「逃したか」
 セフィロスはその空間から吟遊詩人がいなくなったことに気付いた。
 逃げたというわけではないのだろう。一度戦いの気配はあった。となれば、その戦いが終わって別の場所に移動したということだ。
(どうする。このままではカオスを倒す前にハオラーンを仕留めることは不可能だ)
 とはいえ、既に戦いは始まっている。カオスと戦う際に、この竜の武具が三つ、そろっていなくてもいいものなのか。
(ならば、手段は一つ)
 戦術を変える。最終手段を取ることにした。
(カオスを倒し、その後に現れる吟遊詩人を倒す。それしか方法はない)












PLUS.169

暗黒騎士







the black nights






 ガーランドの放つ炎が視界一杯に広がる。
 全てを焼き尽くす業火が礼拝堂を支配する。
 動けない四人にはなす術がなかった。
(くそっ、こんなことで)
 ブルーは知恵比べで勝てなかったことが悔しかった。こういった騙しあいは自分の方が上である自信があるだけに、こんなやられ方は納得がいかなかった。
(ここまでなのか?)
 炎が、迫る。
 自分を焼き尽くす炎が──
「フルケア!」
 だが、そこに巨大な癒しの魔法が届く。麻痺していた体までが完全に復調した四人は、瞬時に魔法で炎を防ぎ、事なきを得た。
「ちっ。一番ヤな奴に貸し作ったね」
 アセルスが心から嫌そうに舌打ちをする。唯一魔法を使わない彼女は剣に封じた神竜の力で身を守っていた。
「こっちだって別に好きで全員回復したんじゃないも〜ん。一人ずつじゃ間に合わなかったから『仕方なく』助けただけだからね」
 この最終決戦場に到着したのはセルフィだった。そのセルフィが最大修正の力、フルケアを全体にかけたのだ。あらゆる特殊効果、ダメージを修正し、元に戻す力。考えてみればセルフィが修正者というのはこのスロット魔法に起因するのかもしれない。
 変革者は全てをかえる意思があり、その力があるもの。
 修正者は全てをただす意思があり、その力があるもの。
 そう。セルフィの願いは『元に戻ること』だ。あの荒廃したトラビア、亡くなった友人たち。それが元に戻ることを強く願った。その結果が『修正者』という立場となって帰ってきた。
 だが、それでも。失った命は戻らない。
「貸しなんて思わなくてもいいよ。どのみち、協力するのはこれっきりだもん。カオスとの戦いが終わったら、決着をつけよう」
「納得いかないけど、仕方がないね。世界がなくなれば決着もつけられないけど、世界さえ残っていればいつでも決着はつけられる」
 既にガーランドは床に下りている。そのガーランドを囲むように、女性陣が四方にいる。
 そして、再びガーランドが錫を振り上げる──
(見るな)
 ブルーは、その錫錠だけを自分の意識から逸らす。
 音は伝わらない。あとは視力の問題だ。錫が振られたという意識が起こらなければ、自分の体が支配されることはない。
 そして、そのまま魔法を唱える。
「マジックチェーン!」
 ブルーから伸びた魔法の鎖は、錫錠にからみついた。
「む」
「今だ!」
 ブルーの声で、四人が一斉に行動する。
 セルフィのクレセントウィッシュが速い。巨大ヌンチャクがうなりをあげて背後からガーランドを襲うが、それを空いている左手で苦もなく受け止める。
 だが、左右からティナとアセルスが剣で攻撃をしている。
「ぬんっ!」
 ガーランドに気合が入る。ガーランドは受け止めたヌンチャクごとセルフィを振り回してアセルスに激突させる。そして迫るティナのオメガウェポンを紙一重で身体をそらしてかわすと、接近して膝を鳩尾に入れた。
 ティナは片腕のためか、攻撃直後のバランスがよくない。それを見越した攻撃だとしたら。
(手際のいい奴め。だが──)
 無論、こちらには最強の切り札がある。リディアだ。
「アポカリプス!」
 正面から、黙示録砲がガーランドを照射する。その熱量にさすがのガーランドも顔をゆがめ、防御に全力を尽くす。強引にマジックチェーンを振り切り、その錫錠を構えて熱照射を防ぐ。
 だが、高速真言により連射が可能となったリディアがさらに攻撃を加える。
「バハムート──」
 召喚魔法。それもリディアのもっともよき理解者たるバハムート。だが、それもこれまでのものとは違う。今まではリディアのレベルが低かったためできなかったが、これはバハムートの力を自分の魔法力、アポカリプスの魔法によってさらに高めたものだ。
 召喚魔法奥義。
「──零式!」
 真紅のバハムートが降臨する。
 黙示録砲がいくつかのパーツに別れ、バハムートの身体に装着されている。機械により高度に力を高めたメガフレアをさらに高めた魔法──
『テラフレア!』
 アポカリプスとバハムート。リディアの最強奥義の二重がけだ。対象に照射される熱量はそれまでとは比べ物にならない。
「くううううっ!」
 左手でその熱照射を防ぐが、その左手がくすぶっている。白い煙がその合間から起こっている。
「神竜!」
「オメガ!」
 そこに再び、アセルスが、そしてティナが各々の武器を携え、攻撃をかける。その武器がガーランドの体を深く傷つける。
「とった」
 アセルスが呟く。だが、最初のナイフに、二本の剣。それらを身体に刺されても、まだガーランドは平気そうであった。
「はっ!」
 だが、ガーランドはそれでも怯むことなく、完全にテラフレアをかき消した。その魔法防御力の高さたるや、さすがに並大抵ではない。それでもダメージは与えている。これを繰り返せば、勝てる。
「ぬう……錫錠が歪んだか」
 その熱量にあてられたためか、ガーランドの錫は既に用を成していなかった。完全に溶け、もはや音を出す道具としては使い物にならない。
(それにしても、身体に三本も剣をさされて、何故平気でいられるんだ?)
 その辺りが、このガーランドという神官を破るための鍵になるのかもしれない。
 ガーランドは解けた錫錠を捨てると、その法衣を脱ぎ捨てる。
「出でよ、我が下僕。漆黒をまといて我が武具となれ!」
 すると、ガーランドの周囲に鎧と剣が現れた。闇の瘴気をまとった武具が、そのままガーランドの身体に装着されていく。
 つま先から頭まで、全てが漆黒の鎧に覆われた『暗黒騎士』ガーランド。
「混沌の剣よ──」
 そして、その左手に剣が握られる。紫色のオーラがその剣から放たれていた。
 先ほどまでの神官の姿をした、どことなく静かな男はもういない。
 暗黒騎士となったガーランドは、殺気をおさえようとはしなかった。いよいよ本気になったということか。
「ゆくぞ!」
 動く──速い。狙いはティナ。その混沌の剣をオメガウェポンで受ける。と同時にガーランドの右腕が伸びて、ティナの喉輪をとらえた。
「ぐっ」
 力をこめるが、ガーランドはそのまま握りつぶすのではなく、ティナをそのまま壁際まで右手一本で叩きつける。がはっ、と肺に残っていた空気がすべて吐き出される。
「弱い戦士は戦うな」
 ガーランドの言葉に睨み上げるティナ。だが、次の瞬間、そのガーランドに向かってアセルスとセルフィが踊りかかっていた。アセルスが足を、セルフィが頭を狙っている。
「ぬるい」
 ガーランドは逆手に持ちかえた剣でアセルスの剣を『受け止め』、セルフィのヌンチャクを右手で『受け止め』た。その二つの衝撃ですらぴくりとも動かないガーランドの強靭さに、さすがの二人も驚く。
「力とはこういうものをいうのだ」
 体の開いたセルフィを蹴り飛ばす。きゃうっ、と悲鳴が上がり、宙に浮いていたセルフィの身体は綺麗に十メートルほども跳んだ。そして空いた右腕がアセルスの顎を捕らえる。がくり、とアセルスの意識が飛ぶ。
「残るは三人」
 壁に叩きつけられたティナがなんとか立ち上がってくる。そしてこの中では力の弱いブルーと、切り札のリディア。
(駒は三枚。足りるか)
 ガーランドの力を推し量る前にセルフィとアセルスが沈んでしまった。さらにはティナもダメージが激しい。となると魔法での勝負とならざるをえない。
「リディア。僕が囮になる」
「ブルー」
 リディアはだが、自分が切り札であるということを心得ている。ブルーの魔力ではガーランドを倒すことはできないということはお互いが分かっていた。
「僕の奥義ならガーランドにダメージを与えられる。その隙をついて、君がとどめをさすんだ。最悪、僕ごと──っていうのは君には無理かな」
「ええ、できません。確実にガーランドだけを倒します」
「できるかい?」
「やってみます」
「もし迷ったら、本当に僕の命なんか気にしたら駄目だ。いいかい、勝てると思ったらその隙を逃したら駄目だ」
 リディアは頷く。最強奥義を発動しなければ、ガーランドは倒せない。
 ブルーは『光の剣』を生み出す。この剣を装備している間は自分の魔法力も上昇する。
「いくぞ、ガーランド」
 ブルーは特攻する。ティナはまだ、動けない。自分一人でガーランドを相手にしなければいけないとは思わなかったが。
(君も同じ気持ちだったのかな、ジェラール)
 サタンに対して、隙を作るといって特攻したジェラール。そのおかげで自分たちはここまで来れた。仲間の死を乗り越えてここまできた。今度は自分がその道をかける番だ。
「お前の力でこの私に勝てると思っているのか」
「腕の一本くらいはもらっていくさ」
「笑止」
 ガーランドがゆっくりとした動作から、閃光のような鋭さで剣を振るってくる。光速剣。幾筋もの剣閃がブルーに襲い掛かる。
(これをくぐりぬけることができれば!)
 死を恐れて怯んでいては、攻撃はできない。無論死ぬつもりもない。防御の力を最大限に高め、自分の魔法力を最大に高め、その剣閃に飛び込んでいく。
 その、剣閃が、線から、点に、変わる。
 自分の肉が貫かれていく、嫌な感触。
 だが、同時にそれは、ブルーの有効射程距離だった。
「くらえ、ガーランド──レミニッセンス!」
 自分の魔法力をすべて注ぎこむ、最大最強の奥義。これまで、どのような敵でも粉砕してきた、自分とルージュの、最大の力。
「ぐ、くうっ!」
 さすがのガーランドからもその技には動揺したらしく、すぐにブルーから離れる。だが、それこそが隙。動揺こそが、最大のつけいるチャンス。
(あとは頼む、リディア──)
 そう。その動揺したガーランドに向かって、リディアが自分の使いうる最強の技を放つ。
 その力が放たれるのを見ながら、ブルーはゆっくりと意識を失っていった。
 魔法王から受け継いだ、最大の技。
「エクスティンクション!」
 消滅の光が、ガーランドを包み込む。
 徐々にその力が収縮され、光の中にガーランドが溶ける。
「倒した?」
 ティナと、そしてリディアが状況を見守る。
 そして徐々に光が治まっていく──
「……嘘」
 リディアは愕然とした。
 そこに、まだ燦然と立っている暗黒騎士の姿を。
 無論、ダメージがないわけではない。レミニッセンスとエクスティンクション。これだけの魔法を受けて無傷でいられるとしたら、それはもうこの世に存在するものとはいえない。
 ガーランドの右腕はぽっかりとなくなっていた。ブルーの言った通り『腕の一本』でその攻撃を凌いだようだ。
「よく、ここまでの力を身につけたものだ。だが、そこまでだ。もはや私を倒せるほどの力を、お前たちは残していまい」
 その失われた右腕の付け根、肩の辺りから、黒い煙がしゅうしゅうと立ち上っていた。それを見て、ようやくリディアが気付いた。
「ガーランド、まさか、あなたは」
「気付いたか。そう、私はもう既に、カオスの一部を取り込んでいる」
 これが、カオスの力。それも、ほんの一部。
「この力があればこそ、カオスの部下たち、カオスのほんのわずかな力を持つ者たちは私に従うのだ。さあ、終わりだ。カオスに祈るがいい。お前たちの魂を取り込み、さらにカオスは強くなろう」
 まだだ。
 だが、リディアは諦めない。自分には無限の回復力がある。ガーランドの攻撃を避け、そしてカインやヴァリナーがやってくるまで、なんとしてもこの場でガーランドを食い止めるのだ。
「無駄だ。戦士のいない魔導士など、殺してくれと言っているようなものだぞ!」
 神速──そう、光速を超える動きで、リディアの正面に一気に詰め寄る。そして、左腕の混沌の剣を、鋭く振り下ろす。
 死んだ、と思った。
 こんなところで。
 何もできず、何も伝えられずに──!
(嫌だ!)
 その意識が届いたのか。
 彼女の前に、頼もしい男の影が飛び出て、剣を防ぐ。
「……戦士がいればいいんだろう?」
 その声は。
 彼女にとって、もっとも安心できる、愛しい声。
「あ……」
 思わず、涙がこぼれそうになった。
 ずっとずっと、求めていたものがそこにある。
「……地の騎士か」
 ガーランドの声がくもった。

 スコール・レオンハートが、最終決戦場に到着した。






170.地の騎士

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