ラグナロクはF・Hに到着した。
 ドープ駅長、フロー駅長に挨拶するも、前に来たときですら一度しか顔をあわせなかった相手だ。これで記憶が戻るはずもない。ただ、駅長の家に入ったとき、ふと何かを思い出しかけたカインは、その対象をじっと思い出す。
 やがて頭の中に浮かんできたのは、リディアの顔だった。
「俺はここで、リディアと再会した……」
 ぼそり、と呟く。
「カイン、記憶が」
「いや。そんな気がした。違っていたか」
「ううん。私もそう聞いてる。ここでリディアさんと再会したって」
 どういう状況だったのかは覚えていない。ただ、その罪の意識だけが強く残る。その感覚がリディアに対して抱いたものに似ていた。それだけにすぎない。
「あら。ラグナロクを見かけたと思ったら、こんなところでどうしたの、お二人さん」
 と、そこへ話しかけてきた女性がいた。ティナが振り返ると、そこに見知った顔。
「キスティスさん? ドールにいるって聞いてましたけど」
 そこにいたのはドール方面のSeeDを管轄していたはずのキスティスだった。
「それはこっちの台詞よ。お久しぶりね、ティナ」
 そしてちらりとカインを見る。
「で……大丈夫なの?」
 話はラグナからキスティスの方にもされているのだろう。ティナは首を振って答える。
「カイン、こちらはキスティスさん。私がこの世界に来たときに親切にしてもらった人」
「そうか。ありがとう」
「いいえ。早く思い出せるといいわね」
 キスティスは余計なことは言わない。カインと顔見知りであることも、このF・Hで仲良く話した経験があることも、何も言わない。余計な知識は記憶を取り戻すのに障害となるからだ。
「どこかで、会ったことがあるか?」
 無造作にカインが言うので二人が驚いて彼を見返す。
「カイン、記憶が?」
「いや。ただ、会ったことがあるというのは、何となく分かる」
「そう」
 キスティスがじっとカインを見つめる。そして、なるほど、と頷いた。
「少しずつ記憶が戻りかけてるけど、あと一歩っていうところね」
「あと一歩?」
「あなたの中の記憶は外に出たがっている。ただ、それらを外に出さない障壁が存在している。それを突破すればあなたは記憶を取り戻すわ」
 確かに、もはやカインは普通の会話は完全にできるようになっている。あとは固有名詞を思い出すことができればそれで記憶探しの旅は終わりだ。
「このまま逆行していけば、いつかは記憶が戻ると思うわ。ただ、問題は」
 そう。問題は一つ。
 ウィンヒル、セントラと戻っていけば、その先は──カインの元いた世界に行くしかない、ということなのだ。












PLUS.195

力の本質







the truth






 正直に言うと、彼女との出会いのことはあまりよく覚えていない。だからいつ仲間になったかとかも鮮明ではない。あの頃はただ自分の目的を達成することしか考えていなかったから。
 ただ、最初の仲間たちの中でやけに目を引く存在だったのは確かだ。
 次々と敵を倒しながらも平然としている彼女。
 最初の仲間たちが次々に目的を達成していく中で、彼女だけは『自分は最後でいい』と遠慮しつづけていた。
 それもそうだろう。自分たち七人の中で、もっとも強い相手が最後に控えていたのだから。
 そんな自分たちは、六人目となった自分のときに決定的に決裂することになった。
 自分のわがままで、双子の弟と命をかけて争うことになった。それを仲間たちは咎めた。肉親同士で戦うのかと。だが、自分にとってはそれが必要不可欠なことなのだ。肉親を殺さなければならないというのは、誰にとっても許されないことなのだろう。自分だって嫌だと思う。
 それでも、双子だけは別なのだ。
 双子の弟がいる。それを知ったとき、激しい破壊衝動と憎悪感情とが自分の中に生まれた。実はその感情は、弟を倒した今このときですら感じている。双子の存在は許されない。それは幼い頃から植えつけられてきた感情で、今や自分の根幹を成すものだ。それがマジックキングダムの巧みな誘導があったことも分かっているし、憎しむ理由がないことも理解している。
 それなのに『双子』という存在がいること自体が自分にとっては『許されない』ことなのだ。
 それを正確に読み取ってくれたのが彼女だった。彼女は他の仲間たちに向かってはっきりと言ったのだ。

『そんなの、ブルーの勝手だろ!』

 あの時から。僕はずっと、君を求めている。






 セルフィから報告を受け取ったブルーは頭を抱えた。全く、この重要な時期にあのらぶらぶカップルはいったいどこへ消えたのか。
 サラが亡くなり、かわりにハリードという怪しげな男が残った。もはや戦意がないということはよく分かっていたが、直前まで戦っていた相手を信じることは非常に難しいことだ。
「アビスの件はよく分かった。セルフィ、お疲れ様」
「うん。でも〜、この黒いおじさん、どうするの?」
 黒いおじさんとはハリードのことだろうか。言われた当人も気付いたのだろう、表情こそ変わっていないが空気が変わった。
「同じ世界の者としての意見は?」
 ブルーがユリアンとモニカに尋ねる。
「ハリードは信頼できる仲間だ。今でも。ただ今回は目的が異なってしまったけど、これから先、ハリードが僕たちの敵になることはないと思う」
「同感です。彼は誇り高き傭兵です。今の戦いでも余計な死者は出しませんでした」
「ふむ」
 ブルーはその端整な顔をしかめる。
「じゃあ一つ聞きたいんだけど、ハリード。随分前の話になるけど、確か君はサイファーを襲い、風神、雷神を殺しているね。その理由が知りたい」
「代表者は」
 ハリードは一度言葉を発してから沈黙した。そして少ししてから答える。
「あの時点でまだ、決まっていなかった」
「決まっていなかった?」
「アルティミシアが倒され、世界は代表者を失った。失われたときはただちに次の代表者が世界から選ばれる。その際、二人が指名された。その一人がサイファーだった」
「もう一人は?」
「アーヴァイン・キニアスという男だ」
 その名前が正確に形作られるには、ブルーには多少の時間がかかった。ほんの数回しか顔合わせをしていない相手だった。ただ、スコールやセルフィらには相当な影響があった名前であるのは覚えている。アルティミシア戦を戦った仲間だとも。
「閂を外すのにより協力的な男を残したかった。だからサイファーを狙った。だが──」
 それよりも先に、アーヴァインは死んでしまった。トラビアで、彼らの意図とは全然関係のないところで。
「なるほど。だからその後、サイファーを襲うことはやめたということか。つじつまはあっている」
「この世界の人間は調べつくしている。何が不足していて、何が必要であるかもだ」
「不足しているものは?」
「『守護者』の存在だ」
 ハリードは躊躇なく答える。
「その『守護者』というのはいったい何者なんだ?」
「『守護者』はこの世界を破滅に導く者から護る者。混沌に対しては影響しないから問題はなかったが、今、この場面では必要だ。何しろ、敵はまさに破滅を願う神だからな」
「吟遊詩人──いや、吟遊詩神、か」
 ブルーの脳裏に、緑色のコートを着た詩神の姿が描かれる。あの表情を見せない男が、何故世界の破滅などを願うのか。
 ガーランドにはその理由があった。世界への絶望、という。だが、あの詩神にはそれがない。ただ、人の滅ぶ姿、世界の滅ぶ姿を『見たい』という、子供のような好奇心しかない。敵として最も性質が悪い。
「ハリードのおじさんにしつも〜ん」
 セルフィが手を上げて尋ねる。視線が移り、かまわないという雰囲気が出る。
「『守護者』っていうのは、どうやって決まるんですか〜?」
「分からん」
 だがハリードはあっさりと答える。ええ〜、とセルフィが苦情の声を上げた。
「ただ『守護者』の力は『魔女』の力と同じように人から人へ受け継がれるものだ。何もないところから生まれるものではない」
「じゃあ〜、他の世界から新しく誰か連れてこなきゃ駄目ってこと?」
「それが一番妥当なところだろう」
 とはいえ、その方法がいかに難しいかは誰しも分かっていることだ。
「『守護者』なしでハオラーンを倒すことは?」
「不可能ではないだろう。ただ、できるかどうかを考えた場合、きわめて難しいだろうな」
 さまざまな情報がこうしてハリードから伝わったが、最後にアセルスが尋ねた。
「で、あんたはこれからどうするつもりなのさ」
「俺が?」
「そうだろ。だって、もうサラはいないんだし、あんたが戦う理由はないんじゃないの?」
 その通りだ。ハリードは自分たちには分からないところで、世界を破滅から救うために戦ってきた。それが自分たちの敵になることがあったとしてもだ。
 だが、もう彼にとって世界をおびやかす敵は自分たちの中にはいない。あとはハオラーン、元凶を倒すだけだ。
「俺は、お前たちの仲間を」
「確かにそれはある。ただ、行くところがないならここにいればいい。君を悪く言う奴はいるだろうけど、君自身にも考える時間が必要だろうしね」
 ブルーが相手の言葉を遮って言う。ハリードは少し考えているようだったが「しばらく世話になる」とだけ答えた。レノやシャドウと同じように、このガーデンではアウトローになるだろう。だが、強力な援軍が一人増えたことには違いない。モニカやユリアンもほっとした表情になった。
「じゃあ、これからどうするよ、ブルー」
 ラグナが尋ねてくる。さすがに現状では動きようがないのも事実だ。今までは常にハオラーンが仕掛けてきていたからそれに対応してきたが、敵の動きが見えない以上、こちらから動くとしても限界がある。
(月に行く方法があればいいんだけど)
 エスタのルナゲートでは結局宇宙空間にたどりつくことはできても月には届かない。そのための方法は、ティナたちが乗っていったラグナロクだろうか。ただ、あれも月までのエネルギーを搭載することはできないと聞いた。
「半日時間がほしい。次にどうするか、ここまでの情報を整理したい」
「そっか。別に半日といわず、二日でも三日でもいいんだぜ。どうせ俺たちはこのエスタを守るしかないんだからよ」
「ありがとう。ただ、ハオラーンの先手は打ちたい。こちらから動けるときに動いておかないと、あとで苦労するのは嫌だから」
 ブルーはそう言い残すとブリッジを出た。それにアセルスがついてくる。
「どうするつもりだ?」
 アセルスが尋ねてくる。どうするもこうするも、自分たちにできることなどそう多くはない。
「情報を整理すると言った。足りない情報は自分の足で稼ぐさ」
「稼ぐって、どこで」
「決まってる。このガーデンにいる『魔女』からさ」
 そしてブルーが向かったのはガーデンの創造主ともいえる、イデア・クレイマーの部屋だった。
 イデアにはいろいろと聞かなければならないことがある。それは最初に魔女の話が出てきたときから思っていたことだった。最初の魔女ハインの話もブルーはよく知らない。イデアから話を聞くのが一番脚色がないように思えたのだ。
「失礼します」
 ブルーが入ると、そこにイデアとそして、エルオーネの姿があった。
 普段はよくラグナの傍にいることが多かった彼女だが、イデアに育てられた経験もあり、結構波乱万丈な人生を歩んでいる。
 エルオーネが気をきかせて出ていくと、話は早速始まった。まず聞きたかったのは最初の魔女ハインのことだった。
 伝説では、人間を創りだした最初の魔女とされている。そしてずっと死ぬことも老いることもなく、ただ人間が世代交代していくのをずっと見続けていたということだ。
 魔女という存在は死ぬことができない。死ぬためには自分の力を誰かに譲らなければならない。だからこそ魔女になったものは死への恐怖におびえることになる。その恐れが逆に人間に対する攻撃衝動に変わったとしても不思議はない。アルティミシアがまさにその代表といえるだろう。アデルやイデアはアルティミシアに操られていたにすぎない。
 魔女を消滅させるには『指導者』と『魔女』の子でなければならない。だからこそこの地上に『指導者』であるラグナが生まれたとき、ハインは自分を殺させるために彼に近づいた。だが、その彼は遠い任地で死亡したと伝えられた。もちろんそれは誤報なのだが、彼女にとっては大きな衝撃だったのだろう。行きずりとでもいうのだろうか、カーウェイに拾われ、そしてリノアを産んだ。
 そしてラグナがエスタで生きているということを知ったとき、彼女は交通事故で死んだことにして近づいた。だが、ハインは彼に近づくことができなかった。
 何故か──それはハインにしか分からない彼女の感情の問題だ。彼女はラグナに接触せず、その仲間であるキロスと接触し、その子供を産んだ。
 そして彼女は『然るべき時』まで、その身を月におくことにしたのだ。
「最初の魔女ハインは、自分の力を誰かに譲れば消滅するのでは?」
「それはありません。昔の私のような単なる使役される魔女であればそうなりますが、大元である最初の魔女ハインは魔女の力を誰かに受け継がせることができないのです」
 疑問が解消され、さらに話は続く。
 魔女の力の継承。これもブルーにはまだ理解が完全ではないところだ。
 たとえ致命傷を負ったとしても、魔女は死ぬこともできず、次の魔女へ力を継承しなければならない。
「率直に聞きたいんだが、魔女の力というのはつまり、どのような力を意味しているんだ?」
「と言いますと?」
「僕には魔女の力というのがそこまで強力なものだとは思えない。確かにこの世界ではかつて魔女が支配した時代もあるんだろうけど、その魔女の力は決してサタンやカオスに比べればたいしたことがないものだ。それなのにハオラーンは魔女の力を恐れている。その魔女の力というのは、いったい何なのかということだ」
「なるほど。力の本質、ということですね」
 イデアは少しの間目を伏せてから、そっと右手を差し出した。
「確かにハオラーンは魔女をそこまで恐れる必要はありません。ですが、その恐れこそ魔女の力の本質なのです」
「恐れこそ、本質?」
「ええ。私はもう魔女の力は失くしてしまいましたが、その一部は残っています。これを少し実感してみれば分かると思います。どうぞ、私の手を取ってください」
 ブルーは言われるままにその手を取る。
「そのまま魔女の力の一旦を流します。そのまま感じてみてください」
 言われるままに、ブルーは目を閉じて何かを読み取ろうとする。
 その直後だった。
「!」
 思わず、ブルーはその手を振りほどいていた。
 心臓が早鐘を打っている。何が自分に起こったのかはわからないが、ほんの数秒前までは何も感じていなかった目の前の女性を、今では恐怖の対象としてしか見られなくなっている。
 そう。それは『恐怖』だけだった。魔女の力に触れた自分は、何を理由とするのでもなく、ただ目の前の女性に恐怖を覚えたのだ。
 自分が死ぬとか消滅するとかではない。たとえるなら絶対の『神』を前にした罪人の恐怖。
「これが、魔女の力の本質です」
 その『魔女』は厳かに言った。いや、おそらく彼女は普通に話しているだけだ。だが、既に一度恐怖を知ったブルーは普通に彼女を見ることはできなくなっている。
「恐れること。全ての存在は魔女を恐れるようにできているのです。いえ、魔女は全ての存在に恐れられるようにできているのです。ハオラーンといえども例外ではありません。もし魔女を敵としたならば、ハオラーンはその活動を制限されるでしょう。彼の中にある恐れが彼の行動を制限することになるのです」






196.力の源

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