奇妙な沈黙というか、睨み合いが続く。いや、睨み合いというと両方が睨んでいることになるから、この場合は片方が一方的に相手を睨んでいる状況だ。
「スコール。カインが怖がってるから、もう少し優しくしてあげて」
 リディアが笑いをこらえて言う。だが、もともと無愛想なスコールが記憶を失った相手にそれほど優しい言葉や笑顔をかけられるはずがない。
「……悪かったな」
 結局そう答えるのが精一杯なのだ。このあたり、スコールも損な性格をしている。
「ふしぎだ」
 カインが相手を見ながら真剣に言う。
「なにか、ふしぎな、かんじがする」
 カインが相手をじっと見つめる。それは決して悪い感情ではない。
「カインは、スコールさんが好きなんですか?」
 ティナが尋ねると、素直にカインは頷く。
「あんしんする。なかま、っていうかんじがする」
 それはきっと、カインの中に眠る『騎士』としての同属意識なのだろう。それをカインは本能でかぎとっている。おそらくはスコールも。
「あんたは……」
 スコールは頭をおさえながら、視線をそらす。
「あんたは今までずっとがんばってきた。これからの戦いは俺たちでどうにかするから、ゆっくり休んでいろ」
 照れているのだろう。視線を合わせないのはつまり、そういうことだ。
「スコールは優しいね」
 リディアがよしよしと頭をなでる。半分はからかっているのだろう。
「すごい、くやしい」
 カインが顔をしかめる。
「みんなのこと、おもいだせないのが、くやしい」
 それは、初めてカインが見せた、記憶に対する意思表示だった。












PLUS.182

悲劇の裏側







He saved his life






「それにしても、さっきのはんちょは見物やったな〜」
 ラグナロクの中、セルフィがリディアに話しかけている。さすがのリディアも苦笑でしか答えられない。
「スコールが泣くところ、初めて見た」
「アタシも〜。スコール泣くんだね〜。いつもはこ〜してぶすっとしてるのにね〜」
「……うるさい」
 スコールは『ぶすっとして』答えた。その様子にセルフィが声を立てて笑い、リディアも笑いを必死にこらえる。
 そう。スコールとしても不覚だった。予期せぬ出来事が自分をこれほどまでに揺さぶるのかと、自分が理解できなかった。
 あの時──魔女戦の最中、サイファーが突然死んだと知らされた時もそうだった。人の生死に関して、自分はかなりナイーブだ。そのことは認めないといけない。
 不意をつかれたとき、自分は感情をコントロールできなくなる。それが若さだろうか。そんな若さを見せたくなかったし、見られたくもない。






『それ』は、スコールたちがラグナロクで出発する直前の出来事だった。
 彼らにとっては全く予期せぬ事態が目の前で起こった。セルフィもリディアも驚いたが、一番強く反応を見せたのはスコールだった。
「やあ、スコール」
 気さくにそう声をかけてきた人間を見て、スコールは目を見開いた。近くにいたセルフィやリディアも驚いていた。
 確かに、なんとなくおかしい感じはあった。そう、ラグナの言葉のどこかに矛盾は感じたのだ。だが、急いでもいたし、冷静な判断もできていなかったこともあったが、何が問題なのかも分からずにそのまま流してしまっていた。
 だが、目の前の人物を見て、確かにそれは大きな矛盾であった。そう、いるはずがないのだ。この人物が、ここに。
 なぜなら。
「どう……して」
 ニーダは、確かに死んだのだから。
「ふふふ、この僕を甘く見てもらっては困るよ。まあ、スコールたちトラビアガーデンとは合流できなかったけど──?」
 そこで生き返ったニーダは言葉を閉ざした。
 何故なら、今度は彼の方が『あるはずのないもの』を見てしまったからだ。
 それは、スコールの涙。
「生きて……」
 生きていた。
 経緯がどうあれ、ニーダが生きていた。自分の大切な仲間が。そう、隠す必要なんかない。あの魔女戦でともに戦い、カードゲームが好きだということを大々的に発表できないスコールの数少ない対戦相手で、いつもスコールを陰で支えてくれた、自分と同期のSeeD。
 ニーダ。
 彼が生きて、目の前にいる。
「よかっ……!」
 スコールの顔が崩れて、両手でニーダの肩を捕らえる。そのまま相手に顔を見せないように頭を下に垂れる。その肩が震えている。ニーダは両手でその肩をぽんぽんと叩いた。
「悲しませてごめん。でも、陰の薄い僕のことをそんなに思ってくれて、ありがとう」
 ニーダの声に、スコールの感情が急激に冷える。恥ずかしい。人が生き返ってきたことを喜ぶのは当然としても、それをこんなにも感情を見せてしまったことが。
 振り返ると、セルフィが例のごとくニヤニヤしていた。
「ふふふ〜ん、はんちょ、よかったねぇ、ニーダが生きててくれて〜」
 いじめっこセルフィが感情を暴露させたスコールをここぞとばかりにからかう。流れていた涙を強引に拭いて、スコールは不機嫌を通り越して怒りモードに入っていた。
「……だいたい、なんであんたが生きてるんだ」
 声のトーンが一オクターブ低い。生きていて嬉しいという気持ちを隠しているのはもう誰の目にも明らかだった。ただ、ニーダは後の報復が怖いので、あえて追及はしなかったが。
「ガーデンを自爆させたら逃げることは不可能だからね。つまり、あれは僕が自爆させたわけじゃなかったんだ」
「ニーダじゃなければ誰が」
「それがね」
 そうしてニーダはあのときのことを克明に語った。
 シュウを送り出して、安全圏に彼女が到達するのを待つ。
 死にたくない。その気持ちだけが何度も何度も繰り返される。
 確かに魔獣二体を自分一人の命と引き換えに倒せるのなら安いものだと思う。だが、自分が犠牲にならずとも、自分がここから逃げ出しても、誰にも文句を言われる筋合いはない、とも思う。
 たまたま自分がガーデンの操縦士で、たまたま自分がこのガーデンのことをよく分かっているからこそ、自爆のスイッチを押す役目が回ってきた。
 確かにこのガーデンの最期を決めるスイッチなのだから、他の誰にもそれを任せたくはない。だが、死にたくもないのだ。
『せめて、僕の命が、世界を救うための架け橋の一つにならんことを』
 祈りの言葉が、彼の命を助けたのか。
 ニーダは自分の命がなくなるという恐怖と戦っていたために、その部屋の中で起きていた異変に気付かなかった。
 シュウが安全圏に到達したことを確認する。
『さよなら』
 その自爆スイッチを押そうと指に力を込めた、まさにその時。
『待ちな』
 その腕を、誰かに掴まれた。
 このガーデンの中にはもう、誰もいないはずなのに──
『そんな』
『お前が、それを、する必要はねえ』
『ぜ、ゼルっ!』
 体に穴が空いている。目もほとんど見えていないのだろう、焦点が合っていない。
 ふらついた体で、ゼルはそれでもニーダをなんと、担ぎ上げた。
『そこに穴が空いてるだろ。そこからお前は逃げろ。後の始末は、俺がやる。どうせもう、助からないからな』
 そしてゼルが最後の力を振り絞る。口から血を吐き出しながらも、それでもニーダを放り投げた。
 最後に、確かに聞いた。
『スコールと、あのバカカインを、頼んだぜ』
 そして──放り出されたニーダが海に落ちた直後、バラムガーデンは爆破したのだ。
 だが、ニーダは死んだと誰もが思っていた。爆破したバラムガーデンの中にいたものだと。だから誰もニーダの捜索などしなかった。
 そのため彼は海の真ん中に置いていかれた。生き残ったものの、すぐに死ぬところだった。
 方角のあてをつけてなんとかセントラまで泳ぎつかなければならない。水泳が苦手ではないが、さすがにここからではあまりに遠い。
 幸運だったのはレビテトの魔法をジャンクションしていたことだ。海面でレビテトを使い、さほど体力を損なうことなく海上を移動した。
 それでも最後の方はレビテトも切れて、三キロは泳がなければならなかった。
 かろうじて岸にたどりついてまずは体力回復のためにその場で眠りに落ちた。
 目が覚めてから、この不毛の大地、しかも百年以上前の月の涙のモンスターたちがまだ生き残っている地域に一人で放り出されたわけで、とにかく食料をどうやって見つけるかが大きな問題となった。
 その場で見つけた動物をファイアの魔法で焼いて食べながら、スコールから聞いていた西の孤児院へと向かった。最後の方は動物も見つからなくなり、またモンスターを魔法で倒していったために魔法も尽きて、命からがら孤児院にたどりついて、イデアの看護を受けたのだ。
 この後、ラグナロクがシドとイデアを迎えに来たときに、一緒にニーダも連れてトラビアガーデンまで戻ることになった。
「長い旅だったよ」とニーダは締めくくった。
 さすがにその冒険譚を聞かされると、よく生き残ったなと思う。まあ、多少の誇張はあるのだろうが、それでもたどってきたルートを考えると、ニーダが生き残ったのは、トラビアの件といい、海の件といい、セントラの件といい、類稀なる強運が味方したものといわざるをえないだろう。
「たくさん人が亡くなっていますし、一人でも生きていてくれたのは嬉しいことです」
 リディアが胸の前で両手を組んで祈る素振りを見せた。よくローザが自分の前でしていた仕草で、たまに自分も真似をしてやってみるのだ。
「……シュウには何て言ったんだ?」
 スコールが尋ねる。シュウはニーダの件で自分を責め、行動に支障が出るほどになっていた。
「何も言う前に殴られたよ。まあ、仕方のないことだけどさ」
 トラビアガーデンに戻ってきて真っ先に自分を出迎えたのがシュウだった。
 当然ラグナロクからトラビアガーデンへ『ニーダ生存』の報が入ったわけで、それがすぐにシュウに伝わった。
 到着して自分がガーデンに足を踏み入れるなり、シュウが近づいてきて、思い切り殴りつけた。
『お前っ! よくも、私を騙して……っ!』
 あの沈着冷静で、それでいて時折お茶目なところも見せる、みんなの憧れシュウ先輩が、自分のせいでやつれて、そして涙を浮かべて本気で怒っていた。
『はい。でも、帰ってきましたよ、約束通り、先輩のところに』
『ふざけるなっ! 死ぬ気だったくせに、そんなことで誤魔化されるもんか……っ!』
 シュウが自分の胸で泣く。そのシュウを抱きしめて、ニーダは告白した。
『シュウ先輩が好きだから、絶対に守りたかったんです』
 そう言うと、今度は平手を受けた。
『だからお前は馬鹿だと言ってるんだっ! 残された方の身にもなってみろ! 二度と自分から死のうとするな! でないと一生許さないからな!』
『先輩』
『お前が死んだと聞いて……私は、本当に、どうしていいか分からなくて……』
 そのシュウの背中を優しく撫でてニーダは言った。
『僕は今まで、誰よりも何よりもバラムガーデンを一番に思ってきました。それが僕の役目だったし、ガーデンは好きでしたから。でも、もうガーデンはなくなりました。だからこれからは、自分の力をシュウ先輩を守るために使います。もちろん先輩を悲しませないために、自分も絶対に生き残ります。約束します』
 ──そんなわけで。
「実は、シュウ先輩と付き合ってる」
 そんなところでカップルが成立しているとは、さしものスコールも完全な予想外であった。
「いろいろあったけど、でも僕はあのときの選択を後悔してないよ」
 ニーダは最後にまとめた。
「僕はスコールたちのような強さは持っていない。真面目なだけがとりえの、任務を確実に遂行することで評価を受けるSeeDだ。でも僕だけがあの時、魔獣を倒すことができた。命と引き換えだということが分かっていてそうした。シュウ先輩やスコールが悲しむのを承知の上で。だから後悔はしていない。していないけど」
 逆にニーダはスコールに真剣に言う。
「シュウ先輩に思い知らされた。残される側の悲しみと苦痛を。だからスコール、絶対に自分から命を捨ててどうにかしようとか、そんなことを思ったら駄目だ。それをやった僕が言うのは変かもしれないけど、でもスコールこそそんな選択をしそうな気がしてならないよ。スコールが死んだら本気で悲しむ人がたくさんいるんだ。だから、絶対に自分から死んだりとか、死ぬことでみんなを守ろうとか、絶対にそんなことを思っちゃ駄目だ」
 そして苦笑して「本当に、僕が言える台詞じゃないね」と付け加えた。






「よかったね、スコール。仲間がこうして生きていてくれて」
 からかっているのではない。リディアが本当に心からそう言ってくれているのが分かって、スコールも頷く。
「さて、と。そろそろ到着だね〜」
 ラグナロクが接近してくるルナティック・パンドラを捕らえる。
「よし、行くぞ」
 スコールの言葉に二人が頷く。そして入口へと近づく。
 ラグナロクがルナティック・パンドラと平行して走る。そしてルナティック・パンドラの開いている入口に横付けし、ラグナロクの扉が開く。
「シルフ!」
 その入口同士をシルフの力で風の抵抗を受けなくさせて三人が飛び移る。それを確認したのか、ラグナロクが離れていく。
 中は緑の迷宮となっている。今度こそ、このルナティック・パンドラを沈めなければいけない。確実に。
「行くぞ」
 スコールたち三人は、最奥の大石柱に向かって走り出した。






183.決着の墓場

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