「何故、あなたがここに」
ティナは体を震わせた。この中ではカインを除けば唯一マラコーダと面識がある。
いや、面識などという生ぬるいものではない。自分の右腕を切り飛ばしたのは、紛れも無くこの男なのだから。
緑白色の髪、漆黒の肌。
暗黒騎士、マラコーダ。
「どうやら、多大な犠牲を払ったみたいですね」
マラコーダはゆっくりと近づいてくる。ティナはカインを背にしてオメガウェポンを抜いた。
自分の実力は分かっている。
このマラコーダという暗黒騎士にはかなわない。だが、彼はカインを執拗に狙う。いや、カインではない。その回りにいる人間を。カインに苦しみを与えるためだけに。
「どうやらきちんと生き延びたようですね、お嬢さん。ですが、今日は戦いに来たわけではありません。カインに話があってきただけです」
「信じられると思いますか」
「いえ、難しいですね」
マラコーダは妖笑を浮かべた。
それが、戦いの合図となる。スコールとセルフィ、アセルスが武器を抜く。リディアとブルーが魔法を唱える準備に入る。
だが、戦いが終わったばかりのメンバーに、この凶悪な暗黒騎士と戦えるだけの力は残っていなかった。
PLUS.178
暗黒騎士の制約
a few months later
「まあ、今日のところは誰も殺すつもりはありません。それではカインに復讐することはできませんから」
六人が大地に倒れていた。スコールやアセルス、ティナ、セルフィの攻撃も、ブルーやリディアの魔法も、マラコーダには全く通用しなかった。いや、それだけ戦えるだけの力は残っていなかった。体力も魔力も限界の彼らに、この強敵を打ち破る術はなかったのだ。
「お久しぶりです、カイン。記憶を失っても私が敵だと分かりますか」
目の前でティナたちを倒されたカインは、言葉はなくともその視線でマラコーダに敵対意識を向けていた。
「ですが、今のあなたには私を倒す力などない。剣も槍も満足に使えない者など、赤子と変わらない」
言葉にならない叫び声をあげてカインが突進した。敵に対して攻撃をしようとしたのだろう。だが、武器を持つことも忘れてしまったカインにマラコーダを倒せるはずがない。
「話になりませんね」
マラコーダの右手が剣と化し、カインの右肩を貫く。悲鳴が、荒野に響いた。
「これは、印です。私があなたをいつでも見ているということの」
右手剣を抜く。だがそこには傷痕が全くなかった。
そのかわり、服の下の皮膚に、黒い星印のアザがつけられていた。
「あなたの記憶は必ず戻る。その戻った時こそ、私の復讐を開始するとき。それまで私は吟遊詩人の行動を見ていることにしましょう」
「何をするつもりなんですか」
ティナが何とか立ち上がって言う。だがマラコーダは鼻で笑うばかりだ。
「私は何もしません。私はただ復讐するだけです。私をこの世界に呼び寄せた紅き魔術師はもういない。私も滅びを待つつもりはないので、吟遊詩人に協力することはありません。ですが、積極的に敵対するつもりもありません。人間は強く、しぶとい。たとえ吟遊詩人が何をしようとも、そう簡単に滅びる種族ではないでしょう。特に、あなたたちがいる限り」
ふふ、とマラコーダは笑う。
「それでは、また会いましょう。それほど遠い未来ではないでしょうから」
そしてマラコーダは、疾風のごとく去っていった。
「何者だ、今のは」
ゆっくりと起き上がったのはスコールだ。
いくら体力が落ちているとはいえ、ここまで容赦なく倒されるとは思わなかった。使い慣れたガンブレードで戦っても傷一つつけられなかった。まさに完敗だ。
「マラコーダ。悪鬼の王。かつて、カインたちが倒した者たちの上司にあたる存在だそうです」
ティナの言葉にリディアが反応する。
「私たちが倒した魔族──もしかして、ルビカンテたち?」
「そこまでは分かりませんけど」
実際ティナもあの暗黒騎士とはただ戦った記憶と、腕を失った記憶しかないのが実情だ。ただ、カインが彼の仲間を倒したのだということだけがおぼろげに分かっている。
「でもルビカンテより強いんだったら、頷ける。ルビカンテだって私達が力を合わせてなんとか倒せた相手だったし」
「今回はタイミングが悪かった。力さえ元通りなら負けはしない」
スコールも悔しそうな表情で言う。
と、その時だった。スコールが持っていたSeeDの通信機が鳴ったのだ。
「こちらスコール」
『あ、やはりリーダーでしたか』
どこかで聞いたことのある声が流れてきた。
「ああ、SeeDの」
『はい。リージュです。死なないでいてくださってよかったですよ。リーダーの通信機の反応を常にサーチしてたから捕らえることができました。近くにいますので、すぐそちらに向かいます』
「ああ。それからここはどこなんだ。PLUSから戻ってきたばかりで、自分の位置が把握できていないんだが」
『ここはウィンヒルの近くですよ』
その言葉が聞こえたとき、特にティナとスコールの反応が大きかった。
ウィンヒルといえば、スコールにとっては生まれ故郷となる。もっともその記憶は残っていないが、それだけ思い入れのある街だということは違いない。
そしてティナにとってははじめてカインと出会った場所でもある。ウィンヒルから少し出歩いた場所にある海岸。そこが二人の最初の出会いの場所だ。
「そうか。こちらの位置は把握できているのか?」
『はい。こっちも色々あって大変なんですよ。あ、もう着きます』
もう着く──という言葉と同時に、彼ら七人の上に急激に雲がかかって、影の中に入る。
その雲は、巨大な音を立てて、徐々に降下してきた。
その正体は、ラグナロク。空駆ける船。
「誰が操縦しているんだ?」
スコールは後ろを振り返る。セルフィが「さあ?」という様子で肩をすくめた。
だが、考えてみると心当たりが一人だけいた。
「そういえば、アタシ、一人だけ操縦方法教えてる」
確かにそうだったな、とスコールが頷いた。
そして着陸したラグナロクから、まずレモン色の髪で黒い服を着た女性が飛び降りてきた。
「カイン!」
その女性は全力で走ってくると、倒れたままのカインに駆け寄る。
「無事でよかった」
その女性──イリーナは強くカインを抱きしめた。だが、その相手が無反応だということを不思議に思ったのか、すぐに離れてその顔を覗き込む。
「カイン?」
尋ねてもカインは首をかしげてから、あどけない笑顔を見せるばかりだ。
「ど、どうしたの、カイン」
「実は」
ティナが重たい口を開く。
「カインは、記憶喪失になってしまったの」
ラグナロクに乗り込み、その場で情報交換が行われることになった。
というよりも、現在ガーデンを動かしているラグナと直接通信を結んで話した方が早いということになり、一行はそのままラグナロクの通信モニタの前に来る。
しばらくしてから画像が乱れ、そして通信相手の顔が映る。
『ぃよう! 元気そうじゃねえか! 無事でよかったぜ〜』
相変わらず明るい男の声が聞こえて、スコールは少しむっとした。
「……あんたも元気そうだな」
『まあな〜。こういう仕事は元気じゃないとやってられねえからよ。で、状況はどうなってる?』
「異世界へ向かったメンバーのうち、エアリスが死んだ。あとは全員生き残ってるが、カインは完全な記憶喪失で言葉も話せない状態だ。だが、この世界を滅ぼそうとしているカオスは倒した。そのかわり、カオスの力の一部を吸収した吟遊詩人『ハオラーン』がこの世界を滅ぼそうとしている。カオスに比べれば楽だろうが、強さは一級品と考えた方がいい」
まずは簡単な経過報告。それを聞いたラグナは『そうか』と答えて、数秒目をつむった。
「それから、俺たちに協力してくれたセフィロスも亡くなった」
『そっか……大丈夫か、セルフィ』
セルフィは小さく頷く。
「アタシ、もう復讐するって決めてるから」
そう答える彼女には悲壮感などない。何があっても目的を達成する使命感があるのみだ。
『セフィロスをやったのは?』
「ハオラーンだ。それに、ヤツの部下のディオニュソス」
『そうか。じゃ、なんとかそいつらを倒さなきゃいけねえな』
話が一段落ついたところで、逆にガーデンの状況をスコールが尋ねる。
『こっちか? こっちはまあ……いろいろあってなあ』
「さっさと言え」
『怖いぜスコール。ま、とにかく簡単に説明するとだ』
ラグナのあちこちに飛ぶ話を整理すると、以下のようになった。
まず、地獄に最も近い島でサラとファリスを回収した直後、ガーデンに黒ずくめの集団が襲撃をかけてきた。それはユリアンの同郷で、ハリードという人物が率いている集団だった。
彼らの目的は分からない。だが、回収したばかりのサラを狙ってきたのは明らかだった。それは以前、シャドウとレノ、エルオーネがその場に遭遇していたことからも分かる。
そのハリードたちを、同じ『暗殺』業を請け負うシャドウやレノらがそれを食い止めた。もちろんユリアンやモニカ、ファリスらも戦ったのだが、それ以上にシャドウやレノの活躍がめざましかった。サラを守るだけではなく、彼らを撃退したのは二人が次々に影を打ち倒していったからだ。
なんとか撃退して島から脱出したのはいいが、その後から起こった天災が世界の各都市を襲った。
まず、大地震。シェナンドー丘陵沖で起こった大地震が巨大な津波を引き起こし、ティンバーがそれにのまれた。避難はすぐに行われたのだが、多くの人間が犠牲になった。
次に火山活動。グアルグ山脈の火山が火砕流を発生させ、バラムがその侵攻ルートにあった。逃げ遅れた人々は全てその餌食となった。
エスタには三度、月の涙が落ちて人々がモンスターによって次々に殺害された。
そして全世界的に気温が下がった。夏だというのに温帯地域の気温が二十度にもならず、冷害が発生している。今年の冬はおそらく全世界的な食糧不足になるのは間違いない。
「全部カオスの──いや、世界が近づいていたことによる影響だな」
ブルーが冷静に言う。だがそうなると、これから先は自然災害が少なくなるに違いない。
『だといいけどな。その前にこっちの世界が全滅したらアウトだぜ。おかげで今やガーデンは難民船だ。ガーデン内部の人口はあれから倍以上に増えてるぜ〜』
それが嬉しいことでもあるかのように話すラグナに頼もしさすら感じる。この男は本当に、苦境の時こそ明るく振舞う。だからこそ回りの人間もこの男についていくのだろう。
まさに真の『指導者』だ。全ての人間を導くことができる、人間の英雄。力はなくとも上に立ち、人々の希望となることができる存在。
(……なんでこんな奴が)
その力は認めても納得ができないのはスコールだった。
「状況は理解した。で、あんたは今どこにいるんだ」
ここにラグナロクがある以上、ラグナロクとガーデンは現在別行動をとっていることになる。
『こっちはエスタだ。月のモンスターの駆除を行っている。エスタ難民を全員ガーデンで抱えるわけにもいかねえしな。もう一都市くらいなら抱えることもできるだろうけど、エスタ国民全員をガーデンで抱えるのは無理だ。エスタとガーデンが協力して事にあたってる。それから全世界の災害救助にはSeeDに出てもらってる。ウィンヒル方面はそこのリージュ、トラビア方面にはヴァルツ、ドール方面にはキスティスが行ってる。ガルバディアはもともと邪竜のせいで崩壊してたからな。向こうはガルバディアガーデンに任せてる』
「バラムは?」
『あそこはもう街として機能させることはできねえ。生き残った人々は全員ガーデンで保護した』
バラム、壊滅。
さすがにその言葉はスコールやセルフィを愕然とさせた。この数ヶ月間でそこまで災害がひどくなっているとは。
「……フィールディでこれだと、重なりつつあった他の七世界の状況もよくないんだろうな」
ブルーが冷静な意見を言う。確かにその通りだ。それぞれの故郷の状況も決して良いはずがない。
『てなわけだ。お前たちが戻ってきてくれてよかったぜ〜。早く合流してくれよ。こっちも助けが必要なんでな』
「すみません、そちらに戻るのを一日、待ってもらえますか」
その話に割り込んできたのはティナだった。
『どうした?』
「いえ──カインに、海を見せてあげたいと思って」
ティナの言葉に全員が疑問符を浮かべる。
「PLUSで妖精に言われたんです。カインの記憶を取り戻したければ、縁のある場所や知っている人に会わせることで、記憶が回復する可能性があるって。ウィンヒルは、私とカインが初めて会った場所だから」
なるほど、と全員が納得する。
『かまわないぜ〜。こっちはまだ余裕あるし、基本的にラグナロクにいる連中は遊撃兵だからな』
「ラグナロクのスピードならエスタまで一日もいらない。俺たちにも休養が必要だ。まあ、一日や二日で回復できるような戦いではなかったが」
あれだけの戦いを繰り広げてきたのだ。きちんと体力を元通りにするためには一週間かそこらの休養は必要だろう。体力が衰えている状態で合流しても力になることはできない。ただそれでも、丸一日ぐっすりと休むことができれば、それだけでも違う。
『んじゃ、待ってるぜ。何かあったらまた連絡してくれ。基本的にこっちの通信士がいつでもスタンバッてるからよ』
『誰のこと、ラグナおじさん』
聞き覚えのある声が聞こえてくる。どうやらエルオーネが通信担当になっているらしい。
「……そういえば、ガーデンはきちんと運転できるのか?」
トラビアガーデンの運転は誰がやっているのだろうかとスコールが疑問に思う。
『あ、大丈夫だぜ〜。腕のいい奴を拾ったからよ。んじゃ、またな』
そうして通信が切れる。なんとなく濁された感じではあるが、そのことにいつまでも関わっている場合ではない。
「じゃあイリーナ、運転を頼めるか」
ブルーが尋ねると「任せて」とイリーナは答えた。
「え、あたしは?」
セルフィが外されたことに不満そうな顔をする。
「PLUSからの戻り組はただちに休憩を取ること。僕も含めてだけど。ラグナロクはウィンヒル南部まで行って、そこでティナとカインを下ろしてあげてくれ。ティナ、明日の朝まではここにいる。それでかまわないだろう?」
ティナは頷いた。どのみち一度や二度、どこかに連れていくくらいで記憶が戻るとは思っていない。これからあちこち動き回らなければならないのだから、一箇所にこだわる必要などない。
「それじゃあ今はまず、ゆっくりと休もう」
全員が頷く。ようやくたどりついた、安全な場所。ひとまずはここで急速を取る。
「それでは案内します。ラグナロクのことは皆さん詳しいかもしれませんが、ここに来るまでに準備は整えておきましたから」
リージュの案内で全員がそれぞれ個室に案内される。
そして通信室にはカインとティナ、それにイリーナだけが残された。
「それじゃ、私もラグナロクの運転にいきますね」
イリーナが無理をして笑顔を見せる。
「カイン、記憶が戻るといいですね」
ティナが穏やかな笑顔を見せる。
彼にとっては──そう、この記憶を失くしたままの方がいいのかもしれない。
過去の罪や罰など、彼にはない方がいいかもしれない。
イリーナがいなくなってから、ティナはカインの頭を左腕で抱き上げる。
「カイン、私が分かりますか、カイン」
「か、いん?」
すると、初めてカインが言葉を話した。
「そうです。あなたはカイン」
ティナはカインを指さして、もう一度「カイン」と呼ぶ。
「カイン」
「そうです。そして私はティナ」
今度は自分を指さして「ティナ」と言う。
「ティナ」
カインは笑顔を浮かべながら抱きついてきた。
「ティナ。大好き」
思わず、涙がこぼれそうになる。
これほど素直に、無邪気に言ってもらえることの嬉しさ。今までずっと彼は罪と罰に苦しんで、自分にそんなことを言うゆとりすらなかったのに。
「カイン」
左腕で抱きしめる。片腕がないのがもどかしい。
「私もです。私もカインが、大好きです」
179.新たなる戦いの序曲
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