会いたかった。
 会いたかった。
 誰よりも、あなたに。
 ずっとずっと、あなただけを望んでいた。
 最後に『会った』のはいつだっただろう。
 最後に『話した』のはいつだっただろう。
 自分が求めていたもの、それは。

『あなた』という、安らぎの場。












PLUS.170

地の騎士







the knight of the ground






「スコール……」
 目の前に、巨大な剣を持った戦士がいる。
 自分と契約した騎士。
 私の騎士。
 愛する人。
「はあっ!」
 スコールは剣を振り切る。その勢いにガーランドが後方へ一度退いた。
「心配かけたな、リディア」
 彼に表情はない。だが、伝わる。
 再会したことに喜びを感じていることが。彼もまた、誰より自分に会いたかったのだということが。
「スコール……スコールっ!」
 戦闘中であるにも関わらず、リディアは思わず抱きついていた。
 会いたかった。触れたかった。傍にいたかった。抱きしめたかった。愛しかった。
 自分の一番の望みが、ここにある。
「すまない。ずっと……一人にさせた」
「ううん。仕方ない、仕方なかったんだよ、スコール」
 状況はある程度聞いて知っている。レイラに操られているのも目の前で見ている。だから、スコールを恨むとかそんな気持ちがおこるはずがない。
 それに、今こうしてこの場にいてくれる。自分を守ってくれている。それが何より、嬉しい。
「リディア!」
 そのスコールがリディアを抱きかかえると、すぐに飛び退く。ガーランドからの暗黒波が放たれたからだ。二度、三度と襲ってくるその波動をスコールは右手に剣を、左手にリディアを抱えながら回避し続ける。
「ごめん、まだ戦闘中だった」
「ああ。リディアはブルーを。あのままだとまずい。その間は俺がひきつける」
「分かった。無理はしないで」
 スコールは頷いてリディアを床に下ろすと、ガーランドに向かって接近した。
「誰が来ても同じことだ」
 ガーランドが混沌の剣を構える。それに相対してスコールも正面に剣を構えた。
「無理かどうかは、やってみなければ分からないだろう」
 地竜の爪が大地の輝きを放つ。徐々に竜の武具としての力が高まる。
 二人は同時に動く。カオスの力のこもった剣と、竜の力がこもった剣が衝突し、世界に力があふれた。






「うおっ」
 およそファーウ・ヴァリナーらしくない驚きの声が漏れる。
 最初の一撃で何重にも張ったバリアにいきなり皹が入った。このままではおそらく、竜の武具をもった戦士が三人そろえば絶対に防ぎきることはできないだろう。
「ったく、この名前がなければ最初の一撃でやられてたな」
 世界を守る妖精の役目は、命に代えても竜の武具の力で世界を壊すことがないように保護すること。竜たちの武具は諸刃の剣だ。混沌を倒すための力をその身に備えながらも、その圧倒的な力が解放されるたびに世界の秩序を歪ませる。だからこそ竜と妖精は互いを補完しあう。
「命がけの仕事なんかするつもりはなかったんだが」
 この任を引き受けたのはいつだったか。もう遠い昔のことだったので思い出すこともない。
「だがまあ、この名前に相応しい働きはするぜ」
 第二陣の攻撃が来る前に、ファーウ・ヴァリナーは改めてバリアを張りなおした。






 竜の武具は、装備者にもっとも相応しい姿をかたどる。セフィロスであれば妖刀正宗の、そしてスコールであればガンブレードの形だ。
 使い慣れた武具でガンを放つ。この場合放たれるのは地竜の爪そのものだ。当然、破壊力は並大抵ではない。ガーランドもそれを分かっているからこそあえて弾いたりはせず、回避して逆に攻撃のタイミングを計る。
 同時に剣が振られる。再び混沌と竜の武具が紫紺の輝きを見せて火花を散らす。強い磁場が生じ、空間が歪む。
「竜の武具の力をすべて引き出したか。やるな、地の騎士よ」
 その軽口にスコールは答えない。黙々と剣を振り、そしてガーランドを追い詰める。
 ガーランドが動こうとする先に回りこみ、先に先にと剣を繰り出す。
「その名は返上する」
 既に変革者としての資格を持たないスコールにとって、その呼ばれ方はもはや不要だ。
「俺は魔女の騎士──リディアだけの騎士だ」
 ついに、スコールがガーランドの死角を捉える。
「くらえ!」
 全力で振り切る。地竜の爪が暗黒騎士の鎧を傷つけたが、致命傷にはほど遠い。
「その程度の腕で我を倒そうなどと!」
 逆にガーランドの剣が鋭く閃く。今度はスコールの頬をかすめていく。
(互角か。いや、俺の方が分が悪い)
 スコールは冷静に分析する。スピード、パワーともにおそらくはガーランドの方が力は上。だが、この戦いにこもる気迫が圧倒的に違う。スコールの集中力は、今までレイラに操られていたときがあまりに散漫だった反動からか、かつてないほど高まっていた。
(勝つ)
 スコールはゆっくりと、自分の体内で『気』を高めた。






 身体から痛みが消えていく。安らぎを感じながら、ゆっくりとブルーは目を開けた。
(生きている)
 状況を素早く分析する。まだ戦いは続いている。自分を回復したのは、リディア。
「リディア。どうして」
 色々なことを尋ねたかった。まだ戦いが続いているというのに、何をのんびり回復などしているのか。それにリディアでは回復魔法は使えないはずなのにどうして自分は回復しているのか。いったい自分が気を失っていた間に何があったのか。
「回復は完全じゃないから、無理をしないで」
 見ると、リディアが召喚したシルフが消えるところであった。風の精霊シルフは傷の応急処置をすることができる。召喚魔法で自分を回復したということか。
「みんなは」
「ティナさんはまだうまく身体が動かないみたいです。セルフィさんとアセルスさんはまだ気を失っています」
 ティナは壁に背を預けながら戦況を睨みつけるようにしている。ガーランドに叩きつけられた際に骨でも折ったかもしれない。
「アセルスとセルフィは僕が回復する。君はティナのところへ」
「分かりました」
 ブルーはそう言って一度、戦況を見つめる。
(スコール。よく来てくれた)
 今はスコールがガーランドをひきつけてくれている。勝負はブルーの目には互角に映る。ならばその間にこちらの戦力を元に戻さなければならない。
(倒せる。スコールがいれば)
 竜の武具の力を完全に把握しているわけではないが、それでもカオスを倒すために生まれた武具ならば、力を全開にして叩き込めば致命傷だって与えられるはずだ。そして、その隙を作るのは自分の役目だ。
「スターライトヒール!」
 自分の回復力では弱いのは仕方ないが、それでもブルーの魔法によって癒されたアセルスとセルフィとがそれぞれ目を覚ます。
「っくぅ〜、きいた〜」
 半妖の姿のアセルスが顎をさすりながら起き上がる。セルフィは腹だ。大きなダメージだったが、致命傷にならなくてよかった。
「二人とも大丈夫かい」
「もちろん」
 と、アセルスはすぐに返事をしたが、セルフィはそうではなかった。
 目を丸くして、その戦いの場面を見つめている。
「……なんでや」
 標準語を話すことすら忘れている。それだけ、衝撃の映像がそこにあった。
 確かに自分の手で殺したはずのスコールがそこにいる。
(なんで? どうして? なんで?)
 だがスコールの方は自分には気づいていない。そんな余裕すらないほどにガーランドとの戦いに集中しきっている。
「なんでスコールが生きてるん?」
 自然と、セルフィは手を自分の方に向けていた。確かにこの手で殺したのに、とその姿が明らかにそう言っていた。その動揺している姿を見て、アセルスはため息をついた。
「やっぱり、あんたがスコールを殺そうとしたんだね」
 アセルスは冷たい視線を相手に向ける。
「……そうだよ。アタシが、スコールを殺した。この手で」
「助かったんだよ。あたしもちゃんと知ってるわけじゃないけど、スコールを助けた奴ってのがいるらしい」
 詳しい説明を省くと、セルフィは右手をぎゅっと胸の前で握った。
(かみさま)
 自分の、唯一といってもいい、罪。
 後悔ならばトラビアガーデンの件でいくらでもしてきた。だが、自分から進んで罪を犯したのはあの一度きり。
 この手でスコールを刺した、あの一度きりだ。
 たとえセフィロスと一緒にいるためだとはいえ、自分は取り返しのつかないことをしたのだと、そのことがずっと自分を縛り付けていた。
 だが。
(スコールを助けてくれて、ありがとうございます)
 今、セルフィは素直に感謝していた。トラビアが崩壊したときは、友人たちを助けてくれなかった神を心の中で呪ったものだが、ようやく神様は自分にも少し優しくしてくれたらしい。
「アタシ、スコールに謝らなきゃ」
 セルフィは駆け出す。さすがにその行動にブルーやアセルス、リディアまでもが驚愕した。
 その、スコールとガーランドの戦いの中にセルフィが突入していく。
「はんちょ!」
 大きな声をあげて、セルフィが魔力を全開にしたまま踊りこむ。
「了解」
 スコールはセルフィの意図を察して素早くガーディアンフォースを呼び出した。
「リヴァイアサン!」
 スコールは自分の名の通り、水の魔法を好む。リヴァイアサンをよく装備しているのはそれが一つの理由にあった。
「アレクサンダー!」
 そしてセルフィもアレクサンダーを放つ。ガーディアンフォースの二重がけだ。だが、それでこの二人は終わらない。ドールで、ティンバーで、ガルバディアで、エスタで、宇宙で、そして圧縮世界で──自分にとってもスコールにとっても、最も長く共に戦い、相手の戦い方をすべて理解しているからこそ、次にお互いが何をしようとしているのかが分かる。
「レビテガ!」
 水と光の攻撃がおさまったところへ、セルフィが吹き飛ばしの魔法を唱える。その魔法にガーランドが耐え切れず、勢いよくスコールに向かって吹き飛ばされる。
「フェイテッドサークル!」
 そのガーランドに向かってスコールは衝撃波を放つ。無防備状態で勢いがついているだけに、その衝撃波もダメージが倍増する。さらに、
「アルテマ!」
 その攻撃が止んだところでセルフィからの黒魔法が放たれる。最後に、
「エンドオブハート!」
 最終奥義。暗黒騎士の鎧が粉々になるほど剣で切りつけ、最後に渾身の力をこめて地竜の爪を振り切った。
「がはっ」
 ガーランドは黒い血を吐いて膝をついた。
「こ、これがSeeDの連携攻撃……強い」
 アセルスが目を見張った。一人ひとりの力が強いのは間違いないことだが、それにもまして何も言わなくてもお互いが何をするのか分かっているといわんばかりのこの連携はどうだ。これがSeeDの力というのなら、SeeDとはどれほどまでの力を一人ひとりが秘めているというのだろう。
「スコール」
 セルフィが泣きそうな目で、スコールを見つめる。
「アタシ、アタシ……」
 言葉にできない想いが胸をつく。だが、しゃくりあげるばかりでセルフィは何も言えずにいた。
 スコールはふと思いなおして、少し優しそうな笑顔を浮かべると、腰のナイフを抜いた。
「セルフィ、忘れ物だ」
 そのナイフを、彼女の手に握らせる。
「す、スコール、これ」
 さすがにセルフィもそれが何を意味しているのかは分かったらしい。
 これは、自分がスコールを刺したナイフ。
「こ、こんなの……」
 使えない、と言おうとして止まった。
 そんなやり取りを、あの天空城でも自分達はしていた。そして、自分はスコールを刺した──
「俺には必要ないと言ったはずだ。それに……うまくは言えないが」
 少し困ったような表情でスコールが言う。
「俺のことを仲間だと思っているのなら、それを受け取れ」
「あ……」
 セルフィはまた涙をこぼしながら、うん、うんと頷いた。
「ありがと、スコール。そして、ごめんなさい」
「気にするな。お前がセフィロスのことでそこまで思いつめていることに気付いてやれなかった。俺がリノアの仇討ちばかり考えていたから、余計に辛かっただろう」
「スコール、セフィロスとは」
「けじめはつける」
 きっぱりとスコールは言い切る。
「だが、それもこの戦いが終わってからだ」
「うん」
 その言葉でセルフィも気持ちを切り替えた。
 そう。スコールとセフィロスがどうなるのも、自分とセフィロスがどうなるのも、すべてはカオスを封じ、世界を元に戻してからのことだ。
 スコールとセルフィ、それにブルーとアセルス、リディアにティナが、弱りきったガーランドを見た。既に体中がボロボロで、立っているのもやっとという様子だ。
 王手がかかった。カオスの降臨は、ここで防ぐ。六人の意識は完全に一つになっていた。






171.海の騎士

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