「うーんと、さすがに悪いが、そればっかりはなあ」
 ラグナは頭をかいた。
 目の前にいる二人。カインとティナとが真剣な表情で彼を見つめている。
「自分たちがどれだけわがままなことを言っているかは分かっているつもりです。聞き入れていただけないのなら、もちろんかまいません」
 ティナが静かに目を伏せる。何がなんでも、というわけではないのは助かるし、正直カインの記憶が戻るのなら手助けはしてやりたい。
 二人の要望。それは、ラグナロクを貸してほしい、というものだった。
「ラグナロクはなあ……ありゃ一応エスタ国籍なんでな。ま、俺の一存で貸すことはもちろんできるけど、万が一の時はアレを使うからなあ。だいたい、何でアレが必要なんだ?」
「世界各地を回るためです。F・Hや天空城、セントラ遺跡。カインが今までに旅をしてきたところを見て回りたいんです」
「確かに記憶を取り戻すにはいい方法かもしれないけど、二人だけで行くのは危険だしな」
「操縦士としてイリーナの同行も認めていただきたいんです。もちろん、駄目なら諦めます」
「諦めて、ずっとここにいるのか? そうは見えねえぜ」
 ラグナの指摘に二人が顔をひそめる。確かに、もし駄目だとしたら二人は歩いてでも各地を回ろうと思っていた。
「ま、もう少し待ってくれ。『月の涙』を防ぐことができれば、あとはラグナロクがなくても何とかなるし、最悪緊急招集をかけるから、その時だけは従ってくれればいい」
「はい」
「貸す分には異存はないぜ。ただな」
 ラグナが真剣な表情でカインを見つめる。
「記憶を取り戻すってのは、かなり大変なことだぞ。それでもいいんだな」
 カインはしっかりと頷く。
「俺は、まだ、自分のことがよく分からない。過去に何をしたのかも、誰も教えてくれない。それはあまりにも、俺が、悪いことをしたから。でも、それを取り戻しても大丈夫。俺には、ティナがいるから」
 ラグナは頭をかいた。そこまで気持ちが定まっているのなら、止めることはできない。
「分かった。この戦いが終わったら、乗ってっていいぜ」












PLUS.185

魔女の幻影







the stage






 セカンド・ステージ、クリア。
 ツヅケテ、サード・ステージ、ヘ、イコウシマス。

 大理石を敷き詰めた巨大な空間に、機械的な声が響く。
 誰もいないその空間に、ただ一人、吟遊詩人は玉座に座っていた。
「邪龍とワグナス。うまくけしかけたつもりだったが、どうもその程度では相手にならないようだな」
 ハオラーンは別に邪龍やワグナスと手を組んだわけではない。ただ単に、それぞれが戦うべき方向性を示しただけのことだった。
 邪龍には、自分の主人であるルージュを倒した男がラグナロクの中にいるということを知らせた。
 ワグナスには、新たな世界で生き残るための手段を知らせた。
 ビリーについては、あれはカオスの単なる副産物にすぎない。カオスの活動が活発になると同時に、カオスが取り込んだ様々な負の思念が実体化した。セフィロスが滅ぼしたエクスデスなどもその一つだ。
「で、あんたはこんなところでのんびりとしていていいのかい?」
 その空間に男がひとり参入する。褐色の肌に白い髪。およそ人間離れした容姿。
「ディオニュソスか。向こうは終わったのか?」
「ん? ま、シュミ族だかドクショ族だかマドギワ族だか知らないけど、全然たいしたことなかったぜ。なんであいつらを滅ぼさなきゃいけなかったんだ?」
「ワグナスやルナティックパンドラと同じだ。月にある、カオスと正反対の性質を持つ力。あれを手に入れられるわけにはいかないからな」
 その言葉にディオニュソスが首をかしげる。
「そんなものが月にあるのか?」
「ある。ただし、それができる者は限られているのでな。お前が興味を持とうとしても無駄だ」
「ワグナスやなんたら族にはそれができたってことか?」
「望むと望まざるとに関わらずな」
「ふうん。じゃあやっぱりあんたは、邪龍とワグナス、あんたにとって邪魔な連中をヤツラに片付けさせた、ってことか」
 ディオニュソスの言葉にハオラーンは苦笑する。
「さすがに話が早いな。そう。あれは私にとって邪魔な者たち。だからこそ道を示したのだ。滅びの道をな」
「あくどいなー。それで、あんたにとってまだ危ない奴はいるのかよ」
「ああ。とびきりまずい奴がいる」
「んじゃ、俺の相手はそいつか」
「無駄だ。そいつには会えない」
 それを聞くと幻獣は「ふーん」と答える。
「じゃ、何すればいい?」
「行ってほしい場所がある」
 へえ、と答えてから「どこだい?」と尋ねる。
「幻獣界だ」
 するとディオニュソスは驚いた表情を見せたが、すぐに笑い出した。
「徹底的にやれってことか?」
「そうだ。十六の世界とつながる場所。そこを断ち切る」
「ま、あそこには幻獣の中でも弱い連中しかいないわけだけど、リディに協力してる連中が集まったらちょっときついぜ」
「できないのか?」
 肩をすくめて「いいや」と答える。
「ならば、行け」
「はいはい。ひとづかい荒いなあ」
 そしてディオニュソスが消えると、そのかわりにリノアの姿をした褐色肌の女性、レイラがその場にやってきた。
「随分と楽しい話をしていたみたいね」
 外見年齢は二十近いのだが、実際の年齢はまだ十かそこらでしかない。まだ幼さの残る口調だった。
「ディオニュソスをこの世界から追いやって、その間に何をしようとしているの?」
「人聞きの悪いことを。レイラ、あなただって私の目の届かないところでいろいろと動いているのでしょう。ルナティックパンドラを動かしたのはワグナスですが、月のモンスターたちを一斉に動かしたのはあなたの仕業ですね」
「あら、ばれてる」
 ぺろ、とレイラは舌を出した。
「せっかく楽しいことしてるんだもん。私も加わりたいじゃない」
「面白い表現をしますね、レイラ」
 レイラはまざると言わず、加わると言った。それは、あくまでもハオラーン陣営の中に入るというわけではなく、ハオラーンと共に歩みながらも自分の意思で行動するということだ。
「だってあなたは私をまぜてくれないでしょ?」
 ハオラーンは答えない。それは彼女の言っていることを肯定しているということだ。
「そんなに、怖いかなあ」
「ええ。『彼女』は今、ただひとり私をおびやかす存在ですから。だからこそ接触させないためにも、邪龍やワグナスは葬る必要があった」
「でも、一つだけ、いい?」
 レイラはにこやかに言う。
「スコールたちなら、お母さん──『ジュリア』に会えると思うよ?」
「無理ですよ。彼女が『そこ』にいることに気付きもしないでしょう。それどころか彼女の存在すら、気付いていないに違いありません。ですが、もしそうだとしたら、私自身の手で止めます。何があっても」
 レイラはくすくすと笑うが、彼の言葉を肯定も否定もしない。
「それじゃ、私ももう少し『遊んで』こようっかな」
 するとレイラの姿はその場から消えた。ふたりの来客が消えた空間は、完全な静寂を取り戻す。
『サード・ステージ、カイシシマス』
 機械音だけが、彼の耳に届いた。






「結論から言おう。リノアの母、ジュリア・ハーティリーは生きている」
 その戦略会議に参加したメンバーの中でもっとも驚いていたのはラグナで、そしてスコールやセルフィもさすがに表情を変えた。だが、状況を飲み込めていないメンバーは疑問符を浮かべるばかりだ。
 そろったメンバーは七人。ラグナとキロス。そしてスコール、ブルー、アセルス、セルフィ、リディアだ。現在のこのガーデンの中核ともいうべきメンバーだった。
 突然のようにそんなことを言い出したのは当然メンバーの頭脳とも言うべきブルーだ。彼は数少ない情報からその結論に行き着いた。それこそハオラーンは完全に彼の頭脳を見誤っていたというべきだろう。
「それがいったい何か意味があることなのか」
 スコールが冷静に尋ねる。もちろんブルーが言うからには意味がないはずがない。
「ジュリアは二人の子を産んでいる。一人はリノア。もう一人はレイラ。もしかしたら他にも子がいるかもしれないが、少なくともこの二人がそうだというのは間違いない」
 そしてゆっくりとブルーは説明を始めた。
 まずジュリアはラグナが行方不明になってからカーウェイと結婚してリノアを産んだ。その後病死ということになったが、それは擬態にすぎなかった。それからキロスに接近してさらにその子、レイラを産んだ。子が産まれる前にジュリアはキロスの前から去っている。ということは、彼女は子供を産んでは別のところへと移動を続けているということだ。
 それが片や魔女、片や強大な魔力持ちにしてハオラーンの仲間というのだから、ジュリアの子の二人ともがそうした運命を背負ったことを偶然と考えるより、必然と考えた方がいい。
 つまり、ジュリアという人物そのものに何か秘密がある。子供を次々に産むことも、そして彼女の子が巨大な運命に巻き込まれていくことも。
「ジュリアが敵か味方かは分からない。ただ言えることは、僕らの知らない事実をその人物が持っているということだけだ。もしかしたらハオラーンの居場所も知っているかもしれない。ただ問題は、ジュリアという人物がどこにいるのかが分からない」
 そこまで聞いていたキロスがふむと頷いて言う。
「私は場所を知らないが、確かにおかしな話だな。ジュリアは最初、ラグナくんと結ばれようとしていた。そのかわりにカーウェイと結ばれ、生まれた子がラグナくんの子、スコールくんと恋人同士となった。できすぎといえばできすぎている。そして次に近づいたのが私となると、ジュリアという女性は、ラグナくんを狙っていたのではないか」
「お、俺を!? ま、ま、まかさ」
 ラグナが明らかに一歩引く。しかもどもっている。本当に分かりやすい男だった。
「そういえば」
 スコールが腕を組んで思い出す。
「ジュリアの様子は確かにおかしかったな。ラグナに惚れたというのも信じ難いが、わざわざラグナに近づいておいて、自分は何も話さず、ラグナの話をただ聞いていただけだった」
「お、おい、スコール、なんでお前が俺とジュリアの話を知ってるんだよ! お前が産まれる前だぞ!」
「ラグナくん。妖精さん、だ」
 言われてラグナは思い出す。かつてエルオーネの力でスコールが自分の体に憑依したことがあったことを。
「そっか。お前、俺とジュリアの話を知ってたのか」
「まあ……俺も別に聞きたかったわけじゃないし、こんな話にでもならない限りは思い出さなかった。あれはエルオーネが勝手にやったことだし」
「別に責めてはいねえよ。ただまあ、お前の母さんじゃなかったし、あんまり聞かせたい話でもなかったからよ」
 ラグナが首筋をかく。だが今はそんな話をしている場合ではない。
「君たち二人の目から見て、ジュリアは目的があって近づいたと思った方がいいのか?」
 ブルーが尋ねると、スコールは思い返しながら頷いた。
「今から考えるとそうなのかもしれない。ただそれは、普通に接している程度では分からないことだ。ただ、ラグナにわざわざ近づく理由が分からない」
「それはきっと、ラグナが『指導者』だからだろう」
 ブルーが言うとラグナが意味不明というような様子を見せる。そういえば、誰もラグナにその説明をしたことはなかった。というより『指導者』というのが具体的にどのような人物を示すのか、誰もそれを知らなかった。
 ただいえることは、ラグナ自身もまた、何らかの使命を帯びているということだ。
「推測するに『指導者』というのは、この世界の危機を乗り越えるためにリーダーとして動く人物、ととらえるといいんじゃないのかな。いうなればラグナは、この世界の危機を乗り越えるために必要不可欠な、中核となる存在ということだ」
 そう言われるとラグナも「いや、そんなこと言われてもな〜」と頭をかく。おごりたかぶらないのがこの男のいいところではあるが、子のスコールからすると『煮え切らない男』というマイナス評価につながっている。
「問題はジュリアがどこにいるかということだが……」
 スコールが話を元に戻す。確かにそれが分からなければ、せっかくブルーがたどりついた真実も意味のないものに終わってしまう。
「別にジュリアと何か話したかって言われたら、あの一回きりだしなあ」
 ラグナが思い出すように腕を組むが、何も思い当たることはないらしい。
「キロス、お前は?」
「私はラグナくん以上に何もないだろうな。全くだ」
「一つ、あるんじゃない? ジュリアさんのメッセージ」
 セルフィが言うと、誰もが真剣に見つめる。
「ほら〜、ジュリアさんが残したものっていったら、一曲だけあるでしょ〜?」
「ああ、あの歌か」
 アーリグリフの歌姫、ジュリアが残した歌。

『Eyes On Me』

 あの曲の中に、ジュリアの居場所が隠されている──?
「……と言っても、あれは明らかにラグナくんとの思い出の曲という感じがしないでもないがな」
 キロスが腕組みをして言う。
「曲はあるのか?」
 ブルーが尋ねると「もちろん」とラグナが答えた。有名な曲ならエスタのコンピューターで検索すればすぐに出てくるようになっている。ジュリアの『Eyes On Me』なら一瞬だ。
 すぐにコンピューターを操作して、その曲が流れる。一曲一度聞き流してから、もう一度ブルーがリピートを願う。
「歌詞はあるかい?」
 するとすぐにプリントアウトされたものがブルーに手渡される。
「On the stage, On my own、か。幾つか、この世界の情報を知りたい。エスタ、というのはこの国の名前だったな」
「ああ」
「エスタでゲートといったら思い出すことは?」
「ゲート? だったらルナゲートか」
「その施設には何が?」
「いや、ただ単に宇宙への打ち上げロケットがあるだけだぜ」
「なるほど。それで分かった。ラグナ、あなたがそこを使ったことは?」
「そりゃ何度もあるけどよ。宇宙にはアデルを封印してたわけだし」
「アデル? それは?」
「ずっと前にこのエスタを支配してた魔女さ。なんとか封印して宇宙で監視してたんだ」
「それで月までは行けるのか?」
「月? そりゃ無理だ。一応、ルナサイドベースっていって、大気圏外まではいけるけど、そこまでだな」
「だとしたら、その方法が必要というわけか。難しいな」
 ブルー一人が分かっているようだったが、他のメンバーには全く意味が分からない。
「どういうことだ?」
「ああ。ジュリアはおそらく、月にいる」
 さすがに全員が声を失った。ただ一人、アセルスだけが咳払いをしてから、全員の硬直を解く。
「悪いけど、ブルー。あたしも含めて、誰もブルーの思考についていけてないから説明がほしいんだけど」
「ああ。この歌詞を見る限り、ジュリアが自分の居る場所として歌っているのはこの“on the stage”の部分だけだ。この“stage”をアナグラムさせると、“esta”と“gate”という単語が出てくる。エスタは正確にはスペルが違うけど、誤差の範囲だろう」
「それで『エスタ』の『ゲート』か」
「ああ。つまり“I am on the gate of esta”というところかな。エスタのルナゲートの上にいる、そのルナゲートがロケット打ち上げの施設だっていうことは、ジュリアは宇宙にいるっていうことだ。しかもその後ろで“on my own”と書いてある。これをアナグラムさせると“moon”が出てくる。」
「そ……それは、こじつけ、ではないのかね」
 キロスがさすがに声を震わせて言う。
「確かに確証はない。無駄足も踏みたくない。だから、このガーデンで保護しているはずの、一人の証人に会わせてもらいたい」
「証人?」
 キロスが尋ねる。ブルーは自信を持って答えた。
「魔女、イデア・クレイマー。既に魔女としての力はないそうだが、ここで保護されていると先ほどスコールから聞いた。魔女について色々と教えてもらえることもあるだろう」
 と、そこまで言った時だった。



 トラビア・ガーデンの全ての照明が一斉に消えた。






186.最初の魔女

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