三人はまた空の人となった。
 ラグナロクでの移動は慣れている。そして、景色が瞬く間に変化していくのを見ると──彼は、何故だか血が騒いだ。
 この大気の中に溶け込めたら、どれほどに気持ちがいいだろう。
 それは、彼が骨の髄まで竜騎士であることの指標ではあったが、彼はそれを知識としてしか知らない。記憶が戻ればそれは当たり前だということになるのだろうが。
「何を見ているんですか」
 操縦はイリーナ一人に任せ、ティナはカインの傍でいつも世話をしていた。
 とはいえ、もはやカインは日常生活を完全に取り戻している。そして、今までの旅の中で記憶もかなり戻り始めている。意識しなければ、そうした記憶たちが網目を潜り抜けて外に出てくることもたびたびあった。
 後は、意識の上で記憶が戻ったことを確認できればいい。
 ティナに言わせると、自分の幼なじみ──セシルとローザ、その二人のことが思い出せればあとはたとえ思い出せていなくても大丈夫だ、という。それほどにその二人は自分にとって大切な人なのだろうかとは思うが、ティナが言うのだからきっとそうなのだろう。
 それに、他の誰の名前を聞いても起こらなかった胸騒ぎが、その二人の時だけは感じるのだ。自分の勘を頼りにすれば、それは確かに自分にとって重要な名前に違いない。
「いや、ただ空を見ていただけだ。あの中にいられれば気持ちがいいだろうな、と」
「カインはやっぱり、竜騎士なんですね」
 くす、とティナは笑う。そして片腕で自分の体を抱いた。
「先ほど、ラグナ大統領から連絡があって、できるだけ急いで戻るように、とのことでした」
「そうか。それで、進路は?」
「そのままセントラに向かっています。あと一箇所だからと大統領のお許しはいただきました」
「迷惑をかけるな」
 ティナは首を振る。そんな彼女を、カインは優しく抱きしめた。

 怖い。

 カインは今、記憶を取り戻すことにやや恐怖を覚えている。
 もし記憶が戻ったら、自分はティナのことをどう思うのだろうか。セシルとローザというのは、ティナを上回るほどに自分にとって重要なのか。これほど尽くしてくれているティナよりも──自分は優先してしまうのだろうか。
 知らないからこそ悩むのだろう。記憶が戻れば、おそらくこの疑問は瑣末なことになるのだ。何しろ、記憶を失くす前の自分は、その優先順位がはっきりしていたはずなのだから。
 そう。
 自分はそれだけは理解している。セシルやローザという人物と、ティナ。どちらの方が優先順位が高かったのか。記憶を失う前の自分は、明確にそれが分かっていたはずだ。そのことを自分は理解している。
「次で記憶が戻るといいですね」
 ティナの言葉に頷いたカインだが、心の中は複雑だった。












PLUS.198

力の根幹







moonstone






 あの時。
 僕が飛び込んでいった部屋で、君が今にも爆撃を受けようとしているとき──僕は意外なほど、冷静だった。
 このままだと、アセルスが死んでしまう。そう認識した僕は、過去にないほど素早く頭を回転させた。瞬時に呪文を唱え、オーヴァドライブ──時を止める魔法を放っていた。
『まさかあんたに抱きかかえられる日が来るとは思わなかったよ』
 君は僕に助けられるのが少し悔しそうだったけど、僕はずっと君だけを守ると思っていた。その認識の違いが少し面白かったけれど、僕は君を助けられたことを誇りに思っている。

 君が僕に頼ってくれたときは本当に嬉しかった。
 それがたとえ、自分が人間に戻るというからという理由であったとしても、君のためなら何でもしようという気持ちが僕にはある。だから嬉しい。
『馬鹿。まったくあんたはどうして』
 素直に伝えると君は少しだけ照れてそう言う。そんな君の純粋さがとても好きなんだ。

 ルージュを倒したとき、君は僕のこと以外は何も考えずに飛び込んできてくれた。
 僕も君も、お互いに死を意識した戦いだった。それでも君は僕を止めなかった。
 どれだけ自分が傷ついても、相手の意思を尊重するという態度。君は本当に苦しかっただろうに、僕のために我慢をしてくれた。本当にすまないと思っている。
『あ、ブルー……ブルーっ!』
 再会した僕を心から迎えてくれた君を、絶対に離さないと思った。これは真実。

 ルージュを倒した今となっては。
 もう、君より欲しいものは何もなくて。
 それこそ、世界だのなんだのっていうのは二の次。
 僕はただ、君の傍にいられればそれでいい。
 もちろん僕は僕の責任をしっかりと果たすけど。
 僕は世界より何よりも、君を優先する。
 誰よりも君を優先する。
 そう、誓った。

『君が人間に戻ったら、もう戦いとか争いとかに関わらず、君と静かに暮らしていきたいと思っている』

 それは、真実。
 そして僕はそれを神に祈ったりなどしない。
 絶対に生き残るのだ。アセルスと、一緒に。






 翌日。高速飛空挺を使い、スコールとブルーはシュミ族の村跡までやってきた。
 ディオニュソスによって抉られた大地は人の住んでいた形跡を完全に消してしまっていた。そして、もはやこの場所で『月の石』を探すのは無謀に思えば。
「で、どうするの〜?」
 セルフィが尋ねる。どうもこうもない。手がかりもないのでは探しようがない。
 ただ、この跡地に『月の石』はきっとあるのだ。問題はそれをどう見つけるのかということなのだが。
「月が昇るまで、待った方がいい」
 リディアはそう言う。理由が分からないのでスコールが尋ねた。
「多分、その方がはっきりすると思う。明後日から満月期だから、光量は大丈夫だと思う」
 月明かりで充分に回りを見ることができるとリディアは言う。まあ、もし光が足りなければウィル・オ・ウィスプを召喚すればいい。
「それなら食事にしないかい。少しおなかがすいた」
 アセルスの提案に逆らう者はいなかった。五人は少し遅めの昼食を取ることにした。
 既にエスタ、ガーデンの方は戦闘が一区切りついている。主要メンバーである自分たちが抜けても指導者であるラグナさえいれば何も問題はないだろう。
 ブルーはそう判断し、前回のカオス戦を生き残ったメンバーを全員連れ出すことにした。一番気心が知れているし、それに色々と相談に乗ってもらうこともあったからだ。
 飛空挺の中でスコールたちにディオニュソスの件を伝えたところ、ある意味ではブルーの予想通り、ある意味では完全に予想を裏切った言動にでた。
「難しいな。あの男を倒すのではなく捕らえるのは。どうすればいいと思う、リディア」
 スコールは真剣に尋ねる。
「私も難しいと思う。でも、相手の力を上回れば従わせることができるんだから、先に私達がどれだけダメージを与えられるかが勝負だと思う」
 リディアが理論的に言うと、操縦中のセルフィがさらに言う。
「そうなるとジ・エンドは駄目だよね。アタシはどういう役割になればいいの?」
 三人が三人とも、ディオニュソス捕獲を反対するどころか、捕獲することに一ミリの疑念も抱いていない。アセルスのことを最優先にするというのではない。それが前提となった会話だった。
「ちょっと待ってくれよ。アンタたち本気で言ってるのかい」
 アセルスが驚いて聞き返す。だがスコールは顔をしかめてさらに聞き返した。
「今の話は本当なのだろう」
「あ、ああ」
 アセルスが珍しく弱々しい声で言う。
「だったらそうするしかないだろう」
 ただでさえ困難なディオニュソス退治を、捕獲に変えてしまうことをなじるどころか、ほとんど自分のこととして考えているスコールの態度に、思わず涙が滲む。
「……ホント、いい奴だよ、アンタたちは」
 ブルー以外で、自分を優先して考えてくれる相手がいるとは思わなかった。それもスコールやティナはともかく、セルフィまでが自分のために動いてくれるというのだから。
「あ、別にアセルスのためじゃなく、ブルーのためだから」
 それでも憎まれ口は減らない。アセルスとセルフィは一応和解をしたものの、相変わらず口喧嘩の絶えない間柄であった。
 もっともそれは以前のように本当に憎しみ合っているというわけではなく、言葉の掛け合いをお互いに楽しんでいるようなものだ。
「ふーん、アンタ、いつからセフィロスからブルーに乗り換えたの?」
「そういう意味じゃありません〜。仲間としてブルーのために何かしてあげたいだけです〜。でも」
 ふふん、とセルフィが勝ち誇ったように笑う。
「ブルーがよければそれでもいいかも。ね、ブルー。アセルスやめてアタシにせぇへん?」
 もちろん冗談だが、そうやってブルーに迫られたらアセルスも面白くない。二人でぎゃあぎゃあと言い合いになった。
「平和だな」
「そうだね」
 スコールとリディアがその光景を見て苦笑していた。






 夜になって、月が昇り始める。
 雲は全くかかっておらず、廃墟に月光が降り注ぐ。
 その廃墟を、五人は声もなく歩き回った。
 ただ闇雲に歩いていても簡単に手に入るとは思っていない。
 だがリディアがやけに強硬に「大丈夫」と言うので、他の四人はそれに従っている。
 もちろんそのリディアにしても何かがあることを知っていて言っているのではない。ただ、手にしていた『月の石』が共鳴するように鈍い光を放っている──いや、月の光を吸収しているようにすら見える。
 そのときだった。
(リディア)
 頭の中に声が響く。
「バハムート?」
 聞きなれた声。この間、幻獣界に帰ったときは一切姿を見せなかった彼が、煌竜の瞳を通じて直接リディアの脳裏に語りかけてきたのだ。
(そのまま進み、月の光が集まるところへ行け。そこに『月の石』はある)
「分かった」
 月の光が集まるところ──その意味は、見た瞬間に分かった。
 五人は、その幻想的な光景に心を奪われる。降り注ぐ月の光が、壊れた建物のガラスや鏡などに反射して、ある一点に集まっていた。
 それは長老の家の前の少し開けた場所だった。幾筋もの光の帯が、その場所に向かって降り注いでいる。
 その地面の上に、握り拳ほどの石が一つ。月の光を吸収するかのように鈍く輝いていた。
「『月の石』だ」
 ブルーが言い、リディアが近づいてその石を手にする。間違いない。ただの石ではない。もともとリディアが手にしていたものと材質がまるで変わらない。
「これをラグナロクの動力炉に入れろということか」
 ブルーが二つになった石を見ながら呟く。
「準備は整ったな。あとは月まで行くだけだ」
 スコールも頷く。セルフィもアセルスも同じように頷く。
 と、そうしてリディアが持つ『月の石』を中心に集まっていたところに、別の気配を感じた五人は咄嗟に振り向いて戦闘態勢を取る。だが、そこにいたのは何でもない。ただの人──シュミ族の一人だった。
「その石を、取りにきてくださったんですね」
 シュミ族の男の声に、スコールが「ああ」と応える。
「あなたがたになら、お任せできます。この村はもう滅びてしまいましたが、世界はまだ滅ばない。あなたがたがいる限り」
「あんたが、この石を守っていたのか?」
 シュミ族の男は小さく頷いた。
「この石は月に行くための道具として、この村に代々伝わってきたもの。それが渡せれば、もう心残りはありません」
 まるで死に行く者の言い方に、ブルーが顔をしかめた。
「嫌な言い方をする。何が狙いだ」
「何も──ただ、この石を持っていくあなたたちに、世界をどうか頼むと、お願いしたかっただけです。滅ぼされてしまった我々の意思を、伝えたかっただけです」
「ブルー」
 アセルスはブルーの肩に手を置いて後ろに下げる。
「……とどめがほしいのかい?」
 アセルスは妖魔の剣を抜いて言う。シュミ族の男は笑った。
「そうしていただければ助かります。別に、我々は何も知りません。これが『月の石』であることと、この村の全てはディオニュソスに滅ぼされてしまったということ以外は」
「分かった」
 アセルスは一度、全員を振り返って、かまわないな、という態度を見せる。そして、妖魔の剣を一気に振り下ろした。
「ありがとう」
 その剣はシュミ族の男の身体をすり抜けたが、その後、徐々に男の姿が薄れ、消えていった。
「……今のは?」
 ブルーが理解できないというような様子で目を瞬かせる。
「滅ぼされたシュミ族たちの残留思念っていうところかな。自分たちが守ってきたものを受け渡すためだけにこの場所にとどまっていたんだ。律儀なことだね」
 アセルスはため息をついて言う。
「よく分かったね」
「まあね。半妖だからかな。そういうことにはすぐに反応するんだ」
「滅ぼされた村、か」
 改めてリディアは周囲を見回す。
 そうやってアセルスに説明されると、今の男は自分と同じなのかもしれない。滅ぼされた村の伝承を誰かに伝えるために、思念として生きながらえていた彼。ミストの村の最後の生き残りである自分の姿と、やけに被った。
「では、一度ガーデンに戻ろう」
 スコールの言葉に全員が頷いた。






199.あの日から

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