「何を考えている?」
 ドクターは自分の盟友に尋ねる。すると、この魔術師の王は柔和な笑みを浮かべるとやんわりと答えた。
「私でなければ戦えない相手がいる。さすがに今の彼らで『あいつ』を抑えるのは難しいだろう」
「なるほど。互いにジョーカーというわけか。お前さんがいればカオス戦も楽になるかと思ったんだがな」
「竜の武具もない私には、援護する程度のことしかできんよ」
 そう言うとヴァリナーは素早く四方にアンテナをめぐらせる。
 必ず、奴は、ここにいる。
「ドクター。お前も自分の役割を果たせ」
「そうだな。竜の武具は強い。力を全開にすれば、この世界が歪んでしまう。やれやれ。いつの時代でも妖精は世界を守るのが仕事か」
「だが、だからこそ世界は無事でいられる」
「ごもっとも。やれやれ。誰かひとり、援軍がほしいなあ……」
 ぼやきながらドクターはみるみるうちにその姿が本来のものに戻る。
 大きさは三十センチくらいか。人間の肩に乗りそうなサイズだった。
「じゃあな。ヴァリナー、お前さんと一緒にいられたこの数千年間、楽しかったよ」
「私もだ。縁があったらまた会おう」
 そうして、ドクターは暗黒神殿の上へと浮遊していく。
「さて──奴を止めなければな」
 ヴァリナーは一人になって、魔力のアンテナがキャッチした方向へと進む。
 そこにいるはずだ。

 ──世界を操る、吟遊詩人が。












PLUS.164

影の神官







lost lover






 暗黒神殿の中に入ったブルーが状況を確認する。
 隣にはアセルス。そして、少し離れたところにティナとリディア。どうやら四人は一緒の場所に来られたらしい。
(ヴァリナー王とドクターとが見当たらない)
 はぐれたか、と一瞬考えて首を振った。
(おそらく、二人は独自の行動を取っているんだろうな)
 自分たちが何ができるのかをよくわきまえている二人だ。カオスは自分たちに任せ、ヴァリナーたちでなければできないことを果たそうとしているのだ。
(前衛が二人、後衛が二人。バランスは悪くない。四人とも実力は秀でている。パーティとしては何ら不安はない)
 この中でもっとも足を引っ張る可能性があるのはブルーだ。
 基本的に自分の実力は、マジックキングダムでサタンと戦ってからほとんど変わっていない。アセルスもティナもリディアも、この戦いの中で数段レベルアップしているのに、自分だけが変わらない。
 仕方のないことだ。何しろ自分はそれ以上を望んでいないのだから。
(ルージュと僕の力。これだけ集まって力が不足しているだなんて、絶対に言わせてなるものか)
 それが自分たちの誇り。マジックキングダムのすべての魔法が使える唯一の術者としての誇りだ。
「さて、どうする?」
 アセルスが気楽そうに言う。通路は四方に延びている。もちろんここでばらばらになるわけにはいかない。どこか一つにしぼって進む。
「どこからいっても同じだろうな」
「そうだね、同感」
「迷わないように印をつけていく。物理的なものと魔法的なもの。そして早くカインたちと合流しよう」
 そう。今はカインたちと合流するのが先だ。クリスタルを持っているのもカインなら、それを使えるのもカインだ。自分たち四人は彼のバックアップをするのが役目であって、自分たちだけでカオスに特攻しても意味がない。
「よし、行くぞ!」
 アセルスとティナが先に通路の一つを選んで進んでいく。その後ろにリディアとブルーも続いた。
 敵の姿は全くない。本拠地だというのにこの静けさは、おそらく配置自体がほとんどされていないのだろう。
(ボスが控えてるんだろうな)
 考えられるのはそれしかない。物量作戦はある意味有効性は高いが、本当に強い相手には戦力を失うだけに終わる可能性も高い。
 それならば、実力のある者が出てきてその進行を止める。
 そうなるのが順当だろう。
 いくつもの部屋を抜け、いくつもの通路を通り、そして四人は広間に出る。
「ここは……礼拝堂か?」
 広く、そして天井が高い。
 その礼拝堂の奥に一人の男が立っている。
「よくぞ来た」
 黒いローブを来た男が、何も祭られていない祭壇の前で自分たちを見つめてくる。
「お前が、ガーランドだな」
「そうだ」
 抑揚のない声で答える。
「何故、カオスを降臨させようとする?」
「何故、か。それを言われても明確な答を持ち合わせているわけではないな」
 少し間を空けたのは、表情のない顔でも何かを考えているということだろうか。
「我らは混沌に還らねばならぬ。すべての世界を無とし、一切の静寂の世界を作る。それが望み」
「何故、そんなことを!」
「逆に尋ねるが、世界が存在しなければならない理由は何だ?」
 ガーランドに尋ねられるとブルーは間断なく答えた。
「自分たちが存在する世界を守りたいと思うのは普通であり、常識だ」
「そうだろうな。それがお前たちの普通だ。だが、私にはそれが当てはまらない。私は純粋にすべての世界が滅んでほしいと願っている。説明するのは難しいが、要するにそういうことだ」
「何故、そうまでして世界を滅ぼしたいんだ?」
「取り返しのつかないことをしたからだ」
 ガーランドはかすかに目を伏せる。
「私はもう、彼女に会えない」
 悲しみが。
 この礼拝堂を支配していく。
 その圧倒的な感情の渦。
 四人は、その感情に飲み込まれ、自分たちまでが気が重くなっていく。
「看取ることすらできず、死に顔すら見られなかった」
 吐き出したくなるほどの熱情。
「彼女のいない世界など滅びればいい。彼女と一緒に、この世界がなくなればいい。彼女のいない世界には一ミリの価値もない。それだけのことだ」
「ガーランド、お前……」
「間違っている、と言うのだろうな。実際、何度も言われた。だが、私の正誤は問題ではない。私はそうしたいだけなのだから。それが私の希望で、願いだ。それができるのはカオスだけだ。だから私はカオスを降臨させる」
「その女性が、そんなことを願うはずがないだろう!」
「その通りだ。彼女はそんなことを願わない。だが、それは私の行動と何の関係もない。私は、私がすべての世界を滅ぼしたいから、そうするだけだ」
 それは狂気。
 行き場のない想いが、破滅を願い、実行しようとしている。
 ガーランドのいう女性が仮にここに現れて彼をいさめたとしても、彼はやめないだろう。それこそ、彼女が生き返るとでもいわない限り。
「それがお前の生きる理由か」
「そうだ。今さら話すことなど何もないだろう。さあ、はじめよう」
 暗黒の祭壇に、一本の錫状が現れる。それを手にしたガーランドが一度地面を打った。シャン、という音が礼拝堂に響く。
「相容れないのなら対話は必要ない。ゆくぞ」
 アセルスは既に半妖となり、ティナもオメガウェポンを構えている。リディアはいつでも魔法を唱える準備ができている。
「こっちの台詞だ。いくぞ、ガーランド!」
 ブルーの言葉で、アセルスとティナが駆け出す。
「混沌の調べ!」
 再び錫杖が床を打つ。その、シャン、という音が空気を伝わり二人の耳に届く──
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
 二人はその音だけで、弾き飛ばされた。一種の衝撃波だ。
「私を倒すのは容易ではない。過去、どれだけの勇者が私の下にたどりついたと思っている。今回のようなことが初めてだとでも思っているのか」
 ガーランドが何の策もない自分たちに対してあざけるように言う。
「力の使い方を見せてやろう」
 錫を振る。シャン、という音が響く。すると、ガーランドの姿が消えた。
「リディア、後ろだ!」
 咄嗟に飛び退く。彼女がいた場所を、錫状がうなりをあげていった。
「肉弾戦もできるのか」
 ブルーが感心して相手の力を分析する。その間にもティナが左手でその武器を構え、相手に突進していく。
「オメガウェポン!」
 しかし、錫がしっかりとオメガウェポンを押さえ込んだ。
(しかもあの強度。あの錫の正体はなんだ?)
 アルテマウェポンの数倍の破壊力を持つオメガウェポン。その力を完全に防いだ錫杖。
「後ろっ!」
 わざわざ声を上げて、アセルスがガーランドの後ろから突進する。奇襲をしてもどうせ見破られる。それならば、こちらから場所を伝えて相手を動揺させ、あわよくば前にいるティナから一撃をあびせられないか、そう考えた上で叫んだのだ。
「フレア!」
 そこにリディアの魔法も飛ぶ。
 その魔法の直撃をガーランドが浴び、そのまま背後からアセルスが神竜の力がこもった魔力の剣で切り裂く。
 手ごたえはなかった。
 既にガーランドは場所を移動していた。その場で宙に浮いて回避したのだ。
「なるほど。連携は過去の勇者たちをはるかに上回っている。そして、一人ずつの能力も高い。今回のメンバーは過去最高だな」
 ガーランドが褒めるが、そんなことはどうでもいい。要するに彼を倒せるか倒せないかの勝負なのだ。
「だが、まだ甘い。この私を『上回る』者が存在しなければ何人集まろうと同じ」
 錫が鳴る。その衝撃波が全員を襲う。それだけで四人が軽く吹き飛ばされる。
(傷がない。単なる衝撃波。それなのに、衝撃波を『浴びた』感触がなかった)
 体中に衝撃を受けた。だが、その衝撃を身体のどこで受けたのかが分からない。
 正体不明の衝撃波。見ることも感じることもできなかった。いや、必ずどこかでその衝撃波を浴びたはずなのだ。
(──なるほど、そうか)
 となると、答はそれほど難しいものではなかった。
 すぐに立ち上がったブルーが床に下りてきたガーランドを睨みつける。
(その錫杖の正体、見切った)
 だが、見切っただけでは意味がない。攻略する方法がなければならない。
(しかし、なんて技だ。まったく──)
 そうだ。一つだけ方法がある。召喚魔法。あれならば。
「リディア」
 近づき、耳打ちする。そしてブルーは光の剣を生み出した。
(魔法でかなわなくても、僕には誰よりも知識がある)
 そう。作戦を立てて、相手の弱点をつき、自軍を勝利に導く。それがブルーの役割だ。
 手駒は自分も含めて四つ。チェックメイトは──可能。
(頼むぞ、アセルス、ティナ)
 彼女たちがうまく動いてくれれば、相手に致命の一撃を与えられるはずだ。
「行くぞ!」
 その指示でティナとアセルスが動く。彼女たちも不安だろう。あの正体不明の衝撃波がきたら防げない。だが彼女たちには視線で「大丈夫だ」と伝える。
(タイミングだ、リディア)
 ブルーもまた動き出す。うまく囮を使わなければいけない。本命がガーランドに攻撃できるように。
 そして、ガーランドが迎撃のために動き出そうとする──
(今だ!)
「セイレーン!」
 金髪碧眼の翼ある女性が現れ、沈黙の調べを奏でる。
 ──正体は、あの錫の音、そのもの。
 あの音には魔力がこめられている。単なる音ではなく、それは一種の『制約』だ。つまり『この音を聞いたものは全身に衝撃を受ける』と、鼓膜から脳に直接認識させるのだ。そして脳がありもしない衝撃波を受けたものと勝手に判断し、身体がダメージを受けるのだ。
 正体が分かっているのならあとは防ぐだけだ。音が衝撃波の正体ならば、その音が伝わらないようにすればいい。音は空気が伝える。その音を自分たちのところまで届かないようにしてしまえばいいのだ。そう、セイレーンに錫の音を封じてもらえばいい。
 沈黙の歌が錫を包み、錫の音が一切響かなくなる。
 その間に、ティナとアセルスが一気に間合いを詰めていた。
「覚悟!」
「むっ」
 ティナとアセルスの連携された攻撃を回避し、かわりにファイガの魔法を放ち、二人を弾き飛ばす。だが、これは囮。
「もらった!」
 光の剣をかまえた自分は既に後ろにいる。
「甘い!」
 だが、それすらもガーランドは反応した。光の剣を素手で受け止め、もう一撃ファイガを放った。トリプル。魔法の三連がけだ。
「甘いのはそっちだ」
 だが、ブルーはその魔法を受けながら笑った。ガーランドの顔が険しくなる。そして──彼の身体に、ナイフが刺さった。
 そう、本命は、リディア。
 最初にセイレーンの魔法を放ったリディアは気配を消して近づき、ガーランドが背後から迫るブルーに注意を取られた瞬間、一気に詰めて攻撃した。
 まさかガーランドも、最初に召喚魔法を使った相手を決め手にするとは思わなかっただろう。そして、ブルーの推測どおりに事は運んだ。
 だが。
「見事だ」
 ガーランドがその攻撃を受けても表情を変えず、手に持つ錫杖に力を込める。
「現実の音を防いだ手腕は認めよう。だが、我が力がその程度だと見くびられるのは困る」
 そして錫杖を一度振り上げ、床を叩く。
『シャン』
 と、確かにその音が聞こえた。
(馬鹿な、セイレーンの魔力で完全に封じたはず)
 ブルーはどうしてその音が聞こえたのか分からなかった。だが、ガーランドは何事もなかったかのように言う。
「既にお前たちは一度音を聞いた。ならば、その音を脳裏に蘇らせることは、視覚を使えば可能となる。そう、錫の音は聞こえずとも、錫の動きを見るだけで、お前たちの意識が勝手に音を蘇らせる。何度でも。さて……今度はこちらの番だ」
 そして、気付いた。
 既に、身体がしびれて動けなくなっている。麻痺。錫の動きだけで、そんな効果を発生させることができるとは。
(くっ、相手を見くびったか)
 もちろん見くびってなどいなかった。現状の条件でベストの作戦を立てた。だが、相手の魔力がそれを上回っていただけだ。
 ティナも、リディアも、アセルスも、完全に身体が動かなくなっているらしく、その顔が苦悶で歪む。
「さて……面白かったがここまでだ。さらばだ、クリスタルを持つ者の仲間たちよ」
 その手に業火が生まれる。ファイガやフレアなどは比べ物にならない、まさに全てを焼きつくす『火』だ。
(くそっ!)
 ブルーは必死にその制約から逃れようとした。だが、完全に麻痺した身体はぴくりとも動かない。
 そして、ガーランドの『火』が放たれた──






165.暗闇の雲

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