「おや」
エスタの近くまでやってきたマラコーダは、到着するなり自分の部下の人数が足りないことに気がつく。いつの間にか別行動をとったようだった。
「ファーファレロとリビオッコがいないようですね。どうしましたか」
「復讐の一端を果たしに行動しにいきました」
代表してドラギナッツォが答える。ふむ、とマラコーダは頷く。
「まあいいでしょう。どのみち全員を抹殺するのですから。カインには嫌というほど見せ付けてやらないといけませんからね」
あと二日。
カウントダウンは既に始まっている。さて、自分たちはどれだけカインを苦しめることができるだろうか。
「楽しみですね」
そのふたり。ファーファレロとリビオッコは人間の姿を取ったまま、F・Hの上空にいた。
流れるような銀色の髪をした女性と、同じく銀色の髪をした男性。どちらかといえば男性の方が色が濃い。ただ、顔立ちはよく似ている。
「なー、姉ちゃん。アレだろ、目当ては」
地上を見下ろす。はるかな高みにいる彼らは、地上から見ればただの点にしか見えない。それこそ鳥のように。
だが、上空にいる彼らからは人間が一人ずつはっきりと見分けられる。そして、彼らの目的となる人物もまた。
「そうさ。くくく、楽しみだねえ。人間の心臓を生きたまま捻り潰すのが、何より楽しいからねえ」
「姉ちゃん趣味悪すぎ」
リビオッコがため息をつく。
「いくよ、リビオ。せっかくなんだから楽しまないと」
「はいはい」
急降下していくファーファレロについていくリビオッコ。だが、彼はそれほど人殺しを楽しいと思うことはできない。
「つまんねえよなあ」
F・Hに無数の火球を降らせていくファーファレロを見ながら、またため息をついた。
つまらない。
もっとやりがいのある相手なら。いや、そうであったとしても、戦うこと自体がそれほど好きではないらしい。
マラコーダには恩があるし、姉が好きだから一緒に行動はしているものの、自分は基本的に平和愛好者だ。マレブランケとしてはまずいのだろうけど。
「アンタがSeeD?」
一人の男を見つけて尋ねる。
「ゴメンな」
長く、鋭い爪を振り下ろす。血が吹き飛ぶ。
返り血を受けながら、彼は姉を見返す。
ちょうど、敵の指揮官の心臓を、握りつぶしているところだった。
PLUS.202
二つの沈黙
their sadness is so deep
二つの惨劇が、エスタにあるトラビアガーデンにもたらされる。帰ってきたばかりのブルーはそれを聞いて頭をおさえた。
二つの惨劇。二つの悲劇。二つの死。
セントラで、ティナが死んだ。いや、死んだというには早いのだろうか。イリーナからのよく伝わらない言語を解読すれば、どうやらトランスをして幻獣界に戻ったとのことだった。
つまり、人間としてこの地上に現存することができなくなったということだ。それはすなわち、死と同義だ。ただ、幻獣界まで行けば会うことは不可能ではないはず。
だが、もう片方はそうではない。その報告が入った直後、ガーデンは騒然となった。ティナについてはそれほど大きな影響は出なかった。完全に死んだわけではないということと、結局は他の世界の人間であるということがその理由だろう。だが、こちらは違う。
キスティス・トゥリープ死亡。
突如現われた二体の悪魔によって、キスティスは生きたまま心臓を握りつぶされた。派遣した七名のSeeDのうち、何とか生き残った二名が重傷の状態で連絡を寄越した。
スコールは放心状態だし、通信・連絡を担当するシュウは完全にショックから立ち直れずにいる。ニーダが付き添っているようだが、いつまでもそうした状況のままでいられるのは困る。
(おそらくこの二体の悪魔というのは、マラコーダの部下。いよいよ本格的にカインを苦しめるために活動し始めたということか)
そのマレブランケがここにやってくる。おそらく彼らはカインの仲間については誰一人生かしておくつもりはないはずだ。
それこそやる気になれば、世界各地でF・Hと同じような破壊行動を行って、全部カインへの見せしめにすることも可能だろう。
では何故、場所をガーデンに限定したのか。そこには大きな理由があると考えなければならない。
(敵は七体。決して多い数ではないし、あのマラコーダ以外なら僕や他のメンバーでも充分に倒せる相手だろう。僕がマラコーダの立場なら)
少数で多数を攻める。常道は一つ。
(こちらの戦力を分散することだ)
もちろん、カインをガーデンまで呼ばなければ話にならない。呼んだところで、エスタ市街の破壊活動に出る。何箇所かで火の手をあげて、自分たちがそれに振り回されている間に確固撃破していく。自分たちにとって一番面倒で、彼らにとって一番効率がよい方法であるのに間違いない。
無辜の市民を盾に取られては有効な打開策などありはしない。それこそ方法などいくらでもある。上空から魔法の雨を降らせるだけでいい。こちらは何もできず、ただ犠牲だけが増えていくだろう。
実際、F・Hはそれでやられた。右往左往する民衆に、ろくに迎撃の準備もできず、SeeDたちが次々にやられていった。あのキスティスですら殺されたのだ。
(せめて、エスタ市民たちが絶対に大丈夫だっていう方法があれば楽なんだけど)
どうにも手がない。一番いいのは──
(エスタを見殺しにすることだ)
理屈では分かっている。たとえマレブランケがどれだけエスタを破壊しようとも、自分たちはガーデンから出ずに襲い掛かってくるのを待ち続ける。
だが、それができるようなメンバーではない。エスタが破壊されたと知るや、ラグナを中心に必ず救助活動に出るだろう。だが、それこそが彼らの思うつぼ。
「困ったな」
自分の知恵ではどうにもならないところまで来たようだ。正直、ブルーがこの台詞を言うのは二度目だ。自分の力が及ばないとき、彼は素直に負けを認める。認めなければ、次に進むことができないからだ。
困ればどうするのか? それは、仲間を頼るのだ。
彼はアセルスを伴ってラグナ大統領の私室へとやってきた。
「失礼する、大統領」
「おう、いつでもOKだぜ」
中からは元気のいい声がかえってくる。だがそれでもティナやキスティスが倒れたのは堪えたのか、若干笑顔に翳りが見える。
「どうした?」
「話は聞いているでしょう。二日後のマレブランケによる襲撃の件です」
「おお、それか。なんかいいアイデアあるのか?」
「それですが──」
ブルーはマレブランケが行うだろう計画を説明し、正直対応策がないことを伝える。
「なるほどなあ。そりゃ確かにどうにもなんねえなあ」
うーん、と腕を組んでラグナは考える。
「しゃあねえ。アレをやるか」
隣にいるキロスを見る。めったなことで動揺することのないこの秘書官が、珍しく顔をしかめている。
「ラグナくん……さすがにアレは、まずいぞ」
「な〜に言ってんだよ。使わない制度ならあったって意味ねーだろ。ことわざにもあるだろ。『エリクサーを出し惜しむ者は、アルケオダイノスに踏み潰される』って」
「……それは物にこだわって一番大切なものをないがしろにするのはよくないという主旨のことわざだ。今回とは、状況が激しく違う」
「つーわけで、大統領勅令、R−十四を発動するぜ!」
全く人の話を聞いていない。キロスはため息をついてその準備にかかった。
「何をするつもりですか?」
「あ? ああ、そうか。お前たちは知らないよな。単純な話、エスタ市民に武装させて総力戦を取る。一人残らず全員な」
つまり、市民を兵士として使うということだ。
「職業軍人でない者を兵士として使っても足手まといにしかなりません」
「ああ。でもな、ここで一番怖いのは市民がパニックになることだ。パニック起こした市民をおさえて戦うのは無理だぜ。だったら全員を戦闘状態において緊張を高める。それだけでも違う。病人、怪我人、赤子、妊婦、老人など明らか戦えない者は地下の医療施設に全員運び入れる。そしてエスタ兵を各地に配置して、照明弾を持たせる」
「照明弾?」
「ああ。敵発見せり、の合図を送らせる。そしてその場所にうちの最強部隊が突入する。集中させた戦力を敵にぶつけるのが一番だってんだろ? だったらこの方法が一番いい」
「敵が上空から降りてこなかったら?」
「それはないぜ。だって、奴らはこっちを分散させるのが目的なんだろ? だったら囮になるのは奴ら自身でなきゃいけない。自然と下りてくるしかないってことだ」
「メンバーは?」
「そうだな。二班用意して、カインを中心に二人、スコールを中心に二人、ってなところでどうだ?」
動けるメンバーといえば、その二人の他、自分とアセルス、セルフィ、リディア。それにハリードとレノ、シャドウ、ファリス、ユリアンくらいまでか。他のメンバーは正直足手まといだろう。
(リディアには悪いけど、現状一番コンビネーションが取れているのは、スコールとセルフィだな。それに、カインも今はティナの件でショックを受けているはず。守ってやれるのはリディアしかいない。後はアセルスとファリスを補佐に入れる。これがベストかな)
本部機能は残さなければならない。本部は自分であり、ラグナだ。そしてこの本部を狙ってくる者も絶対に出てくる。それは自分と、あとはシャドウやレノ、ハリードで何とか凌ぐ。
(要はカインとスコールだな。二人がどれだけ倒してくれるか次第だが)
何しろ敵の数は七体だ。これ以上の戦力の分散は危険でしかない。決して一人で行動してはならない。そうなれば敵に料理されて終わりだ。
「決まったか」
「ええ。さすがですね、大統領」
「ま、年の功って奴だろうぜ。おっと、そうこう言っているうちに──」
連絡が私室に入ってくる。そしてモニタに映像が出る。
「帰ってきたな。ラグナロクが」
悲しみの船、ラグナロク。
三人で出ていったはずの船は、いまやその人数を二人に減らしていた。
そしてラグナロクから出てきた男。
カイン・ハイウィンド。
槍を手にし、ゆっくりと歩む姿には鬼気迫るものがある。
出迎えに来ていたのはリディアであった。
「お帰り、カイン」
リディアはゆっくりと近づくと、その頭をそっと抱き寄せる。
「リディア」
「……ごめん。私じゃ代わりになれないのは分かってる。でも、今だけ、こうさせて」
ティナの代わりに。
「すまない」
カインは、リディアを強く抱きしめる。そうしないと、自分が逆に壊れてしまいそうで。
「大丈夫だよ、カイン」
身体は痛かったが、リディアは背中に回した手で優しくなでる。
「私が幻獣界に連れていってあげる。必ずティナさんに会わせてあげるから」
「ああ。頼む。俺は」
彼が、はっきりとした言葉で伝えた。
「ティナを、愛している」
「うん」
リディアは微笑んで彼を抱きしめた。
「良かった。カインが自分のことをそうやって思えるようになってくれて。私、ずっと待ってたんだよ?」
「すまない。だが」
「分かってる分かってる。でも、カインは世界を危険にしたかわりに、世界を危険から救ったじゃない。だから、もうカインは自分のことで悩まなくたっていいんだよ」
「だが、お前や、セシルたちに」
「後ろ向き発言はダメ。私はカインが幸せになってくれると嬉しいし、セシルやローザも同じだと思うよ。だから、もし罪を償いたいんだったら、ティナと再会して幸せになること。それ以外は認めないんだから」
「──ありがとう」
憑き物が落ちたかのように、カインの表情が和らぐ。
「うん。とにかく今は、対策を練ろう。マラコーダにこれ以上、私たちの仲間を殺させるわけにはいかない」
「ああ。長い戦いだったが、ここで決着をつける」
トラビア・ガーデン。
思えば、最初にマラコーダと会った場所がバラム・ガーデンだった。そのガーデンは沈み、戦いの中でトラビア・ガーデンに移ってきたのだ。
運命といえば運命なのかもしれない。ガーデンで始まった戦いが、ガーデンで終わりを迎えるというのは。
「俺はマラコーダを倒す。だが、あいつは俺の回りにいる人間、このエスタにいる全ての人間を狙ってくるはずだ。俺の絶望を、最大まで引き上げるために」
「誰も死なないよ。誰も死なせない。みんなを守ろう、カイン」
「ああ。それに、お前もだ」
「え?」
リディアは呆気に取られたような顔を見せる。
「俺はお前も守ってみせる。お前の母親を殺した俺に守られるのは嫌かもしれないが」
「嫌なんかじゃないよ。私、ずっとカインと一緒に戦えたらって、思ってたんだから」
リディアは心から、嬉しそうに笑った。
一方、トラビア・ガーデンの墓場。
スコールが両手を握り締めてそこに立ち尽くしている。
いずれはここにキスティスの墓もできるのだろうか。
ラグナの差し金か、ここには既にゼル、アーヴァイン、サイファー、そしてリノアの墓が作られている。もちろん、いずれも墓の下には誰もいない。ただの墓石にすぎない。
それでも。
ここに仲間たちの名前が刻まれていて、ここに来れば仲間たちとの思い出が蘇ってくる。
もう、誰もいない。
自分たち二人を、除いては。
「みんな、いなくなっちゃったね〜」
隣に立ったセルフィが呟く。
「キスティスを倒したのは〜、銀色の髪の女魔族だって」
「ああ」
「復讐戦だね」
「そのつもりだ」
あの、アルティミシア戦を戦いぬいたメンバーも、もはや自分たち二人を残すのみ。
「もう、これ以上誰も殺させはしない」
「うん。あたし、絶対にみんなを守る。それに、スコールとリディアも」
セルフィはにっこりと笑った。
「目先のことばっかり考えてちゃダメ〜。スコールはリディアを幸せにするっていうたいぎめ〜ぶんがあるんだから、絶対に生き残ることをゆ〜せんすることっ」
「……みんなが死んでいくときでもか?」
「そ〜ですっ……残された人の気持ち、スコールには分からないでしょ?」
舌を出して微笑む。
「……そうだな」
「だから、ぜ〜ったい死んじゃダメなんだからねっ」
スコールは頷く。死ぬつもりはない。無駄死には御免だ。
それに、死ぬときはリディアを守って死ぬと決めている。それが、リディアの騎士としての務めだ。
「いずれにしても」
スコールは意識を切り替える。
「その銀髪の女魔族は、俺たち二人の獲物だ」
203.決戦
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