない。アークを使う余裕など与えない。
「カオスストリーム!」
その、カオスの力を使った魔法。混沌に属する魔法がルージュの行動を制止した。
「なに?」
「気流は嵐に──くらえ、ルージュ!」
はじめて、ルージュが防御体勢を取る。だが、防がせない。
「カオスストーム!」
混沌の嵐がルージュの体を崩壊させていく。だが、もともとが混沌に属するルージュだけに、その術も完全に防ぎきる。
だが、その防御を行うだけで完全に手一杯だった。
背後に回ったブルーの魔法を回避する余裕など、全くなかった。
「チェック・メイト」
ブルーはルージュの背中から、心臓の上に手を置いた。
「とどめだ、レミニッセンス!」
全ての魔力を、そこから注ぎ込む。
そして、闇の崩壊の電流が、その紅い体を蝕んでいった──
倒したか。
固唾を呑んで見守る朱雀も、さすがにこの戦い方には恐れ入った。相手の技を見切って懐に入る体術も、そしてメイルシュトロームを防いだのは先ほどの『サイキック・プリズン』の効果だろう、最悪魔法を放たれても大丈夫なように保険をかけておいたということだ。
これで倒せなければ、ルージュはまさに無敵だ。
いや。
「残念だったね、兄さん」
声は、後ろからした。
ブルーは目を閉じ、それからゆっくりと後ろを振り返った。
そこにいたのは、五体満足のルージュ。
「……陰行の術か」
身代わり。
そう。自分も前に『魔術師』の魔法で身代わりを立ててルージュを騙したことがあった。それをやり返されたのだ。
「最初からか」
「そうだよ。兄さんは気づいていなかったみたいだけれどね。さて」
そのルージュの両手に、二つの赤──ダブル・レッドが生まれる。
「魔力も完全に尽きたみたいだね」
ルージュは満足して微笑んだ。
「なぶり殺しの時間だよ、兄さん」
殺戮の宴が始まった。
十二時間後。
ヴァリナーが道をつなげる。
アセルスは手を組んでそこから出てくる人物をじっと待つ。
そして、出てきた。
その、人物は──
「あ、あ……」
アセルスの口から、嗚咽が漏れた。
「じゃあまずは、その目障りな瞳からにしようか」
ダブル・レッドの片方を放つ。直後、ブルーの両目が裂かれ、鮮血が落ちる。
「あはははは、これで僕と同じ、紅い瞳になったね。よく似合うよ、兄さん」
「ルージュ」
「さあ、次はその肌を焼いてあげる」
ごう、という音とともにブルーの体が焼けていく。そして、がくり、と膝をついた。
「もう戦闘意欲はなくなったかい、兄さん? まあそうだろうけどね。レミニッセンスを放った兄さんにはもう魔力は一ミリも残っていない。そして今また目を見ることもできなくなった。これで勝てると思う方がどうかしている。潔く殺されるかい、兄さん?」
「潔く殺されるなど性に合わないな。僕は最後まで抵抗する」
それでもブルーはまた立ち上がる。
目が見えぬまま、そして、魔力もないまま。
彼は懐からダガーを抜いた。
「来い、ルージュ。お前が本当に僕を超えたいというのなら、僕の刃をかわしてみせろ」
これは、挑発だ。
長距離から魔法を放てばそれで決着がつく。だが、そうやって最後のあがきを見せることで、それすら奪おうとルージュは考える。
それを見越しての行動だ。
「僕が、そんな挑発に乗ると思う?」
「乗るさ。戦いを仕掛けられてそれを回避したというのなら、完全に僕を倒したことにはならないからな。このままアビス・アークでも何でも放つがいい。それで僕が死んだのなら、お前は永久に僕を超えたことにはならない」
「言うね、兄さん」
ルージュは挑発に乗った。
完全に気配を消し、一瞬で近づく。
ブルーがかすかな風の動きから、的確にそのルージュの居場所目掛けてダガーを薙ぐ。
だが、もちろんそれは空を切るだけだった。
ルージュはしゃがんでナイフを回避すると、腕を絡め取ってそのナイフを落とさせる。
そのまま右腕を、あらぬ方向へ折り曲げる。
ブルーの口から、絶叫がほとばしった。
「いい声だね、兄さん」
がくり、と崩れ落ちてくる兄を、弟は優しく抱きしめた。
「いずれにしても、これで終わりだ、兄さん。さあ、もう決着はついたよ」
「ルージュ」
目も見えず、腕も折られ。
それでも、最後に、その耳元に、ブルーは囁く。
「なに、兄さん」
「最後に、言っておくことがある」
それは、あの日、最初に勝敗をつけたあの日の反対。
ルージュは勝者として、その言葉を聞くことにした。
「何?」
「最後まで、油断はしないことだ」
残った左腕で、ブルーはルージュをしっかりと捕まえる。
「な、何を」
「騙されたのはお前の方だ。もうこれでお前は僕から離れることはできない。くらえっ!」
そして『魔力』が膨れ上がる。
「馬鹿な、どうして魔力が」
「レミニッセンス!」
そして、今度こそ、崩壊の電流が、ルージュの体内に送られる。
「さっきのはレミニッセンスに似せた擬態だ。それからお前に悟られないよう、完全に魔力がないように見せかけた。最後まで馬鹿し合いは僕の方が上だったな、ルージュ」
「馬鹿な。嘘だ。僕が、僕が、アビスの力を手に入れた僕が、負ける、なんて!?」
「挑発に乗ると思った故の作戦だったが、自分の力を過信しすぎたな、ルージュ。いや、僕を見くびりすぎていたか。僕がそんなに単純にレミニッセンスを放つと思っていたお前の、判断ミスだ」
「にい、さん」
その崩壊の電流が暴発する前に、ルージュは。
穏やかに、笑った。
「やっぱり、強いや」
「当たり前だ。お前の兄だからな」
そして──爆ぜた。
「……ただいま、アセルス」
そうして、出てきたブルーは、きちんと目も治り、腕ももとに戻ったブルーであった。
「あ、ブルー……ブルーっ!」
アセルスはその彼に飛びついて泣く。
今度こそ。
今度こそ、駄目かと思った。
だが、彼は帰ってきた。
自分のところへ。
「ダメージは大きかったけど、朱雀が全部治癒してくれた。なんとか終わったよ」
「じゃあもう、ルージュは」
「ああ」
ブルーは少し悲しげに微笑んだ。
「もう二度と、僕はそのことで悩むことはないだろう」
そして彼は、アセルスを抱きしめた。
155.古き戦友
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