あの女とは、都合、三度戦った。
 一度目はタークスに入る前。腕が立つと思い込んでいた自分の目を覚ませてくれた。
 二度目はタークスに入った後。自分の腕が相手を上回ったと思い込み、勝負を挑んだが、当然あの女にかなうはずもなかった。
 三度目はあの女が死ぬ一ヶ月前くらいか。あの女が昇格する前の、最後の仕事だった。意見が食い違った自分を力でねじ伏せた。もっともそれは、自分の身を案じてのものだったが。
 結局、三度戦って三度敗れた。こんなに強い人間が世の中にはいるのかと思い知らされる。
(あれから俺は強くなったか?)
 目の前にいる魔族は、あの女と同じ顔をしている。
 ただ、実力はこの魔族の方がずっと強いだろう。
 それでも。
 それでも自分は、あの女に勝ちたかった。

『悔しかったら、アタシより強くなるんだね』

 ──今度こそ、勝つ。












PLUS.204

四度目の正直







double red






 接近してショートガンブレードを一閃。その際にトリガーを引く。
 この数ヶ月の間に、レノはこのガンブレードを自己流に改造している。トリガーを引きっぱなしにしておけば何発でも連射可能になるように。
 一閃するだけならば、せいぜい二発か三発。それでもヒットすれば以前よりはるかにダメージは与えられるようになった。
「なかなか速い」
 アリキーノは表情を変えずに回避する。だが冷静に分析ができるだけあって、まだまだ余裕という様子だ。
「アンタはずっと速いぞ、と」
 だがレノもその一回だけの攻撃で終わるつもりは毛頭ない。すぐに背後を取ろうとして墓の間を駆け抜ける。もちろんアリキーノも簡単にとらせはしない。左足を軸にレノに正対するように回る。
 自分らしくない、とレノは感じていた。
 もともと自分は積極的に戦うような人間ではない。もちろん戦うときに逃げるようなことはしないが、基本的に相手の行動を待って動く。戦わなくていいときは戦わない。足止めなら足止めと割り切って行動する。
 この場合、自分に課せられた任務は『敵発見』の報告であり、同時に『足止め』だった。
 だが、今自分はそのどちらも行っていない。全体のバランスを無視して独断で行動している。
 その理由は、この女魔族の顔。見た瞬間、足止めということはもう完全に頭から離れた。
 自分はこの女魔族と決着をつけなければいけない。
「悪いけど、倒させてもらうぞ、と」
 一度も勝てなかった女。二度と自分の手に入らない女。三度の敗北。そして四度目の戦い。必ず勝つ。勝って決着をつける。
「これでもくらえ、と」
 左手に持った煙球を放つ。魔族に目隠しが通用するのかは分からないが、常に自分に正対するようにしているということは、視覚が重要な情報認識手段だということを示している。
 だが、自分は違う。暗器使いとしての自分は煙を立ててもその煙の動きだけで相手の位置を正確に把握できる。そう訓練している。
(──右)
 自分から見て右に流れる空気。むしろ、この煙幕があった方が相手の動きはつかみやすい。動いたことがはっきりと分かる。
「くらえ!」
 その場所に向かって最速できりつける。同時にトリガーを引く。
(手応えありだぞ、と)
 確かに肉を切り裂く手応えを感じた。同時に放った弾は二発。確実に敵の身体に命中した。
「これは、たいしたものですね」
 だが、相変わらず冷静な声が煙幕の向こうから聞こえる。
(きいてないぞ、と)
 やがて晴れていく煙の向こうで、女魔族は左肩に裂傷を負った姿で立っていた。
 その怪我もすぐに癒え、傷口から鉛球が落ちる。
「あなたほどの戦士がまだいらっしゃるとは。カインやスコールたちだけが問題かと思っていましたが、そうではないようです」
「あんな化け物と一緒にするんじゃないぞ、と」
 もちろんレノは自分が彼ら竜の騎士に勝てるはずがないということは分かっている。
 ただ、今の自分はいつもと違う。目の前の女魔族を倒すためだけにいつも以上の力が発揮されているのだ。
「不思議ですね。あなたは好戦的な方ではないように見られるのですが」
「時と場合によるぞ、と。それを言うならアンタだって同じだぞ、と」
「私、ですか」
「ああ。人間と戦うのに納得してるって感じじゃないぞ、と」
 アリキーノは表情こそ変えなかったものの、返答ができなかった。
「他の連中と、意見でも違ってるみたいだぞ、と」
「よくお分かりになりますね」
 タークスは観察眼も鋭くなければならない。それくらいはレノならば朝飯前といったところだ。
「私は正直、この戦いに参加するのは反対でした」
「ほう?」
「マラコーダ様は自分の部下を失ってひどくご立腹です。ですから私は主のために戦う義務があります。ですが……」
「アンタ自身はそうでもない、と」
「そうですね。実際、人間と戦わなければいけないという理由はどこにもありません。ルビカンテたちのことにしても、もとはといえばこちらから仕掛けた戦い。仲間が倒されて悔しいという気持ちは私にもありますが、それでもこちらから仕掛けなければ倒されることもなかった。自業自得というものです」
「随分、達観してるんだな、と」
「ええ。他のマレブランケたちと私は違います」
 仲間に対する明確な否定の言葉。確かにこの女魔族は他の連中とは規格外のようだ。
「どう違うんだぞ、と」
「私は人間を、人間だからという理由で嫌ってはいませんから。あなた方は魔族を一括りにして考えるようですが、私は違います」
「魔族にもいい奴と悪い奴がいる、と」
「そうです。残念ですが、マレブランケはあまり、いい魔族というわけではないようですね」
 これはレノにしてみると驚愕だった。魔族というのは人間を殺すのを楽しむ種族だと考えていたが、どうやらそうではないらしい。
「変わった奴だぞ、と」
「そうですね。仲間からもよく言われます。残忍な性格をした者が多いですから」
 正直、レノにはアリキーノ以外のマレブランケがどのような者かは分からない。マラコーダやルビカンテの話ならば何度も説明を受けたが、けっこうまともな連中だという評価はしている。
「アンタ、なんでマレブランケなんかにいるんだぞ、と」
 ふとした興味から尋ねてみる。すると初めて、アリキーノの顔が苦悶の表情に変わった。一瞬だったが。
「私は、人間の男を愛したことがあるのです」
「ほう?」
「その人間の男は殺されました。人間同士で」
「アンタと連れ添ったからか」
「そうです。魔族をかくまっていたという、ただそれだけの理由で彼は殺されました。絶望した私を犯し、殺そうとした人間たちから救ってくれたのが、マラコーダ様です」
「なぁるほど、と」
 彼女は、人間の善と悪を同時に見ている。だからこそ、憎もうとしても憎みきれない。それは、彼女の中にいる『男』のおかげだ。
「そういうあなたは、何故『私』を憎むのですか?」
「因縁があるって言ったのはアンタの方だぞ、と」
「私の顔はそれほど、あなたの昔の女性に似ていますか?」
 核心をついてくる。相手も観察眼が鋭い。
「瓜二つだぞ、と」
「それなのにあなたは私を倒そうとする……何か、特別な関係なのですね」
「なぁに、単なる腐れ縁だぞ、と」
「私は自分の過去を話しました。あなたも話すべきではありませんか」
 なるほど、これは痛いところをついてきた。あまり話したくはない内容だが、相手の話を聞いてからでは逃げ道がない。
「俺の愛した女は、俺が一度も勝てないまま、自殺しやがった。それだけだぞ、と」
 それで伝わるだろうか。だが、彼女は一つ頷くと、分かりました、と答えた。
「あなたにとって、私は避けて通れないということですね」
「そういうことだぞ、と」
「戦うのは本意ではありませんが」
 アリキーノはようやく、腰を落とした。戦闘態勢だ。
「あなたがそれを望むのなら、付き合いましょう」
「感謝するぞ、と」
 そう、避けては通れない。
 自分は今まで、彼女だけを追い求めてきたのだ。今ようやく、その願いが叶う。
(倒してやるぞ、と)
 先ほどよりもスピードを上げてレノは突進する。トリガーを引きながら剣を振るうが、それをアリキーノは紙一重でかわしていく。
(これでどうだぞ、と)
 靴の先からスパイクを打ち出す。だがそれも軽く回避し、逆に衝撃波を放たれる。
「あなたはその女性に、暗器で勝つために腕を磨いたのですか?」
 その言葉に、レノの動きが止まる。直後、彼女の放つ衝撃波の直撃をくらった。
「がはっ」
 吹き飛ばされて、近くの墓に激突する。痛い。身体よりもむしろ、彼女の放った言葉が痛い。
「アンタの言う通りだぞ、と」
 レノは普段から来ているタークスの一張羅を脱ぐ。そして、ショートガンブレードすら地面に突き刺した。
「アンタには、これで勝たなきゃ意味ないぞ、と」
 電磁ロッド。
 タークスに入る前から好んで使っていた武器。そして、自信のあったレノを完膚なきまでに叩き潰したあの女と戦ったときの武器。
「行くぞ!」
 レノはさらにスピードを上げる。一瞬のうちに電磁ロッドが何回も振り切られる。
(まだスピードが上がるのですか)
 アリキーノは心から感心した。最初から随分速かったが、それはまだ全力ではなかったらしい。
 いや、もしかすると、自分を相手にしているから速さが徐々に引き出されているのかもしれない。
(どこまで速くなるのでしょうね)
 だが、どこまで速くなっても自分には届かない。自分のスピードはさらにそのはるか高みを行く。
「いきますよ、レノ」
 ロッドを回避せず、そのまま握る。電流が流れるが、自分の致死量を流すことはできない。魔族はそうした抵抗力も人間とは比べ物にならない。
「はっ!」
 掌をレノの身体に当てる。体内に放った衝撃波が、レノの身体を内側からズタズタに引き裂く。
「がはっ」
 レノは吐血して倒れた。
「ここまでですね、レノ」
 だが、彼女はとどめをささない。彼が自分を倒したいという気持ちはあれど、自分が積極的に彼を倒そうと考えているわけではない。
 正直、自分は迷っている。マラコーダの命令に従っていれば自分は何も考えず、悩まずにすむ。だが、それでいいのだろうか、と。
「勝手に、限界を、決めるなよ、と」
 だが、レノは立ち上がった。足元もふらふらだったが、それでもまだ戦闘意欲は失われていない。
「まだやれるぞ、と」
「正直、驚いています」
 アリキーノは首を振った。
「そのままでいれば助かるでしょうに、自分から死にに来るつもりですか」
「死ぬつもりはないぞ、と」
 レノは口元の血を腕で拭うと、ロッドを構えた。
(自殺行為ですね)
 力の差は分かっているはずなのに、どうしてここまでこだわるのか。
 それほど彼の昔の女性というのは、彼にとって大切な女性だというのか。
(……あなたのことを思い出しますね)
 ふと、昔の男のことを思い出す。彼もまた、自分に執着していた。何があっても離さないということを約束した男。もうあれは何千年前のことだっただろうか。
「ならば、今度こそ確実に仕留めます」
 レノは答えず、タイミングを計るかのように間合いを少しずつ詰める。アリキーノはレノのロッドに意識を集中させた。
 ロッドを奪って、衝撃波で倒す。
 それでこの戦いはもう、終わりだ。
 レノが、動いた。
 怪我をしているのに、先ほどよりも速い。まだ速くなる。
(人間というのは、これほどまでに執着するものですか)
 アリキーノは感心するが、それでも自分のスピードにはまだ及ばない。
 正面から来るレノの右手を左手で止め、その電磁ロッドを叩き落す。
 そして右手で衝撃波を放つ──前に、レノの口が開いた。
 その口から、火炎が放たれる。
(暗器!?)
 アリキーノはさすがにうろたえ、二歩退く。だが、そのときレノは既に背後に回っていた。
(私より、速い!?)
 しかもその手には、いつの間にか先程地面に刺していたショートガンブレード。
「しまっ」
「これで終わりだぞ、と」
 レノはアリキーノを背中から刺す。
 そして、トリガーを引いて、弾を放ち続けた。
 一発、二発、三発、四発、五発──放ったところで、アリキーノの胸から弾が飛び出る。
「俺の勝ちだぞ、と」
 アリキーノは胸を押さえた。魔族の紫の血がおびただしく流れる。
「はい、まいりました」
 アリキーノはその場に崩れ落ちる。だが、それより早くレノが彼女を抱きしめた。
「まいったとか言いながら、まだ致命傷じゃないぞ、と」
「ええ。こう見えても魔族ですから。それにしても、暗器は使わないのではなかったのですか?」
「どういう勝ち方だって、勝ちには違いないぞ、と。化かしあいも戦いのうちだぞ、と」
「そうですか。あなたはもう少し、単純な方かと思いました」
「失礼だぞ、と」
「ええ。もうしわけありません。さすがに私も死ぬことはないでしょうが、これ以上は戦闘不能です。どうぞ、とどめをさしてください」
「分かったぞ、と」
 にやり、と笑ったレノは、そのままアリキーノの唇を奪った。
「……!」
 驚愕の表情を取ったアリキーノに、レノはしてやったりと笑う。
「何の真似ですか」
「あいつに勝ったら、あいつを抱いてもいいっていう約束だったぞ、と」
 アリキーノはますます目を見開く。
「というわけで、今からアンタは俺の女だぞ、と」
「勝手なことを言うのですね」
「俺じゃ、役者不足か?」
 アリキーノは表情を戻して考える。
「いえ、あなたと一緒にいるのは面白そうです」
「それはよかったぞ、と」
「ですが、私はマレブランケの一員として、マラコーダ様に逆らうわけにはいきません」
「だったらそのマラコーダも、俺が倒してやるぞ、と」
 レノは笑って言う。
「本気、ですか。私にも不意打ちをしなければ勝てないあなたが」
「ま、倒すのはカインの役目だぞ、と」
「でしょうね」
 そして、アリキーノはようやく笑った。
「いいでしょう。マラコーダ様がお亡くなりになったときは、あなたのものになりましょう」
「契約成立だぞ、と」
 するとレノは懐から瓶を一本取り出す。
「ハイポーション。魔族のアンタでも効果あるだろ?」
「はい、ありますが……」
「タークス特製の全快バージョンだぞ、と」
「ありがとうございます。ですが、いいのですか?」
「何が?」
「私が全快になったら、あなたを倒すかもしれませんよ?」
「それならそれでかまわないぞ、と」
 アリキーノは苦笑する。やれやれ、どうやらこの男性は随分と大物らしい。
 その場で蓋を開け、レノの見ている前で一気に飲み干す。
 瞬間、彼女の表情が激変した。レノが苦笑する。
「言い忘れてたけど、それ、おそろしくマズイぞ、と」
「……そういうことは、先に言って欲しかったと思います」
 目を白黒させている彼女に、レノは耳打ちした。
「アンタはすましているより、そうやって感情を表に出してる方が似合ってるぞ、と」
 そんな不意打ちに、アリキーノはその白い肌を紅潮させた。






205.憎しみの連鎖

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