そう。誰しも願いは一つ。
 愛しい人と共に生き、大切な場所に存在する。すべからく、自分が幸せでありつづけること。
 あなたがたは、よく戦いました。
 もう、すべてを終えてもいい時です。
 さあ、私を呼びなさい。
 今度こそ、この戦いに終止符を──












PLUS.171

海の騎士







crystal






 だが、それでもガーランドはまだ目が死んではいなかった。さすがにカオスの力を備えただけのことはある。
 死に体の様相を呈しながらも、なお剣を構えて戦う気を見せる。
「ぬかったわ。ここまでの力があるとは……」
 一対一ならば、ガーランドはスコールといつまででも戦い続けることができただろう。だが、スコールが何を考えてどう攻撃するか、一部のズレもなく把握して行動できるセルフィがいれば、その力は二倍にも三倍にもなる。それが連携だ。
「ふふ〜んだ。SeeDの最強コンビにかなうとでも思ってるの?」
 すっかりもうセルフィはいつも通りだ。やれやれ、とスコールはため息をつく。
「だが、我は負けるわけにはいかん」
 ガーランドは混沌の剣を掲げて、そのままスコールたちの方へと向けた。
「避けろ、セルフィ!」
「にゃっ!?」
 スコールがセルフィを咄嗟にかばう。だが、その暗黒波はスコールの皮膚を鋭くえぐった。
「半死半生の死に体で、まだそれだけの力があるのか」
 鮮血は左腕からだ。剣を振る分には問題ない。
「死ぬがよい、地の騎士よ!」
 さらにその不安定な体勢のスコールに向かって、気力を最大に高めた暗黒波を放とうとする。さすがにその直撃を受ければひとたまりもない。だが、セルフィをかばった直後の体勢でそれ以上素早く動くのは不可能だった。
「スコール!」
 リディアが叫ぶ。だが、スコールは動かない──
「そこまでだ」
 ガーランドの背後に、一つの影。
 スコールはかすかに目を細めた。それが誰だか、分かってしまったからだ。
 斜めに一閃される、長刀。
「ばかな」
 暗黒闘気は行き場をなくし、そのまま霧散する。
「うわちゃ〜。おいしいところ持ってくね〜」
 ガーランドの背後にいる人物に向かって、セルフィが声をかける。
「なに、私はとどめを刺しただけだ。決着はお前と陸騎士とが既につけていた」
 銀色の長い髪が揺れた。
「久しぶりだな、陸騎士。どうやら魔女の呪縛は解けたようだな」
「ああ……おかげさまでな」
 その二人の間に、険悪な空気が流れる。
 セフィロス。
 アセルスとセルフィが決して相容れないように。
 この二人もまた、互いに相容れない存在であった。
「呪縛が解けてもまだ私を狙うか」
「たとえリノアが魔女だろうが、リノアは俺の仲間だ。けじめはつける」
 セフィロスとスコールの間に火花が散る。
「だが、まずはカオスを封じてからだ」
「そうだな。だが、カオスを封じるのは現状ではまだ不可能だ」
 スコールとセフィロス。両雄が並び立つ。
 その向こうで、もはや息も絶え絶えのガーランドが剣を支えに立ち、こちらを睨みつけている。
「何故だ?」
「クリスタルがなければな。ガーランドはいつまでも復活しつづけるだろう。たとえこちらの方が戦力的に上だとしても、相手を殺すことができないのであれば意味がない」
「つまり、カオス本体とガーランドのつながりを絶てばいい、ということだな」
 会話に参加してきたのはブルーだ。
 スコールやセフィロスに対してあまりに非力な存在ではあったが、この場面で何をどうするか正確に把握できるのは彼をおいて他にはいない。
「そうだな。だが、その方法がない。お前にはできるのか、代表者」
「できないとは言わない。クリスタルの力を使えばカオスの闇を払い、その本体をむき出しにすることができる。あとは竜の武具を持つ三人で攻撃すれば、カオスを封じることもできるだろう。問題は、その間ガーランドを抑えておくことができるかどうかだけれど」
「私に任せて」
 名乗り出たのはリディアだった。
「勝算はあるのか?」
 スコールが尋ねる。
「大丈夫。ガーランドとカオスを切り離せばいいんだよね」
「ああ。だが……」
「任せてよ、スコール」
 リディアはそっと手をスコールの左胸にあてる。
「私は、あなたの相棒。もっと私を信じて」
「分かった」
 自信たっぷりにリディアが言うので、スコールもそれ以上は聞かなかった。
 となれば、後はカオスを倒すだけだ。
「ば、かめ……」
 ごふっ、と暗黒を吐きながらガーランドがそれでも剣を構える。その身体は既にふらついていて、決して戦闘を継続できるようなものではなかった。
「カオスを倒すだと。そのような世迷言、すぐに、消し去ってくれるわ」
「その身体で言うなよな」
「同感」
 アセルスの鋭い突っ込みにセルフィも頷く。
「ならば、お前たちに見せてやろう。真のカオスを。カオスの力を操る亡者たちの意思を!」

 そして。
 最終決戦が始まった。

 突如、ガーランドの背後に浮かび上がる『漆黒』。
 いや、それはもはや黒とは言わない。全てのものを急襲する『混沌』。ブラックホールとでも呼ぶべきだろうか。
「な、なんやの、あれ……」
 セルフィがその禍々しさに震えすら起こす。
「後ろにいろ、セルフィ。竜の武具すらないお前には耐えられん。他の奴らもだ」
 スコールとセフィロスを前に、他のメンバーが後ろにつく。
「あれがカオスか」
 スコールが顔をしかめる。
『無』そのものに感情はありはしない。それはもはや『無』ではなくなる。『混沌』の原初は『無』。その『無』があらゆる意識を取り込み『混沌』となった。

『……ヲ、ヲ、ヲ……モット、モット……』

 その混沌から、確かに人の声が聞こえた。
『もっと──』そう。
 彼らはすべて、世界に未練を残して消滅し、混沌に飲み込まれた者たちだ。
 そして今やカオスの思考パターン──『さらなる力』と『さらなる同砲』と『さらなる混沌』を求めることを繰り返す、ただの悪鬼にすぎない。
「なんて禍々しさだ」
 ブルーが吐き気をこらえながら言う。ただの人の身である自分にはそれをこらえるのにも精一杯だ。
「クリスタルがなければ、その闇を、『無の力』を払うことはできないのか」
 アセルスが言う。だが、その場面でまだ冷静に状況を見続けていた者が一人だけいた。
「大丈夫です」
 ティナが、静かな声で言う。
「すぐに、カインは来てくれます。スコールさんもセフィロスさんも来てくれました。カインは必ず、すぐにやってきます」
 クリスタルをその手に持って。
「そうだな」
 ブルーも安心したように言う。
「とにかく、クリスタルがなければ、あの『無』から、カオス──亡者たちの意識を切り離すことはできない」
 今やガーランドはそのカオスのヨリシロと化している。
 地上に、カオスが降臨する。

 ──重なる世界が、混沌に向かう。

「来たな」セフィロスが言う。
「ああ。随分と待たせる」スコールが言う。
「少し遅かったけどね」ブルーが言う。
「本命は最後ってこと?」セルフィが言う。
「ま、来たならそれでよしさ」アセルスが言う。
「遅いよもう……本当に」リディアが言う。
「待っていました」最後に、ティナが言った。

 クリスタルを掲げて入ってきたのは、カイン・ハイウィンド。
 そのクリスタルの光が、カオスの闇を振り払い、その力を弱めていく。
『キ、キ、キタカ、トガビト、ヨ』
 ガーランドに憑依したカオスが言う。
「お前がカオスか」
 カインはしっかりとした口調で言う。その後ろには小さなミルファの姿があった。
「カイン。クリスタルの力を全開にして。そうすれば『混沌』と『無』を切り離せる。間違えちゃ駄目だよ。『無』そのものに世界を滅ぼす意思なんてない。私たちが倒すのは『無』に取り付いた『混沌』だけなんだから」
「ああ。ここに来るまで何度も聞いた」
 左手に持つクリスタルの光がさらに輝きを増す。
「現れろ、カオス。『無』そのものから分かれ、我が前に出でよ!」
『ヲ、ヲ、ヲ』
 カオスの闇が、ぐにゃりと曲がる。
『トガビト、オマエモ、コントン、ニ、クワワレ』
「けっこうだ。俺にはこの世界に残したものが多すぎる」
 何も覚えていなくても。
 ただ、この世界にあることだけは分かっている。
 自分の愛したものが。
 自分の帰るべき場所が。
 この世界にはきっとある。
 自分を待っている人が、必ずいる。
「さあ『無』から離れろ! これが最後の戦いだ!」
 今までで一番の光が、クリスタルから放たれた。
 礼拝堂は光につつまれ、カオスが備えていた闇を一分ももらさぬほど、ただ光に満ちた。
 誰も目を開けていられない。そこにはただ光しかないのだから。



「な、なんなの、これ!?」
 セルフィの声が聞こえた。
「安心しろ、セルフィ」
 セフィロスがその身体を抱く。
「俺はここだ」
「……うん」
 セルフィはセフィロスにしがみつく。だが、それでも何も見えないということが不安を駆り立てられる。
「大丈夫だ。この光が治まれば、最後の戦いが始まる」
「うん」
「俺もお前も死なない。だから、安心していろ」
「──うん」
 セルフィは目を閉じて、そのままセフィロスのぬくもりを感じた。
 光はまだ、輝きを増す。



「これで最後だな」
「うん。長かったね」
 ブルーとアセルスは互いに手をつないで、居場所が分からなくならないようにした。
「この戦いには、もう僕らは不要かな」
「ま、確かにちょっとレベルが違いすぎかもね」
「でも、援護だけならできる。僕らにできるのはそれくらいだ」
「ああ。そして、これが終わればあいつと決着をつけないとな」
「まだそんなこと言ってるのか」
 ブルーは苦笑した。
「あたしのブルーへの気持ちを否定されたんだからね。借りは返すよ」
「まあ、死なない程度にやってくれよな、お互いに」
 光はまだ、輝きを増す。



「怖いか?」
 スコールは傍にいる少女を抱きしめた。
「ううん。スコールが、一緒にいるから」
 何も見えなくても、彼が自分を気遣っているのが分かる。だから耐えられる。
「考えてみると……あそこにいる人たちも、可哀相だよね。まだやりたいこと、たくさんあったはずなのに、死ぬこともできないでカオスに捕われて」
「そうだな」
「私たちの手で、止めてあげないと。この世界は、あなたたちも愛した世界なんだよって。自分が愛していたものを壊さないでって」
「そうだな。お前は本当に優しいな、リディア」
 スコールは苦笑した。
「だって、私の本当の気持ちだもん。それに、もう一つ」
「なんだ?」
「たとえ誰を犠牲にしたって、私はスコールがいてくれればいい、っていう気持ちも、あるんだよ」
「それは、俺も一緒だ。お前だけは絶対に守る」
 二人はすぐ傍で笑い、唇を重ねる。
 光はまだ、輝きを増す。



「カイン……」
 ティナは、その光の発信地に向かって進む。
 彼の傍にいなければ。
 彼を支えるのは自分の役目なのだから。
「カイン!」
 その光に、抱きつく。
「カイン……カイン!」
 左腕でそのたくましい身体を強く抱く。
「誰だ?」
 だが、帰ってきた言葉は無情なものだった。
「……カイン? 私がわかりませんか。ティナです。カイン……」
「ティナ……」
 そうだ。先ほどもミルファがその名を口にしていた。
「ティナ──そうか、お前か」
 カインは右腕で彼女を抱きしめる。
「俺が求めていたのは、お前で間違いないんだな」
 その言葉が、決定的だった。
 彼はもう、自分のことを覚えていない──
「……はい、そうです。私は、あなたの恋人です。カイン。あなたが記憶を失っても、私が絶対に傍にいると誓いました。私があなたの記憶になると誓いました」
「そうか。迷惑をかける。だが、まだ戦いはこれからだ。この戦いが終われば、おそらく俺はもう、何も覚えていないだろう。この身体すら、満足に残っているかは分からない。それでも、かまわないのか?」
「たとえ記憶を失っても、何もかも失っても、カインはカインです」
 ティナは泣きながら、彼の唇を求めた。そしてカインもまた、それに応える。
 全てを忘れ、全ての罪から解放された彼はもう、自由だった。
 そして、その自由が──大切なものを本能で理解した。
『この女性と、共にいたい』
 その気持ちが湧き上がってくる。
 誰よりも自分を愛してくれている女性。
 自分の愛は、ここに向ければいい。

 ──だが、今こう思った気持ちも、この戦いが終わるころには──

「待っていてくれ、ティナ」
「カイン」
「全てを、終わらせてくる」



 光が、収束する。
 そして、カオスは『無』と『混沌』とが切り離された。
 そこにいるのは『無』の力の一部を取り込んだ意識体。そして、その意識体が憑依しているガーランド。

「行くぞ」

 カインは、天竜の牙を抜いた。






172.天の騎士

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