カインは空を見上げた。
 彼は自分が記憶を失くしているということを理解している。それを悔しいとも思うし、悲しいとも思う。
 自分はこの空の向こうに、絶対に会わなければならない相手がいる。
 そのことが自分の心の中に確かに存在した。
 でもそれはきっと、ティナの望まないことなのだ。
 ティナは自分の記憶を取り戻そうとしている。と同時に、戻ってほしくないと願っている。
 それは、記憶を取り戻したら、自分がティナから離れてしまうかもしれないと考えているからだ。
 自分は絶対にティナから離れない、と思う。
 ただ、心の中からせりあがってくるこの気持ち──『誰かに、会わなければ』というこの気持ちの正体が知りたい。
 この空。
 まるで自分を置き去りにしたかのように、高く突き抜ける空が──どうにも哀しかった。
「カイン」
 後ろからティナが声をかけてくる。
 カインは振り返ると、微笑む。
「ティナ。大好き」
 そして、その大きな体で彼女を抱きしめる。
「はい。私も、大好きです」
 彼女はそれに優しく応えた。












PLUS.184

月影の墓標







the last hero






 ルナティック・パンドラは相変わらず清閑としていた。外での戦いの音もこの中まで響いてはこない。ただ三人の足音だけが響く。
「もうここを守る奴はいないはずだが」
「うん。魔女戦で倒しちゃったもんね〜」
 息も切らさず走る二人を、リディアは追いかけるので精一杯だった。それでも二人が速度を緩めてくれているのは分かっている。だからこそなんとかついていけているのだ。
 やはりこの二人は無敵のSeeDだけのことはある。
「大丈夫か、リディア」
 振り返ったスコールが尋ねるので、言葉には出さず頷く。正直声を出すのもつらいくらいだ。
「少しやすも〜か」
 答えるより早くセルフィがぺたんとその場に座り込んだ。先はまだまだ長い。急がなければならないのは確かだが、いざというときに力が出せないのでは意味がない。
「ごめんなさい……」
 こういうとき、自分の力不足を痛感する。確かに自分は魔法では誰よりも力があるが、それに見合うだけの体力がない。
 スコールとセルフィの、なんと絵になることか。これだけ早く走ってもあっけらかんとしているセルフィに無表情のスコールはリディアの目から見てもお似合いだった。
「何を考えている?」
 スコールが自分を見て尋ねてきた。ぶんぶんと首を振る。
「大丈夫。少しだけ休んだら、行きましょう」
「だ〜め」
 セルフィが後ろから抱き付いてくる。
「きゃ?」
「ふふふ〜ん、今何考えてたか、あててみせようか」
 セルフィが後ろから耳元で囁く。瞬時にリディアの顔が火を吹く。
「そっ……!」
「アタシだって女の子だから、その視線の意味くらいわかっちゃうんだけどな〜」
「いや、その、私っ」
「でも、安心してい〜よ」
 するとまた、きゅ、とすがるようにその背中からセルフィがしがみつく。
「アタシ、しばらくはセフィロス以外の人、考えられないと思うから」
「……セルフィ、さん」
「セルフィ、でい〜よ。あ、来た」
 何が、というよりも早くセルフィが「フルケア!」と叫ぶ。
「え、え?」
 すると当然のことながら、リディアの疲労は完全に回復していた。スロット魔法は怪我だけではなく疲労も癒すことができるのだ。便利な魔法だ。
「いや、ピンチの時じゃないと、なかなかスロット魔法って目的のヤツが出ないんだよね〜」
「時間がかかってたのはそういうことか」
「ま〜ね。でもこれで行けるよね」
 頷いてリディアが立ち上がる。完全に体力は回復していた。
「……まあ、ちょうど回復してもらってよかった」
 スコールが剣を抜きながら言う。何事か──というのは考えるまでもないことだった。
「この最強パーティに戦いを挑むなんて、いい度胸だね」
 セルフィも巨大ヌンチャクを構える。
「いきます──アルテマ!」
 そしていきなりリディアが問答無用でアルテマを放つ。高速真言に瞬間回復まで備えているリディアは味方としてこれほど心強いものはない。
「いくぞ!」
 敵の群れの中に二人が飛び込む。一振りごとに倒れていく敵。たかが十数体の敵は今の三人には苦にならなかった。
「急ぐぞ。大石柱を早く片付けないと、また月の涙が落ちる」
 スコールの言葉に三人が全力で駆ける。通路という通路を抜けたその先に、巨大な広間とその『大石柱』があった。
 当然、その前には三人を阻む敵。秀麗な青年がそこにいた。
「ついたか。案外、遅かったな」
 その男は背に翼を生やしていた。何者か、と問いただすよりも先にその男が動く。はためいた翼から虹色の光が輝く。その光に触れただけで、三人の体は吹き飛ばされてしまった。
「がはっ!」
 その衝撃は耐えられないほどではないにせよ、あまりに重い一撃だった。セルフィもリディアもさすがに今の衝撃をまともに受けてはすぐに立ち上がることができずにいる。
「何者だ」
「死にゆく者が知っても仕方がないだろう」
 再び光が放たれる。だが、今度は同じ技を受けるようなメンバーではなかった。
「ブラックホール!」
 これはかの魔法王から直接教わった術。光を媒介とする術ならば、全てこの魔法でキャンセルすることが可能だ。
「ぬう?」
「この人の正体は分かっています。この人こそジェラールさんの宿敵、七英雄のリーダー、ワグナスです!」
 それを聞いた青年はかすかに笑った。
「聞いていたか。ジェラール亡き今、私を知る者はいないと思っていたが」
「というと、サイファーたちがガルバディアで出会ったっていうのはこいつか」
 スコールが慎重に剣を構えながら言う。
「そんなこともあったな。もう遠い過去の出来事のようだ」
「お前は何が目的だ。ルナティックパンドラを動かして、何を」
「月の涙──別に私は、モンスターを地上に呼ぶためにこれを動かしているわけではない」
 ワグナスはきっぱりと言った。
「じゃあ、何故」
「モンスターではないものが欲しいからだよ。月にしかないもの。月の涙でも降らない限り、決して手に入らないものを求めて私はこれを動かしているのだ」
「それは──」
「人間である君たちには必要はないだろう。どのみち、君たちはここで死ぬのだからな」
 そのワグナスの目が光る。
「サイコバインド!」
 その直撃を受けたスコールの体が麻痺する。
「くっ、体が!」
「さあ、浄化の時間だ。くらえ、ファイアストーム!」
 そのスコール目掛けて炎の嵐が襲い掛かる。だが、リディアの魔法とセルフィの攻撃がその間にワグナスに迫っていた。
「フォールダウン!」
 十二個の魔力球がワグナスに迫る。さすがにその魔法には驚いたらしく、翼で自分の体を覆い、完全防御に徹する。その頭部にセルフィのヌンチャクがヒットした。だが、そのヌンチャクの方が壊れる。
「な」
「遊びは終わりだ。熱風!」
 高温の風がセルフィの体を焼く。そのまま倒れるが、リディアの魔法はさらに続く。
「アポカリプス!」
 最強奥義の連発だ。だが、ワグナスの翼はよほどコーティングでもされているのか、それすら完全に防ぎきる。
 だが、そこにファイアストームで倒れたはずのスコールがいた。既に奥義の体勢に入っている。
「エンドオブハート!」
 だが、その攻撃をワグナスは全て翼で弾く。スコールの最強奥義すら、あの翼はびくともしない。
「その程度の力では、私はおろかあのハオラーンにもかなうまい」
 至近距離で『虹の光』を浴びる。さすがにこの距離ではブラックホールの威力も及ばない。遠く弾き飛ばされ、スコールが気を失う。
「くっ」
「さて、とどめだ──」
「エウレカ!」
 だが、ワグナスが接近するより早く、リディアは魔法王の召喚を行っていた。
「エクスティンクション!」
 その、リディア以上の力を持つ者の魔法に、さしものワグナスも耐え切れるほどではなかった。翼の一部が焼き焦げる。その威力にワグナスも感心した。
「たいしたものだ。この十六世界の中で、この翼を焼くことができる者がいるとは」
 だが、その冷静な分析は、それではとどめを刺すにはいたらないということを明確に表していた。
「君のような人物は貴重だが、私の邪魔をするのなら消えてもらわなければならない。さらば、マジックマスター」
 ワグナスの翼がはためいて接近してくる。魔法を唱えて迎撃するも、翼が全て弾いてしまって全く役に立たなかった。
「死を」
 至近距離で翼が広がる。虹の光が、彼女を焼く──と思った時だった。






(熱い)
 熱風にやられたセルフィは倒れたまま動けないでいた。火傷で体が麻痺でもしたかのようだった。
(アカンなあ。スロットもきかへんし)
 自分の体が動かない以上、スロット魔法を放つこともできない。当たり前のことだが、その事実が応えた。それだけ自分がダメージを受けるとは思っていなかった。
(どないしたらええやろ。スコールも倒れちゃってるし)
 リディアが抵抗しているのは分かるが、体が動かないのでは援護もできない。
(セフィロス……やっぱ、アタシ、こんなもんかなあ)
 だが。
 その名前が頭の中に出てきた途端に、何故か体が軽くなった。いや、その言葉に負けないように気力が奮い立った。
(そうだ。アタシは、セフィロスの分まで生きて、絶対に復讐するんや)
 必死に立ち上がる。その彼女の手が鈍く光る。
(なんや?)
 だが、その光の正体は確かめるまでもなく分かっていた。それはセフィロスだ。自分にジャンクションしているセフィロスの力がそこにある。
『俺を呼べ、セルフィ』
 その光が徐々に形を成す。
『俺はいつでも、お前の傍にいる』
 それは、エスタに置いてきたはずの『正宗』だった。
(守ってくれてる)
 いつだってセフィロスは、自分のことだけを考えてくれている。
 直接触れることはできなくても、いつでもすぐ傍にいて、自分のことを見守ってくれている。
(負けられん)
 その正宗を握り締めたセルフィは、リディアに突進するワグナスに向かって、剣を思い切り振りかぶった。
「スーパーノヴァ!」






 セルフィが剣を全力で振り下ろす。その剣から強烈な衝撃波が生まれたのは、ワグナスが虹の光を発しようとしたまさにその時だった。
 虹の光を放つということは、翼が攻撃姿勢をとっているということ。従って、その一瞬は防御不能となり、全ての攻撃を直接受けることになる。
 ワグナスの急所にその攻撃は確実にヒットした。
「がはっ!?」
 ワグナスもその意表をついた攻撃にまったくノーガードでダメージを受けた。気を取り直したリディアが召喚魔法を唱えた。
「シヴァ!」
 氷の女王が彼女の後ろに現れる。そして放たれるダイヤモンドダストが、ワグナスの翼を完全に凍らせた。
「ばかな。こんなことが」
「そこまでだな、ワグナス」
 意識を取り戻したスコールが地竜の剣を手にワグナスに迫る。
「くっ、この程度のことで──」
「翼のないお前など、月のモンスターにも及ばない」
 ワグナスのサイコバインドを見切って回避する。そしてスコールが今度こそ、奥義を叩き込んだ。
「エンドオブハート!」
 その攻撃は、凍った翼を完全に砕き、そしてワグナス自身をもコマ切れにした。
「おわった〜」
 ぺたん、とセルフィが座る。強敵だった。リディアはダメージこそ少ないものの殺される直前だったし、スコールもセルフィも瀕死の重体だ。
「セルフィ、回復を」
「おっけ〜」
 だが便利なもので、スロット魔法フルケアが彼ら三人を完全回復させる。
「それじゃ、やっちゃおっか」
 セルフィが奥の大石柱を見る。スコールは頷く。リディアも魔法を唱えた。

「ブラスティングゾーン!」
「スーパーノヴァ!」
「アポカリプス!」

 その三筋の波動が、大石柱を粉々にした。






185.魔女の幻影

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