いよいよ、明日。自分たちが復讐を果たすときが来た。
そう。これは正当な復讐だ。自分たちは──自分は、大切な人を失い、二度とその顔を見ることはできなくなった。
許さない。
セシル。ローザ。カイン。リディア。エッジ。
自分の愛しい方、ルビカンテ様を倒した者たちは、必ず殺す。
「こんなところにいたのか、シリア」
黒い髪の男が話しかけてくる。グラフィケイン。自分のパートナー。お互いに、心に消えようのない傷を持つ者。
「ケイン」
白い髪の女は震える手で彼の手を取る。
「ルビカンテ様のことを思い出すと、いてもたってもいられなくなって」
「俺も同じ気持ちだ」
男はその手を優しく握り返す。
「俺も、バルバリシアのことをなかなか忘れられないからな」
そう。
ふたりは、異世界へと旅立ったルビカンテ、バルバリシアの恋人たち。
七体のマレブランケの中でも、もっともカインとリディアを憎んでいる者たちだった。
「シリアット」
彼が、自分の名を正しく呼ぶ。いつもはニックネームでしか呼ばないのに。
「分かっているな」
「ええ、分かっているわ」
ふたりは、マラコーダの意思に従うつもりはない。
自分たちから大切なものを奪ったカインとリディア。
その二人を抹殺することこそが、ふたりの意思。
「マラコーダ様は怒るだろうけどな」
「気にしないわ。結局マラコーダ様にとってルビカンテ様たちは部下にすぎない。悲しんではいるでしょうけど、私たちの悲しみとは質が違う」
そう。
何よりも大切なものを奪われることの衝撃。
それをカインに与えるのが目的ならば、もはやティナの一件でマラコーダの復讐は終わっている。
だが、ふたりは違う。
ふたりだけは。
「カインを殺す。いいわね」
「もちろんだ」
ふたりはしっかりと頷いた。
PLUS.203
決戦
They drank a few glasses of wine together
準備は完了。たった一日の準備期間だったが、誰もがよく活動した。
一番問題になったのは医療関連だ。寝たきりで動かすことができない者をどうすればいいのか。怪我ならばケアルである程度治せるが、病気を治すことはできない。
最悪、もしもそうした病室などが狙われたとしたら──どうするか。ラグナの決断は早かった。
「患者を不安にすることだけは避けるんだ。だから必ず治療施設ごとに護衛をつけろ。ただ、もしも狙われたらそのときは仕方がない。すぐに照明弾を上げて援軍が来るまで持ちこたえることを優先しろ」
殺戮者たちを相手に戦うのだ。全員を守ることは不可能だ。ならば、敵をいち早く見つけて、倒す。それが一番犠牲の少ない戦い方だ。
敵七体が仮にばらばらで行動したとする。そうなるとこちらの二チームでは五体の敵を見逃すことになる。一番怖いのは無差別攻撃だ。
SeeDが総動員で押さえ込む予定ではいるが、それでも散らばっていたSeeDは全部で十六人までしか戻ってきていない。そのうちスコールとセルフィは除くから、実働で十四人。これを三人ずつとチームに分けて、敵を倒せずとも持ちこたえる壁の役割を果たす。
ある程度は作戦も立った。そして市民たちへの武器の貸与も終了した。
そして、夜が更ける。
その夜。カインは、ブルー、スコールの三人で酒を酌み交わしていた。
誰からともなく、自然と三人はテラスに集まっていた。最初にカインがいて、次にスコールがやってきて、最後にブルーが現われた。その場を見てから「少し待っていてくれ」と言い残し、次にやってきたときにはグラスが三つと、ワインを何本か持ってきていた。
別段、何かを話すというわけではない。
それぞれが思うことは色々とあり、そしてお互いに言葉は必要としてはいなかった。
ブルーとしても聞きたいことは多かったし、スコールは落ち着いてはいるもののこの中では一番年若い。
そしてカインは、自分から何かを話そうというつもりは全くないようだった。
ただ黙々と、三人は酒を飲む。
明日がどうなるのかは分からない。明日のこの時間、三人が無事でいられるのかも分からない。
それなのにスコールはリディアと、ブルーはアセルスといるのではなく、この三人でいることを選んだ。
それは、この戦いは自分たち三人が鍵を握っているのだということをよく分かっていたからに他ならない。
「俺たちは全員が無事で生き残る」
最初に口を開いたのはスコールだった。
他の二人は特別何も言わない。
「……もう、誰も、失うのはたくさんだ」
「同意見」
ブルーもそれに乗る。そしてゆっくりとグラスを開ける。
「正直に言えば、僕はアセルスさえ無事ならよかった。今までは。でも今は、この仲間たちを失いたくないと、本気で思っている。カインも、スコールも」
スコールはまだ子供だ。親しい人間の死に耐えることができない。今もキスティスが亡くなり、もはやアルティミシア戦を生き残ったのがセルフィだけという状況で、もう誰もなくしたくないという気持ちは強い。
一方でブルーはようやく手にした仲間だった。かつて自分と同じレベルで物事を考え、行動する仲間などアセルスの他にはいなかった。それだけの仲間を、自分の命をかけられる相手を簡単に失うつもりはない。
「いつの間にか、運命共同体になっていたんだな」
カインが冷静に答えた。
ティナの件はもちろんこの後考えなければならない。だが、カインにしてみれば今まで自分を支えてくれた人たちに恩返しをしなければならない。
竜騎士として蘇った自分。この力が少しでも役立てるのならば。
「まだ、感謝を言っていなかったな。二人とも、ありがとう」
カインは小さく頭を下げた。
「俺もだ」
スコールは酒を飲みながら言う。
「……あんたには、迷惑をかけた。ありがとう」
「二人とも、そうした会話はまだ早い」
ブルーは諭すように言う。
「それは明日の戦いが終わってからだよ。僕だってアセルスの件でみんなには感謝したいんだから」
「そうだな」
「全くだ」
三人の顔には笑みなどまるでない。戦いを前にした緊張感がそこにはみなぎっている。
「ティナの件だけど、リディアとは話したんだな?」
ブルーが尋ねるとカインは頷く。
「マラコーダとの決着をつけた後、幻獣界に迎えに行く」
「それがいい」
ブルーは大きく頷く。
「僕が言える台詞ではないけれど、君は少し女の子を安心させる言葉が足りないよ」
「安心?」
「好きだ、と。それだけで女の子は安心できるんだ。特に君の場合はいろいろあったからね。ティナに会ったらまず最初に言ってあげるといい」
「覚えておく」
カインは頭をひねる。以前は自分がブルーにアドバイスを与えたこともあったが、今となっては完全に立場が逆転してしまったようだ。
「俺はマラコーダを倒す」
話を切り替えるように、カインが言う。
「多分、協力を頼めるのはお前たちだけだ」
スコールもブルーも答えない。だが、二人とも分かっている。そう。
リディアやセルフィたちが力不足というのではない。だが、彼女らを連れていると『守る』ことを考えなければいけない。
マラコーダを相手にするのにそれではいけない。攻めて、攻めて、攻め切る。そのためには超攻撃的パーティ、スコールとブルーとで戦うのが一番なのだ。
「──頼む」
「ああ」
「もちろん」
そこに打算はない。
手伝ってやるかわりに協力しろ、などというブルーの昔のパーティのようなものはない。
自分たちは一つのチームなのだ。誰かの問題は全員の問題なのだ。
三人はこのとき確かに、意思が共有された。それは今後、きっと強い絆となる。
翌、〇八〇〇時。
「来たか」
ハリードが空を見上げる。そして、市内の各地で爆発音と、照明弾。
戦いは始まった。
二箇所で同時に上がった照明段に対してすぐに動きを取る。
スコールはセルフィとアセルスを伴ってエスタの東へとやってきた。
そこにいたのは二人の魔族。
「あらあら、またカインの仲間たちがやってきたわね」
銀色の髪の女魔族が、手にした心臓を握りつぶして舌なめずりする。その横で同じ色の髪の男魔族がため息をついた。趣味悪い、と呟いている。
殺されたのは──SeeDの、ヴァルツ。
「キスティスを殺したのはお前たちか」
スコールの髪が怒りで逆立っている。セルフィの身体からは冷気が放たれている。その二人の様子に、さすがのアセルスも恐怖で鳥肌が立つ。
「誰?」
手についた血を舐めながら、女魔族──ファーファレロは隣にいる男に尋ねる。
「多分、この前の敵リーダー」
つまらなさそうに、男魔族──リビオッコが答えた。
「あ、そう」
握りつぶした心臓を捨ててファーファレロは笑った。
「人間の名前なんて、覚えてなかったわ」
「殺す」
スコールとセルフィが、突進する。
一方、エスタの西でも二体の魔族とカイン、リディア、そしてファリスが対峙していた。
「やっと会えたね、カイン、リディア」
白い髪の女が憎しみをこめた目で睨んでくる。
「ルビカンテ様の仇、このシリアットが討つ!」
「そして、バルバリシアの仇もだ」
黒い髪の男が同じく憎しみをこめて睨んでくる。
「このグラフィケインが、お前たちを殺す」
「死にたくなければ、関わらなければよかったのだ」
だが、カインは冷めた目でそのふたりを見る。
「そっちから攻撃を仕掛けておいて、返り討ちにあって、その敵を討つという。笑止千万だな」
カインは槍をくるくると回転させる。そして、周囲の風を感じ、構える。
風。
そう、いつからだろうか、風を感じなくなったのは。でも、今は違う。風と戯れ、風の中で生きることができる。
自分の、最大の友。
「お前たちの思い上がりを叩き潰す」
リディアの魔法が放たれ、こちらも戦闘が開始される。
だが、その二組のバトルよりも先に、一つの戦いがガーデン内部で既に始まっていた。
ただ一人行動していた赤毛の男は、何かに引き寄せられるかのように墓場へと向かっていた。
何かがいる。
分かっているというよりはむしろ、直感のようなものだった。ただ、今気付いているのは自分だけで、おそらく放置しておけばこのガーデン内部のメンバーが次々に殺されていくだろう。
止められるのは自分だけ。
だからやってきた。この場所に。
そこにはひとりの女魔族が、こちらに背を向けて立っていた。
髪の色は薄い水色。そしてかなりの長身。
「そこで何をしているぞ、と」
もちろん、ガーデンのメンバーを次々に殺すために決まっている。
その女魔族は振り返り、冷たい視線を彼に送る。
「!」
その顔は。
まぎれもなく、その顔は、彼がかつて恋焦がれていた相手そのもの。
「なんで、アンタが──いや」
動揺したが、違う。相手を皮肉るような笑みがない。ただ、顔が似ている。それだけだった。
「別人だぞ、と」
「誰かと似ていたのですか」
その女魔族は高いキーで話しかけてくる。
(声も違うぞ、と)
声はむしろリディアに似ている。初めて聞いたときに間違えたくらいに。
「ま、そんなとこだぞ、と」
「そうでしたか」
女魔族は首をかしげるとじっと男を見つめる。
「私はアリキーノといいます。あなたは」
「レノ」
「レノ。本意ではありませんが、私はあなたを倒さなければなりません」
(おいおい)
レノは緊張を解かず、彼女の言うことを頭の中で復唱する。
「本意じゃないって、どういうことだぞ、と」
「私はマレブランケのひとり。主、マラコーダ様のために戦う義務があります」
「仕事だから仕方がないってことか」
「そう……ともいいますね」
「なら仕方がないぞ、と」
レノはショートガンブレードを抜く。むしろ、その方がいい。
その顔を見ていると。
倒したいという欲求が、強まっていく。
「逃げないのですか?」
逃げるのなら追うつもりはない、という確認らしい。
「恨むんなら、アンタの顔を恨むんだぞ、と」
「そうですか」
アリキーノは少しだけ悲しそうな表情を浮かべる。
「あなたにとって、よほど因縁のある相手なのですね」
レノは肩を竦めた。確かに、マレブランケが強いというのは分かっている。だが、この相手だけは自分が倒さなければいけない。
『悔しかったら、アタシより強くなるんだね』
そう言って、自分の前からいなくなった女性。
(……悔しいから、アンタを倒してやるぞ、と)
レノは、強く一歩踏み込んだ。
204.四度目の正直
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