戦いは終わった。
 吟遊詩人のつむぐ歌は、ここまで。
 第四幕が終われば、グランドフィナーレ。
 だが。

 この楽章の指揮者はどこにいたのか。
 何を歌い、何をつむいだのか。
 指揮者の願いはどこにあるのか。

 詩人はもう、歌わない

 新たな楽曲が、世界に鳴り響く。



 それは、全ての世界に捧げる、鎮魂歌。












PLUS.175

閉幕。そして……







requiem






「やったか」
 落ちてきたカインをスコールが受け止める。
「セルフィ!」
「任せて」
 こちらも闇に貫かれて満身創痍だったが、気丈にも立ち上がったセルフィが『世界の修正』を始めた。
 重なる世界が、徐々に、徐々に軌道を変える。
 八つの世界はまだ災害が続くだろう。だが、これからは徐々にそれが少なくなっていくに違いない。
「終わったよ〜」
 ほっとする一同。
 だが、セフィロスだけがまだ緊張を解いていなかった。
「そこだ!」
 カオスの闇が霧散した場所にセフィロスが剣を振り下ろす。
 だが、その剣は振り下ろす途中で止まった。
「……見破られましたか」
 そこにいたのは、吟遊詩人ハオラーン。その周囲に張られた魔法障壁と海竜の角が激しくスパークを起こす。
「ですが、もう遅い。私は散ったカオスの御霊をすべてこの身体に吸収する。あと少しでそれが完了する」
「させるものか! カオスの力をこれ以上混乱の道具にはさせん!」
 セフィロスが魔法障壁を破壊し、ガラスの割れるような音が神殿に響く。
「む」
「とどめだ、吟遊詩人!」
 だが、その吟遊詩人の顔に全くといっていいほど悔しさも絶望もなかった。
 それは、勝利を確信した顔。
 何故?
 かすかに生まれた疑問に、もっと注意を払うべきだった。

 敵はなにも、吟遊詩人だけとはかぎらなかったのだから。

 突如、背後から襲う強烈な衝撃。
 セフィロスは、背中から腹にかけて風穴が開いたことを知った。
「セフィロス!」
 セルフィが駆け寄る。致命傷だ。そんなものは見れば分かることだった。
「いやだ。セフィロス、セフィロスセフィロスセフィロスセフィロズッ!」
「……すまない、セルフィ」
 こふっ、と吐血する。
 そして、自分を倒した男、その吟遊詩人の隣に立つ男を見た。
「そんな」
 声を出したのはリディア。こちらも怪我をおして立ち上がった。
「どうして」
 にやり、とその男は笑う。颯爽とした立ち姿、その身にまとう力。
 そこにいたのは、まぎれもなく──
「悪いなあ、リディ。俺は嬢ちゃんに契約する前から、こっちと契約してたもんでね」
 緑色の炎をまとった召喚獣がそこにいる。
 ディオニュソス。
 その力がどれほどあるのかは未知数。その能力をリディアですら測りかねている。
「……」
「何も言えないよな。そりゃ、俺とリディの間には真の信頼関係はなかった。お互いがお互いを利用しているだけ。最初から分かってたことだった。悪いけど、あんたとの旅はここで終わりだ、リディ」
 だが、リディアもただ黙って見てはいない。その場で召喚魔法を唱える。
「無駄だぜ」
「セラフィム!」
 四大天使が降臨する。召喚獣による攻撃がディオニュソスとハオラーンを襲った。
「無駄だって言ってるのになあ……」
 ディオニュソスは右手をかざしただけでバリアをはると、その四方からの天使の衝撃波をすべて受け止めた。
「な」
「言っておくけどな、リディ。俺が見せてた力なんてのは、単なる表面上のものだぜ。俺がその気になりゃ、バハムートのおっさんも四方天使にしたって、ものの五秒だ」
 そこまで『強さ』を誇りながら、今まではその力を全くといっていいほど見せていなかった。
 ディオニュソスの力はバハムートと互角といったところ。そう判断していたのだが。
「完了した」
 と、ディオニュソスの言葉に続くようにハオラーンが言う。
「カオスの御霊は回収した──遅かったな、代表者、変革者たち」
 ふ、とハオラーンが『笑った』。
 そう。今まで感情を禁じ、カオスをすべて吸収する準備をしていたハオラーンが笑ったのだ。
「私はもう見届けるだけの吟遊詩人ではない。その運命の鎖から放たれ、私自身の手でこの残った十六の世界全てにレクイエムを捧げよう──!」
 吟遊詩人はそのローブを脱ぎ捨てる。
 その下から出てきたのは、まがまがしい暗黒騎士の姿だった。
「レイラ嬢の提案を受けよう。王には王妃が必要だ」
「へーえ? じゃ、俺は王の近衛隊長ってとこかい?」
 ディオニュソスがからかうように言う。
「そうだな。では世界の王がお前に命じよう。ここにいる者たちを倒せ。私は先に、フィールディへ行っている」
「らじゃー」
 そんなやり取りがあって、ハオラーンは消えた。
「さってと。それじゃ、さっさと始めてさっさと終わらせるか」
 ディオニュソスは笑った。そして、この場に残る満身創痍の顔ぶれを見つめた。
 完全に自我が崩壊したカイン。
 半死半生のセフィロス。
 そして大怪我を負った代表者たち。
 だとしたら、戦えるのはただ一人。
「そうはさせない」
 スコールが地竜の爪を持ってその前に立ちはだかった。
「ディオニュソス。俺はあんたを許さない」
「へえ?」
 その召喚獣は楽しそうに笑う。
「俺が騙してたからかい? でも俺ははじめからリディとはちゃんとした契約を結んだわけじゃなかったんだぜ?」
「それは関係ない。お前はただリディアを悲しませた。理由はそれで十分だ」
 断言するスコールに、さすがのディオニュソスも驚いたような顔を見せた。
「ひゃー……兄ちゃん、よく恥ずかしくなくそんなこと言えるねえ」
「リディアは俺の中では最初から特別だった」
 一呼吸おいて、腰に力をためた。
「特別を特別と思うことに、何のためらいがある!」
 そして、駆け出す。先手必勝だ。地竜の爪を振るい、相手を後退させる。
「さすがの俺っちも、そいつの直撃だけはくらいたくねえなあ」
「安心するがいい」
 そして、最強奥義の構えに入る。
「気付いたときには、終わっている」
 カインならずとも、竜の武具の力を解放するのは体力がいる。カオス戦で全ての力を出したスコールにとって、これ以上の使用が自分の体をいかに痛めつけることになるかは承知していた。
 だが、自分しかこの場を治めることはできないのだ。
「エンドオブハート!」
 スコールの最強連続攻撃がディオニュソスを切り裂く──かと思われた。
 だが、実際には最初の一撃を、ディオニュソスは手で捕まえてしまった。
「な」
「甘いぜ、兄ちゃん。言ったろ? 俺は強いぜ、って」
 豪腕がうなる。そして、スコールの腹を痛烈に打った。
 肺の中の空気が全部外に漏れる。
「あ、がっ」
「さ、ゆっくり眠りな」
 逆の腕を振りぬく。スコールの体が彗星となって、十メートル以上離れた壁に激突した。
「なんだよ、変革者でこの程度か。じゃ、俺を止められる奴はいねえな」
 ふう、と息を吐いてディオニュソスが力をためる。
 その時だ。
「悪いが、彼らを殺させるわけにはいかん」
 別の声が、そこに入り込んでくる。
「誰だ?」
「誰も何も、ずっと一緒に行動していたものだ。分からないというわけでもないだろう」
 その場に突如現れたのは、この戦いを外から見守っていたドクターだった。
「ドクターかよ。なんだ、随分強くなってるみてえじゃねえか。まあ、もう死ぬ寸前みてえだが」
 その言葉に、全員がドクターの方を向く。平気そうにしているが、何故ディオニュソスはそのようなことを言うのか。
「その通りだ。だから、お前にはすまないが、私の最後の力で彼らを無事に離脱させる。決着は、彼らが回復してからでも遅くはないだろう」
「そうはいってもな、俺も王様に命令されてるから、そう簡単に逃がしはしないぜ」
「相手に勝つのではなく、防ぐだけというのであれば、方法などいくらでもある」
 ふたりの間に、鋭い緊張が走る。
「……試してみるか?」
「いや、遠慮しとくよ。オーケイ。さっさとそいつら連れ帰りな。俺の気が変わらないうちにな」
 見逃す、と。ディオニュソスは確かにそう言った。
「ディオ」
 リディアは最後に、その相棒に呼びかける。
「悪いな、リディ。俺は結構、あんたのこと気に入ってたぜ」
 じゃな、と一声。
 それが、最後に見たディオニュソスの姿となった。






 転移の魔法。
 瞬時に移動した場所は、エウレカの内部、クリスタルルームだった。
 そこに怪我人の群れが突如現れる。
 カイン、ティナ、スコール、リディア、セフィロス、セルフィ、ブルー、アセルス。
 いずれも勇敢な戦士ばかりで、しかも一人も損なわれずに帰ってきたのは快挙といってもいい。何しろ、カオスによる『崩壊』は防ぐことができたのだ。
 ただ、問題が二つ。
 一つは新たな敵、ハオラーンが既に第十六世界フィールディに向かったこと。
 そしてもう一つは──
「セフィロス」
 セルフィが泣きながら、彼の体にしがみつく。
 そう。もう一つは、セフィロスはもう、助からないだろうということだ。
「泣く、な……これで、いい」
 既に意識も朦朧としているが、セフィロスはそれでも右手で彼女の髪を撫でる。
「ここで、死ねるなら……」
「いいわけないやろっ! アタシのこと置いてかないで、セフィロス、セフィロスっ!」
「ドクター」
 セフィロスは霞む目で、自分たちを連れてきたドクターの方を見る。
「なんだ」
「頼み、が」
「聞こう」
「ヴァリナーと、同じように」
 それ以上は声が出てこない。だが、それを聞いたドクターは頷いて答える。
「お前ほどの男ならば可能だろう」
 ふ、とセフィロスは笑った。
「セルフィ」
 そして、彼の体がゆっくりと力を失っていく。
「お前に、会えて、よかっ……」
 最後まで、それを言い切ることなく。
 セフィロスの意識は、そこで途切れた。
「セフィロスーっ!!!」
 悲鳴が、クリスタルルームに響く。
 仲間たちも、その光景を静かにただ見守った。
「セフィロス」
 その亡骸にドクターが近づき、その額に触れた。
「お前の願い、かなえてやろう」
 すると、その体が光輝き、徐々にその形を失っていく。
「な、なんやの!?」
 セルフィが驚くが、ドクターは平然としている。
「セルフィ。彼の亡骸を弔うことはできない。だが」
 その光は徐々に球体となり、握りこぶしほどの大きさと変わった。
 その光球がセフィロス。セフィロスだったもの。
「お前は永遠にセフィロスと共にいる。その命が亡くなるまで。彼は、お前の一部となるのだ。お前の脳の一部を切り取り、ガーディアンフォース・セフィロスとしてお前と共にある」
「セフィロスが、GFに……」
 セルフィが両手を差し出して、その光球に触れる。
 瞬間、スパークが起きて、その光は消えた。
 だが、そのGFとジャンクションした感触が確かにある。
 セフィロスの息吹を感じる。
「セフィロス」
 その小さな手を、彼女は胸の前で握り締めた。

「アタシ、絶対セフィロスの仇を討つからね」

 その目はもう『復讐者』以外の何者でもなかった。






176.幕間。別離

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