サラは賢い子供だった。
 まだ幼子というハンディはあるものの、マシンマスターの知識はすべて頭の中に残っている。普段はその知識に振り回されないよう、意識せずに過ごしている。
 だが、必要なときにはきちんと必要な知識を引き出すことができる。
 今、大好きなカインをはじめとし、ティナにリディア、ミルファ。ブルーにアセルス。そしてヴァリナーとドクター。八人のメンバーで暗黒神殿に挑む。
 あのミルファという女性も代表者だ。ブルーやリディアでは知識がまだ不足しているところもあるが、暗黒神殿に行くためにはミルファがいれば十分。自分の出番はない。
 だからエウレカに残ることを受け入れた。自分がついていっても邪魔になるのは分かりきっていることだったから。
 力のない代表者など、ものの役には立たないものだ。
 誰もがいなくなって、ぽつんとエウレカに残された彼女は、ただじっと黙って待っていた。
 迎えが来るのを。
 カインが帰ってくるのを。
 そして、その時は思いもかけず、早くに訪れた。
「代表者、みーつけた」
 自分を見つけたのは、浅黒い肌をした女性と、顔立ちの整った無表情の男性という二人組みだった。












PLUS.163

暗黒神殿







dark palace






 さすがに朱雀だけで八人ものメンバーを乗せて移動するのは不可能だった。そのため、ヴァリナーが『秘薬』を使って全員を瞬時にテレポートさせた。
 この『ヴァリナーの秘薬』は魔法の薬をいくつか調合したもので、服用すると瞬間的に魔力が増大する。転移の魔法はヴァリナー一人であれば苦もなく使えるのだが、さすがに人数が多くなるとそう簡単に使える魔法ではない。
 この秘薬を飲むのは『何千年ぶりか』とのことだった。
 ヴァリナーの秘薬には一つ欠点があり、調合したときの魔法薬の比率がわずかにでも狂うと、逆に体内の魔力が暴走し、死につながる。成功と失敗が紙一重の危険な薬だった。
「どこにも神殿は見当たらないね」
 アセルスがあちこち見回すが、それらしきものは影も形も見当たらない。眼前には海が広がり、後背にはなだらかな平原、そして遠くに森。ありがちな風景だった。
 ヴァリナーの回復を待って、全員が体調を整えたのが一日後。いよいよ、暗黒神殿へ乗り込むことになった。
「それじゃあ、道をつなげるね」
 ミルファが言って、空中に紋様を描く。
「出でよ混沌の空間、我が前に現れて、その道をつなげ」
 すると、目の前の海に変化が現れた。
 もともと何もなかったところに、建物が徐々に実体化していく。
 外壁も、柱も、屋根も、そしてそこにいたる道までもが、全てが漆黒。
 まさに暗黒神殿の名にふさわしい建物だった。
「これで入れます」
 ミルファが言うと、全員の気が引き締まった。
「ミルファ」
 カインが冷静な表情で言う。
「お前はここに残った方がいい」
 その言葉に彼女の表情が曇る。
「私では、足手まといですか」
「平たく言うとそうだ」
 ミルファの実力は決して高くない。今ここにいるメンバーは真の実力者ぞろいだった。サラではないが、足手まといになるのは目に見えている。
「では、私のことは気にしないでください。私は私で、この神殿に用事がありますから」
 にっこりと笑ってミルファが言う。
「それじゃあ、お先に」
 そう言って、すたすたとその暗黒の道を歩いていく。
「待て、ミルファ──」
 と、カインがその彼女の肩に手をかけた、その時だった。
 二人の体が、忽然と消えた。
「なっ」
 ブルーはすぐにその後を追おうとして、踏みとどまった。
(僕たちを離れ離れにするための、罠か?)
 もちろんそれはミルファの、ではない。ガーランドの罠だ。
「全員、離れ離れにならないようにしよう」
 ブルーの提案により、残った六人は一斉にその道へ飛び込んだ。
(カイン)
 ティナは愛しい男性の姿を思い浮かべながら、その中へ入る。
(死なないで──)
 そして、後には誰も残らなかった。



 少しの後。
 その道が、徐々に消えかかる。
 暗黒神殿が、このPLUSからまた、姿を消そうとする。
 その、道めがけて、一本の剣が飛んできて、突き刺さった。
「間に合ったか」
 そこに現れたのは、長い銀色の髪を持った男と、そして小柄な女性だった。
「これが暗黒神殿かあ……イカニモ〜って感じだね」
 セルフィが何が面白いのか、くすくすと笑っていた。
「結局ハオラーンは見つからなかったし」
「おそらくここにいるのだろう」
 セフィロスはその道の上に刺さった剣を握る。
 海竜の角。これを地面に突き刺したことによって、いくばくかの時間、暗黒神殿をこの世界につなぎとめたのだ。
 こうした、竜の武具を使いこなすという意味では、セフィロスはカインやスコールよりもはるかに力を手に入れていた。
「こい、セルフィ」
「うん」
 駆け寄ったセルフィは猫のようにセフィロスの腕に抱きかかえられる。
 彼の冷たく、温かい腕の中が大好きだった。
 この場所をなくしたくない。たとえ何があっても、絶対に自分はセフィロスから離れない。
(そんなことが、どうして分からんかなあ)
 この中で、彼女と決着をつける。まあ、それはカオスを倒してからでもかまわない。
 今は世界を救うことの方が大事だ。それに自分には役目がある。
 修正者。
 変革者であるカインが『崩壊の未来』を変えることに成功すれば、後は自分の番。世界の動きを修正して、元に戻す。それが自分の役割。
「応援しててね、セフィロス」
「当たり前だ。俺にとってはお前以上に大切なものはない」
 そういうことを照れもなく言えるのがセフィロスだ。そして、自分はその言葉に一喜一憂されてしまう。
 たまにはこの綺麗な顔を困らせてみたいなあ、と思ったのはセフィロスには内緒にした。
 そしてセフィロスが剣を抜く。
 二人もまた、暗黒神殿へと取り込まれていった。

 そして、暗黒神殿は地上から消えた。






 そこは、漆黒の宮殿だった。
 松明だけは灯されているが、それ以外に色が全く見当たらない。まさにすべての色をごちゃまぜにして、真っ黒になった状態。それがこの暗黒神殿だった。
 カインとミルファがいたのはどこかの部屋の一つで、一本だけ道が奥へとつながっている。つまり、そちらへ進めということなのだろう。
「すごいところだな、ここは」
 カインが呟く。あらゆる人間の感情がここにはある。ともすれば、その嘆きの声が聞こえてきそうだ。
 だが、目の前にいたミルファはそれに答えず、何故か怒って自分の方を睨んでいた。
「どうした?」
「どうしたもこうしたも!」
 ミルファはその小さな両手の拳を強く握って主張する。
「どうしてついてきたんですか! カインさんが一人でいるなんて、みすみす殺してくれって言ってるようなものじゃないですか! 自分がどれだけ大切な人間かって分かってるんですかっ!」
 ものすごい剣幕だった。だが、この少女はおそらく大人ぶっているよりも、こうして感情を見せている方が似合っている。それは最初から感じていたことだった。
(──最初、から?)
 と、ふと思い返す。出会った場所も覚えている。あの湖底。水竜が守っていた少女。
 だが、自分はこの少女に、何か、別のものを見た気がした。
(何を)
 思い出せない。
 だが、自分は確かに感じていたはずなのだ。
 彼女に、何かを。
「ああもう、カインさんのバカバカバカ、オオバカモノっ!」
「そこまで言うことはないと思うんだが」
 さすがにそこまで言われると、正直悩んでしまうカインだった。それほど自分は問題のある行動をしただろうか。
「だいたい、一人で勝手に行くなんて、ミルファも間違っている」
「拒絶したのはカインさんの方じゃないですかっ」
「それはミルファが何も言わないからだ。暗黒神殿に用事があるなら、何故それを相談しない」
 ミルファの表情が曇る。
「俺では、頼りにならないか」
「そんなこと」
「なら、相談してくれ。俺はお前を守りたい」
 ぽかん、とミルファは目の前の男性を見つめた。そして、くすくすと笑う。
「駄目ですよ、カインさん」
「何がだ」
「そんなことを誰にでも言ったら。またティナさんにこわ〜い顔で私が睨まれちゃいます」
 その場面を想像して、カインもつられたように笑う。
「俺はパラディンだ。仲間を守るのは自分の役目でもある。それに、大切な仲間を守りたいと思うのは間違っているのだろうか」
「いえ、それは間違ってないですけど、面と向かって言うことじゃないです。照れるじゃないですか」
 どこが、と思わず口にしそうになったが、それはやめておいた。ますます怒られそうだったからだ。
「カオスの中には、きっといるんです」
「いる?」
 何を言いたいのかは分からない。だが、彼女は確信を持ってそう言った。
「はい。私の大好きな、リックさんが」
 なるほど、とカインは頷いた。前の天竜の牙の所持者。それがカオスに取り込まれているということか。
「どうしてそう分かる?」
「どうしてでしょう?」
 ミルファは笑顔で首をひねった。
「魔神の書にそれらしい記述はありませんでした。でも、なんとなく分かるんです。リックさんにはここで再会できるんだろうなあって」
 一万年の時を眠らなければならなかった少女。
 それはいったい、どういう気持ちだったのだろう。生まれた場所も、時代も異なるところで、ただ世界のためだけに生きている少女。
「ミルファ、お前は一万年の眠りにつくことに不安を覚えなかったのか?」
 率直に尋ねる。困ったようにミルファは腕を組んだ。
「不安がないと言ったら嘘になりますけど、でも信じることもできましたから」
「信じる? 何をだ」
「カインさんが、優しい人だっていうことがです」
 優しい。
 何か、その言葉には聞き覚えがあった。誰かにそう言われたような気がする。
「俺のどこが優しい?」
「いつも、みんなを見ているところがです」
 ミルファはカインの手を取った。
 お互いの熱が伝わりあう。何故だか、鼓動も早まったような気がする。
「口に出さなくても、態度で示さなくても、わかる形の優しさっていうのはあるんです。特に、優しさがほしい人には、伝わるんです」
「……俺は」
 自分はそんな人間ではない──と言おうとした。
 だが、何故だ。
 どうして自分はそんなにも自分を卑下するような感覚に陥っているのだろうか。
「でも、ティナさんにはきちんと言葉にしてあげないと駄目ですよ! 女の子っていうのは、大好きな人に、優しい言葉をかけてもらえるのが一番幸せなんですからっ!」
「善処する」
「駄目です。きちんと約束してください」
 迫られるとさすがに弱い。分かった、とだけ逃げるように呟くと、ミルファは仕方がないなあと笑った。
「まて、ミルファ」
 カインは彼女を後ろに下げて、この部屋につながっている通路の奥を見つめた。
「何かが、来る」
 二人は息を呑んで近づいてくる人物を見つめた。
「うそ」
 小さく、ミルファの声がもれる。
 カインよりも小柄で、若干年若い青年だった。意思の強そうな瞳に、まだ幼さの残る顔立ちが印象的だった。
「リックさん」
 彼の手には、天竜の牙が握られていた。






164.影の神官

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