「あたしのこと、覚えてないんだよね」
 ぽかんとした顔でカインはイリーナを見下ろす。自分のことなど全く理解できていない。それは表情で分かる。
「だれ?」
「あたしはイリーナ。カインの押しかけ妹だよ」
「いもうと?」
 その言葉の意味が分かっているのだろうか、まじまじとイリーナを見る。
「完全に記憶をなくしたときに比べて、少しずつ一般的な知識は戻ってるみたいなんです」
 傍に控えていたティナが言葉をかける。
「いりーな」
 カインが笑顔を向ける。今までならどんなに見たくても見られなかったのに、そんな無防備な笑顔を見せられたら──
「ティナが羨ましい」
 イリーナがティナに微笑む。彼女は困ったように苦笑しながら首を傾けた。
「ねえ、カイン。あたし、カインがどんなことになっても、ずっとカインの妹だからね」
 イリーナはそっと彼に抱きついた。
「いりーな。おれの、いもうと」
 そっと、彼の腕が妹を抱きしめていた。












PLUS.180

決着の形







fusion






「やはり、空は危険だったか」
 リージュは顔をしかめるが、スコールたちには状況が見えない。
「待て、リージュ。邪龍というのはあの、以前バラムガーデンを襲った奴か?」
 バラムガーデンが沈んだ時、その原因となったのが邪龍のブレスだった。もしそれが来ているというのなら、このラグナロクではもたない。
「そうです。ここ数ヶ月の間、一月に一度、どこかの都市を狙ってブレスを吐いては街を滅ぼしていました。ただ、今月はまだ現れていなかったので、油断していました」
 そう。あのガルバディアを崩壊させた後、邪龍が次に狙ったのはドール、そしてトラビアと砲撃を繰り返し、最後にバラムがその標的となった。火砕流から逃れていた人々も全てその邪龍によって結局、炎の中に消えたのだ。
「あの邪龍が相手なら止めるのは難しい」
 ブルーが冷静に答える。マジックキングダムに封印されていた龍。その強さはマジックキングダムにいたブルーが一番よく知っていた。
「ではどうする。このままやり過ごすか」
「いや──矛盾しているようで悪いが、あの邪龍を放置しておいたら、後々この世界の脅威になる。次に僕たちがうまく会えるとも限らない。体力は落ちているが、ここで仕留める。僕たちの力を集めれば、難しいことじゃない」
 ブルーは断言する。こういう場合、作戦を立案する人間が不安を見せてはいけない。倒す相手ならばそれが可能かどうか分からなくても、はっきり『できる』と言った方が全員が安心でき、いつもどおりの力を発揮することができるのだ。もっとも、今のブルーは本気で難しくないと考えていたが。
「それにもう、あの邪龍を操っている奴はいないんだ。どんな力でも、それを使いこなす御者の存在がなければ怖くはない」
「ブルー。あの邪龍を、私が支配することは?」
 アセルスが尋ねるが、ブルーは首を振った。
「やめた方がいい。アセルスは既に神竜の力と妖魔の君の力を手に入れている。邪龍はその両方の属性を兼ね備えた存在。アセルスの力が上がりこそすれ、人間に戻る手助けにはならない」
「分かった。じゃあ倒すことに専念する」
「うん。やはり朱雀と同じように、神の属性を持っている存在が一番ベストだと思う。それまで、待っていてくれ」
「ああ、問題ないよ。それに人間に戻ったらこんな力使えないから、ハオラーンを倒すまでは手放せないだろうしな。あーあ、カオスとの戦いが終わったら、もうこんな力とはオサラバできたはずだったのに」
 かえすがえすも全ては、あのハオラーン、吟遊詩人のせい、ということだ。
『第三射、きます!』
 また揺れた。だがさすがはラグナロクのバリアだ。ガーデンと違い、確実に跳ね返している。
「だが、このままだと倒すことはできないが」
「ああ。このスピードでラグナロクが飛んでいる以上、僕たちがそのまま外に出ても下に落ちて終わりだ。だったら方法は一つ。確実にあの邪龍を倒せる方法を使うしかない。セルフィ」
「ほにゃっ!?」
 突然のご指名に、セルフィが慌てて声を出す。
「君じゃないと邪龍にとどめはさせない。できるかい?」
 なるほど、と全員が思う。確かにこの状況で相手を倒せるは確かに『それ』しかない。なにしろブルーはレミニッセンスもリコレクションも使えないし、それ以外で相手を『一撃で』倒す方法など、他のメンバーにはない。
「準備がいるけど、だいじょ〜ぶ〜」
「OK。そうしたら作戦を説明する。みんな、首尾よく動いてくれ」
 全員が頷いてブルーの作戦を聞いた。






 この一回で、ブルーは邪龍との長い戦いを終わらせるつもりだった。そして、それは実際可能であると本気で考えていた。
 ルージュがこの地上に残した最後の問題を片付ける。それをもって、次の戦い──ハオラーンとの戦いに全力を注ぐ。だいたい、邪龍などルージュに比べれば全然下だ。自分にとって最大の脅威は自らの双子の弟以外にありえない。
 ラグナロクが全力で逃げる。邪龍が追う。止まればブレスが来る。今は全力で逃げるしかない。だが、準備が整い次第決着をつける。
(準備ができるまで、足止めが必要だ)
 もちろん、その準備はしている。ラグナロク後部にいる人物がその役割を果たす。
 そこに陣取ったのはリディア。マジックマスターもヴァリナーも亡きあと、十六全ての世界の中で最も力ある存在だ。
 黒魔法で中から外に攻撃することはできない。ならば、外に直接召喚獣を放つしかない。
「アフラマズダ!」
 光の鳥が降臨する。輝く羽から放たれる浄化の光が邪龍の動きを完全に封じた。
「今です!」
 ──そして、ラグナロクの外側に布陣する戦士チーム。無論、高速で移動するラグナロクの上部に普通に立てるはずがない。これは風を司るシルフの守りをあらかじめ全員にかけている。風の抵抗がない以上、彼らにとってラグナロクの外郭は普通の大地と何ら変わりない。
「金獅子、力を貸してくれ!」
 三体の上位存在をその身に宿す半妖のアセルス。彼女の最大の技は、その剣から放たれる衝撃波だ。金獅子姫と呼ばれる妖魔の君の花嫁から力を借り、半妖としての力を上乗せして、放つ。
 邪龍に衝撃波を当てると、邪龍は高く咆哮を上げ、再び突進してきた。だが、そこに待ち構えるのはガンブレードを構えるスコールだ。
「エンドオブハート!」
 接近した邪龍を縦横無尽に切り裂く。さすがは龍が生み出した武具、確実に邪龍にダメージを与えていた。
 だがそれでも邪龍にとどめをさすにはいたらない。だが、さらなる刺客が待ち構えている。
 ティナが、召喚獣を解き放つ。
「マディン!」
 無属性の衝撃波が邪龍の突進を完全に防ぐ。もはや邪龍はブレスを吐くことも前に進むこともままならない。
 だが、それでも、さすがに天竜などと並び称される太古の魔竜だけのことはある。右腕がなんとか動き、中央に陣取っているセルフィへその爪が落ちる。
 攻撃に集中していた三人は、セルフィを守ることができなかった。しまったと思ったときには既に遅い。邪龍の攻撃は、セルフィの下へ──
『そう簡単に、この娘を殺させるわけにはいかないな』
 だが、そこに誰かの声がした。邪龍を倒すことに集中していたセルフィがそれに気付いて、はっと顔を上げる。
 自分の前に、正宗が煌く。
 それを手にしていたのは、無論、銀髪の妖精。
「セフィロス」
 肩越しに振り返る横顔。その顔が優しく自分に微笑みかけている。
 そして、その剣がゆっくりと動く。
 その構えは、セフィロス、最強の奥義。
「スーパーノヴァ!」
 セフィロスの奥義が、その邪龍の右腕を完全に切り飛ばした。
「せ、ふぃろす」
 呆然とその様子を見詰める。だが、微笑みだけを残して、彼は消えた。
『忘れるな、セルフィ。俺はお前のガーディアンフォース。いつでもお前の傍にいる』
 確かにその声がセルフィに届いた。
 感じる。
 彼の鼓動を、
 彼の息吹を、
 彼の愛情を。
「セフィロス、愛してる」
 セルフィの目が輝く。
 そして、その邪龍の回り一面に、花畑が広がった。
「ジ・」
 なかなかこの奥義が決まることが今までなかったが、今回は違う。
 セフィロスが守ってくれたこの命。その自分が放つ最強奥義なのだ。
 失敗する、はずがない。
「──エンド!」
 邪龍の動きが硬直し、尾の先から徐々に崩壊していく。
 そして、浮遊力を失った邪龍は、崩れながらゆっくりと海面に落下していった。






 戻ってきた一同にブルーは「お疲れ」と一言伝える。現在全く力を出すことができないブルーは作戦は立てても参加はできない状態だ。
「案外、あっけなかった感じだったよ」
 アセルスが言う。確かに今までの敵と比べて物足りなさすら感じる。それほど時間もかかっていない。
「だから勝てると言ったろう? 僕らはこの戦いを通じて確実にレベルアップしているんだ。今までは敵がカオスやハオラーン、マラコーダといった、あまりに強い相手だったからこそ敗北もした。でも、それ以外の連中に負けることはないさ」
 ブルーの冷静な思考はそのように分析していた。この世界を守るための戦いは辛いが、それ以外ならばこのメンバーにかなう相手はいないのだ、と。
 最強の魔導士たるリディアに、致死攻撃ができるセルフィ、戦士としては最高レベルに達しているスコール、幻獣の血を引き最強武器オメガウェポンを操るティナ、竜・妖魔・機械の最高ランクの力を備える半妖アセルス。
 これに知恵比べで一度も負けたことがないブルーが作戦を立てているのだから容赦ない強さなのは当然のこと、これにもしセフィロスがいて、カインの体調が万全なら、まさに無敵のグループだ。
 その自分たちでもかなわないのが、ハオラーンであり、ディオニュソスであり、マラコーダだ。
「このままガーデンと合流する。ここからだとだいたい四時間くらいだということだから、それまでゆっくりしていてくれ」
 ブルーの言葉に一同が頷く。
「ブルー、おなかすいた」
「簡単なものでよければ僕が作るよ。まとめて作るけど、他に食事が必要な人はいる?」
 スコールとリディアが手を上げる。分かった、とブルーが出ていくのを見送ってから、セルフィが動いた。
「ちょっといい?」
 話しかけられたのは、アセルス。
 当然、今までの経緯がある。今回の戦いは協力したとはいえ、今後もそうと決まっていたわけではない。
 だが、アセルスには以前ほど決着をつけようという気持ちが強いわけではなかった。
 何しろ、自分にはブルーがいるが、セルフィにはもうセフィロスがいないのだ。
 自分たちが戦っていたのは、お互いの主張を貫き通すためだ。
 傍にいることを幸せとするか、幸せであるために離れる決断をするか。
「……分かった」
 アセルスも覚悟を決める。たとえ意に沿わなくても、決着をつけるというのならつける。
「セルフィ、アセルス」
 スコールが声をかけようとしたが、セルフィが手を上げてとめる。
「大丈夫だから」
 セルフィが先に出ていく。アセルスは一度ブルーに話をしておこうかと思ったが、やめた。
 セルフィも一人なのだ。自分だって一人で行かなくてどうする。
 部屋の外に出るとセルフィがそこで待っていた。そして先に立って歩いていく。
 どこに連れていくつもりなのかと思いきや、彼女の仮眠室に入っていった。
 その狭さでは戦うことはできない。もっとも移動中のラグナロク内部で本気で戦うことなどないのだろうが。
 その部屋の中で、セルフィは正宗を胸に抱いていた。
 さすがにこれだけ狭い部屋では正宗で切りかかることもできない。それを考えてからアセルスは部屋に入り、扉を閉める。
「何だい?」
 声をかけると、セルフィは正宗を抱いたまま見返してきた。
「ここにセフィロスがいる」
 本題から入ってきた。アセルスは何もいえない。自分にはブルーがいるからだ。
「でももう会えない。死んだ人には、会えないんだって、分かった。でもさっき、会えた」
 ぎゅ、と強く正宗を抱く。
「たったあれだけなのに、こんなに嬉しい。でも、よけいに会えないのが、辛い」
 そして正宗を置いたセルフィはつかつかと近づいてきて、両手でアセルスの胸倉を掴みあげた。
「──何、してるん?」
「何って」
 完全に気圧されていた。
「まだ一緒にいられないとか、そんなくだらないこと言ってるん? もしこれでブルーが死んだら、それでアセルスは満足できるの!?」
 そのまま、閉じた扉を背にする。
「何を」
「アタシ、セフィロスと一緒にいられたこと、後悔なんかしてない。アタシの命の限り、セフィロスと一緒にいられた。想い出をいっぱい作った。だから、少しも後悔してない。セフィロスが死んだのは悲しいし、殺した相手は絶対に許さない。でも後悔はしていない。それは、ずっとセフィロスと一緒にいられたから。アタシの願いの通りに一緒にいられたから! でも、アセルスはどうなの!? 本当にそれでいいの!?」
「それで、だなんて」
「一緒にいられるんでしょ!? いなくなったらそれで終わりなのに! 二度と会えなくなるかもしれないのに! 失って後悔しない程度の相手なの、ブルーは!」
「そんなこと!」
「だったらしっかり捕まえとかんといかんやないの!!」
 両手で、彼女の胸を叩く。
「いなくなってからじゃ、遅いんだから……」
 う、とセルフィが涙を流しながら崩れ落ちる。
 そう──決着をつけたくないと思ったのは、相手が完全な心理を手に入れてしまっていると分かっていたからだ。
 一緒にいること。
 それがかなわなくなったこと。
 今の彼女だからこそ、その正しさが分かる。
 そして──自分が、間違っていると。
(私は半妖で、このままだとブルーには相応しくない)
 だが。
 ブルーの気持ちは分かっているし、自分の気持ちもしっかりと定まっている。
 もし、セルフィのように失ってしまったらどうなるのだろう。
 結論は分かっている。
 何故なら、あのブルーとルージュの最終決戦の時に、それを嫌というほど考えさせられたからだ。

 そう。
 後悔するのだ。
 このままもし、彼がいなくなってしまったら。
 死ぬ前に、一緒にいればよかったと。
 絶対に、後悔するのだ。

「ごめん」
 アセルスは、その泣き崩れる少女を優しく抱きしめた。
「私が間違っていた。ごめん、セルフィ」
 アセルスもまた、涙を流していた。






181.狂気の箱

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