キスティスに連れられ、二人はF・Hのあちこちを連れまわされた。別に記憶のことは急がなければならないというわけでもない。それよりもせっかくなのだからたまには何も考えず羽を伸ばしてみればいい、と勧められたのだ。
 三人で食事を取り、キスティスとティナが食後のデザートを、カインがコーヒーをそれぞれ頼み、四方山話に花を咲かせることとなった。
「そういえばキスティスさんはどうしてこちらに?」
「ドール方面は人手はなんとかなってるんだけど、それより資材が足りないのよ。トラビアガーデンから調達するのも簡単じゃないし、いっそ近くのF・Hから船や鉄道を使って運んだ方が早いってわけ」
 世界各地で問題が生じている。被害を受けていない地域などない。バラムやガルバディアなどはほぼ壊滅状態で、首都が無事なのはエスタくらいだ。
 かつてはリゾート地として栄えたドールもいつぞやの大火災によって、いまだ復興の途中だ。それでも目処が立っているだけいい。ガルバディアなどは何から手をつければいいのかすら分からない状態なのだ。
「この後はどうするつもりなの?」
 逆にキスティスから声をかけられる。
「一度ウィンヒルに行きます。それから本当は船でセントラに渡るのが一番なんですけど」
「白いSeeDの船は航路が決まってるから無理ね。誰かの一存で航路を変えるわけにはいかない。でも、多分今はウィンヒルに来てるはずだから、会うことはできるはずよ」
「白いSeeDの船というものに、俺が乗っていたそうだが」
 ティナは頷く。
「カインはその船でセントラからF・Hに来られる予定だったんです。でも事故があって、漂流してしまったんです。それでウィンヒルで私と出会ったんです」
「そうか」
 カインは頭を振る。もどかしい。自分の知らないことを回りが知っている。
「でも、障壁を突破するのは多分、ほんの一瞬よ」
 キスティスが安心しなさいというように伝える。
「何がきっかけとなるのかは分からないけど、そのきっかけを手にしたとき、あなたの記憶は戻るわ。あまり深く考えなくても、隣にいる女の子を信じていれば大丈夫よ」
 二人は目を合わせた。そして、顔を赤らめて視線を逸らした。
「まだまだ、若いわね」
 教官らしく、キスティスは笑った。












PLUS.196

力の源







the source






 朱雀の力をもって、彼女を人間に戻す。それは自分たちをつないでいた絆の一つではあったが、それだけではない。自分は彼女の傍にいたかったのだ。
 だから自分は彼女と一緒に連れていってもらうことにしたのだ。朱雀のことは単なるその口実。それがなくても、自分はきっと彼女と一緒にいただろう。
 彼女が僕の胸の中で泣いたことは、あれから一度も口にしたことはない。今後もきっとないだろう。だが、あれは僕が心ごと彼女に惹かれた出来事となっている。これからずっとそうなのだろう。
 惹かれていた。確かにそれはそうだ。だが、彼女とは常に戦友としての関係だった。最も信頼できる仲間として互いに必要としていた。
 オルロワージュとの戦いが終わって、アセルスは『力ある最初の四体』の最初の一つを手に入れた。最初の一つがオルロワージュそのもの。戦いの中で仲間を失い、その結果として人間に戻る術の一つを手に入れた。
 でも、そこで僕には新たな使命が課せられた。ヴァジュイールから代表者であることを伝えられ、全ての世界を守るために十六世界フィールディに行かなければならなくなった。
 アセルスを連れていくことも考えたが、彼女とは既に契約が切れていた。僕がサタンを倒し、アセルスがオルロワージュを倒したところで、僕たちの関係は終わっていたのだ。
 彼女が自分を必要としているかどうかは分からなかった。少なくとも朱雀の件がなければ僕などかまわれていないのではないか、と不安に思っていた。
 だから一人で行動した。彼女から別れを告げられる前に、自分から行動することにした。
 代表者としての使命が終わるまで、別の世界に行く。必ず戻ってくるから、心配はしなくてもいい。それだけをヴァジュイールから伝えてもらった。
 それなのに彼女は僕を追ってきてくれた。

『諦めちゃだめだよ、ブルー。最後まで』

 死にかけていた自分を助けてくれたのは彼女。あのときおぼろげながらに聞いた声、男か女かすらも聞き分けられないほどに意識が薄れていたが、それが間違いなくアセルスなのだと自分は信じていた。理解していた、と言ってもいい。
 追いかけてきてくれた彼女に僕は「ありがとう」と伝えた。だが彼女は少しだけむっとした顔を見せてから、額を一度弾いた。

『水くさいやつ。私たち戦友だろ? アンタが私を助けてくれたように、私もアンタを助けてやるよ』

 ──たったそれだけの言葉に、僕がどれほど助けられただろう。そんなことも、君は分かっていないんだろうね?






 魔女の力というものがどのようなものかは正確に理解した。
 恐怖という感情は、まず冷静な思考を奪う。次に、筋肉が萎縮して普段の力の半分も出せなくなる。当然、魔法を唱えることも剣を振ることも、何もかもがうまくいかなくなる。魔女の力は相手の力を制限すること。そう考えれば、ハオラーンが最初の魔女ハインを恐れている理由が分かる。
「ハインは月にいる。レイラという少女から聞いたのですが、それは間違いありませんか」
「ええ──いえ、私も詳しいことは存じませんが、おそらくそうなのだと思います。月のクレーター、大渓谷には『力の源』がありますから」
「力の源?」
 また知らない言葉が出てきた。その言葉の意味を尋ねる。
「代表者、変革者、指導者、守護者、修正者。世界が選びし五つの役割を持つ者たち。その『力の源』こそ、月にあるのです。ハインはおそらくその『力の源』にいるのでしょう。カオスと対極の力。破滅をもたらす者に対抗する力、すなわち──守護者を生み出す場所でもあるわけです」
「守護者、か」
 前々からその名前は聞いたことがあった。守護者はいないが、カオスの手から世界を守ることはできる、と。だがカオスがいなくなった現状ではこの守護者の存在が必要になる、ということらしい。
 ハオラーンに対抗するための力。
「ハインは何故その場所に?」
「おそらく、ハオラーンにその力を悪用されないため」
「何故?」
「その理由までは分かりません。直接彼女に聞いてみるのがいいでしょう」
 なるほど。結局守護者を生み出すために月には行かなければならない。
「一つだけ。守護者というのはどう決まるんですか?」
「変革者と同じです。世界を守ろうという意思があり、その力がある者。ですが、五つの役割のうち、守護者だけはもう一つ別の要因が必要です。すなわち、守護者としての資格。これは数に限りがあります。世界が用意した『守護者の資格』は有限です。そして、守護者の資格は継承するのです。先の守護者から後の守護者へと資格を継承しなければなりません」
「随分と回りくどいんですね」
「それだけ、重要な役割だということです。しかも、魔女の力はその場での受け渡しになりますが、守護者の資格はただ受け渡すだけではいけません。守護者として覚醒することが必要です。そのための『力の源』です。『力の源』に触れない限り、守護者となることはできません」
「問題は、誰が『守護者』になれるのかということだ。結局その資格をどうにかして手に入れなければならない。その資格を今誰が持っているのか、それを見極める方法は」
「ありません。世界が与えた資格は目に見えないもの。資格は戦って勝つことで手に入ります。相手が赤子であれ、モンスターであれ」
「『守護者』なのに、随分と残酷だな」
「仕方がありません。何かを『守る』ということは、それ以外の別のものを『倒す』ことと同義ですから。侵略を受けて自らを守るということは、侵略する相手に打ち勝つということです。違いますか?」
「違いませんね」
 いずれにしても、守護者を見つけることが急務だ。それが終わらない以上は月に行っても無駄足を踏む。
(スコールやカインたち、いや各地に散らばっているSeeDたちも含めて、守護者に関する情報を集めるのが早いかな)
 神竜レオンや煌竜バハムートなどはどうだろう。何か情報を持っていたりはしないだろうか。とにかく今は情報がほしい。ハオラーンを倒すための情報。守護者の情報を。
「話はだいたい分かりました。ありがとうございました」
「私で協力できることならいくらでも。それから、スコールたちですけど、もうすぐ戻ってきますよ」
「え?」
 突然話が変わって、ブルーは意表をつかれる。
「どうやら向こうも戦いが終わったようです。執務室で待っていれば二人とも戻ってくるでしょう」






「ねえ、ブルー」
 執務室に戻る途中、隣を歩くアセルスが尋ねてくる」
「なんだい?」
「まだよく分からないことが一つあるんだけどさ、聞いてもいいかな。ブルー、また考え込んでるみたいだったけど」
「かまわないよ。どうせ現状の情報だけでは思考はループするだけさ。それで、何だい?」
「指導者とか守護者とかって、最近よく聞くんだけど、いったいどういう役割を担っているのかな、と思ってさ」
「ああ、なるほど」
 確かにそうだ。代表者はPLUSへの道をつなぐための要員であり、変革者はクリスタルを起動させるための要員だ。修正者は一箇所に集いつつある世界を再び元の場所に戻すのが役割。だが、守護者や指導者については今まで詳しい説明はなかった。
「守護者はもうだいたい分かっている。これは世界を破滅に導く者から、世界を守る者のことをいうんだ。つまり、ハオラーンを倒すことができる唯一の相手だ。ハオラーンにとって二つだけ存在する弱点の一つっていうことだね。だから守護者が誕生する『力の源』に来られないように、僕たちを攻撃してくるってわけだ。特に、ラグナロク、を……」
 話していて、ふと気付く。
(そうか、ラグナロクだ。月に行くための方法としてラグナロクがある。もちろんエネルギーの問題とかいろいろあるんだろうけど、ハオラーンがラグナロクを破壊しようとしたのは、僕たちを月に行かせないためなんだ)
 それならば、逆にこういう考え方もできる。

 すなわち、ハオラーンは既に『守護者』の存在に気付いている──?

(僕たちの近くに、いや、僕らの中にいるんだ、守護者が)
 自然と結論はそうなる。ただ、その中でも誰が守護者なのかが分からない。それが判明すれば展開はまた変わってくる。
(いっそ全員で月に行くのがいいか。問題は現実的にエネルギー問題をどうクリアするか、ということだけど)
 それはこれから考えればいい。ただ、ようやく方向性は見えてきた。それもこれも、アセルスのおかげだ。
「ありがとうアセルス。君の質問のおかげで、随分と見えてきた気がする」
「いや、それはいいんだけどさ。で、指導者っていうのは?」
「指導者はみんなをまとめるリーダーシップのある人のこと──ああ、そうか、なるほど」
 リーダーシップ、ということから一つだけ謎が解けた。何故ハイン──ジュリアは、カーウェイの子を産んだのか、ということだ。
 カーウェイはアルティミシア戦の前後でガルバディアの大統領となった。つまり、それだけのリーダーシップを兼ね備えた人物だったということができる。そこで彼が指導者となるのなら、彼との間にできた子は指導者と魔女との子だ。だから魔女であるハイン自身を殺すことができる運命の子ということになる。
 だが、ハインはリノアのもとを去った。それは、カーウェイが指導者ではなく、リノアは運命の子ではなかった、ということになる。そしてハインはリノアに暗示をかけて、指導者の子であるスコールと恋仲になるように仕向けていった。スコールとリノアの間に子が生まれたなら、それは、魔女と指導者の血がかけあわさったことになる。ハインにとっては子ではなく孫となるが、それもハイン自身を殺すことができる運命の子になりうる要素を持つということだ。
「何を一人で納得してるのさ」
「後で説明するよ。ただ、指導者が具体的にどういう役割を果たそうとしているのかはまだ分からないな。きっと、かなり重要な役割を担うんだろうけど」
 さすがに情報が足りていない状況では何も判断することはできない。ただ、リーダーシップの強い男が指導者となる。それだけは分かる。
 この世界においては、代表者がサイファー、変革者がスコール、修正者がセルフィで、指導者がラグナ。豪華なメンバーだ。だがハリードの言うとおり、守護者だけが不足している。
「いずれにしてもスコールたちが戻ってきてからだな。このままだと動くに動けない。それに、ラグナロクが必要なら、記憶探しの旅をしている二人を呼び戻さないといけないしね」
 カインとティナ。もしも記憶が戻ったなら、彼らの力はハオラーンとの戦いに絶対必要なものだ。今は戦線から長期離脱しているものの、最終決戦の際には必ずいてもらわなければ困る。
(アセルスですら、役割を与えられているわけじゃないんだからな)
 もしかするとアセルスに与えられる役割があるとすれば、それは修正者ではないだろうか。元の人間に戻るという意思と能力が備わっている。そうした役割を与えられているわけではないが。
 そして二人が執務室に戻ってくる。すると、
「なんだ、もう戻っていたのか」
 ブルーはそこに帰ってきていた二人を見て安堵の息をついた。
 スコールとリディア。彼らが無事に戻ってきていた。
「心配をかけたな」
「いや、君たちなら無事であることは疑っていなかったよ。いろいろあったみたいだから、お互い情報交換と行こうか」






197.力の性質

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