「長かったね」
 その戦いを『外』から見守っていたハオラーンに声をかけたのは成長したレイラだった。
「そうですね。あなたも美しく成長されたようですね」
「ま、母親のコピーにすぎないけど」
「偉大なる最初の魔女。その子たち」
「もうジュリアの子は私だけだよ。リノアももういないし」
「そして、その魔女の子は新しい力をその身に蓄える」
 竪琴を持たずともそのあたりは吟遊詩人なのか、詩的な言葉で表現する。
「代表者と魔法王。その力をどうやって手に入れたのですか?」
「知りたい?」
 くすくすとレイラは笑う。だが、聞かなくても答は知っている。
「食べたのですか」
「そういうこと。双子の弟君のマネしてるみたいで嫌だったけど、消化するのが一番効率がいいのは間違いないから」
 ひどく、不穏な発言をしている。だが、それに対しても全く感情を動かさない辺り、この吟遊詩人の精神統一もただものではない。
「あなたはどうされるつもりですか、レイラ」
「一旦、先に戻ってる。カオスは多分みんなが倒すんだろうし、必要なレベルアップはしたし」
「私を止める──とは言わないんですね」
「言わないよ。だって、その方が面白そうだし」
 くすっ、と笑ってレイラはその吟遊詩人に近づいて唇を重ねる。
「見目もいいし、スコールより話が分かるし。世界を征服するのなら、一緒にやらない?」
「私の願いは世界の征服ではなくて、崩壊です」
「同じことじゃない」
 レイラはにこりと笑う。
「じゃ、先にフィールディに行ってるね」
 そしてレイラは消えた。代表者の力を使って。
「やれやれ。私は彼の『代わり』ですか……」
 だがそこに感情を発生させてはならない。
 あの『カオス』を吸収するまでは。












PLUS.173

混沌







chaos






 ふしゅう、と、カオスの口から呼吸音がもれる。
 暗黒の神殿の中、剣を振り切ったカインと、活動を止めたカオスとが対峙している。
 倒したのか。
 それとも、まだなのか。
 全員が、その動きに注目していた。
 だが。
【オ! オ! オ! オ! オ! オ! オ! オ!】
 カオスの咆哮が、カインを吹き飛ばす。受け身すら取れないまま、カインは床に転げ落ちた。
「こ、これは……」
 ブルーが呻く。
 その向こうで、闇が、一つに集約していた。
 分断された片方の闇が、もう片方の闇を吸収していく。
 小さくはなったものの、その闇の濃さはさきほどをはるかに凌駕している。
 まさに、混沌。全ての負の感情を備えた意識体。
 いや、そのカオスをも凌駕するほどの負の感情が、ここにある。カオスの狙いはまさにその、カインそのもの。
【か、かいん──ワレガ、カンゼント、ナルタメノ、サイゴノ、ニエ──】
 ふしゅううう、と呼吸と共に声が聞こえる。
「そうはさせるかよ」
 敢然とその前に立ちふさがったのはアセルスだ。
「カインには世話になってるからな。こんなところで殺させやしないぜ」
「そうだな。僕も同感だ」
 ブルーがその隣に立つ。
「ブルー、魔力は」
「休んだら多少は回復したよ。大丈夫。囮くらいにはなれる」
 総力戦だ。力のある人間が休むわけにはいかない。ただでさえ切り札のカインは傷ついているというのに、自分が休んでいるような場合ではないのだ。
「無理はするな」
 スコールも近づいてきて声をかける。大丈夫、とブルーは答えた。
「君とセフィロスならあのカオスだって倒せるはずだ。僕はそのお膳立てをするだけだよ」
 ブルーはこのスコールという人物を気に入っている。やりたくもないリーダーをやらされているという立ち位置への同情が最初にあり、そして自分よりも年若くやる気のない地位についているというのに、誰からも信頼を受けているその心の優しさに自分も魅かれたと言っていい。
「策があるのか?」
「まあ、いくつかは。危険には違いないけど、虎穴に入らずんばっていう故事もあることだしね。うまく生き延びられることを願ってくれ」
「ブルー」
 アセルスが睨みつけてくる。大丈夫、とブルーはもう一度言った。
「頼むぞ、みんな」
 そして、ブルーがカオスに向かう。
 この八人の中で最も非力な自分が、それも魔力すらほとんどつきかけた状態で挑む。それがどれだけ無謀なことかなど、自分が一番よく分かっている。
 だが、自分にしかできないことはいくらでもある。そう、力がないからこそ、自分の命は有効に使わなければならない。
『ブルー。死ぬ気か』
 朱雀の声がする。だが、ブルーは首を振る。
「まさか。一撃を与えて、自分も離脱する。カオスの意識が一瞬でも僕の方を向けばそれでいい」
 そう、隙さえ作ればそれでいい。あとはスコールとセフィロスが何とかしてくれるはず。
「僕らは負の感情などには負けない。あんな混沌なんか吹き飛ばしてやる」
 ブルーが『力』を右手に込める。そして、突撃した。
(あとは任せた、みんな)
 死ぬつもりはない。だが、死ぬ覚悟を持たなければ一撃すら与えられまい。
 死中に活を求める。今までだって自分はそうしてきた。今度も大丈夫。
(そういや……)
 そんなことを言って特攻した男がいた。その男は既にこの世にない。みんなのための犠牲となった。
(ジェラール。僕にも力をくれ)
 自分にも優しく接してくれた温和な皇帝。彼と同じように、自分もまた道をつなげる役割を果たす。
『大丈夫。兄さんならできるよ』
 そんな声まで聞こえて、ブルーは唇の端を上げた。
「くらえ、カオス!」
 魔力ではカオスなどびくともしない。だが『技』ならば。ルージュが使っていたあの技ならば、多少なりともダメージを与えられるはず。
「ツイン・アーク!」
 対象をエリアごと消滅させる技。ルージュのドラゴンズ・アーク、アビス・アークを見てからずっと研究はしてきたが、本番で試すのは初めてだった。
【ふしゅぅぅぅぅ】
 だが、それでもカオスはびくともしない。いや、若干闇が散ったところをみるとダメージを与えられているのだろうか。とはいえカオスの意識が自分に向いたのは間違いなかった。そのまま離脱するブルーの方へカオスが向き直る。
【ジャマヲ、スルナ】
 その腕から闇が放たれる。一撃、二撃と。ブルーは必死に回避しようとした。だが、既に体力すらほとんどつきかけていたブルーにその攻撃は、厳しかった。
 回避できないなら防御力を最大に高める。
 正面に迫った闇の波動を、ブルーは全力で受け止めた。
「があああああああああああああっ!」
 ──痛み、とか、苦しみ、とかではない。これは、神経を焼ききる波動。
 まさに負の感情をすべて込めた強力な精神攻撃だった。
 ぎりぎりでこらえきったブルーの目の前に、さらにもう一撃、さらに巨大な闇が来る。
(死んだな)
 絶望が降りる。回避も防御もできない。この攻撃をもう一度防ぐ術は自分にはない。
(あとは任せた)
 自分がカオスを誘導したことで、スコールたちがカオスを倒してくれればそれでいい。
 そして、目の前に闇が広がった。
(さよなら)
 覚悟を決めて目を閉じる──が、衝撃は来なかった。
(?)
 おそるおそる目を開ける──と、そこには紅い戦士の姿があった。
(ルージュ)
 紅、という色彩からすぐにもう一人の自分を連想したが、そうではない。
 朱雀が、目の前に降臨していたのだ。
「朱雀」
「ここまでだ、ブルー」
 闇の波動を受けた朱雀が、自分に背中を向けながら話す。
「私は消滅する。すまないが、アセルスにとっての四体目となる力あるものは、別のものを探したまえ」
「馬鹿な。朱雀、君がそんなことをしてどうなる。君は、僕の戦いには」
「関係なくなどない。私は君が、気に入っているのだから」
 かすかに笑ったような声。
「生きたまえ。我が相棒よ。君の生はこれまで苦しみの連続だった。せめてこの戦いが終わってからは、君の愛する人と静かな生を送りたまえ」
「朱雀!」
 その朱雀が、闇と共に消えた──






 無論、カオスに生まれた隙を放っておくような騎士たちではない。
 スコールはそのカオスに向かってブラスティングゾーンを放つ。闇を相手にするのに肉弾戦では意味がない。スコール最強の奥義、エンドオブハートではダメージを与えることができないのだ。
 確かにブラスティングゾーンはカオスにダメージを与えていた。だが、やはり浅い。
「こっちだよ!」
 半妖のアセルスがさらにカオスの背後から攻撃する。
「金獅子!」
 かつての戦友の力を借りて衝撃波を放つ──が、それも闇を散らせただけで効果的なダメージは与えられていない。
「大丈夫。私たちは勝てる」
 リディアがその背後からさらに魔法を唱える。
「絶対に!」
 その、リディアの背後に天使の翼が広がる。こちらも実戦では初のお目見えとなる──
「フォール・ダウン!」
 十二個の魔力球がカオスの闇を散らしていく。地獄でサタンが使っていた魔法。さらには、
「アポカリプス!」
 黙示録砲がカオスに風穴を開ける。そこから闇がまた漏れるが、それでもまだカオスは呼吸音を伴いながら活動を続ける。
【ジャマ、ヲ、スルナ……!】
「邪魔をしているのはお前だ」
 セフィロスが剣を構える。そして、カオスの向こう側にいるスコールとアイコンタクトをかわす。
「お前と協力するのは気が進まないが」
「こっちの台詞だ」
 二本の『竜の武具』が煌きを帯びる。
『ドラグーン・ショット!』
 前後から挟み撃ちにする形で同じ衝撃波が放たれる。それは確実にカオスを散らした。
【フゥゥゥゥ、フゥゥゥゥ】
 だが、それでもまだ足りない。朱雀の命すら犠牲にして竜の騎士たちが最大の攻撃をしかけているのにも関わらず。
「そこまでだよ」
 その間隙をついて、セルフィがカオスの傍に近づいていた。
「馬鹿、危険──」
「違う! 下がれ! 我々の方が危険だ!」
 セフィロスが珍しく血相を変えて指示する。その豹変ぶりに、何が起こるのかスコールも理解した。
 セルフィの究極スロット魔法──
「ジ・」
 花畑が、この暗黒空間に広がる。あらゆる存在の活動を停止させる、究極奥義──
「──エンド!」
 アセルスとの戦いでは途中でキャンセルされたが、今度こそ、決まった。
 全ての活動を停止させる『強制終了』の魔法。これがセルフィの最終奥義。この技があるからこそ、セルフィはSeeDの中でも『最強』の一人として数えられているのだ。
 これが決まれば間違いなく倒せる、という過信をセルフィもセフィロスもスコールもしていた。
 だが。
【フシュゥゥゥゥ】
 まだ、そこにカオスはいた。
「不死身か」
 アセルスが乾いた唇をなめる。
「どうすれば倒せるんだ、こんな奴」
 あらゆる攻撃はダメージを与えている──いや、与えているのだろうか? 闇は散ってもすぐに回復している。効果的なダメージは何も与えられていないのが現実だ。
【ヒカリノ、ワザデハ、ワレハ、タオセヌ……!】
 カオスが、動く。その闇を煌かせて。
【コレガ、シンノ、コウリン】
 真の降臨。
 全員がその場から離れていたとはいえ、ただごとではない何かが起ころうとしているのだけはわかった。
【ふぉーる・だうん】
 それはリディアの──サタンの使った最終奥義。闇色の波動が、リディアを、ブルーを、アセルスを、セルフィを、スコールを、セフィロスを貫いていった。






「カイン」
 ティナは倒れて動かないカインの下へと駆け寄る。
 その手はしっかりと天竜の牙だけを握り締めている。そして目は見開かれて虚空を見つめている。
「カイン。私を見てください。カイン」
「あ……う……」
 だが、カインは自分を見ても、何の感情も生まれていなかった。
 ──完全な、記憶の消去。
 もはや、取り返せないところまで来てしまったのだ。あの、最後の一撃を放った時に、全てが失われたのだ。
「どうして、こんなことに……」
 左腕で彼の身体を起こす。そして抱きしめる。両腕がないのがこれほどもどかしいと思ったことはない。この傷つき、病んでいる彼の心と身体の全てを受け止めたいのに、それができないこの自分が何より許せない。
「世界なんて、滅びたってかまわない」
 ティナは泣きながら、片腕だけで彼の身体を抱く。
「あなたが私の傍にいてくださるなら……!」
「駄目です。そんなことを言っては」
 ふわり、と優しい言葉が二人の下に届く。
「ミルファさん」
「駄目ですよ。私だって、大好きな人がいて、その人がいてほしいって考えます。でも、それじゃ駄目なんです。だって、私たちは世界があってこそ存在している、世界がなければ出会うこともなかったんですから」
 ミルファの周囲に風が起こる。
「カインさん。もう、自分の名前すら分からないですか」
 少女が視界に入ると、カインの目が見開く。
「あ、あ、あ……」
 震える左手を差し出そうとする。ミルファはその手を取った。
「大丈夫ですよ。あなたはもう、罪を償ったんです」
 その言葉がどう届いたのか。
 カインの顔から、焦燥や恐怖といった感情が消えて、とても穏やかなものに変わった。
「だから、私たちみんなのために、カインさんの力をあと一回だけ、貸してください」
「そんな! もうカインは限界なのに!」
「私たちはみんな世界の子供。カインさんもそれが分かるなら、カオスを倒すために立ち上がってください」
「か、カオス……」
 その言葉に反応するように、カインが震える体で立ち上がる。
 その目は既に戦士のもの。たとえ自分が滅びても敵を倒そうとする覚悟をもった騎士のもの。
「やめて、カイン……あなたがこれ以上苦しむのは、見たくありません」
 だが立ち上がったカインは、ぎこちなく笑う。そして彼女の頭をぽんぽんと撫でる。
「かえ、ってく、から」
 うまく言葉も話せなくなっている。記憶の崩壊が言語能力にまで及んでいる。
 だがそれでも──カオスを倒さなければならないという意識だけがただそこに残っている。
「カインさん。私も命をかけます。私があのカオスの動きを一瞬封じますから、その間に必ず倒してください」
 子供のようなあどけない顔で、カインはこくんと頷いた。
「いきます」
 ──その瞬間、ミルファは風に溶けた。






174.竜の騎士

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