ウィンヒル。
 本来、白いSeeDの船は、セントラ→F・H→エスタ、と周回する。
 ただ、このカオスとの一連の戦いでの人災、天災などからさまざまな影響が出てきている。異常気象により潮の流れも大きく変化し、白いSeeDの船はウィンヒル近辺に停泊してしばらく世界の動向を調査していた。
 カインとティナ、それにイリーナがやってきたのはそうして停泊して数日してからのことだった。
「お久しぶりです、カインさん、それにイリーナさん。お話は聞いています」
 白いSeeDの船の船長、ルーザが代表して話しかけてくる。だがイリーナはルーザを睨みつけて敵対意思を示す。
「その節はすみませんでした」
「すみませんでした、じゃすまないよ! カインが死ぬかもしれないっていうときに、手を貸してくれなかったじゃない!」
「判断を下したことについては、私は今でも間違ったことをしたとは思っていません。ですが、あなたの友人としては、苦渋の決断でした。ですから、すみません」
「いや、話は事前に聞いているが、気にしないでくれ。俺でもあなたの立場にいれば同じ決断をしただろう」
「恐縮です」
 だがカインは自分が見捨てられたことなどまるで気にせずに言った。それでルーザの表情も少し晴れた。
「孤児の船か。この世界情勢で活動を続けられるのだから、優秀な人材が揃っているな」
 そのカインの言葉に、ティナとイリーナが反応する。
「カイン、そのこと、まだ私、教えてないですよね」
 言われてカインは顔をしかめる。
「そう……だったか。そうかもしれないな。確かに、教えられた知識ともともとある記憶とか、随分入り混じってきているようだ。意識すると何も思い出すことができないが」
「無意識にいくつかの知識を取り戻してきているということですね。ここまで来ると回復はもうすぐでしょう」
 ルーザがカインを見て頷く。
「私はあなたのように高潔な人は好きですよ。早く記憶が戻ることを祈っています」
「ありがとう。何かあったときはよろしく頼む」












PLUS.197

力の性質







the property






 君が追いかけてきてくれてから、僕は少しおかしくなったのかもしれない。
 もともと君のことを求めているのは──無意識ではあったけれど。でも、この世界に君が追いかけてきてくれた、あのとき。僕は君のことを意識しはじめていた。
 だから離れることなど何も考えていなかったはずなのに、いざ一人で行動してみたときの寂しさ、心細さといったらなかった。
 再会できたとき、どれほど嬉しかったことか。それなのにすぐに話をすることもできなかった状況で、僕がどれほど君の声が聞きたかったか、君は分からなかったかもしれない。
『あんたがルージュを倒すまで、アタシが人間に戻るまで。そのときまで、アタシはあんたを全力で守るよ』
 どうして、そんな期限をつけていたんだろう。
 君も、僕のことを思ってくれていたのなら、その半妖の血が厭わしかったのだとしたら。
 僕は、あまりにむごい質問を君にしていたことになる。

『アセルスは……その、人間に戻ったら、何をするつもりなんだい?』

 君が怒るのも当然だ。
 よりにもよって、僕の口からそんなことを聞かされて、君が怒らないはずがない。






 ブルーとスコールは手早くお互いの状況を確認しあう。まず先にブルーから状況を伝えた。
 レイラやイデアからの情報、そしてそれらをふまえたブルーによる推測を伝えると、意外なほどスコールたちも理解していた。ラグナロクで月に行き、最初の魔女ハインに会う。それは幻獣界でもそう聞かされていたらしい。
「幻獣界でディオニュソスと戦ってきたのかい。よく無事だったね、二人とも」
 スコールは何も答えない。事実なのが癪なのだろう。
「それで、これが向こうでもらってきた『月の石』です」
 握り拳くらいの、灰色の石。これが莫大なエネルギーになるという。
「これで半分?」
「はい、アルテミスからはそう聞きました。そして同じくらいの月の石なら、シュミ族の村に行けばある、と」
「シュミ族の村? それはいったい?」
 スコールが話に入って説明する。それを聞いたブルーが目を白黒とさせる。
「……世の中には、変わった種族もいるものだね」
 ものを作り続けることによって、最終的な進化を遂げる。その進化の最終形態が会話すらできないムンバだというのだから、そんなものになって何が嬉しいのかブルーにはさっぱり理解できない。
「シュミ族の村に行かなければいかない、か」
 ラグナロクはないが、それほど遠い場所というわけでもない。ラグナが持っている飛行機かヘリかで移動すれば、一日か二日くらいで着く程度の距離だ。
「オーケー。方向性は定まったところで、いくつか聞きたいことがあるんだけれど、いいかな」
 そう。話はこれで終わりではなかった。ブルーがこれから何気なく聞くことが、今後の彼らに二つの事実を約束することになる。
「さっきのディオニュソスの目的だが、彼はいったい何をしようとしているんだ?」
「人間を滅ぼす、と。幻獣を生み出す温床となっている人間を滅ぼすことが目的だと言っていた」
「戦いは避けられないか」
 これが一つ。ディオニュソスとは戦わなければならないということ。
 だが、これがあまりに難しいということは分かりきっている。こちらの戦力としてディオニュソスと互角に戦えるのはスコールのみ。カインが記憶を戻せば話は変わるのだろうが。
 何しろ、強大な力を持つ幻獣たちですらかなわないのだから──
(待て)
 強大な力を持つ幻獣を『上回る』力。しかも、神としての属性を兼ね備え、その大元をたどれば人間だという。
 これほど、これほどに適した存在が他にあるだろうか。
 そう、これが二つ目の事実。
「アセルス」
「なに?」
 会話にほとんど参加していなかった彼女は少し暇をもてあましているようだったが、そんなことはどうでもいい。
 この事実は、彼女にこそ最も関係があるのだから。
「ディオニュソスだ。彼が四つ目の『力ある者』だ。これを手にすれば、魔・神・竜・機と四つの属性を手にすることができる。君が人間に戻れるんだよ、アセルス」
 しばらく、場は静寂に包まれた。
 アセルスは頭の中であれこれと考えているようだったが、やがて真剣な表情で「分かった」とだけ言った。
「そうしたら、あとでラグナ大統領に飛行機か何かを出してもらって、何人かでシュミ族の村とやらに行ってみることにしよう。疲れているみたいだし、それまで少しの間休んでいてくれ」
「分かった」
 スコールとリディアが頷いたのを確認すると、ブルーはアセルスを伴って執務室を出る。
 ここまでは世界のことを優先して考えていたのだが、今は、彼女のことを優先するべき時であった。
「ブルー……今の話、間違いないのか」
 アセルスの目は真剣そのものだ。朱雀が失われ、簡単に次の候補が見つかるはずがないと落胆していただけに、この情報は何にも変えがたいものだった。
「ああ。話を聞く限りでは問題なさそうだ。ディオニュソスの能力なら申し分ない。彼が神性を備えていて、しかも元は人間だったということは、人としての属性を残しているっていうことだ。これほど君が人間に戻るのに相応しい相手はいない」
「それは分かるよ。でも」
 彼女が不安に思う理由はよく分かる。あれほどの実力差のある相手に勝ち目があるのか、ということだ。
 当然、すぐに支配しようとしても成功するはずがない。だとすれば一度戦って相手をねじ伏せなくてはならない。
 それが可能なのか、ということだ。
「レミニッセンスは崩壊の魔法だから使うわけにはいかない。となると、僕一人の力では抑えようがないな」
「おい」
「だったら仲間の力を借りればいい。スコールもリディアも、それにカインやティナにセルフィも、きっと協力してくれるよ」
「仲間?」
 アセルスは顔をくもらせる。
「……本当に、そう、思うか?」
「ここにいるメンバーは、自分の利害損得を考えて集まったかつての僕らとは違う。仲間のために命をかけることも厭わない、そういうメンバーだと僕は思っている。アセルスは違うかい?」
 彼女は目を伏せる。
 確かに、仲間というものが信じられなくなっているのは分かる。かつての仲間たちは、アセルスの番を目前にして全員が離れていった。
 彼らにも彼らの生活がある。それは確かにそうだ。だが、彼らを仲間と信じて彼らのために命をかけ、いざ自分の番になったときに裏切られた人間の気持ちが、はたして誰に分かるだろう。
 彼女が信じられるのが自分だけと言っても、それはおかしなことではない。それだけの深い関係を自分たちは築いてきたのだから。
「それにどのみち、ディオニュソスは人間の敵なんだから、倒さなきゃいけない相手でもある。っていうことは、別にアセルスの件がなくてもどのみち戦う相手だっていうことだよ」
「そうかもしれない。でも、相手を殺すより生け捕りにする方がずっと難しいのは分かっているはずだ」
「そうだね。でも、僕らにはそれができる力があると思っている」
「だから、落ち着け、ブルー」
 落ち着け、と言われて驚く。自分はそんなに興奮していただろうか。
「次の戦いはそれこそ世界の滅亡をかけた戦いなんだろ。そんなところに私個人の問題を入れていいはずがない。違うかい?」
「違うよ。世界を救うという大義名分の前に一人の問題を棚上げするのがいいことだとは僕は思っていない」
「それは私が相手だからだろ。他の、ブルーと何の関係もない誰かが相手だったら」
「決まってる。そんなところまで僕の手は回らない。でも、仲間のことは別だ。僕は世界より君を優先する。世界中の人間が僕を非難することはできないよ。非難するのなら自分で世界を守るために戦えばいい。戦っていない人間に戦っている人間を非難することはできない」
「さ、さっきと言ってることが違ってるぞ、ブルー!」
「違わない。僕は優先順位をつけているだけのことだ。そして、仲間にはその我儘を言うことができるというだけのことだ。言ってしまえば、あのとき僕らと袂を分かったメンバーは、仲間じゃなかったんだ。僕のことを理解してくれようとしたのは君だけで、君と最後まで戦おうとしたのは僕だけだ。でも、この世界の仲間たちもまた僕らのことを理解してくれている。アセルスのために戦うと言ったとしても、必ず最優先で考えてくれるよ」
「その自信はどこから来るんだ。もし、また──」
「弱気になったら駄目だ、アセルス」
 ブルーはそっと彼女を抱きしめる。おびえている。彼女は、また、仲間から見捨てられるという衝撃を受けたくないと思っている。
 無理からぬことだとは思う。悔しくて、寂しくて、一人で泣きそうだった彼女の顔を今でも思い出せる。だから自分は彼女を絶対に一人にはさせないのだ。
「もし、スコールたちに認めてもらえないのだったら、僕は君を連れてこのガーデンを出る。そして、別の存在を探しに行こう」
「ぶ、ブルー。でも」
「いいんだ。アセルスは僕が信じられないかい?」
 首を振る。当然だ。お互い、何よりも誰よりも信じられる相手。必ず相手を優先して考えるという信頼関係に基づいたパートナーなのだから。
「それに僕も、この戦いを最後にしたいと思っているんだ」
「え?」
 もう、本音を隠すような間柄ではない。今までにも自分の気持ちは何度も相手に伝えてきたのだ。
「僕は、このハオラーンとの戦いが終わって、そして君が人間に戻ったら、もう戦いとか争いとかに関わらず、君と静かに暮らしていきたいと思っている」
「……」
 アセルスが固まった。
「だから、この戦いで君を人間に戻す方法を手に入れておきたいんだ。だから、我儘なのは君じゃなくて、むしろ僕の方なんだよ」
 その端整な顔が微笑むと、アセルスは珍しく紅潮した。
「な、何を」
「プロポーズだよ。言わせないでくれよ、恥ずかしい」
「恥ずかしいのは聞いてるこっちだ」
 アセルスは反対を向いて呼吸を整える。
「私だって、お前と一緒にいたいよ。でも」
「でも、はナシにしよう」
 その彼女の肩をそっと抱きしめる。
「僕の傍にいる人は君以外には考えられない。君はそうじゃないのかい?」
「そんなことあるわけ」
「だったら、今回くらいは僕の言うことを聞いてほしいな。僕は何があっても君を人間に戻す。もちろん、僕は君が人間じゃなくたって構わないと思っている。でも、君にそのことで引け目を感じてほしくはないし、僕も君と一緒に歳を取っていきたいからね」
「ブルー」
 振り向いたアセルスは、少しだけ怒ったような顔を見せた。
「この女たらし。いったいいつどこでそんな台詞覚えてきた」
「君以外に言ったことがあると思っているの」
「もしそうだったら絶交だ」
「誓うよ。僕は君以外にこんなことは言わない。それから、アセルスも覚悟しておいて」
 ブルーが少し、冷たい笑いを見せる。
「僕以外の男に気のある様子を見せたら、惨劇が起きるからね」
「……はい」
 素直に頷いたアセルスがやけに可愛かった。
「さて、話も決着が出たところで、ラグナ大統領に相談に行こう。シュミ族の村とやらにいかないといけないからね」






198.力の根幹

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