風のマジックマスター。
それが彼女に与えられた称号。風の塔を治め、その力を使いこなすことができるただ一人の術士。
ただ一つの術だけを極めた者の力は、何にも負けない。
「これが、私の力」
風と同化したミルファは、カオスの闇を包み込む。
『戒めの風!』
PLUS.174
竜の騎士
the last battle
当にカインの力は限界に来ていた。いや、力だけではない。精神もだ。
心も身体もすべてが傷つき、もはやそこに立っていることすら不思議なほど。
「カイン」
ティナが彼に触れる。だが、その手をカインは取って、放す。
この一撃に全てをかける。
カオスを倒すことだけに、この騎士は集中しているのだ。
「やれやれだな」
闇に貫かれたはずのセフィロスが隣に立つ。いや、確かに貫かれているが、急所は外れたらしい。脇腹を押さえているが、致命傷ではない。
「こっちの台詞だ」
反対側にスコールが立つ。こちらも左肩が抉られているが、それでも剣を持つ右手には支障がない。十分に戦える。
竜の騎士三人の、揃い踏みだった。
「既に修正の力を受けている俺たちではカオスは倒せないらしい」
セフィロスの言葉に、自分がいつ修正を受けたかすら覚えていないスコールが首をかしげる。だが、それに気付いて顔をしかめた。
「そうか、リノアとの戦いの時か」
リノアに取り付かれた自分を、セルフィは強引に救出した。
クリスタルを起動した後でセルフィの力を直接浴びている時として考えられるのは、あの時しかない。
「そういえば一つ疑問に思っていた、セフィロス」
「なんだ」
「こんなときにする話でもないとは思ったが。リノアを殺したのはともかく、どうしてウォードまで殺した?」
そう。セフィロスが『狂った』と思われたのは、ウォードまで殺していったことだ。スコールは状況しか知らされていないが、そのこともあってセフィロス=敵、という構図が出来上がってしまっていたのだ。
「確かに殺した。だが、あのときの敵──エクスデスは他の人間に寄生することができる意識体だった。それが取り付いた相手だったのが彼だ。助からないと知った彼が、自分を殺すように訴えてきた。だから殺した」
「そうか」
あのトラビアガーデンで、セフィロスはエクスデスに致命傷を与えたと思ったが、すぐにそれが間違いであることに気付いた。使い物にならなくなった身体を捨て、別の生きた人間に取り付こうとしたのだ。
だからそれを察知したセフィロスが追いかけた。そこにいたのがウォードだった、というだけの話だったのだ。
「何を言っても言い訳にしかならない。だから俺はセルフィの元を去った」
「どうして最初から……」
「言えるはずがない。俺はクリスタルを手に入れるまで修正されるわけにはいかなかった。セルフィから離れなければならなかった」
すべて、セフィロスは承知の上で動いていた。セルフィと結ばれることがないことも。そして、自分が誰とも交わることがないことも。
「……それでも、セルフィは俺の傍にいてくれると言った。俺は、振り払えなかった。彼女が、大切だったから」
セフィロスの独白に、スコールがため息をつく。
「そんなことを言われたら、戦いにくいな」
「決着をつけるのは諦めるか?」
「いや。けじめはつける。だが、別に命のやり取りをする必要はない。真剣ではなくても決着はつけられる。それに、セルフィが悲しむのは嫌だしな」
珍しくスコールは雄弁に話す。その言葉にセフィロスは笑った。
「さて、カイン。お前の番だ」
セフィロスが右手でカインの左腕を取る。スコールは痛む左手でカインの右腕を取った。
「お前しかいない。カオスの混沌を打ち消すことができるのはお前だけだ」
セフィロスの真剣な目に、カインは意味がよく理解できていなかったようだが、それでもしっかりと頷く。
「闇を打ち消すにはどうすればいいか」
セフィロスがゆっくりと語りかける。
「それは光を生むことではない。光は新たな闇を発生させるにすぎない。闇を打ち消すにはさらに深い闇でもって包み込む。それが唯一の方法だ。そして、お前の持つ負の感情は、カオスの持つ負の感情をはるかに上回る。いいか、負の感情をすべて放出しろ。お前が記憶を失うまでその罪悪感に捕われ続けたのは、この際好都合と思え」
理解はできていないに違いない。だが、カオスを倒す、という命題だけはしっかりと刻み込まれた。
「わ、った」
三人が、各々剣を構える。
これが、最後の一撃。
戒めの風で、カオスの動きは封じられている。
「行け!」
セフィロスの号令のもと、カインが突進する。
「ブラスティングゾーン!」
地竜の爪が、衝撃波を生む。
「スーパーノヴァ!」
海竜の角が、さらなる衝撃波を生む。
二つの衝撃波がカオスに──そして、カイン自身へと襲いかかり、その力を帯びてカインは天竜の牙を振り下ろす。
その一撃は。
ミルファのおこした風をも粉砕し、
張りなおしたバリアをも崩壊させ、
カオスが纏う闇を完全に霧散させ、
……さらなる闇で、その意識を消滅させた。
その先に残っていたのは、真紅の結晶。
それが、カオスの本体。
邪念を吸収し、力に変えて、さらなる邪念を呼び寄せる。
その、核。
「俺をずっと呼んでいたのは、お前か」
いつも罪悪感が隣にいた。
セシルを裏切り、ローザを奪い。
自分にとって最も大切なものを、自分の手でなくした。
後悔、そして自分への怒り。
自分が狂っているのは当然のことだ。カオスを上回るほどの負の感情をその身にまといながら平然としていられる。それが狂うことでなくて何と言おう。
「すまなかったな、セシル、ローザ」
カインは、その剣を掲げる──いや、次第にその剣の形は槍へと変わる。
この、最後の瞬間にただ一度だけ。
「どこの誰かは知らないが、俺の記憶を戻してくれて感謝する」
風を感じる。
ああ、なるほどと思った。
「ローザに似ていると思ったが……お前はローザというよりも、俺が感じていた風に似ていたのかもしれないな」
消え去ったはずのミルファの意識がカインと戯れるように、風を心地よく感じる。
一度死んでからは、一度も感じられたことがない風。
「ありがとう。俺の意識がここで途切れても、もう文句はない」
風を感じ、槍を持ち、そして大切な存在を頭の中に思い描けることの喜ばしさ。
死ぬのなら風の中で、竜騎士として死にたかった。
それが、叶う。
いまや、セシルやローザへの罪悪感はすべてなくなった。
償いを果たした──そう思えるだけの何かが、カインの中にあった。
だが同時に、別の罪悪感が頭の中をちらつく。
一瞬だけ、振り返る。
そこに、涙を流している美しい女性の姿があった。
「すまないな、ティナ。お前の想いには応えられそうにない」
記憶が戻ったことで、自分の身におきていることがすべて分かった。
この槍を放てばそれで終わり。竜の力をすべて使い果たし、完全に記憶もなくなり、身体も動かなくなるだろう。
それでもいい。
ティナはずっと傍にいてくれるだろう。そのことは自分の罪以上に信じられることだったから。
「父さん。俺は、あなたを超えることができたのかな……」
カインが高く飛び上がり、そこから槍を放つ。
真紅のコアが、その槍に貫かれる。
世界が軋む音に、誰もが不快を覚えた。
だが、これですべてが終わった。
──瞬間、世界は闇に包まれた。
『お前がカインか』
暗闇の空間の中、誰かが自分に語りかけてくる。
何者かは分からない。だが、それが自分に対して敵対意識を持っていることは明らかだった。
「そういうお前は誰だ?」
『私はカオス。全ての混沌を司る者』
「お前がカオスの大元か。そのカオスが俺に今更何の用だ?」
『特に用というわけではない。ただ、ゆっくりと話してみたかっただけだ。全ての負の感情を吸収した私よりも深い罪の意識を背負った者に』
一瞬の間。だが、カインはすぐに苦笑した。
「俺がカオス以上の化け物だという言い方だな」
『それが現実だ。お前の精神に触れれば大抵の者は焼ききれる。お前の『妹』がそうだっただろう』
イリーナの姿がふと思い描かれる。確かにそんなこともあった。
「それで、お前は俺と話してどうしたいんだ?」
『どうもこうもない。ただ知りたいだけだ。お前という存在を』
「ふん」
周りを見るが、誰もいない。この暗闇の中、どうやら存在しているのは自分とカオスだけらしい。
「だいたい、お前が俺を吸収しようとしたのは俺の負の感情が欲しかったからじゃないのか」
『そうだ。自分以上の負の感情があれば、私は完全体になることができた。だからこそお前を求めたのだ』
「このPLUSに来たときから、いや、それよりもずっと前から感じていた。俺が試練の山で一人訓練をしていたとき、俺を取り込もうとしていたのはお前だったのか」
『その通り。お前は何故か、罪を償おうとしない。罪を背負ったままでいようとする。それは正常な人間の考え方ではない。いったい何を考えているのか理解できなかった』
「それはお前がもう人間をやめたからだ」
カインは自分の手を胸の前で握る。
「自分を信頼してくれた、たった一人の戦友。それを裏切ることの罪の深さは何にも勝る。俺は死ぬまで罪と共にあり続けようと思った。たとえ自分が父よりも強い竜騎士だとしても、セシルの元に戻るわけにはいかない。俺は裏切り者だ。セシルにはローザやみんながいる。俺の居場所はない。ないと決め付けて、帰ろうとしなかった」
『会いたくはなかったのか? 二人に』
考えてみる。会いたい。だが、その会いたいという気持ちに苦しむことこそが自分の償いの仕方なのだと考えていた。だから、この戦いがなければ、自分は永久にあの場所にいたに違いない。セシルやローザとは二度と会うことなく。
「俺の感情は二の次だ。それに、俺は結局のところ──」
そう。その感情があればこそ、自分は冷静でいられた。ただの罪悪感ならとうに失われていただろう。だが、その罪悪感は日が経つに連れて増していくのだ。何故なら。
「ローザと共にいるセシルが、憎くて仕方がないから」
その相反する二つの『負の感情』こそが、カインの寄って立つところなのだ。
『愛すると同時に憎むか。人間の考えていることは分からん』
「感情ってのは常に一つだけじゃない。嫌いな人間を好きになることも、好きな人間を嫌いになることもある。ただ一つだけ言えることは」
カインは二人のことを思い返す。
「俺の居場所はあの二人と共にあったということ、そしてその居場所を自ら手放したということ。それだけだ。俺はローザを愛しているし、セシルを愛している。セシルを憎む気持ちよりも愛する気持ちの方が強い。だから自分を律することができる。だが、もしもあの二人の傍にいれば、その感情は逆転するかもしれない」
『危険から身を遠ざける、か』
カオスはなるほどと納得する。
『その結果が、お前のその力か。全てを変える力があり、その意思もある。だが決定的にそれを自らの感情が望んでいない。矛盾こそパワーの源、カオスの源だからな』
くふぅ、といつもの呼吸を行う。ふう、とカインがため息をついた。
「俺も、カオスを倒すにはクリスタルの光をもってして行うのだと思っていた。だがまさか、俺自身に巣食う闇が、カオスを倒すことになろうとは……」
そよ風が突風にかき消されるように。星の光が太陽の光にかき消されるように。
カインの闇は、カオスの闇をかき消してしまったのだ。
「やはり俺はセシルとは違うな。セシルなら絶対に闇に自分を染めたりはしない。パラディンのまま立ち向かっただろう」
『お前もだ。パラディンでありながら竜騎士でもある者よ。お前は勇敢に立ち向かった。その身の全てを犠牲にしてな』
これから自分は記憶を失い、そして身体も満足に動かなくなる。竜の武具などもってのほかだろう。
だが、それはカオスを倒すために自分が望んだこと。叶うのなら他の全てをも捨てると覚悟したもの。
『あの娘が気になるか?』
それでティナのことを思い出す。
そう。全てを思い出したからこそ言える。自分の本当の気持ちを。
ローザとティナと、どちらの方が自分にとって大切なのか。
「俺の気持ちは、もうはっきりしている」
カインは力強く言う。そうか、とカオスは頷いた。
『それを伝えられる日が来ることを願うがいい』
「ああ」
『そして──戻れる日を、な』
「ああ」
──カオスは滅びたのだ。
175.閉幕。そして……
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