「私はね、カインと同じ故郷なの」
 じっと自分を見つめる彼に、リディアは優しく語り掛ける。
「カインは私たちの大切な仲間。故郷にはカインの帰りを待ってくれてる人がいるんだよ」
「こきょう? なかま?」
 言葉の意味が分かるような分からないような、もやもやしているのが表情から読み取れる。
「故郷っていうのは、カインが生まれたところ。仲間っていうのは、カインのことが大好きな人たちのことだよ。私もイリーナも、みんなカインの仲間」
「なかま。おれが?」
 カインは何故か、その言葉を信じられないような顔をする。
「りでぃあ、おれのこと、すき?」
「好きよ。大切な仲間だもの」
「……わからない」
 カインはぶんぶんと頭を振る。イリーナのときは素直に妹ということを認めていたのに、リディアになるとどうしてこうも──
「ね、カイン」
 隣にいたティナが手を重ねる。
「リディアさんは本当に、ずっとカインのことを心配してくれてたんだよ」
「……うん」
 だが、カインは少し怖れすらこもった目でリディアを見つめて、言った。
「ごめんなさい」
 二人が驚いてカインを見つめる。
「どうして謝るの?」
 ティナが尋ねた。だが、カインは首を振る。
「わからない。でも、あやまらないと」
 それは。
「……そう、カイン、やっぱり、忘れてないんだね」
 リディアは思わず涙があふれてきていた。
 そう、彼は忘れていない。
 自分との絆──自分の母親を殺したことを。
「許してあげる」
 リディアは泣きながら彼を抱きしめた。
「カインがずっと後悔してるのは知ってるから。だから、もう、いいんだよ。カインは悪くないから」












PLUS.181

狂気の箱







Lunatic Pandora






 ラグナロクは夜になる前にエスタについた。
 大陸のあちこちでモンスターが跋扈しているのが分かったが、人気のないところのモンスターならば今は放置せざるをえない。人のいる場所を優先するのは当然のことだ。
 エスタ市内はそれでも治安が保たれていた。トラビアガーデンのメンバーとエスタ兵士とが協力してモンスターから市民を守っていたからだ。
「よく戻ってきたな」
 ラグナが大統領官邸で出迎えるが、スコールは相変わらずの仏頂面だった。
「まだ問題が残っていますが。通信でも伝えましたが、カオスの力を手に入れた男がいます」
 話そうとしないスコールに変わってブルーが答える。ラグナも仕方がないといった様子でブルーに尋ねた。
「ハオラーンだっけか? そいつはどれくらいヤバイ奴なんだ?」
「カオスの力をそのまま全て手に入れたわけではないと思います。ただ、残っている十六の世界を全て破壊することはできるでしょう。それよりも彼は、自分の手で少しずつ痛めつけるのが好きなタイプです」
「いやらしい奴だなあ。ま、一瞬で全部破壊されないだけマシだと考えないとな」
 ラグナは何でも肯定的に考えるので、本当に全員を安心させる力がある。これが長い間エスタ大統領を務めることができた一番の理由だろう。
「この世界の話も聞きました。ただ、ハオラーンは先にこっちに戻ってきているはずなのに、まだ何も活動している様子が見られないのが気になります」
「それについて考えがあるみたいだが?」
「ええ。おそらくもうハオラーンは動き始めている。それがこの世界の誰にも分からないようにしているにすぎません。この世界をさらなる危機に陥れる方法。それを未然に防ぐことができれば」
「さらなる危機ねえ」
 ラグナは頭をかく。邪龍を始末した現在、天変地異以外に自分たちを危険に陥れているのはモンスターだけだ。新たに増えない限りは何も問題はない。
「……考えられるのは一個だけだな」
 キロスが横から口を挟む。ラグナも頷く。
「何が?」
「つい数ヶ月前にここに来ただろ。『月の涙』だよ。あれを連発されたらさすがにちとまずいぜ。月のモンスターはこっちのモンスターより格段に強いからよ」
 だからエスタを警備するメンバーは選りすぐりだし、なおかつ人数も多いのだ。SeeD自体は各地に派遣したが、ガーデン生は全員がエスタのために戦っているような状況なのだ。
「『月の涙』はどうして起こるんですか?」
 ブルーは詳しい発生方法を知らない。仕組みがあるのならそれを壊すなりとめるなりすればいい。だがそれが可能かどうかはまず仕組みを理解しなければならない。
「『月の涙』ってのは、何十年か周期で起こる、月のモンスターの落下現象だ。理由はよく分からないが、ルナティック・パンドラっていう移動物体の中にある『大石柱』ってのが、ティアーズポイントまでやってくると発生するらしい」
 用語ばかり使われてもブルーには意味が理解できないが、おおよその内容は把握する。
「ティアーズポイントというのはどこに?」
「現在はエスタだ。だが、いつ場所が変わるかは分からねえ。ここ一年で二回月の涙が落ちてるからな。三回目が来たらいい加減エスタはヤバイぜ」
「ルナティック・パンドラというのは?」
「そいつは必ず行方不明になるんだ。突然現れて、移動しながら近づいてくる。ゆっくりとな。このエスタを通過するのにだいたい三十分くらいのスピードだ」
「なるほど。ではルナティック・パンドラに乗り込んで『大石柱』を破壊してしまえばいいわけか」
 引き金になるものを壊してしまえば二度と『月の涙』は起こらない。たしかに理屈ではその通りだ。
「ルナパンかぁ〜。あそこのモンスターも強いんだよね〜」
 スコールとセルフィは経験者だ。魔女戦のときに実際に乗り込んでいる。
「ハオラーンならおそらくそれを利用するだろう。彼が一人で人間を殺しまわっていては、いつまで経っても終わらない。彼はこの地上から効率的に人間を間引いていくつもりだろう」
 ブルーの考えを否定する者はいない。
「それにはモンスターを増やすのが手っ取り早い。もしかしたら先ほど邪龍が僕たちのところに差し向けられたのは、ハオラーンにとって邪魔な邪龍を、僕たちに片付けさせたのかもしれない」
 ブルーは自分でも考えすぎだろうかと思う。どのみちハオラーンが何をしようとしているかなど、情報のない現状では何も分からないのだ。ならば今できることを考えるのが有意義だ。
「ルナティック・パンドラの場所は割り出せるんですか?」
「簡単にはいかないと思うぜ。一応メンバー総出でやらせる分には問題ないけどよ」
「いや、ラグナ君。その必要はない」
 キロスが言う。なんでだよ、と答えるラグナに、キロスは透明な壁の外側を指さした。
「どうやら、始まっているようだ」
 その指さした方向に見えたのは、まさにルナティック・パンドラ。
「おいおい、三回目をやろうってのか!?」
 ラグナがさすがに慌てる。現状ですらモンスターを撃退するのに精一杯なのに、これ以上増えれば抑えようがなくなる。
「時は一刻を争う。ラグナロクで直接あの中に入ろう」
 ブルーが言って一同が頷く。が、その時だった。
「ラグナ様! 大変です!」
「どうした!」
「モンスター共が一斉に攻撃をしかけてきました!」
 このタイミングでモンスターの襲撃?
「……偶然だと思うか?」
「まさか。ハオラーンの仕業に決まっている」
 スコールが呟くように尋ねたが、ブルーはあっさりと答えた。
「スコール。君がラグナロクのメンバーを人選してくれ。君の方がルナティック・パンドラについては知識があるだろう。必要なメンバーを揃えて突入。残ったメンバーがラグナ大統領の指揮の下、モンスターの迎撃を行う」
 スコールは頷いてメンバーを眺める。
「セルフィとリディア、来てくれ。あと運転手としてイリーナ。これだけでいい」
「本当にそれで大丈夫か?」
「それ以上いても、あのルナティック・パンドラの中では意味がない。通路自体が狭いから、一緒に戦うなら三人が限界だ」
 それならばスコールにとって最も戦い方を熟知している二人が一番都合がいい、ということだろうか。そういうことならブルーにも異存はない。
「分かった。ではラグナ大統領。こちらの指示をお願いします」
「おう。お前らにも活躍してもらうぜ」
「ブルー。あんたこそ、体はもういいのかい?」
 発言を控えていたアセルスが尋ねる。
「万全じゃないけど、大丈夫」
「ま、アンタなら自分の体調も客観的に見られるから大丈夫だとは思うけど」
「ああ。安心していいよ、アセルス。僕は決して無理はしないから」
 その間にも、大統領室の巨大スクリーンに、モンスターの配置が映し出されていく。確かにとんでもない数になっている。ラグナも直々にマイクに向かって指示を出していた。
「ああ。北はじゅぶうん──充分に足りてるからいい。シュウががんばってくれてるしな。ユリアンとモニカ姫、サラ、それからファリスには西に回ってもらってくれ。レノとクライドは東だ。こっちは人数が少ないから援軍を出すぜ。今ここに強い戦士が揃ってるからよ。ブルーとアセルスに兵士をつけて出させる。南の方は兵士が少ないから、SeeD部隊をリージュとニーダに率いてもらって抑える」
 四方を抑え切ることができれば大丈夫という判断。それ自体は間違っていない。
「空からの侵入は?」
 ブルーが尋ねるが、大丈夫とラグナが答える。
「月のモンスターはあまり高くまで飛ばないからよ。ま、最悪バリアが張ってあるからよほどのことがない限り大丈夫だと思うぜ」
「そういうことなら。じゃあスコール、頼むぞ」
「ああ」
 こうして、到着するなり慌しく動くことになった。
 ブルーは走りながら考える。こちらに戻ってきてから息つく暇もない。これだけ問題が次から次へと襲ってくるのは単なる偶然だろうか。
 いや、きっとそうではない。おそらくハオラーンが一つずつ障害を用意しているのだ。これがクリアできたら次、それもクリアしたらさらにその次と、ハオラーンが用意するシナリオをどこまで解くことができるかという勝負になっている。
 そしてハオラーンのシナリオでは、最終的に自分たちが敗北するまで続けられるのだろう。
(先手を打つ必要がある)
 シナリオが順番通りに来るのなら、この障害を乗り越える前に打開策を見つけておかなければならない。
 そして、その打開策は──
(あるはずだ)
 それは楽観的な希望ではない。自分の心の中に、打開策のヒントが既に入ってきているのを感じるのだ。
 問題は自分の知力をもってしてもなお、何を打開策とするのかが分からない点だ。
 まだ情報が足りないのか。いや違う。
(情報は足りている。問題は情報が整理できていないことだ)
 自分ならば見つけられる。ここまでの情報で打開策は見つけられるはずだ。
(この戦いが終わるまでに)
 それを見つけなければならない、とブルーは真剣に悩み込んだ。






「やれやれ。休む暇もないぞ、と」
 東門に着いたレノは、襲い来るエルノーイルの翼の付け根を起用に打ち抜いていく。
 確かに月のモンスターたちはあまり高くまで飛び上がらない。エルノーイルというモンスターは人間の上半身に翼と尾をつけたようなモンスターだが、その凶暴性、俊敏性のわりには高度はない。だから敵の動きをよく読んで銃を放てば、いとも簡単に打ち抜ける。それをここ一ヶ月ほどの戦いでレノはよく分かっていた。
「クライドの旦那。そっちは──」
 と、ここ最近相棒となっている黒ずくめの男を呼びかける。
 だが、シャドウは目の前にある『存在』と対峙して全く動こうとしなかった。
 心なしか、その黒装束が震えているようにすら見えた。
 そして彼の目の前にいる『存在』。それは、一体のゴーストだった。
「く、く、く、くらい、ど」
 そのゴーストが生意気にも人間の言葉を放つ。
「お、おれ、おれ、おまえ、に」
「ようやく会えたな、ビリー」
 シャドウは一撃の刃を持って、そのゴーストに向かい合う。
「死してなおそのような妄執に取り付かれていてはお前も辛いだろう。せめてもの情け、俺がこの手で導引をくれてやろう」
「く、く、くらいど、おまえ、ころす、ころした、おれ、ころされた、おまえに」
 シャドウの動きが一瞬止まる。その様子も、しばらく一緒に行動していたレノにとってはありえない動きだった。
「おまえも、こい、こっちに、くらいど」
「悪いが、お前に殺されるつもりはない。俺にはやることができたからな」
 シャドウが語りかけると、そのゴーストも不思議そうな顔をした。
「やる、こと?」
「そうだ。お前の盗賊の技を後世に残す。お前の名前が残るように、お前の技として残す。どのみち我々人間は今死なずとも百年もすれば死ぬのだ。ならば人の価値はいかに後世に自分の名を残すかどうかだ。違うか?」
「ちがわ、ない」
「だからこそお前を殺す。死んだのにこの辺りを彷徨われたのでは、後世に語り継ぐのが恥ずかしくなるからな」
 軽口を叩くことができるくらい余裕があるのか。いや、ちがう。
(ありゃクライドの旦那の相棒だぞ、と)
 唯一心を許した相手。だからこそクライドも軽口が出るのだ。
(援護はしない方がいいぞ、と)
 たとえここで死んでも、かつての相棒と一対一で決着をつけることの方が大事なのだ。そういう気持ちはレノにも分かる。
(どんな過去があるにせよ、決着はつけないといけないぞ、と)
 その分モンスターは自分ひとりで受け持たなければならない。エスタ兵士では相手になるはずもないし、全く大変なことこの上ない。
「レノ殿!」
「お、ガーレスの旦那。無事でよかったぞ、と」
 エスタ市の警備隊長を務めている男が、顔に怪我をしたままの姿で近づいてきた。この男は力はそれほどでもないが、兵士たちの指揮能力には秀でたところがあった。
「ただいまこちらに援軍を送ってくださったとのことです」
「そりゃ良かったぞ、と」
 だがまだ援軍など残っていただろうか、とレノは考える。
「何でも、異世界にいっていたレノ殿の仲間が戻ってこられたとか」
 レノは口笛を吹いた。
「長生きはするもんだぞ、と」






182.悲劇の裏側

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